中国経済新論:中国の経済改革

深刻化する中国における大気汚染
― 露呈された「環境を犠牲にした成長戦略」の限界 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

警鐘を鳴らした北京の大気汚染

今年の1月12日、北京市内の多くの観測地点でPM2.5の観測値が中国の環境基準値の約10倍、日本の環境基準値の約20倍に当たる700μg/m3を超えた。1月に環境基準を達成したのは4日間にとどまった。ここでいうPM2.5とは、直径2.5μm以下の微小粒子で、その主な排出源は自動車の排気ガスや、工場の煤煙などである。

北京市環境保護局は、近年まれに見る今回の大気汚染の原因として、暖房用石炭の使用増加や自動車、工場などによる汚染物質放出の増加に加え、周辺地域の汚染が重なることによるマイナス面での相乗効果と、風がなく湿度が上がるなど汚染物質がたまりやすい気象条件の継続を挙げている(2013年1月14日の記者会見)。

今回の大気汚染は中国全土の約4分の1、全人口の約半分の6億人が影響を受けたという。工場の生産停止や、建設工事の中止、交通事故の多発、高速道路・空港の閉鎖など様々な影響が出た。喘息などの呼吸器の病気にかかる人も急増した。

中国における大気汚染の大きな原因の一つは、自動車が増え続けているのに対して、排気ガスの規制が極めて緩いことである。今回の事態をきっかけに、政府は規制強化に乗り出した。具体的に、自動車用ディーゼル燃料基準を、現在、中国の大半の地域で実施されている硫黄分350ppm以下から、2014年末には50ppm以下に、さらには2017年末には日本やヨーロッパと同じ10ppm以下に移行する方針を打ち出している(2013年2月6日の国務院常務会議で決定)。

最優先課題となった環境保護の強化

環境が経済発展の初期に悪化し、ある程度の発展段階に達すると改善に転じるという現象は、日本をはじめとする多くの国で観測されている。環境の悪化を改善へと導く要因として、産業構造の変化(サービス化など)や技術発展、国民の意識向上に応じた環境政策などが挙げられる。先進国のこのような経験に鑑み、中国もまず経済発展を優先させ、のちに環境の修復に取り組もうとしていた。しかし、今回の大気汚染の問題に象徴されるように、この戦略はもはや限界に来ている。

実は、中国政府は、早い段階から政策転換の必要性を認識していた。2006年4月に開催された第6回全国環境保護会議において温家宝総理は、「三つの転換」を訴えた。一つめは、経済成長を重視し環境保護を軽視することから環境保護と経済成長を共に重視することへの転換。二つめは、環境保護が経済発展より後回しになることから環境保護と経済発展を同一歩調で推進することへの転換。三つ目は、主に行政手段を使って環境を保護することから、法律、経済、技術、そして必要な行政手段を総合的に運用して環境問題を解決することへの転換である。

環境の改善を目指して、2011年に始まった第12次五ヵ年計画では、2015年までに単位GDP当たりのエネルギー消費量と二酸化炭素(CO₂)排出量をそれぞれ16%と17%削減するという目標が挙げられている。また、2012年11月に行われた中国共産党第18回全国代表大会の報告において、政府の環境重視の姿勢をいっそう鮮明にした。社会主義の建設の柱として、従来の経済建設、政治建設、文化建設、社会建設に、新たにエコ文明建設が加わった。その内容は以下の通りである。

エコ文明を建設することは、人民の福祉や民族の将来にかかわる長期的な大計である。資源の制約が日増しにひどくなり、環境汚染が深刻化し、生態系が退化するきびしい情勢に直面して、われわれは自然を尊重し、自然に順応し、自然を保護するエコ文明の理念を樹立し、エコ文明の建設を際立った地位に置き、さらにそれを経済建設・政治建設・文化建設・社会建設の諸方面と全過程に組み込み、麗しい祖国を築き上げることに努め、中華民族の永続的な発展を実現しなければならない。

資源節約と環境保護の基本国策を堅持し、節約と保護を優先させ、自然な回復をはかることを基軸とする方針を堅持して、グリーン型、循環型、低炭素型の発展を力強く推進し、資源節約と環境保護に役立つ国土空間の開発の枠組みや、産業構造、生産・生活様式を形成し、生態環境悪化の傾向を根源から是正し、人民のために良好な生産・生活環境を創り出し、全世界の生態安全のために貢献をしていく。

乗り越えなければならない「総論賛成・各論反対」の壁

政府のこうした強い決意にもかかわらず、環境対策は、総論賛成・各論反対という壁にぶつかり、所期の効果を上げるに至ってない。

まず、成長と環境の両立が正式に提起されたが、その道のりは前途多難である。確かに、経済発展の進んでいる沿海部ではそれなりの進展が見られているが、内陸部では、民衆の理解も地方政府の取り組みも遅れている。

また、民衆の力をどこまで動員できるかも問題である。環境問題に対する住民運動の拡大に対して、中央政府は比較的寛容だが、各地の地方政府は依然懐疑的で、制限しようとする。

さらに、地方政府や企業は、多発する環境汚染事故の実態を、かならずしも積極的に公表していない。問題の根底にある地方政府と企業との癒着体質、まん延する地方役人の汚職腐敗などを是正するには、報道の自由の拡大とより民意を反映した地方選挙制度の確立は避けて通れない。

日本における1960年代以降の汚染された環境の回復と改善は、中央政府や地方自治体の努力以上に、民間の「草の根」の運動が果たす役割が大きかった。中国も、マスコミや民衆に一段と大きな自主権を与え、民間の力を環境対策にもっと生かさなければならないだろう。

2013年3月8日掲載

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