中国経済新論:中国の産業と企業

北京と上海間に新幹線は必要なのか

孟健軍
清華大学 国情研究センター 客員教授

1962年北京に生まれ。1979年電気技術の専門学校を卒業後、電機工場で技術者として働き、その間独学で日本語を習得。1985年中国国家科学技術委員会に選抜され、次の年に派遣研修生として来日、セイコーエプソンで研修生活を送った。1988年より東京工業大学に入学、渡辺利夫教授に従師し、1992年、1995年に工学修士、博士学位を次々に獲得。その後、労働省職業安定局外国人雇用対策委員会委員、日本学術振興会外国人特別研究員、拓殖大學専任講師、フランス高等教育社会科学院研究員などを歴任。文部省、通商産業省による多数の研究プロジェクトに携わり、経済発展に伴う人口の流動、労働力の移転や地域経済の発展とする中国経済研究についての論文や報告書を多く発表している。現在中国に帰国し、理科系の名門である清華大学の国情研究センターにおいて新しい研究生活を送っている。

はじめに

北京と上海間の高速鉄道、いわゆる中国版の新幹線を建設する計画が大きく注目されている。周知の通り、計画された高速鉄道には巨額な投資が必要であるため、その採算性が問われている。ほかの運輸手段の便益と費用を合わせて考えると、500キロ以内の区域内の運輸手段として高速鉄道、1000キロを越える広い地域間には航空運輸を利用することは現状の中国の国民経済の発展を考えると、最もふさわしい選択である。従って、直線距離が1500キロを越える北京と上海の間に高速鉄道を建設すべきなのか、というの問題をめぐっては、慎重に検討する必要がある。

距離に対応する最適の運輸手段

現在の定義では、高速鉄道とは、時速200キロ以上で運行する列車のことを指している。今現在世界で運行している高速鉄道は、日本の新幹線、フランスのTGV、ドイツのICE、イギリスのAPT、イタリアのTAV系統などがある。それらの製造技術はそれぞれ異なっており、特に新幹線の製造原理はその他と大きく異なっている。

高速鉄道は一種の改新された鉄道交通手段であるが、あくまでも鉄道運輸の範囲に属している。それ以外の運輸手段には水上運輸、自動車道路運輸と航空運輸がある。これらの運輸手段はそれぞれ長所と短所を持っている。乗客を運ぶには、目的地までの乗用時間が、各運輸手段の合理的な距離のパラメーターである。水路が100キロ、自動車道路が200-500キロ、航空が1000キロ以上となっている。このため、遠距離の運輸に航空、中距離の運輸に鉄道、短距離の運輸に自動車道路など、それぞれ適切な手段があるが、航空は短距離の運輸に、自動車道路は遠距離の運輸にふさわしくない。

鉄道運輸の適切な範囲は200-500キロとなっており、高速鉄道も例外ではない。これまでの高速鉄道の先行国の経験から見る限りにおいては、乗客を乗せて走る場合は、時速は250キロ以上で、1-2時間以内の行動半径が望ましい。高速鉄道に大量の投資が必要であることを考えると、大きな資金回収が当然必要になる。従って、いかに高速鉄道沿線の乗客を乗車利用にひきつけるかは、高速鉄道経営の採算性に直接にかかわる大変重要な問題である。その上、そもそも高速鉄道の本来の目的は、乗客を大量かつ高速に運輸することであり、従って、高速鉄道は人口が密集し、繁栄している地域に建設すべきであるとも言える。

地域経済学の角度から考えると、200-500キロの範囲は一つの完璧に近い経済圏である。わが国には少なくとも、北京、天津を中心とした京津唐経済圏、上海、南京を中心とした長江三角州経済圏、香港、広州を中心とした珠江三角経済圏がそれぞれ形成されつつある。しかし残念なことに、経済が発達し、人口が密集しているこの3つの経済圏には、未だに高速かつ大量に人口を移動させる有効な手段がないことは、これら経済圏の経済発展や都市開発を妨げている。もしこの3つの経済圏の区域内に高速鉄道を建設するなら、その経済収益、経済効果はもちろん、高速鉄道の技術、管理能力の向上に対する貢献も、相当に大きいと予期できる。

日本をはじめとする諸国の経験と教訓

北京と上海(将来は北京と広州)間における大量の人口運輸にどうやって対応するか。80年代の初期に両地の間に高速鉄道を建設する計画がすでに提起されていたが、その提案は明らかに日本の新幹線、特に東京から新大阪までの新幹線の影響を受けたものである。実際の日本の新幹線の運営状況は、一体どうなっているのだろうか。

東海道新幹線は1964年に運行を開始した、世界で初めて商業運営に乗り出した高速列車である。線路の全長は515キロであり、東京、横浜、名古屋、京都、大阪の5つの主要な都市をつなげている。疾走する新幹線の列車は桜が満開している富士山の山裾を駆け抜ける風景は、もはや現代の日本を代表する場面として、世界によく知られている。東海道新幹線の毎日の利用者数は、運営開始当初の6万人から、現在では36万人に上り、年間では一億三千万人以上となっている。これほど大きな運輸量に対応するために、現在東京駅から凡そ4分おきに一列の新幹線の列車(3つのモデル)が発車している。ラッシュ・アワーの時には、一時間に数十本の列車が東海道沿線で走っているが、それにもかかわらず各列車の車内は非常に混雑している。

このような大量の乗車客数によって、東海道新幹線はもはや日本鉄道システムの「金のなる木」となっており、その成功ぶりは当時日本の鉄道の管理部門に大きな自信をもたらした。1969年の企画には、1985年までに総距離が7200キロで、日本列島を貫通する新幹線の建設案が作られたが、実際には2000年までにわずか1952.5キロの5つの新幹線を増築しただけで、日本の国鉄がすでに深刻な経営赤字に陥り、それ以上の増築を断念せざるを得なかった。1987年日本国鉄が解体し、民営化になる際、負債総額はすでに25.4兆円に上り、その主要な原因は新幹線を建設する際の高額な投資であった。

東海道の新幹線が通過した515キロの地域と比べ、その他の新幹線が通過した1437キロの地域の大半が人口の過疎地域であり、客数が決して多くなかったことが、赤字経営に至った原因である。このため、毎朝6時から8時までのラッシュの時には、東京駅から一時間おきに発車させている東北の仙台、盛岡行きの5本の列車の内の4本が、100キロ地点の宇都宮で折り返し、東京行きのお客さんを運んでいる。このため、実際に東北方面に走る列車はたった一本しかなく、宇都宮より北の地域において、新幹線がその役割を殆ど果たすことが出来ない。よって、東北新幹線は休み期間中だけは充分の客数を保証することができるのである。

このほか、高速列車を運営しているフランス、ドイツ、イギリス、イタリアといったヨーロッパ諸国においても、日本の新幹線と類する現象が見られる。例えば、フランスのパリからリヨンまでの421キロの東南線では経済と社会の収益性は両方共に良いが、89年から運営を開始したパリからノルマンディまでの大西洋線は経済性が悪く、パリから出発したわずか一時間後、各駅停車となっているのである。

日本とフランス両国の経験を比較すると、以下の結論が得られる。

1.500キロ前後の中距離の移動範囲に対して、高速鉄道は非常に優勢を保っているが、500キロを超えると、航空などの運輸手段に乗客を奪われやすい。

2.高速鉄道の建設には巨大な投資が必要であるため、乗車可能な客数や通過する地域の経済状況を考慮すべきである。

3.距離の高速鉄道は規模の経済効果を上げることが難しい。日本の新幹線が総距離を伸ばしたことで経営難に陥った例は、この点をよく説明している。

このような経験を踏まえ、われわれは北京と上海間に予定されている高速鉄道を検討してみよう。

北京-上海の間に新幹線より航空便

北京と上海間の高速鉄道の総距離は1600-1800キロであり、1463キロ(現在の鉄道の距離)より長く、日本の新幹線の総距離近くある。投資総額は1500-2000億元と見込まれ、1999年のわが国のGDPの2.0%に当る。これは空前の金額であり、国民生活にかかわる重大な意味を持っているため、このプロジェクトをいろいろな角度から検討する必要があることはいうまでもない。さらに重要なのは、新しい方法や真新しい開発戦略を試みることを忘れてはいけないということである。なぜなら「伝統的な開発モデルを採用し、先進諸国を追いかけるならば、その格差はさらに拡大する。従って、中国は非伝統的な開発モデルを選択し、中国の国情にふさわしい独自の生産力の発展方式を探る必要がある」(中国科学院、清華大學国情研究センター。2000年6月)。

われわれにとって、有利な点は先進国の経験や教訓を吸収できることにある。北京と上海間の直線距離は1500キロであり、運輸距離から見る限りでは、航空運輸が最もふさわしい運輸手段であるはずである。高速であると同時に機動性が高く、5-10分間ごとに往復する航空運輸システムは、大量の地域間の人口移動に十分対応できるはずである。表を見ると、われわれは以下の結論に達することができる。往復の航空運輸システムの投資は、北京と上海間の高速鉄道の投資のわずか十分の一にすぎないのに、その運輸能力がもはや高速鉄道の半分に達している。しかも、時間も高速鉄道の三分の一まで短縮することができる。その上、投資回収率が高く、往復航空運輸が作りだした競争力及び充実したサービス能力は、高速鉄道のそれより明らかに優れている。

従って、われわれは北京と上海間の高速鉄道がもたらす経済収益を、楽観的に推測することができない。500から1200キロの地域は明らかに乗客数の不足が予測されるため、もはや巨大な経営赤字は避けられない。

表 北京と上海間の主要運輸手段の比較
表 北京と上海間の主要運輸手段の比較
(注 自動車道路と水路の運輸が含まれていない)

全長515キロである日本の東海道新幹線の年間利用者数の目標は一億三千万人に達することである。東海道新幹線の距離を3倍も上回る北京と上海間の鉄道は四億人の利用者数を実現しないと、この経営目標に達することは不可能である。これは非常に非現実的である。例え、北京と上海間の年間での移動人口の利用者数が二億人に達したとしても、その半分に当る一億人は高速鉄道を利用するという前提は現実とかけ離れている。従って、費用と便益の角度から総合的に見ると、北京と上海間の高速鉄道の経営効果がいかに低いかが十分推測できる。

これからの新幹線建設を考える

高速鉄道のもう1つの重要な課題は、速度が上がる点である。現在技術的には時速500キロを突破することが可能だが、実際の運行の時の時速はせいぜい300キロに達しているだけである。なぜなら速度が速ければ速いほど、空気の抵抗力が大きく、しかも空気の抵抗力は速度の何倍もの倍率で上昇する。高速鉄道が時速250キロに達してから速度をそれ以上に上げるには、巨大なエネルギーを消耗しなければならない。それにつれ、線路近くの地域に対する騒音と振動の公害も上昇させられる。「高速列車公害」は6、70年代欧米や日本を悩ませた環境公害の1つであるが、未だに十分に解決されていない。

今日、鉄道の高速化はもはや時代の趨勢の1つである。われわれは高速鉄道に対する投資には産業や技術の波及効果がある上で、仮に経済圏に高速鉄道が存在すれば、乗客の行動半径を大きく拡大することができると思う。例えば、日本の東京地域における通勤族たちの行動半径は新幹線が開通する前の30キロから現在の120キロまで拡大し、さらに将来300キロに広がる予定である。これは中心都市に対する圧力を減少し、経済圏内のビジネスチャンスを促し、そして地域内における分業型の都市群の形成にとって、最も重要な意義を持っている。北京・天津及び長江三角州といった2つの経済圏は中国全土において、最も重要な地位を占めており、中国全体の発展戦略にとって、明らかに大きな推進作用を持つと同時に、現存の全国の鉄道に対して、改善や速度の上昇の面で良い手本を示す必要があることも見逃してはいけない。

全文を総括すると、可能ならば、われわれはまず地域圏内における高速、大型の運輸システム、具体的に、杭州-上海―南京間の高速鉄道(全長500キロ)を先に導入すべきだと考える。こうすることによって、短期間における高額の投資が避けられ、収益性も維持される。さらに、高速鉄道の建設技術及び運営管理能力を累積し、次の機会があれば、他の適切な経済圏に広げていくことができる。一方、高速鉄道の導入に当って、欧米や日本の過ちをできるだけ回避し、沿線の住民に対する環境保護に十分注意を支払うべきである。高速鉄道は都市間における大量の人口移動に有効であるが、しかし沿線の広い地域におけるそれまでの交通線路を中断させる恐れがあり、住民の日常生活の不便をもたらしかねない。従って、高速鉄道を企画する際、通過する地域の交通状況に十分考慮すべきである。

同時に、北京と上海間の人口移動には、往復の航空運輸を導入することで、時間と費用を節約することができる。現在の鉄道運輸を積極的に利用、開発すれば、これから十年間の人口の移動問題に十分対応できるはずである。IT革命の進行に伴い、情報化が加速され、ある程度地域間の人口移動を減少させる。そして、中国社会はこれから高齢化に突入することも、地域間の人口移動を緩和する重要な要因の1つであろう。

中国社会に最も適切な高速かつ大量の運輸方法をいかに実現できるのか、これは本稿の出発点である。われわれの結論では、地域内における高速鉄道+地域間の往復の航空運輸が、中国の国民経済の現状の発展段階に最も適応した選択である。なぜなら、地域内の高速鉄道(500キロ、北京と上海間の高速鉄道に対する投資の予算金額の三分の一)+北京と上海間の往復航空運輸システム(計画されている北京と上海間の高速鉄道に対する投資の予算金額の十分の一)+現存の鉄道システムを改善する、この3つの総費用は高速鉄道に対する投資の予算金額の半分しかない。投資回収の角度から考えると、往復航空システムは機動性が強く、客数に応じて調整できる上、目的地を自由に変更することも可能である。こう考えると、基本的に経営赤字に陥る心配はない。同時に上海―杭州―南京間の高速鉄道はわが国の最も豊かな、しかも人口が密集している長江三角州地域を貫いているため、その乗車客数と経済収益性がほぼ保証されている。さらに上海を21世紀の国際大都市とわが国の改革開放の新しい起点へと促進させることは、それ以上の大きな社会的効果と政治的意義を持っている。

2001年9月24日掲載

出所

『中国国情分析研究報告』、中国科学院、清華大学国情研究センター(2000年8月10日)、東京工業大学大学院湯可鋒との共著。
※原文は中国語。和文の掲載に当たって、著者の許可を頂いた。

2001年9月24日掲載

この著者の記事