Special Report

ロシア排除が進むWTO体制-米国・同盟国による最恵国待遇(MFN)の停止-

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

ロシアのウクライナ侵攻が続き、連日多くの犠牲を出している。米国、EUほか西側民主主義同盟国は、一致して国連総会・安全保障理事会での政治的非難、武器提供、インテリジェンス協力や資金援助等によってウクライナの防戦を支援している。とはいえ、西側同盟国はNATO未加盟のウクライナのためにロシアとの武力衝突の危険をはらむ軍事的支援に踏み切れないところ、目下のところ経済制裁が重要な対抗手段になっている。

経済制裁は多様な手段で行われており、プーチン本人・側近・大物財界人(オリガルヒ)の個人および特定金融機関の海外資産凍結、戦略物資の輸出禁止、自国へのロシア機離着陸禁止などが含まれる。中でも最も実効性が高いと言われるのは、SWIFT(国際銀行間通信協会)の決済ネットワークからの排除であり、これによってロシアは海外送金やドル決済手段を奪われ、海外取引が著しく阻害される。

企業レベルでも、すでに多くの海外企業がロシア市場から撤退を始めた。エクソンがサハリンI、シェルがサハリンIIおよびノルドストリームIIから撤退し、トヨタ、日産も一時操業を停止した。その他にも、アップル、H&M、イケア、マクドナルド、Netflix、KMPG、ビザカードなど、多業種に及ぶ企業がロシアからの撤退・一時操業停止を決めた。経営判断の背後には、経済制裁による事業継続困難、今後の地政学的リスク、ブランドイメージの毀損(きそん)などがあるようだが、ロシアはこれを企業レベルでの対露制裁ととらえ、こうした撤退企業の資産を国有化する方針を示した(産経2021.3.11)。

このように見れば、実態において、すでにある程度ロシアは国際通商のネットワークから切り離されつつあるようだが、他方で制度上もロシアをWTOから排除する動きが顕在化しつつある。当事者のウクライナは、3月2日付(以下、日付は全て2022年)のWTO一般理事会への書簡により、ロシアとの関係においてWTO協定の適用を全面的に停止することを通報した。すなわち、ウクライナは今後WTO協定適合性の有無にかかわらず、いかなる措置でもロシアに課すことを一方的に宣言したことになる。さらにウクライナは、他の加盟国もこれに同調することを呼びかけている。

対露MFNの停止

このウクライナの呼びかけに、最恵国待遇(Most Favoured Nation –MFN)の停止というかたちでいち早く応じたのは、カナダだ。3月3日、フリーランド(Chrystia Freeland)副首相・財務相(興味深いことに、氏の経歴によれば、氏は大変なロシア・ウクライナ通で、しかも家庭ではウクライナ語を話すほどのウクライナ・シンパである)は、カナダはロシアに対して最初にMFNを停止する国になるとの声明を出すと共に、同日付でロシア、ベラルーシに対してこれを実施する行政命令を公布している。この結果カナダでは、ロシア産品には35%かMFN税率のどちらか高い方が課されることが原則となった。

MFNはGATT/WTO体制の礎石(cornerstone)とも言われ、多国間貿易秩序の中核的な基本原則である。MFNを規定するGATT1条1項によれば、加盟国は自国がある産品に課す最も低い関税率を等しくWTO加盟国からの輸入に課さなければならない(ただしFTAおよび途上国向け特恵関税に優遇は例外)。従って、各加盟国はWTOで約束した品目別の上限税率(譲許税率、MFN税率あるいは協定税率ともいう)を等しく他の加盟国からの輸入に課すことを基本とし、より低い実行税率を設定する場合は、それも無差別に他の全てのWTO加盟国からの輸入に適用することが原則になる。このMFNはその他の輸出入に関する法令・規則、消費税のような内国税にも適用され、これらについてWTO加盟国産品を無差別に取り扱わなければならない。MFNが剥奪されると、ロシア製品のみ関税や通商関連法令において不利な待遇に甘んじることになる。

米国の対応

この時期、米国でも同様にMFNの停止に向けた検討が始まっている。早くもロシアのウクライナ侵攻開始翌日の2月25日には、米国下院では、通商を所管する歳入委員会通商小委員長を務めるブルメナウアー(Earl Blumenauer)議員(民主党)らがロシアへのMFN(米国法では恒久的正常通商関係(permanent normal trade relations-PNTR)と称する)供与を停止する法案(H.R.6835)を提出した。法案は米国自身の措置だけでなく、同盟国に同様の対応を働きかけることを大統領に義務付けている。上院でも3月1日にやはり通商を所管する財政委員長のワイデン(Ron Wyden)議員(民主党)が同趣旨の法案(S.3722)を上程した(Inside U.S. Trade, Mar. 4, 2022, p.1)。

現在に話を戻すと、上記の法案は一度上院財政委員会・下院歳入委員会において超党派の一本化が合意されたが、その後、バイデン政権の懸念を受けて、一度はMFN停止規定が落とされた法案(H.R.6968)が下院に上程された。しかし、ワイデン議員ら上下両院の有志議員がMFN剥奪を盛り込んだ新たな法案(S.3786)を再度提出するなど、3月9日、10日あたりにかけて修正にあらがい、強い法案の文言を求める圧力が議会で高まった(Inside U.S. Trade, Mar. 10, 2022, p.1; CNN, Mar. 11, 2022)。そして3月11日、ついにバイデン大統領は、G7、EU、その他のNATO加盟国と連携の上、ロシアにWTO協定上保証されているMFNを剥奪することを宣言した。バイデン大統領の会見によれば、ここ数日の議会とホワイトハウスの間での法案調整が、実質的には同盟国と共同歩調を取る良い「時間稼ぎ」になったようだ。

バイデン大統領の声明の後、同盟国もこれに続いた。同日、EUのフォンデアライエン欧州委員長が対露MFN停止を発表し、また翌12日には、MFN停止に関するG7首脳緊急声明が発出されている。

なぜMFNか

数ある通商制裁の中でもこのように米国議会がMFN停止に焦点を定めて熱心かつ迅速に動きだすのには、歴史的な経緯がある。元々米国では、1974年通商法のジャクソン・バニク修正条項(19 USC §2432)によって、旧ソ連、中国、その他旧東欧諸国を中心に、移民の自由や人権保障に懸念のある非市場経済国家に恒久的なMFN供与は認めず、人権保護等の状況を審査の上でMFN供与を年次更新してきた。しかし2001年の中国のWTO 加盟にあたり、この制度のWTO協定整合性が問われ、米国は中国をその対象から除外した(川瀬 [2001])。ロシアについても同様で、2012年のWTO加盟に際して、マグニツキー法(Pub. L. 112-208)によって、ようやくジャクソン・バニク修正条項対象国から外れることになった。

その正式名称(Russia and Moldova Jackson-Vanik Repeal and Sergei Magnitsky Rule of Law Accountability Act of 2012)が物語るように、マグニツキー法は、ロシア人弁護士セルゲイ・マグニツキー氏の不当な獄中死(氏はロシア税務当局の不正を告発した)に責任のある個人に対する制裁を条件として、米国議会がロシアにPNTR を認める趣旨の立法だった。その意味では、米国議会にとってロシアはそもそも当然にPNTRを与える、つまり正常な通商関係を取り結ぶ相手ではなく、あくまで人権侵害の改善がその条件となるものと理解されている。従って、国際人権・人道法上問題のある今回のウクライナ侵攻を目の当たりにすれば、PNTRを剥奪することは、通商政策に明るい議会筋には当然の感覚だろう。

実効性はあるか

MFNの剥奪は、こと米国の関税に関して言えば、それほどインパクトがない。米国の関税率表上、MFN税率との比較で、確かに非MFN税率は輸入不可能なレベルで高い。しかし、ロシアの対米輸出は天然資源(エネルギー、水産物など)に偏っており、これらについては非MFN税率自体が低いので、総じてロシアにはあまり影響はないと評価される(Gresser [2022]、ただしチタン類など一部対露依存度の高い高関税品目あり。Cimino-Isaacs & Wong [2022], p.2)。米国議会もこの点に留意しており、上記のワイデン法案は必要に応じて非MFA税率を引き上げる権限を大統領に与えている。もっとも、それでもそもそも米国はロシアの輸出相手国に占めるシェアが小さく、やはり米国だけではMFN撤回は実効性に乏しい。

しかしこれにG7その他の同盟国が続くとなると、状況は一変する。ロシアの貿易相手国としてはEU(特にドイツ、オランダ)が重要であり、ロシアの総輸出の実に4割以上を輸入している(経産省 [2020] p.131)。また、ロシアの輸出は鉱物性燃料に著しく偏っている(経産省 [2020] p.133)。従って、最も有効な制裁は、欧州がエネルギー産品の輸入禁止でロシアの軍事資金源を断つことであると指摘されてきた(O’Hanlon & Victor [2022])。もっとも、EU、特にロシアへのエネルギー依存が大きいドイツは、石油や天然ガスの輸入制限には消極的な姿勢を隠さない(時事2022.3.7)。それでもEUは年内にロシアからの天然ガス輸入を6割以上削減する計画を公表しており(時事2022.3.9)、更に今後実際にエネルギー産品の関税を引き上げるのか、引き上げるとしてどの品目をどの程度引き上げるのか、あるいは単に法的なMFN停止の宣言にとどまるのかが、焦点になろう。

先述のG7首脳緊急声明にも、若干微温的な雰囲気が見てとれる。同声明には、「我々は、各国の手続と整合的な形で重要産品に関するロシアの最恵国の地位を否定する行動をとるよう努める。(“we will endeavor, consistent with our national processes, to take action that will deny Russia Most-Favoured-Nation status relating to key products.”)」(下線は筆者)とあり、このかぎりでは、全面的な対露MFN停止が前提ではなく、また、それぞれの国内法で可能な範囲内で実施する努力目標となっている。カナダのようにすでにほぼ全面的に高関税を導入している国もあるが、他の同盟国については、制裁としての実効性は各国の覚悟次第であることがうかがえる。

日本については、ロシアの輸出シェア3%程度と、輸出相手国としてはさほど重要ではない。しかし、ロシアからの輸入は、原油やLNGなどのエネルギー、木材、アルミやレアメタルの非鉄金属、そしてカニやウニなど食卓に欠かせない水産物などがほとんどで(税関調べ)、実効性のある制裁には、これらの物資にもMFNを撤回し、関税引き上げを行わなければならない。しかし、供給不足と価格高騰が懸念され、特にエネルギーについてはその影響の裾野は広い。国民生活への影響とG7協調のはざまで、政府は難しいかじ取りを迫られることになる。

対露MFN停止はWTO協定整合的か

こうした措置はGATT1条1項のほかWTO協定の主要な基本原則に反する。しかし、冒頭で言及したウクライナの一般理事会宛書簡にあるように、各国はこれらの措置は安全保障条項(GATT21条GATS14条の2TRIPS協定73条)で正当化されると理解している。それぞれの(b)(iii)には、「戦時その他の国際関係の緊急時」に「自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める」措置を取ることができると規定されている。少なくともウクライナがこの「戦時」であると国際社会が認識していることは、3月2日の国連総会で採択された対露非難決議文からも明らかだろう。ロシア・貨物通過事件(DS512)パネルは、今回よりも小規模の武力衝突だった2014年のクリミア危機を戦争そのもの(“hard core”)に近い「国際関係の緊急時」であると認めている(詳細は川瀬 [2019])。

米国ほか対露制裁を課すその他の国についても、現状は単なる政治的緊張を超えた「国際関係の緊急時」にあると考えられる。プーチン大統領は、米国、EU他の同盟国に、ウクライナへの大規模な武力侵攻の傍らで「飛行禁止区域設定なら交戦と見なす」、「対露制裁は宣戦布告のようなものだ」等の威圧的な発言を繰り返し、また、核抑止部隊に特別警戒態勢を取るよう指示した(朝日2022.2.27産経2022.3.6AFP 2022.3.6)。現在のところ発言にとどまるとはいえ、同盟国は場合によっては核攻撃の危険にさらされるおそれがある。

ロシア・貨物通過事件パネルは、ロシアの主張に沿い、各加盟国が「安全保障上の重大な利益」を自己判断する幅広い裁量を認めた。特に今回のような典型的な戦時では、米国ほかのWTO加盟国がロシアの対応に脅威を感じ、自国の「安全保障上の重大な利益」の保護のためにMFN停止や禁輸措置を取ったとしても、ロシアがこれを非難することは困難であろう。皮肉なことに、ロシア自身が安全保障条項を援用してウクライナの輸出を妨げた結果が、今自らに跳ね返ってきている(Aaronson [2022])。

進むロシアのWTO排除

この他にも、バイデン大統領は、3月8日の大統領令で原油ほかのエネルギー産品、11日の記者発表では水産物やダイヤモンドなどにつき、ロシアからの輸入を禁止した。EUもMFN停止と同時に鉄鋼製品の輸入禁止を発表している。これらは本来GATT11条1項で禁止されている措置だが、やはり現下の情勢に鑑み、安全保障条項で正当化されるものと考えられる。

より制度的な排除としては、WTOの各理事会・委員会の議長選任に影響力を有する先進国調整グループ(the Developed Countries Coordinating Group)におけるロシアの参加資格が停止された(Inside U.S. Trade, Mar.10, 2022, p.7)。また、ウクライナは、3月9日のTRIPS理事会でロシアのWTO加盟自体の是非を問うており(Inside U.S. Trade, Mar.10, 2022, p.3)、米国の対露MFA停止法案にもロシアのWTO加盟国としての権利停止を他加盟国に働きかけることを大統領に求める規定が含まれている。さらに、元WTO上級委員のバッカス(James Bacchus)は、ロシアを強制的にWTOから脱退させる手法について論じている(Bacchus [2022]; Cimino-Isaacs & Wong [2022], pp.3-4)。

このほか、金融についても、バイデン大統領は3月11日の会見でIMFや世界銀行(世銀)による対露融資停止を発表し、また、国際決済銀行(BIS)もロシア中銀の参加資格を停止するなど(時事2020.3.11)、国際経済体制からのロシアの排除が進んでいる。戦況の先行きが見通せない中、経済制裁が長期化すると、こうしたロシアの切り離しがいっそう進むことは不可避だ。たとえ戦闘自体は短期的で終結するとしても、その回復には途方もない時間が必要になるだろう。ロシアが多国間経済システムの中で失った信頼はあまりに大きい。

参考文献

2022年3月14日掲載