世界の視点から

リスク不寛容と世界経済:新たなマクロ経済的枠組み

Ricardo CABALLERO
MIT経済学教授

Alp SIMSEK
MIT経済学准教授

世界的に利子率が低下傾向にあるが、他方、資本のリターンは不変、あるいは上昇傾向にある。リスク資産と安全資産の格差が拡大している背景には、さまざまな理由がある。本稿では、長期にわたりリスクに不寛容な世界経済の現状を説明するとともに、こうした経済環境にふさわしい新たなマクロ経済的枠組みについて概説する。また、この枠組みを用いて、世界のマクロ経済の現状とその根底にある脆弱性、低い均衡利子率と活発な投機の共存について議論する。

過去数十年間における世界経済の否定しがたい現実の1 つは、世界的に無リスク利子率が低下傾向にあるということである。現在、米国債の利子率は、1990年と比較して(すべての満期において)約800ベーシスポイントも低い(たとえば、自然利子率の比較可能な傾向に関する、Laubach and Williams (2003)による最新の情報を参照されたい。彼らは、無リスク利子率の低下が構造的な現象であることを明らかにしている)。Caballero et al. (2017) は、長期にわたる無リスク利子率の低下は、同期間において安定的、もしくは上昇傾向にある米国経済の物的資本の収益率と対照的であると指摘している。

リスク資産と安全資産との収益率格差が拡大している要因は、たとえば財市場における競争の鈍化や技術変化など、多岐にわたる。その中で最も重要な要因は、2000年以降、株式リスクプレミアムが着実に上昇していることであり、サブプライム危機によって、この傾向に拍車がかかった。米国では最近になってようやく落ち着きを取り戻しつつあるが、米国以外のG5諸国では依然として上昇傾向にある(図1を参照)。リスクに対する不寛容の高まりは世界的な現象で、世界経済、各国経済双方にとって重大なマクロ経済的影響を及ぼす。以下、その一部を説明したい。

図1:株式リスクプレミアム
図1:株式リスクプレミアム
注:実線は(将来に予測される)米国の株式リスクプレミアム。点線は、G5諸国の株式リスクプレミアムの単純平均。
出所:株式リスクプレミアムの9種類の計算方法の中央値として、Datastreamに基づき作成。

マクロ経済的枠組み

従来のマクロ経済分析が重視しているのは、生産能力によって生み出される(潜在)産出量と、産出量への需要を生み出す消費者と企業の楽観主義である。そうした十分な楽観主義がなければ、景気を後退させる産出量ギャップが発生するが、産出量ギャップは、金融政策と財政政策によって部分的に相殺できる可能性がある。

従来の分析とは異なり、我々は最近の論文において、リスクに対して不寛容な最近の環境では、2つの潜在的なギャップに焦点を当てる方法に分析を広げることが重要であると論じた(Caballero and Simsek 2017a)。既存の(そして拡大し続ける)生産能力は、生産だけでなくリスクの引き金になる。生産もリスクも、それぞれに対する需要を必要とする。リスクに対する需要が十分でなければ、産出量ギャップおよびリスクギャップが発生する。2つのギャップは互いに影響し合い、深刻な景気後退を招く恐れがある。

この相互作用と、生産能力が拡大している環境においての金融政策の役割について理解するため、マクロ経済的な不確実性が高まる状況を想像して欲しい。こうしたショックに対する最初の反応は、生産能力によってもたらされるリスクを経済主体が受け入れようとしなくなることである。このリスクは、生産能力をまかなうための金融資産に生じるものである。この意味では、高リスク投資の機会費用を低下させることによって金融政策はその効果を発揮する。中央銀行は、無リスク利子率を低下させることで株式のリスクプレミアムを引き上げ、高リスク資産を保有している経済主体が感じる高い不確実性に対する補償を行うのである。すなわち金融政策はリスクギャップを縮小させ、結果的に産出量ギャップの拡大を防止するのである。

しかし、ボラティリティ上昇を相殺できる程度に利子率を調整できなければどうなるのか? 先進諸国はゼロ金利制約(あるいは金融システムに悪影響が生じる恐れのある実質的な下限制約)に近い状況にあるため、利子率を調整できなくなる可能性が高い。一方、新興市場諸国では、通貨急落やインフレ急上昇への懸念から、利子率の調整が制限されてしまう恐れがある。その結果、リスクギャップが拡大し、(高リスク)資産の価格が下落する。さらに資産効果を通じて消費が抑制され、標準評価(限界Q)の経路を通じて投資が抑制されてしまう。これによって産出量ギャップが発生し、収益と資産価格が低下し、さらにリスクギャップが拡大する。

リスクギャップと産出量ギャップの膠着状態をとめられるのは、景気回復への十分な楽観視だけであり、この場合、資産価格の下落によってキャピタルゲインが期待できれば、経済主体は高リスク資産を購入するインセンティブを感じるようになる(これによってリスクギャップは縮小する)。すなわち、リスクギャップが産出量ギャップとなるのは、(リスクギャップを縮小するのに)必要な資産価格の下落を受け、総需要が減少するからである。

さらに厄介なのは、経済主体が悲観的になり、不確実性の高い状態が長期にわたって続くと予想する場合、資産価格の下落が総需要と収益に及ぼす悪影響が、資産価格下落によって期待されるキャピタルゲインを上回ってしまう。その結果、深刻な下方スパイラルと景気後退を引き起こし、資産価格と総需要が互いを引きずり下ろしてしまうことになる。

上述した景気後退プロセスの引き金となるのは外生的なリスクショックだが、ボラティリティは内生的にも上昇する。金利が硬直的でない場合、金利政策は、資産価格に及ぶリスクショック(ボラティリティの急上昇など)による影響を最適に軽減することができる。金利に制約がある場合、こうしたショックは資産価格の乱高下を招き、資産需要と均衡(自然)利子率をさらに押し下げる。こうした予測は、下方ボラティリティの抑制を目的とした、多数の非伝統的政策手段の裏付けとなった。大不況期において金利政策がその効力を失った後、主要中央銀行はこうした政策手段を実施した(大不況後における中央銀行の政策に関する分析については、Caballero and Simsek 2017bを参照)。

「正常な」時期と投機

サブプライムローン問題と欧州危機が発生した後の数年間は、はっきりと下方スパイラルが見て取れるが、現在の世界経済は、勢いが強い一方でボラティリティは低い。しかし、昨今のリスク不寛容な環境と見通しが持つ意味合いは、通常の(すなわち景気後退局面でない)低ボラティリティである状況にもやや意外な形で影響を与えている。これが、我々の論文Caballero and Simsek (2017b)のテーマである。

上述した下方スパイラルへの懸念は、回復局面におけるリスク不寛容の原因となっており、このことによって無リスク利子率が押し下げられる。こうした利子率の低い状況では、相対的に楽観的な経済主体は投機に向かうようになる。投機が活発化すれば、経済がボラティリティ急上昇のリスクに直面する可能性は高まる。その結果、楽観的な見方が消え去り、(上述のとおり)楽観主義の欠如によって危機は深刻化する。したがって投機によって、平均的な経済主体はこれまで以上に不確実性を感じるようになり、自然利子率がさらに低下するのである。言い換えれば、恐怖によって押し下げられた自然利子率は、困ったことに利子率を実効下限制約ギリギリに押しとどめ、さらに投機をも助長してしまう。その結果さらに恐怖心が刺激されるという連鎖が続いてしまうのである。

さらに複雑なことに、資産価格評価が総需要に与える影響力が低下しているため、こうした内生的な脆弱性は現在、さらに深刻化している。消費サイドでは、富の格差拡大によって、富に対する限界消費性向が低下しつつある。投資サイドでは、マークアップの上昇により、実質投資と資産価格の関係が希薄化している。すなわち、10〜20年前と同水準の総需要を現在において生み出すためには、より高い資産価格評価が必要であることを意味する。繰り返しになるが、この高い資産価格評価を正当化する均衡メカニズムは、低く抑えられた自然利子率である。これによってリスクに不寛容なメカニズムが強化・助長されるのである。

この環境においてマクロプルーデンス政策が効果を発揮する余地は十分にある。なぜなら、楽観主義者によるリスクテーク(およびその結果としての投機)は、総需要の外部性と関わっているからである。ボラティリティの急上昇によって楽観主義者の資産が減少すれば、資産価格と総需要が低下する。(ボラティリティが急上昇した場合、)楽観主義者は自らのポートフォリオリスクが資産評価に与える影響を考慮に入れていないので、社会的に過度なリスクテークが発生する。我々はCaballero and Simsek (2017a)において、楽観主義者のリスクテークを制限するマクロプルーデンス政策を実施すれば、パレート改善を実現できる可能性があることを示した(すなわち我々は、投資家の厚生を投資家自身の信念に基づいて評価したのである)。さらに、健全性規制の強化は、現在の総需要に必ず負の影響を及ぼすことから、この政策は本質的に循環増幅的なものとなる。しかしボラティリティが低ければ、こうした影響は金利政策によって容易に相殺することができる。一方で、ボラティリティが急上昇している上に実効下限制約が厳しい場合、相殺は容易でない。

現在の脆弱性:両極化した世界

現在の完全雇用均衡が、高い資産価格評価や低利子率、高い株式リスクプレミアムのみでもたらされたわけではなく、記録的な低い水準の実現ボラティリティも同時進行的に発生している。総需要を下支えするために必要な資産価格評価を生み出すため、リスク市場の均衡状態は非常に高いシャープレシオが必要なようである。その結果、ボラティリティの急上昇が頻発すれば、世界経済は非常に脆弱になる。

何がこうした急上昇を引き起こすのか? 過去のエビデンスによると、主に3つの危険が存在することがわかる。すなわち市場におけるテクニカルな調整、(ボラティリティの急上昇が原因であるものを除く)景気後退、そして地政学的な出来事である。テクニカルな調整は金融市場における短期収益に関する懸案事項であり、現在の世界経済において最も差し迫った懸念材料ではなさそうである。というのも、金融システムにおける連鎖反応がない限り、市場の調整が長期的なボラティリティ上昇のきっかけになるとは考えにくいからだ(主要な金融センターでは高い水準のバッファーが維持されているので、このような連鎖反応が起きることは考えにくい)。同様に、現在の世界経済の勢いを見れば、(ボラティリティの高止まりを理由とするものを除き、)景気後退が間近に迫っているとは考えにくい。とはいえ、景気の後退を招くようなボラティリティの急上昇が発生するならば、景気後退そのものがボラティリティを内生的に上昇させる可能性がある。

したがって、不安定化を招くボラティリティの急上昇を発生させる可能性が最も高いのは、地政学的な重大事態である。これは非常に厄介である。なぜなら、最も広く知られている地政学的リスクの指標が現在高止まりしていることに加え、1920年代以降の米国においてボラティリティが低かった過去のいずれの時期とも異なり、今回は無リスク利子率の水準が極端に低いからである。大胆な金融政策という緩衝装置がなければ、経済は、上述した下方スパイラルのリスクシナリオが現実化する瀬戸際に追い込まれる。

要約すると、現在の(勢いが良好で、ボラティリティが低く、投機が旺盛な)環境と、リスク認識の高まりによって誘発される世界的景気後退との間の距離が(ボラティリティの側面において)非常に近いという意味で、現在の世界経済は「両極化」しているといえる。

本稿は、2017年8月30日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2017年10月11日掲載)を読む

文献
  • Caballero, R J, and A Simsek (2017a), "A Risk-centric Model of Demand Recessions and Macroprudential Policy," MIT mimeo.
  • Caballero, R J, and A Simsek (2017b), "Destabilizing Speculation and Central Bank's Policy Puts in a Low Interest Rate Environment," MIT mimeo., forthcoming.
  • Caballero, R J, E Farhi, and P O Gourinchas (2017), "Rents, Technical Change, and Risk-Premia: Accounting for Secular Trends in Interest Rates, Returns on Capital, Earning Yields, and Factor Shares," AER Papers and Proceedings, May.
  • Laubach, T, and J C Williams (2003), "Measuring the Natural Rate of Interest," Review of Economics and Statistics 85.

2017年11月21日掲載

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