(ポイント)
- サマータイムは省エネルギーを主目的として多くの国々で行われている。
- しかし、これまでの研究によれば、サマータイムの省エネ効果は存在しないか、極めて小さいとされる。
はじめに
サマータイムは多くの国々で導入されており、日本でも数度にわたってその導入が議論されている。典型的なサマータイムは、春から秋にかけて時計を1時間進め、秋に時計を1時間遅らせることである。2021年の米国のカリフォルニア州を例にすると、3月14日(日)の午前2時が午前3時になり、11月7日(日)の午前2時が午前1時になった。東京の2020年6月20日の日の出は4時25分で、日の入りは19時だったが、仮に日本でサマータイムが導入されれば、それぞれ5時25分、20時になる。このため、夕方に照明を使う必要が低くなる。
サマータイムを導入する目的はいくつかあるが、最大の目的は省エネルギー効果の実現することにある (Kotchen and Grant, 2011)。このサーベイでは、サマータイムに省エネルギー効果が本当にあるのかどうかについて、関連する研究を紹介することにした。今回はサーベイ作りの実際の手順も紹介することとした。電力以外の研究が少ないため、本稿では電力消費に特化した。
サーベイ作りの手順
サマータイムは英語では"daylight saving time"と呼ばれることが多いので、Google Scholarという研究者向けのGoogleを使って、"daylight saving time" AND energyで検索した。一番上に出てきた論文はKotchenとGrantの共著で、"Does daylight saving time save energy? Evidence from a natural experiment in Indiana" (Kotchen and Grant, 2011)というタイトルで、このタイトルは本稿の問題意識に沿っている。この論文の引用先が130となっていて、この論文を引用した文献が130あることを示す。かなり多い数字なので、この分野を代表する有意義な論文であることが示唆される(後述するメタ解析でこの論文が実際にこの分野を代表する文献であることが紹介されていた (Havranek et al., 2018))。
ほとんどの論文では、自ら行う研究に先行する類似の研究をレビューするので、この論文を読むことによって、それ以前の類似の研究をある程度把握できる。また、Google Scholarの引用先の部分をクリックすると、この論文を引用した文献が出てくる。この論文と似たような研究の多くはこの論文を先行研究として引用するので、この論文以降の類似の研究がある程度把握できる。今回は引用先が130しかないので、個別にタイトルをチェックしても対応できる範囲である。
主な個別研究の結果
上述の通り、サマータイムの省エネ効果についての代表的な研究はKotchenとGrantの共著によるものである (Kotchen and Grant, 2011)。この論文は米国のインディアナ州の制度変更を利用している。インディアナ州は州全体でサマータイムを導入したのが2006年で、それまでは一部の郡だけが導入していた。2006年以前からサマータイムを導入していた郡と、2006年から導入した郡を比較することによって、差の差分析(DID)(注1)という計量経済学の代表的な分析手法によって、サマータイムが住居における電力需要に及ぼした影響を推計している。分析によれば、政策の意図に反して、サマータイムは住居における電力需要を増加させると推計された。全体としての増加は概ね1%だったが、夏の終わりから秋の始めにかけては2%から4%の増加と推計された。この理由を探るためのシミュレーションが行われていて、それによると、サマータイムによって、照明への需要が減る一方で、冷暖房の需要が増えたとされている。
ここから先はKotchen and Grant (2011)を利用することによって関連する他の研究を探して紹介する。Kotchen and Grant (2011)ではいくつもの先行研究が紹介されているが、代表的なものと思われるのはKellogg and Wolff (2008)である。Kellogg and Wolff (2008)は、2000年のシドニーオリンピックに際して、オーストラリアが一部の地域のみサマータイムを延長した事実に着目して、DIDによって、延長した地域と延長しなかった地域の電力消費量を比較している。それによると、サマータイムの延長は全体としての電力消費量を減少させなかったが、電力消費時間のシフトが起きたとしている。
次に、Google Scholarを使って、Kotchen and Grant (2011)を引用した研究に着目して、シミュレーション研究でなく、実際に個々の国毎にサマータイムの省エネ効果を検証したものを探して紹介することとした(ワーキングペーパーは除いた)。
ヨルダンの研究 (Awad Momani et al., 2009)によれば、2000年のサマータイムは照明用の電力消費を0.73%減らしたが、全体の電力需要はサマータイム開始時と終了時においてそれぞれ0.5%、1.4%増加した(2007年はそれぞれ0.2%減少、0.3%増加)。
南ノルウェーとスウェーデンにおけるDIDによる研究 (Mirza and Bergland, 2011)では、サマータイムによって両国の電力消費は少なくとも1%減少したと推計されている。ただ、実際には両国のサマータイム導入は国全体で一律に行われているため、比較対照群を作るための工夫(equivalent day normalization technique)が行われている。
西オーストラリアで一時的にサマータイムが導入されたことを利用したDIDによる分析によると、サマータイムによる電力需要への効果はほとんどなかったとされるが、午後遅くから早い晩にかけての電力需要は減っていて、電力需要がシフトしたとしている(Choi et al., 2017)。
カナダのオンタリオ州においてサマータイムの実施時期が毎年ずれていることを利用した分析によると、サマータイムが電力需要を1.5%減らしたという結果になった (Rivers, 2018)。
メキシコのサマータイムが1996年に開始されたことを利用して1982年から2016年までのデータを利用したDIDによる分析では、サマータイムによって全電力消費量が0.5%減少すると推計されたが、時期によって推計値が異なっていることに留意が必要とされている (Flores and Luna, 2019)。
スロバキアの研究では、サマータイムによる省エネ効果が同国の年間の電力消費量の0.5%を超えることはありそうにないが、電力の需要曲線をなだらかなものにしているとしている (Kudela et al., 2020)。
メタ解析によるサマータイムの評価
以上のとおり、サマータイムの省エネ効果についての評価は研究によって異なる。また、本稿で紹介した研究は全体の一部に過ぎない。世の中にある全ての関連研究をまとめて見た場合に全体としてサマータイムに省エネ効果があると言えるのだろうか。Havranek et al. (2018)がこの課題に取り組んでいる。
Harvranek et al. (2018)では、電力消費量に絞って世の中にあるサマータイムの省エネ効果を検証した研究をいろいろな方法で探してきて、最終的に44の研究に絞り込み、これらに出てきた162の推計を利用してメタ解析と呼ばれる手法によって、サマータイムの平均的な省エネ効果を推計した。それによると、サマータイム実施時における電力の省エネ効果は0.34%とわずかなものとされた。また、緯度が高い国々ほどサマータイムによって電気が節約される傾向があった。この論文では、分析結果を利用して、主な国々におけるサマータイムの電力消費量への影響を試算しており、日本の場合は0.112%の増加(95%の範囲で-0.666%と0.891%の間に入る)となっており、日本については省エネ効果はないと試算された。
終わりに(いくつかの教訓)
以上のとおりサマータイムの省エネ効果については疑問がある一方で、サマータイムには問題があることが指摘されている。一番問題なのは健康面で、体のリズムをおかしくするとして、サマータイムを廃止すべきという提言が出されている (Roenneberg et al., 2019)。サマータイムの導入直後に交通事故が増加する問題も指摘されている (Fritz et al., 2020)。
サマータイムの導入は、省エネに資するからという思い込みに基づいて実施した政策の典型例かもしれない。皮肉なことにサマータイムが根付いているのはEBPM(エビデンスに基づく政策形成)の先進国である欧米諸国だが、サマータイムの導入が主として20世紀中に行われており、詳細なデータを取得して効果を明らかにするEBPMのアプローチがまだ難しかった時期のことなので、やむを得ない面はある。ただ、新たにサマータイムを導入することを検討する国においては、先行研究を十分に吟味して、同じ轍を踏まないようにすることが重要だと思う。
EBPMへの示唆としてさらに細かいことを言うと、効果の検証ができるように制度の導入の仕方を工夫すること(この場合には制度の一律導入を避けること)の重要性をサマータイムの例は示している。本稿で取り上げた研究のうち、最も信頼できそうなのはKotchen and Grant (2011)だが、この研究が信頼できそうな事情として、研究対象となった米国のインディアナ州ではある時期までサマータイムが一律に導入されていなかった(導入している郡としていない郡があった)という経緯がある。これによって、サマータイムを導入する地域と導入しない地域の比較が可能になった。本稿で紹介した他の研究の多くはこのような信頼に値する比較ができなかったために苦労している。このエピソードは様々な制度導入に当たっても参考になるのではないだろうか。
最後に、サマータイムの導入は、行動経済学で唱えられるナッジの失敗例として記憶されるかもしれない。ナッジの代表的な主張者であるテイラーとサンステインは、サマータイムをナッジの例として評価している (Thaler and Sunstein, 2009)。しかし、実際には、サマータイムの導入による人々の行動変容は、意図した省エネ効果をもたらさなかった一方で意図しなかった交通事故や健康被害を生じさせた可能性がある。ナッジを進めるに当たっては、ナッジによって生じ得る行動変容が本当に望ましい効果をもたらすのかについてのエビデンスの慎重な検証が必要であり、そのような検証のないままに行われるナッジはスラッジ(注2)と化す恐れがある。サマータイムの導入はナッジの失敗例(スラッジ)として記憶されるべきかもしれない。