所長青木昌彦インタビュー「経済政策レビュー・経済政策分析シリーズの目指すもの」

ここでは、経済政策レビュー、経済政策分析シリーズすべての著作に企画段階から目を通している青木所長に、経済政策レビュー、経済政策分析シリーズのビジョンや今後の展開について話を聞いた。(文責:RIETI編集部谷本桐子)

RIETI編集部:

RIETIは発足から3年目の半ばを過ぎ、経済政策レビュー、経済政策分析シリーズも今年8月に発行された橘木ファカルティフェローの『企業福祉の制度改革ー多様な働き方へ向けて』でちょうど15冊目が出版されました。そこで、これまでの著作を振り返るとともに、各シリーズの目指している方向性や存在意義、また、今後のビジョン等についてお聞かせいただければと思っております。まず、刊行当初のシリーズに対する所長のねらいといいますか、目的をお聞かせ願えますでしょうか。

青木:

RIETIは独立行政法人として日本の経済政策のありかたについての研究成果を国民に還元していかなくてはなりません。したがって研究成果をどう普及していくか、あるいはどう政策を提言していくかということはRIETIにとって最重要な問題の一つで、当初から3つの柱を考えていました。ひとつは経済政策分析シリーズ。これは学術的にも評価に耐えうる著書を出していくことを目的としていました。それに対して2つ目の経済政策レビューは分析シリーズに比べるともう少し短期的に、政策イシューをとりあげて、いろんな角度から重要な政策問題に関してタイムリーな問題提起をしていく。それから3番目はホームページです。ウェブの即時性を活かして、素早く研究成果や提言を伝えていくものです。

RIETI編集部:

経済政策分析シリーズ、経済政策レビューにモデルはあったのでしょうか?

青木:

ブルッキングスなどは独自に自分達の出版局を持っていて、認知度も高く、アメリカの政策研究者はブルッキングスから本を出すことがとてもはげみになっています。それと同様に、RIETIの経済分析シリーズから本を出せば、大学関係者にもきっちり評価される、一流の学者として研究者の中で評判が高まるといったものになるといいなと思っています。徐々になりつつあるのではないかと期待しています。

RIETIは規模の小さい研究所として出発しましたから、自分達で出版社を持つというのは現実的ではなかったので、東洋経済新報社と提携しているわけですが、我々はベストセラーを目指しているわけではなく、現実との関連性を持たせた質の高い政策研究を目指している。東洋経済新報社は地味な本を大切にしてくれるというか、ストックも常に抱えていてくれるので、いいパートナーシップができているんじゃないかと思っています。地味といっても一番売れている『モジュール化』などはすでに7刷になりますが、モジュール化の問題はこれからの産業組織を考える上で重要ですし、まだまだ売れる可能性があります。

RIETI編集部:

所長はすべての本に企画段階から携わっており、どの著作にも愛着があると思いますが、特に思い入れの深いものがあったら教えてください。

青木:

伊藤秀史氏の『日本企業 変革期の選択』は私も研究会にずっと参加していて、議論の過程も見ているので思い入れがあります。それから戸矢哲朗氏の『金融ビッグバンの政治経済学』。この本は必ずしも研究所で行なった研究ではなく、彼がスタンフォードの大学の学生だった頃、私が彼の学位論文のスーパーバイザーという形で1年くらい緻密に議論して出来た作品が基になっていますが、政策研究一般に重要なインパクトを持つと思ったので、彼がスタンフォードから財務省に戻った時、財務省にお願いして戸矢氏に非常勤の研究員になってもらい、出版の準備をすすめました。惜しいことに彼が病に倒れてしまったので、奥さんの戸矢理衣奈さんにリサーチアソシエイトとして翻訳に携わってもらいました。翻訳に関しては、鶴上席研究員、村松ファカルティフェロー、あるいは加藤創太ファカルティフェローといった研究所の内部の人がどういう翻訳用語を用いるかなどずいぶん助言をしました。だから、研究そのものはスタンフォードでなされたものですが、出版に関しては研究所がおおいにかかわった本だといえます。この本は英語の論文に基づいているもので、近々、英語版もオックスフォードから出版されることになりました。金融ビックバンからすでに4~5年位経っているので、新しいデータが追加されていますし、大幅に編集しなくてはならない部分も多いわけですが、RIETIの翻訳の過程で行なった作業が大いに役に立っているわけです。

また、日本では昨年夏あたりに中国脅威論が盛んに喧伝され、ついでアジア経済統合の中で日中の関係はどうあるべきか、あるいはAPECの枠の中でどうあるべきかといった議論がようやく国民的な問題になりましたが、『日中関係の転機』はそういったイシューが国民的議論になるちょっと前に出版され、ある意味では時代を先取りすることになり、営業的にはそこそこだったけれど、これはもう少し多くの人に読んで欲しかったなと感じる本です。いまでも充分生命力を持っていると思うので、是非これまで注目されなかった方達も読んで欲しいですね。

RIETI編集部:

いま話題に出た著書もそうですが、フェロー同士が協力するなど、コラボレートした作品も多いですよね。

青木:

そうですね。『民意民力』、『産学連携』、『日中関係の転機』『知的国家論序説』など、経済産業省の内部の人、学者、NGOの人など違った場で研究や行政に携わっている人が議論しながらひとつのテーマで本を作っていくというケースがあります。私は日本の社会は非常に面白い転換期にあると思っています。たとえば経済産業省とか、京都大学、朝日新聞社、東京三菱銀行など、さまざまな組織が昔の幕藩時代の藩のように分立してきました。しかしそうした大組織の中で仕事が完結するのではなく、仕切りを超えて人間やアイデアが流動したり、アイデアが揉まれて新しい考え方が創発していくといったことが、日本を活性化するうえですごく重要だと思っています。学術的に価値のある分析シリーズに対して、経済政策レビューはそういった枠をとりはらって議論するための媒体として使われるといいなと思っています。

RIETI編集部:

いわゆる学者ではない官僚の方々と本を作るという経験はいかがでしょうか?

青木:

行政官の人達はいろんな経験を積んでいて、非常に貴重な情報を持っていることは疑い有りません。そういう人達が1年なり2年なり、RIETIのような所にきて、自分の考え方をまとめたり、体験を体系化していくには。本を書くことはとても良いのです。僕の経験からいっても、いろいろ考えた末、突然体系的な知識が出来上がり、それを本に書くのではなく、本を書くというプロセスを通じて考え方が体系的になっていくといことがあるわけです。フェローとしてRIETIに来られる方にはできるだけ本を書くことを目指すようにいつも奨励しています。まずは目次を作る。目次を作ることから考え方をどういう風に発展させなければならいのか、どこが足りないのかというのがわかってくるわけでしょう。だから2年とか3年かけて目次から出発し、章ごとの論文を書いていき、だんだん積み上げて仕上げていくということが重要です。本を出すというのは「考えることのプロセス」なんです。

そういう意味では、レビューシリーズと分析シリーズは組織として研究成果をどう普及していくかというアウトプットとして重要だけれど、研究員にとっては研究をするというプロセスとしても重要だということですよね。

それと、研究所は独立行政法人ですから、研究員は終身雇用制じゃないということで、ここに在籍している間はきちっとした研究をして、全員が一冊は分析シリーズを書いて卒業していくというような意気込みでやってもらいたいなと思っています。

RIETI編集部:

最後に、今後の予定等について教えてください。

青木:

RIETIでは現在、財政改革のプロジェクトをやっています。昔、司馬遼太郎さんが書いた本に「この国のかたち」という表現がありますが、いま日本は、投票し税金を払う国民と政府の関係がどうなっているのか、政治家はどういう役割をはたすべきか、官僚と政治家の関係はどうあるべきか、中央と地方の関係はどうあるべきかといった「国のかたち」が問われています。財政の問題はどうやって税金を集め、誰が、どのように使うかという国のかたちの根幹にかかわることです。財政改革プロジェクトではRIETIの人達だけでなく、財務省の研究所や地方の行政官の方に加わってもらい、また、政治学や情報とインセンティブの経済学であるとか、経済史であるとか、ビジネスコンサルタントであるとか、財政の専門家ではない人たちも参加してもらい、議論しています。成果はきちっとした学際的な研究としてまとめたいと思っており、分析シリーズとしてだすと同時に財政改革という現実関連性の高いイシューでもあるので、その部分の議論のエッセンスをとりだし、「財政改革をどう実現したらいいか」という提言を含めレビューシリーズでも出版するという2本立てを考えています。