国籍国に対する対抗措置としての正当性と投資家への対抗可能性

執筆者 岩月 直樹  (立教大学)
発行日/NO. 2014年1月  14-J-008
研究プロジェクト 国際投資法の現代的課題
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概要

国際法においては、相手国が条約違反など国際法上違法な行為を犯した場合、一定の制約に従うことを条件として、通常であれば違法とされる措置を合法な対抗措置としてとることによって対応することが認められている。こうした措置の一種として、外国投資家の投資を侵害する措置を投資受入国が執った場合に、当該措置を投資家の本国による先行違法行為への対抗措置であるとし、その正当性を投資家に対しても主張することはできるだろうか。実際にもこうした問題は、甘藷糖の米国市場へのアクセスをめぐる紛争を契機としてメキシコが競合産品であるブドウ糖果糖液糖を同国内で製造販売する米国子会社に対してとった差別的課税措置をめぐる3件の国際投資仲裁で争われ、1件の仲裁が肯定されたのに対し、2件の仲裁は否定され、ほぼ同一の事案であるにもかかわらず、異なる判断が示された。

歴史的には、相手国民の資産・財産を凍結し、さらに没収することはまさに正当な対抗措置の一形態として認められ、その根拠はある国家の国民は、自国の犯した違法行為については共同で責任を負うべきものとする共同体的連帯性に求められてきた。今日では没収までは認められないにしても、あくまで投資家は協定締約国の国籍を有することを根拠として保護を与えられていることからすれば、投資家が共同体的連帯性に基づく責任負担を原則として免れていると認めることは難しい。そうであるとすれば、国際投資仲裁において投資受入国が協定違反措置を本国に対する対抗措置として正当化する抗弁を投資家が自らに無関係のものとして退けるためには、協定締約国が投資家の実体的・手続的保護をはかるために投資家を当事者とする国際投資仲裁手続においては対抗措置の援用可能性を排除することを受け入れた(あるいはそのようにみなしうる)ことが確認されなければならない。そしてそれは協定の趣旨目的や保障された保護に関する規定ぶりなど、個々の国際投資保護協定の解釈に基づいて判断されるべき問題である。

もっとも、政府の立場からすると、対抗措置は他国による不当な行為に対抗するための重要な手段であり、そうした手段の余地を残して置くことは外交政策上は極めて重要であるともいえる。そのような観点からすれば、対抗措置の外国投資家に対する対抗可能性を事案毎の協定解釈に委ねることは適当でないとも考えられよう。そのため、投資国際保護協定に関わらず対抗措置の余地を残したいと考えるのであれば、協定上の保護を投資家に直接的に保障するような文言を避ける、あるいは明示的に国際法上正当な対抗措置をとる国家の権利を害するものではないとする留保条項を挿入する必要があろう。