投資協定仲裁の新たな展開とその意義-投資協定「法制度化」のインパクト-

執筆者 小寺 彰  (ファカルティフェロー)
発行日/NO. 2005年6月  05-J-021
ダウンロード/関連リンク

概要

投資協定に規定されている投資家対国家の仲裁(投資協定仲裁)の利用が1990年代後半から著しく増加している。投資協定仲裁でしばしば問題になるのは、(1)収用補償義務、(2)公正待遇確保義務、(3)最恵国待遇義務である。(1)、(2)は、企業が投資先国で損失を蒙った場合に投資協定仲裁においてしばしば援用される。(1)の主張が認められることはあまりないが、(2)については、仲裁廷が一般国際法上の義務以上のものと解釈するなどの方法によって、投資家の権利を幅広く認めて投資受入国に賠償責任を認めることが多い(Metalclad事件、S.D.Myers事件、Pope and Talbot事件等)。(3)については、実体上の義務のみならず手続上の義務にまで及ぶと判示するものが現れ(Maffezini事件等)、最恵国待遇原則の適用範囲が問題化している。

公正待遇確保義務や最恵国待遇義務に関する仲裁判断は、投資協定によって投資受入国が負ったと考えているものより重いものと広く認識された。そのために投資協定仲裁自体の正統性に批判の矛先が向けられた。

なぜ、政治参加が認められていない外国人(投資家)のイニシャチブによって、「無名の」外国人(仲裁人)が、「非公開の場」(公正手続が確保されていない場)で、国民を代表する政府の決定を、「違法」と判断できるのか。国民が利用できない投資協定仲裁を外国投資家だけが利用できるのは、「逆差別」であるという反感もそれに加わっている。

このような批判を受けて、一方では、投資協定仲裁の透明性を高め、かつ判断の統一性を確保するための措置が検討され、また他方では、投資協定仲裁の現況を踏まえて、投資協定中に投資協定仲裁の手続を採用しない協定(米豪FTA中の投資の章)が出現してきている。

投資協定仲裁の利用増加は、WTO体制を越えて、国際経済関係の「法制度化」(第三者紛争処理手続の確立)が進展しつつあることを示している。従来は事業撤退後に投資協定仲裁が利用されることが多かったが、最近では事業活動中にも使われることが増えており、投資家サイドからは、投資協定仲裁の利用増加によって投資環境の予測可能性が大きく向上したことに注意する必要がある。また投資協定や投資条項を含む自由貿易協定を活用する政府サイドでは、交渉に当たって、公正待遇義務や最恵国待遇義務が投資協定仲裁と結びつくことによって思わぬ効果を生むことを念頭におくことが重要である。