Research Digest (DPワンポイント解説)

東アジアにおけるサプライチェーンの国際化:包摂性とリスク

解説者 浜口 伸明 (プログラムディレクター・ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0097
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サプライチェーンの国際化は急速に進んでおり、日本企業も電機、自動車産業を中心に、ネットワークを拡大・強化している。工場の立地する地方経済圏にとっては空洞化につながるという懸念が根強いが、浜口 伸明 ファカルティフェロー氏らの分析では、この流れをうまく活用すれば、本国の地方経済圏でも既存の産業を維持可能という。新たな工場の立地先となる海外の国にとっても、サプライチェーンの国際化に組み込まれることで、中間財を多国間で生産・流通させる域内貿易に参加できる。

一方で、サプライチェーンの国際化には、世界貿易を不安定にするという負の側面もあり、その影響は企業、国、国際協力など多様なレベルでの取り組みにより緩和することが可能と浜口ファカルティフェローらは強調する。

――サプライチェーンは最近よく話題になりますが、どのような問題意識から、論文を執筆されたのでしょうか。

製品の製造工程は従来、一国内の工場に収まっていたので、生産国がメイド・イン・○○と表記されていれば、○○国で生産されたと言うことができました。しかし、最近は製造の工程が分割されて複数の国で行われるようになり、製造工程が国境をまたぐケースが増えています。1つの製品が消費者の手元に届くまでに、色々な国での生産工程を経るようになっています。これは、国際的なサプライチェーンの構築という新しい現象が起きていることを意味します。

企業はサプライチェーンの国際化を通じて、事業の多国籍化を進めているわけで、その際、どのように生産拠点の立地を決めるのかについて分析しようというのが私達の問題意識です。日本企業もサプライチェーンの国際化を通じて、生産効率を向上させ、利潤の最大化を目指しています。海外での拠点立地パターンは企業にとって重要な経営課題でありますし、私たちにとっても興味深い研究テーマです。

新たに工場を海外に作るということは、国内に従来あった工場の縮小や閉鎖を伴うことが多いでしょう。そうなると、サプライチェーンの進展は、国内にあった工場が海外に出てしまい、産業の空洞化が進むのではないかという懸念にもつながります。その点についても検証する必要があります。

また、新たに工場が立地する進出先にとっては、国の経済の成長への寄与が期待されますから、進出先の視点からの分析も欠かせません。

――サプライチェーンの国際化は経済理論的にはどのようにとらえることができるのでしょうか。

これまで国際経済学では、どの国でどのような製品が生産されるかは、その国の生産要素の特性(要素賦存)によって決まると説明してきました。ある国に資本や技術などが豊富にあれば、技術集約型産業や資本集約型産業が盛んになり、別の国に労働力が豊富にあれば労働集約型産業が盛んになると考え、各国がそれぞれ得意な分野の産業に特化する結果、貿易が行われるようになるというのです。

しかし、国際的なサプライチェーンが構築されている現実の世界では、必ずしも理論どおりにはなっていません。実際、メイド・イン・チャイナの製品は多岐にわたりますが、中国で技術集約型産業や資本集約型産業が多いかというと、そうともいえません。産業単位や製品単位で考えた場合、従来の理論だけでは説明がつかなくなっているのです。そこで、私達は空間経済学の枠組みを使って検討しようと考えました。

国内・海外双方の地域特性を考慮して企業の海外での工場立地パターンを分析

――どのようなアプローチで工場の立地パターンを研究されたのでしょうか。

空間経済学は簡単に言うと、従来の国際経済学の考え方と、地域経済学・都市経済学の両方のアプローチを取り入れたものです。国際経済学では1つの国の中は同質という前提を置いています。一方で、地域経済学や都市経済学では、都市の中を分けて考えたりしますが、都市の外(海外)についてはどの国も同質であると考えます。

これに対し、空間経済学は上記の両方のアプローチを取り入れ、海外に地域特性があり、同様に国内にも地域特性があると考えます。

これまでの研究で、国際的な輸送費用が安くなれば、グローバル化が進むとともに、サプライチェーンの形成にもつながるということがわかっています。企業は一国内に収まっていた生産工程などを分割して、基本デザインは本社で作り、部品生産などは海外などのさまざまな場所で行うといった具合に、会社の組織を変えていきます。その際、企業の工場などはどう立地するか、その立地パターンはどう決まるのか、についてさまざまな角度から分析や考察を行います。

――工場の立地という場合、投資主体である企業、出身国、投資先の国などさまざまな視点が関係してきますね。

まず企業の視点を考えましょう。企業はサプライチェーンの国際化によって海外での事業展開を進め、利潤最大化を目指します。そのような生産工程の移転先はどこでもよいわけではなく、輸送面やコスト面などである程度の条件を満たす必要があることから、そうした条件を満たす場所に、生産工程の海外移転が集中しやすくなります。つまり、産業集積が起きやすいのです。

これまで、サプライチェーンの発展は、個々の企業の利潤最大化をどう実現するかという観点から、主に経営学で議論されてきました。どこに工場立地するかは個々の企業の判断だからです。しかし、サプライチェーンの一環として産業集積が海外のある国で起きるということは、サプライチェーンの国際化は、ある国のどこかに、産業集積が起きて発展する地域を生むことになります。つまり、一国内に発展する地域と、そうでない地域を生むという影響を与えるわけで、経済学的な視点からの議論が可能になります。

日系企業を例にとりましょう。出身国である日本の本社は大都市に知識集約型産業が集積します。つまり、サプライチェーンの国際化が進めば、日本では大都市への経済活動の集積につながります。一方、日系企業の工場の受け入れ先となる地域(国)にとっては、サプライチェーンによって産業が一ヶ所に集積するので、進出先の地域には産業集積、つまり工業化がもたらされます。

国際的なサプライチェーンが構築されても国内の産業空洞化は十分防げるはず

――ただ、工場があった本国、とりわけ地方経済圏では、空洞化が起きてしまいませんか?

先進国の都市部に本社機能が残り、地方経済圏にあった生産工程が海外に出て行ってしまうとすると、サプライチェーンの国際化は先進国の周辺部だけを敗者にする、という印象を持つかもしれませんが、実は必ずしもそうではないのです。

海外に移しにくい、あるいは本社に近い場所でないとこなせない業務は、大都市ないしは地方経済圏に残ることはありえます。例えば本社を補完するサービス機能や、研究開発との知識交換が重要な製造機能です。

また、生産工程などを海外に移したとしても、それが本国での事業活動に寄与するということもあるのです。例えば、海外に部品生産工程を移した結果、部品製造コストが下がれば、その部品を使う最終製品の生産コストも削減できるので、本国での最終製品の製造工程は維持できます。

大事なことは、地方経済圏の企業立地は、何も対応せずにいたらすべての工程が海外に移転しまう危険性が高いのですが、生産工程を分化して、半分は海外に出て行っても、もう半分は地元に残すようにすれば、その競争力は強くなり、国内で生き残れるのです。海外に移す工程は本国に残す工程と関連がなくても構いません。例えば、トラックのエンジンなどを作っていた場合、それを海外に持って行き、その工程に従事していた人材を本国に残った競争力のある別の製品の開発製造産業に投入すれば、競争力をさらに強化できます。

――どのような企業がサプライチェーンを展開しているのでしょうか。

例えば、米アップルはサプライチェーンをフル活用しています。世界192社、792工場から部品などを調達しており、2013年のアップルの部品や原材料などの調達総額の97%以上がこのサプライチェーンで調達されています。電機産業や自動車産業ではこのようにサプライチェーンの国際化が進んでおり、より広域に、より複雑になっています。

図1:アップル社への部品供給者の地理的分布
図1:アップル社への部品供給者の地理的分布
(出所)アップル社の仕入先リスト2014 に基づき筆者が計算
(注)米国企業の場合、北米における工場の立地先は米国以外(メキシコ、カナダ)を意味する。また、中国企業の場合、中国国内の工場立地先は「本社所在国」ではなく「中国」の列に記載されている。

――電機や自動車を中心にサプライチェーンの国際化が進んだ結果、世界貿易にどんな影響を与えたのでしょうか。

サプライチェーンの国際化は世界貿易に3つの構造的な変化をもたらしました。第1に貿易総額の増加です。サプライチェーンの国際化は、一国内に収まっていた生産工程が多国間に移るのですから、計算上、貿易の量は増えることになります。第2に輸出商品の構成を変えました。そして、第3に、貿易の拡大は地域化をもたらしました。かつて、日本企業は韓国などで生産して米国などの第三国向けに輸出するという三角貿易が主流でしたが、現在は中間財を多国間で生産・流通させるという域内貿易が盛んになっています。これは論文の表題にあるようにInclusiveness(包摂性)、つまり、これまであまり三角貿易に絡んでこなかったアジアの国々がサプライチェーンに参加することで、貿易の拡大を通じて経済成長を実現したことを示します。

図2:世界の中間財貿易の地域シェア
図2:世界の中間財貿易の地域シェア
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出所:RIETI-TID(経済産業研究所の貿易産業データベース)に基づき、筆者が計算。

サプライチェーンの国際化はさらに進化を続けており、自動車部品であるワイヤーハーネスを例に取ると、タイでの生産に加えて、最近はカンボジアでも生産されるようになり、タイ・プラス・ワンという形で生産・供給ネットワークが形成されています。これは、サプライチェーンが重層化していることを意味します。そうしないと、今後、タイなど現在の生産国で労賃が上がると、多国籍企業がより安い労賃を求めて他国に工場を移してしまう恐れがあるからです。

図3:東アジアにおける中間材貿易(2000年、2012年)
図3:東アジアにおける中間材貿易(2000年、2012年)
出所:DPの付表

――サプライチェーンは世界貿易の活性化に貢献しているようですが、注意すべき点はないのでしょうか。

第1に、サプライチェーンの国際化は空洞化の回避につながる可能性はありますが、それはサプライチェーンをうまく活用することが前提です。下手をすると、先進国である自国から非熟練労働の仕事を海外に出すだけで終わってしまうリスクを見落とすわけにはいきません。第2に、サプライチェーンの国際化に組み込まれる途上国では、インフォーマルセクターが途上国の労働市場で企業側の需要と、労働力の供給のマッチングの役目を果たしますが、インフォーマル分野の社会問題を悪化させないように、インフォーマル市場の非効率性を改善する政策対応が求められます。第3に、途上国では非熟練労働者も将来は枯渇するはずですから、労働者のスキルを中・高水準へと向上させることが必要です。

より重要なのは、第4の点で、サプライチェーンの国際化は国際貿易を不安定にする懸念があることです。

サプライチェーンの国際化が進めば世界貿易の不安定さが増す恐れも

――サプライチェーンの国際化が国際貿易を不安定にするというのはどういうことでしょうか。

貿易を長期的にみると、サプライチェーンが国際化すればするほど、貿易量は増えますが、同時に世界貿易の変動の幅も大きくなるのです。この点は、2011年3月の東日本大震災で現実の課題として浮き彫りになりました。また、日本企業が多数進出しているタイで2011年秋に洪水が起きて、自動車メーカーなど日系企業は生産の途絶のリスクに直面しました。

平時においては効率性の改善が期待されるサプライチェーンが、何らかの問題が起きた場合にはかえって脆弱性を示すのです。東日本大震災の問題については、経済産業研究所の藤田晶久所長と共著で2011年にまとめたディスカッションペーパー「 Japan and Economic Integration in East Asia: Post-disaster scenario 」(RIETI Discussion Paper Series 11-E-079)で分析しています。図4では1990-2012年の期間について、貿易データから推計される期待値と実際のデータとの偏差を、不安定さの尺度としました。偏差が大きければ大きいほど、不安定さが増すことを意味します。

図4は、サプライチェーンが長く、複雑になればなるほど問題点がみえにくくなり、何か問題が起きた時に不安定さが増すという内在的なリスクが高まることを示唆します。

したがって、サプライチェーンの脆弱性を克服し、効率性の向上という利点をより享受できるようにするために、どういう対策が必要かを企業、国などさまざまなレベルで考える必要があります。

日系企業などが利潤最大化を目指してサプライチェーンの国際化を通じて生産の効率化を図るとしても、投資先の電力や道路などのインフラが弱ければ、不安定さが増すリスクが高まります。それは災害に弱いことも意味します。であれば、日本政府がODA(政府開発援助)を通じて相手国のインフラ整備を後押しすることも必要でしょう。日系企業のモノ作りに重要な地域の事業環境整備を後押しすることは、日系企業の競争力向上にもつながります。

不安定性に備えた計画づくりにはAPECなどでの国際協力が不可欠

――サプライチェーンの国際化がもたらす世界貿易の不安定さを減らすには、具体的にどのような対応が必要でしょうか。

具体的には3通りの対応が必要でしょう。まず、科学的な研究に基づく取り組みです。自然災害のリスクをモニターして、衛星などを使って予兆など情報をいち早くキャッチする。その情報をまとめて利害関係者に提供することが必要です。

次に、インフラなど構造物を物理的に強化することが欠かせません。ハード面での対策といえます。

さらに、ソフト面での対応策も不可欠です。想定外の事態が生じた場合、立ち直りを早くするような事業継続計画(Business Continuity Plan)を事前に用意しておくことです。そのような事前対策があれば、災害などの規模が想定外だったとしても、用意したシナリオを活用して何をどうすれば、より早く復旧できるかという見通しを、立てやすくなるはずです。企業単位など事業主体ベースで用意することはもちろんですが、広域で想定することも必要です。

――でも、問題が大きすぎて、果たして1つの国で取り組めるでしょうか。

国際的な協力も必要でしょう。地震や津波、モンスーンなどによる自然災害がサプライチェーンを直撃するようなリスクに対処するには、APEC(アジア太平洋経済協力会議)のような国際的な協力の枠組みでも議論すべきです。各国にとって大きな問題であるからで、アジアという地域の観点からみても大きな問題です。

競争環境の中で、どこに投資するかは企業の経営判断ですが、投資先のリスクを一企業で負担するには大変です。工業団地など地元のコミュニティー、あるいは国のインフラ整備、あるいは多国間協力で適正に安全を確保し、投資しやすい環境を作り出していくことが求められます。

――この論文で積み残した課題や今後の研究の方向を聞かせてください。

サプライチェーンの国際化の進展に伴う不安定さに政策的に対応するためには、因果関係をきちんと突き止めて、それを利害関係者に伝える必要があります。不安定さには、自然災害による場合と、需要変動による場合の2つがあります。いずれの場合であっても、不安定さが増すと、マクロ経済的にはリスクを抑えるために企業は投資を減らしたり、雇用を減らしたりするので、資源配分に歪みが生じてしまいます。

非効率が生じると、サプライチェーンの上流の企業に不安定さが生じ、経済的に不安定さが増します。このメカニズムをもっと綿密に研究したいので、実証分析をしたいと思います。データの収集は難しいのですが、自動車や電機など特定の産業に焦点を当てることになると思います。

図4:サプライチェーンと世界貿易の不安定さ(1990-2012年)
図4:サプライチェーンと世界貿易の不安定さ(1990-2012年)
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出所:筆者の計算

解説者紹介

1995年 米国ペンシルバニア大学大学院地域科学研究科博士課程修了。1987年8月 アジア経済研究所開発研究部研究員。2000年6月 日本貿易振興会アジア経済研究所海外研究員(リオデジャネイロ連邦大学経済学部客員研究員)。
2007年10月 神戸大学経済経営研究所教授。2012年4月~2014年3月まで神戸大学経済経営研究所所長。
主な著作物:「ブラジル経済の新しい秩序と進歩」(近田亮平編『躍動するブラジル-新しい変容と挑戦』第2章、54~78頁。2013年)