Research Digest (DPワンポイント解説)

子どもはテレビやゲームの時間を勉強時間とトレードするのか-小学校低学年の子どもの学習時間の決定要因-

解説者 乾 友彦 (ファカルティフェロー)/中室 牧子 (慶應義塾大学)
発行日/NO. Research Digest No.0090
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今や日本経済の付加価値の70%以上を占めるサービス産業。その生産性は低迷が続いていると指摘されるが、その実態はどうなのか。こうした問題意識に立つRIETIの「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」研究プロジェクトの中で、乾ファカルティフェローと中室准教授らは市場原理では取引されていない非市場型サービスのうち教育に焦点を当てて研究に取り組んでいる。小学校低学年を対象にテレビ視聴・ビデオ使用の時間と学習時間の因果関係に関して行った今回の研究結果からは、海外の知見を適用することが適切でないケースがあるなど、人的資本の蓄積に直結する教育の分野において、国内のデータを使った実証研究の重要性が示唆されている。

サービス産業の生産性、新たな視点で点検

――まず、本研究の問題意識を教えて下さい。

乾:この研究はRIETIの「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクトの一環として行いました。サービス産業は日本経済の付加価値の70%以上を占めています。まさに日本経済の生命線ですが、その生産性については見方が分かれます。「低迷が続いている」との説が主流ですが、異論を唱える専門家もいます。本当に低迷しているのかどうか、きちんと点検する必要がありますし、それが事実なら原因も究明しなければなりません。

こうした問題意識から、サービス産業の生産性を正確に測定するとともに、生産性上昇率の決定要因を明らかにすることを目的とする「サービス産業生産性プロジェクト」をRIETIで2011年度から開始しました。本プロジェクトは、その延長線上にあり、2013年4月に権赫旭ファカルティフェロー(日本大学経済学部教授)と私が中心になって立ち上げました。2014年度までの2年計画で研究に取り組んでいます。

――サービス産業の研究には、どのような点で他の産業と違いがありますか。

乾:サービス産業を分析・評価する場合、需要サイドの特性を把握することが重要です。教育を例に考えてみましょう。優秀な学生が集まる難関大学と、入試の難易度があまり高くない大学があり、卒業時に難関大学の学生のパフォーマンスの方が良好だったとします。ところが、それは教育の質が高かったためなのか、もともと学生が優秀だったからなのか、定かではありません。医療も同様です。同じ医療サービスを受けても、患者の健康状態や体質によって、治癒状況は大きく異なってきます。ですからサービス産業については、需要サイドの特性を考慮し、その状況をコントロールしたうえで生産サイドの行動を分析しなければなりません。

――プロジェクトでは、どのように研究を進めているのですか。

中室:プロジェクトでは経済学者だけでなく教育学者、社会学者、心理学者らが参加し、市場型サービス班と非市場型のサービスを対象とする教育班、医療班の3チームに分かれて研究に取り組んでいます。

乾:非市場型のサービスとは、必ずしも市場原理で提供されていないサービスを指します。教育や医療には学習塾、民間病院といった市場型サービスも存在しますが、全体的に見れば政府のコントロール下にあります。市場原理のもとで自由な競争が行われているわけではありませんから、非市場型サービスとみなしています。非市場型サービスには多くの種類がありますが、教育と医療は人間の健康と知識を高めることにより人的資本の蓄積に直結し、長期的な生産性の向上に貢献すると考えられます。政策的な関心も非常に高いので、研究対象に選びました。

中室:教育班では、2013年中に主に経済学的なアプローチを行っている今回の論文の他に、行動遺伝学や社会学の知見を取り入れ、"Inequality of Opportunity in Japan: A behavioral genetic approach"(日本における教育機会の不平等:行動遺伝学的アプローチ)と"Widening Educational Disparities Outside of School: A longitudinal study of parental involvement and early elementary schoolchildren's learning time in Japan"(親の関与と小学校低学年児童の学習時間―21世紀出生児縦断調査による検証―)の2本のディスカッション・ペーパーを発表しています。

米国の教育政策は、「科学的根拠」が必須

――教育分野での研究は、日本と海外で差がありますか。

中室:米国では、統計的な根拠を示さなければ連邦政府からの教育予算を獲得できません。それを象徴するのが2002年に成立した"The No Child Left Behind (NCLB)"法で、この法律には"scientifi cally based evidence"(科学的な根拠による証拠)という文言が100回以上も出てきます。これは「学力の向上を示すデータに基づく客観的なエビデンスを示さなければ予算を付けない」という意味です。このため米国では地方の行政機関や教育委員会が、教育エコノミストを大量採用するようになっています。大学も積極的に教育エコノミストを育成するようになり、「教育エコノミストが増える」→「教育に関する経済学的な研究が活発化する」→「エビデンスが増え、教育投資の効果が高まる」→「教育エコノミストの需要が一段と増える」という循環が生まれています。

これに対し、日本の教育政策では「生きる力」「目が輝いている」といった情緒的な表現が前面に出ています。

乾:日本では、教育を数字で測ることへの抵抗が強いこともあり、経済学者が利用可能なデータの収集や提供は多くありませんでした。このため、教育経済学の分野での研究成果は非常に限定的です。

「努力」を定量化、代理指標は「学習時間」

――次に、本研究の概要を教えてください。

中室:教育経済学では一般に教育生産関数を用いて、子供の学力の決定要因を調べます。重要な要因は教師、家庭などですが、「努力」は見過ごされがちでした。経済学者は「努力」の代理変数として一般に「学習時間」を用います。学習時間が長い人は努力しているといえるかもしれませんが、学習時間が長ければ必ず学力が高くなるかというと必ずしもそうとはいえません。このため、努力の代理変数として学習時間が適切かどうかについてはコンセンサスが得られていない状況にありました。

ところが近年、学習時間が学力に対して因果的な効果を持つことが、複数の研究で明らかになってきました。最も興味深いのが米国のトッド・スティンブリッカーとラルフ・スティンブリッカーによる研究"The Causal Effect of Studying on Academic Performance"です。

米国の大学の学生寮では一般に、複数の学生が同じ部屋に入居します。どの部屋に誰が入居するかは抽選で決まるのですが、同研究ではルームメイトになった学生がゲーム機を持っているかどうかを調べました。そして、①ルームメイトがゲーム機を持っていた→その影響を受け、学習時間が減った②ルームメイトがゲーム機を持っていなかった→その影響を受けず、学習時間が減らなかった――という2つのグループの学生の成績を比較しました。すると、明らかに②のグループの学生の成績が良かったのです。この自然実験によって、「学習時間が短くなる→学力に影響が出る」という因果関係が明らかになりました。

テレビ・ゲームの時間と学習時間、初めて小学校低学年を対象に分析

――本研究の革新性は、どこにあるのでしょうか。

中室:海外では、テレビ視聴・ゲーム使用の時間と学習時間の因果的効果を検証した先行研究はありますが、小学校低学年を対象にしたものは初めてだと思います。

乾:使用したデータも革新的です。前述のように、教育については経済学的な分析に活用できるデータが不足していたのですが、今回の研究では厚生労働省が実施している「21世紀出生児縦断調査」の個票データを使用することができました。

――21世紀出生児縦断調査とは、どのようなものですか。

中室:厚生労働省が2001年から実施している大規模調査です。同年に誕生した子供の中から約54,000人を抽出し、同居者、学校生活の様子、時間の過ごし方、習い事などの状況、子育て費用、父母の就業状況、子供と過ごす時間などを詳細に調べています。

乾:調査対象者の途中脱落が非常に少ないのが特徴です。同じ子供を出生から10年の長期にわたって追跡し、世界的にも珍しい貴重なデータとなっています。その個票データの活用者は、厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所(社人研)などに限られてきましたが、統計法の改正により学術研究目的に限って外部研究者も使えるようになりました。

テレビ・ゲームの制限より親の関与が重要

――本研究からは、どのような知見が得られましたか。

中室:テレビやゲームは学習時間を短縮させる因果的効果を持ちますが、その効果は、ほぼ無視できるほど小さいことがわかりました。1時間の追加的なテレビ視聴やゲーム使用による学習時間の短縮効果は男子で1.86分、女子で2.70分にすぎません。仮にテレビやゲームを捨てるなどして、それらに費やす時間を制限しても、それだけでは学習時間を延ばす効果はないといえます。

――では、学習時間に影響する要因は、何ですか?

中室:親の関与です。図1、2は、親の関与の仕方と子供の学習時間の関係を示しています。関与の仕方は、①勉強をしたか確認している②勉強を見ている③勉強する時間を決めて守らせている④勉強するように言っている――の4通りですが、母親の関与で最も効果が大きかったのは「勉強する時間を決めて守らせている」でした。一方、「勉強するように言っている」は女の子に対してはマイナスです。つまり母親が同性の子供に「勉強しなさい」と言うと、逆効果なのです。

父親の関与で最も効果が大きかったのは「勉強を見ている」でした。総括すれば、子供の横について勉強を見てやるか、勉強時間を決めて守らせるかのいずれかでなければ、子供の学習時間は延びません。父親と母親では、関与の効果に差がありますが、父親の役割がかなり重要であることが明らかになりました。これは少し意外でした。

図1:子どもの勉強に対する母親の関わり
図1:子どもの勉強に対する母親の関わり
図2:子どもの勉強に対する父親の関わり
図2:子どもの勉強に対する父親の関わり

放課後教室の活用が有効、学校での学習時間短縮は危険

――どのような政策的含意が導き出されますか。

中室:親の能動的な関与が、子供の学習時間に影響を与えることがわかりました。しかし、関与者は必ずしも親である必要はなく、親せき、祖父母、あるいは他人でも同程度の影響が得られるのです。

現在、全国で「放課後教室」が開かれていますので、そうした場に子供の横について勉強する時間を守らせる大人をボランティアなどで配置できれば、学習時間を延ばす効果が期待できます。また塾に通えば確実に勉強時間は延びますから、塾に対する行政の補助も有効な政策になり得るでしょう。

次にいえるのは、学校の授業時間を減らすのが危険だということです。結果として家庭格差が学力格差となって顕在化し、教育が格差の世代間継承の装置になってしまうからです。2002年から小中学校では全国的に週休2日制が導入されましたが、その前後の子供を比較した別の研究によると、週休2日制になってから、特に低所得家庭の子供の学力の低下が顕著であることが示されています。学校の授業時間の減少には慎重であるべきでしょう。

この他、教育に関しては海外の知見をそのまま借りてくることが適切でない場合があることもわかりました。大学生を対象とした米国の先行研究では、テレビやゲームで1時間遊ぶと学習時間が8.4分減るという結果が出ています。今回の研究は対象者が小学生のため一概に比較はできませんが、テレビやゲームの視聴時間がもっとも長い年齢グループであるにもかかわらず、テレビやゲームが学習時間に与える効果は米国よりもずっと小さいことが明らかになりました。また、少人数学級については、これまでもさまざまな議論があり、米国のテネシー州で行われたSTARプロジェクトと呼ばれる大規模な社会実験の結果が引用されることがありますが、米国のデータを用いた実証的な研究結果が直ちに日本にも当てはまるとは限らないのではないでしょうか。

――研究課題としては、どのようなものがありますか。

乾:今回使用した21世紀出生児縦断調査は、非常に優れたデータですが、厚生労働省が実施しているため、残念ながら質問項目の中に学力や子供が通っている学校に関する情報は含まれていません。

中室:米国の先行研究では、「学力が向上した子供は、どんなテレビ番組を見ていたか」というような細かいことまで明らかになっています。このようにデータの制約から、明らかにできなかったことがたくさんあります。この調査が今後も継続されれば、子供のころの教育投資や家庭環境が子供達が成人した後の賃金や生産性にどのような影響を与えるかということも明らかにすることできますので、そういったことも是非分析したいところです。

また、2012年の12月に公表したディスカッション・ペーパー"Estimating the Returns to Education Using a Sample of Twins - The case of Japan -"( 双子のデータを用いた教育の収益率の推計) において、筆者らが独自に収集した一卵性双生児のデータを用いて日本の教育の収益率を推計したところ、日本における教育投資のリターンは決して低くなく、教育投資は正当化されるという結論が得られました。そうすると、次は人生のいつの時点で重点的に投資を行うべきか、という疑問が生じます。ヘックマンらの研究をみても、より低年齢の子供に対する教育投資のリターンが高い可能性があります。今回の研究は小学生の行動を分析していますが、今後は幼児期も研究対象として広げていけたらと思っています。

社会実験を実施、教育投資の効果を測定

――今後、どのような研究に取り組みますか。

中室:教育班では社会実験を実施し、教育投資の効果を測定したいと考えています。米国では大規模な社会実験が珍しくありません。たとえば前述の少人数学級の効果を知るため、米国のテネシー州が行った大掛かりな社会実験が有名です。公立小学校のクラスの人数を、①13~18人で先生が1人②22~25人で先生が1人③22~25人だが先生は2人―の3タイプに分け、生徒がどのクラスに入るかを抽選で決めたうえで、2年後に生徒の学力を計ったのです。その結果、①のタイプで教育を受けた生徒の学力が最も高かったので、1クラスの人数をその水準にしました。

乾:「教育は数字では計れない」との意見もあるかと思いますが、経済学は定量化が難しいことを定量化する工夫をしてきた歴史があります。それに加えて、昨今の厳しい財政状況を鑑みると、教育といえども聖域ではなく、どういう教育をいつの段階で行えば、費用対効果の面で効果的な投資となり得るのかを把握することは非常に重要です。海外では、教育の評価測定の手法として、前述のような社会実験が主流になっていますが、日本では社会実験の認知度は高くなく、社会的な理解が得られている状況ではありません。私たちは、まずは小規模な実験を実施し、社会実験という手法に対する社会の認知度や理解を高めて行きたいと考えています。

中室:教育班では、研究成果を広く一般に還元する活動も行っており、2014年2月下旬に石川県金沢市で、一般向けに開催されたシンポジウム「しつけ?生活習慣?それとも学校の選択?―経済学で考える子育てに大切なこと―」でも本研究の報告を行いました。同シンポジウムには研究者や大学院生だけでなく、小さなお子さんを連れた母親や小学校の先生などにも多数参加いただけたことは私たちにとっては望外の喜びで、今後もこのような活動を積極的に続けていきたいと思っています。

医療班や市場型サービス班は、どのような研究を予定しているのですか。

――今後の研究課題は何でしょうか。

乾:医療班は患者の特性をコントロールしたうえで病院の効率性を分析する予定です。市場型サービス班は教育や医療の研究経験を生かし、需要サイドの行動をコントロールしながら分析に取り組みます。

日本のサービス業は世界で最もきめ細かいサービスを提供しているといわれます。にもかかわらず生産性が低いと指摘されるのは、計算方法が妥当でないからかもしれません。需要サイドの行動をコントロールしたうえで計算すると、どのような結果が出るのでしょうか。これには世界中の経済学者が関心を持っています。「経済のサービス化が進めば生産性が下がる」という学説がありますが、それが正しいかどうか議論でき、経済学の新しい分野を開拓できるかもしれません。

また、サービス産業においては参入規制、免許制度、操業制約、立地制約等の産業特殊的な規制だけではなく、解雇規制、最低賃金制等の産業横断的な規制が多く残されています。特に、日本経済の成長を牽引する産業として考えられる金融業、通信業、放送業、娯楽業、運輸業、不動産業、専門サービス産業において規制の制約が非常に大きいものと考えられています。そこで、市場型サービス班では、規制緩和や制度改革に関するデータを整備し、最新の構造推計の結果に基づき、反事実実験を行うことで定量的分析を試みる予定です。さらに、経営者や取締役会の構成員のデータと企業データをマッチさせることで、経営者の人的資本の差が企業間の生産性格差をもたらすかどうかについても分析したいと思います。

解説者紹介

1985年日本政策投資銀行、2009年内閣府大臣官房統計委員会担当室などを経て2012年より現職。主な著作物:Richard Kneller, Danny McGowan, Tomohiko Inui and Toshiyuki Matsuura, 2012, "Closure within Multi-Plant Firms: Evidence from Japan," Review of World Economics, Volume 148, Issue 4, pp. 647-668. 乾友彦・伊藤恵子・宮川大介・庄司啓史(近刊)「海外市場情報と輸出開始:情報提供者としての取引銀行の役割」『経済分析』


中室 牧子顔写真

中室 牧子

1998年日本銀行、2005年世界銀行、2010年東北大学などを経て2013年より現職。主な著作物:Nakamuro, M., Uzuki, Y., & Inui, T. (2013). The Effects of Birth Weight: Does Fetal Origin Really Matter for Long-run Outcomes? Economics Letters, 121(1), 53-58; Nakamuro, M., Inui, T., Senoh, W., & Hiromatsu, T. (2013). Are Television and Video Games Really Harmful for Kids? Contemporary Economic Policy, in press.