Research Digest (DPワンポイント解説)

同期入社の社員数が昇進並びに賃金に与える影響

解説者 川口 大司 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0083
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世界各国で若年層の失業問題が深刻化している。国際労働機関(ILO)によると世界の若年層(15~24歳)の失業率は2013年見込みで12.6%となり、2018年まで12%台の高水準が続く見通しである。就業者の中でも、景気低迷期には非正規の割合が高くなり、正規職員の採用数は限定される。川口FFらは、こうした不況期に運よく職を見つけることができた日本の若者が、就職先の企業でどのような処遇を受けているのかを解明した。

大企業2社の詳細な人事データを使い、同期入社した者を競争相手と仮定したトーナメント理論の実証研究として計量分析を行った結果、同期入社が少ない方が昇進の可能性が相対的に高いことが明らかになった。川口FFは、日本的雇用慣行は薄れてきたといわれているが、「同期入社=競争相手」のように合理的理由から存続しているものもあると語る。

――この研究に取り組まれた経緯、問題意識について説明してください。

2008年に発生した国際金融危機で先進国の景気が悪化し、特に若年層の失業率が程度の差はあれ各国で上昇すると、この問題が国際的に注目されるようになりました。若い時に職が見つからず、一度レールから外れると、職を得ることが難しくなり、その影響を長期に渡り引きずる可能性があります。日本はバブル経済崩壊後、不景気が長引きました。こうしたなかで1990年代半ば頃から東京大学の玄田有史教授らが、若年層の雇用問題に関する研究に取り組み、就職時に景気が悪いと、非正規で働く人が多くなることなどを明らかにしました。これらは先行研究によって得られた知見といえます。それでは不況期に運よく大企業に就職できた人は、入社後どのように処遇されているのでしょう。不況期は同期入社の数が少ないはずです。このことが昇進に影響するのでしょうか。私たちはこの点に疑問を持ち、解明したいと思いました。

昇進のライバルは誰か?

――日本企業における昇進メカニズムを解明する狙いもあったと論文中で指摘されていますが。

企業が社員の昇進を決める際の考え方として、労働経済学ではトーナメント理論というものがあります。トーナメントとは誰かが誰かと対戦をして勝ち残るというものです。勝敗を決するのは相手に対する優劣であり、いわば相対評価に基づくやり方です。景気が悪くて良いパフォーマンスが出せないといった外部環境の影響を取り除くことができるため、制度としては優れた面を持つことが知られています。ただ、トーナメント理論の難点は、企業内で誰と誰が競っているかが十分に明らかにされていないことでした。競争相手が特定できないことから、これまでは企業を直接対象としたトーナメント理論の実証分析は少なく、スポーツなど対戦相手が明らかな状況を使って分析を行い、その結果を援用して企業経営について考察するといったことも多かったのです。

当然ですが、スポーツでは当てはまっても企業では当てはまらない事もあり得ます。このため、実際の企業データを使って、直接検証を行いたいと考えましたが、それには、企業内で誰と誰が昇進に際しての競争相手になっているかを特定する必要があります。私たちの仮説は、同期入社の人間が対戦相手になっている可能性が高いというものでした。なぜなら、同期入社組のパフォーマンスを比較することには、一定の合理性があると思われるからです。たとえば、勤務経験がより長い人のパフォーマンスが相対的に良いとしても、それは技能の蓄積や経験の有無によるものかもしれません。本論文は詳細なデータに基づく計量分析を行い、私たちの仮説を検証することも目的としています。

――参考にされた先行研究はありますか。

Kwon, Milgrom and Hwang (2010)に触発された部分は大きかったです。この論文は米国とスウェーデンの企業の人事データを用い、入社時の景気状況と、社員の昇進の関係について分析したものです。その結果、好況期に入社した社員の方が、昇進が早いとの結果が導かれています。なぜそうなるかといえば、よりチャレンジングで将来につながる「いい仕事」が、同じ企業の中で、不況期よりも好況期の方が増えるからだとの解釈が加えられています。しかし、私にはあまりぴんと来ませんでした。この結果はあくまでも欧米企業に当てはまるものであって、日本企業には馴染まないと感じました。職種別の労働市場が確立され、転職が比較的容易な米国やスウェーデンの企業と、同一企業の中でキャリアを積み重ねていく側面が強い日本の企業では、そもそも組織の性格が異なるでしょう。日本企業の場合、外部環境の変化、たとえば好不況の違いによって管理職ポストや、「いい仕事」の数がそれほど変動するとは思えません。そうだとすれば、日本企業ではどのような変数が昇進に影響を及ぼすのでしょうか。繰り返しになりますが、私たちは同期入社の数に依存する確率が高いと考え、解明を試みました。

詳細な人事データを活用

――「通常なら入手が難しい」データを活用することができたと論文中で強調されていますが、使用した企業データについて教えて下さい。

日本の製造業2社の人事データを使っています。両社とも国内に多数の従業員を抱える大企業です。これらのデータには、1991年から2010年の約20年間に、両社が採用した大学新卒者の、性別、年齢、出身大学、期間中の職能資格や賃金・ボーナスの変化などが記されています。

20年間という比較的長期間をカバーするデータで両社の新卒採用者数の動きを見ることにより、1990年代半ばに規模が急速に縮小しているなどの変動を観察することができます(図1と2)。

図1:製造業A社への大卒入社数(ホワイトカラー)
図1:製造業A社への大卒入社数(ホワイトカラー)
図2:製造業B社への大卒入社数(ホワイトカラー)
図2:製造業B社への大卒入社数(ホワイトカラー)

通常、こうした詳細なデータを入手するのは困難ですが、私たちは両社の人事情報を管理しているソフトウエア会社を通じデータの提供をお願いし、快諾を得ました。もちろん、氏名などすぐに個人を特定できる情報は削除されていますが、データの取り扱いには細心の注意を払いました。データ整理や分析の際には、RIETIの遠隔操作システムを使うことにより、データ自体はRIETIサーバーから外に出さず、利用許可を受けた研究者が認証を受けたパソコンを使ってデータにアクセスして作業をするという方法をとりました。このようにデータ漏洩の防止体制を徹底したことも、両社がデータの提供に同意してくれた理由だと思います。

先述のように、人事データに基づく実証分析は、世界的にもあまり例がありません。その少ない事例の中でも、使われている人事データ、倒産した企業や、研究者の関係者がコンサルティングの仕事を通じてアクセスしたデータなど、非常に限定的です。そうした意味からも、今回のように、現役企業の詳細なデータを入手・活用した実証研究は、大変貴重なものだと考えています。

同期入社が少ないと昇進に有利

――実証分析の結果はどうなったのでしょうか。

統計的には、同期入社の数が大きいほど昇進に及ぼす影響はマイナスになるとの結果が、2社に共通して検出されました。

図3:同期入社の社員数が職能資格に与える影響
図3:同期入社の社員数が職能資格に与える影響

このことは同期入社が昇進のライバル、すなわちトーナメントの対戦相手になっていること、さらにその数が少ない方が昇進に有利であるということを示しています。不況期は新卒採用が減り、同期入社が少なくなります。だから不況期に入社した人は、そうでない人に比べ昇進が早くなります。ただ、不況期は社会全体で就職の機会が減るため、通常より優秀な学生が応募してくる可能性があります。不況期入社組の昇進が早いのは、彼らが優秀な人材だからなのかもしれません。そこで私たちは出身大学が昇進に及ぼす影響を取り除き、同期入社の多寡による影響だけを抽出しています。

分析の対象としたA社の場合、1991年から2010年の期間中、新卒者の採用が最も多い年で124人、最も少ない年で24人でしたが、ある職位(論文中で「3rd Grade」と呼んでいるもの)に昇進する確率は、前者に比べ後者は約2倍も高いことがわかりました。また、新卒者の数が、1標準偏差分(27.7人)少なくなると、この職位に昇進できる確率が、4パーセントポイント高まります。B社の場合も、A社ほどではありませんでしたが、同様の結果が検出されました。私たちはまた、同期入社の数が賃金とボーナスに及ぼす影響も調べ、後者への影響の方が大きいことも明らかにしました。このことは、日本企業では、ボーナスが昇進することによって得られる「賞金(tournament prize)」のような性格を有すことも示唆しています。

――なぜ同期入社組を競わせるのでしょうか。

欧米、少なくとも米国では、企業の内部と外部の労働市場が強く結び付いています。つまり転職が頻繁に行われます。優秀な人材はライバル社にすぐに引き抜かれるので、技能の高い優秀な人材を維持したいのであれば、企業は社員の能力本位で人事評価を行い、昇進などで報いる必要があります。これに対し労働市場の流動性が乏しい日本では、企業は社員に長期の雇用を保証し、長くキャリアを歩ませることで技能を蓄積してもらおうとします。従って日本企業ではキャリアの蓄積に伴い、社員の賃金は平均的に上昇します。近年、日本でも年齢と賃金の関係を示す賃金カーブがフラット化しているといわれますが、米国に比べればまだ急です。

こうした特徴を有する日本企業では、昇進のメカニズムも米国などとは異なり、独特のものとなります。それが同期入社の人たちを比べるというやり方だと思われます。同じ勤続年数という条件下での比較によって、社員間の能力の差が見えやすくなるうえ、評価の透明性も高まります。こうした仕組みは、日本型雇用慣行の中心に位置するものの1つなのでしょう。日本経済を取り巻く環境が変化し、日本型雇用慣行が薄れてきたといわれますが、「同期入社=競争相手」という仕組みのように合理的な理由から存続しているものもあるということです。

中途採用の存在も検討すべき

――対象企業を変えれば異なる結果が出る可能性もありますか。

実力本位を徹底しているような企業の場合、同期入社を競わせるというやり方とは異なる人事管理をしているかもしれません。あるいは、サービス業や新興の企業を選んで分析しても違う結果が出る可能性があります。

また、中途採用者が多い企業についても、改めて検討する必要があります。たとえば、既に10年ぐらいのキャリアを積んだ人は、転職先の企業でどのグループに位置づけられ、昇進競争では誰と相対評価するのかという問題があると思います。中途採用者の仕事は専門性が高く、同期入社で競わせるタイプのものとは違うことも多いと考えられます。だとすれば、中途採用者にはまた別の評価の仕方が必要になるわけで、その仕組みを解明しなければなりません。この分野の研究は、本論文の共同執筆者である大湾秀雄FF(東京大学教授)らがRIETIの「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析」プロジェクトで取り組まれているので、その結果を楽しみにしているところです。

――昇進の可能性が、能力の差異よりも同期入社の数に依存するとすれば、不公平な面もあるのではないですか。

今回の研究はあくまでも、勤続年数があまり長くない人たちを分析対象にしています。サンプルとして用いたA社とB社の従業員の勤続年数は最長20年です。平均勤続年数は前者で6.5年、後者で7.6年にとどまります。この点は強調しておきたいと思います。キャリアをさらに積み、上級の職位へ昇進する場合は、同期入社の中での競争ではなく、入社年次が比較的近い社員グループの中での競争という色彩が強まるのではないでしょうか。

安定的なマクロ経済運営の重要性

――どのような政策的インプリケーションが導かれますか。

不況期に職を見つけた人と、見つけられなかった人の間では明暗が分かれます。しかも本論文が明らかにしたように、運よく職を得た人の昇進のチャンスが高いとすれば、その差はさらに増幅されます。言い換えれば、不況期には職を得たかどうかが、好況期よりも大きな不公平感を生みます。企業が景気をコントロールすることはできません。景気が不調に陥るなど外部環境が悪化すれば、雇用を絞らざるを得なくなり、労働市場に短期的なショックが生じます。その影響は非正規労働者の拡大なども招き、長期に渡り継続します。このような状況を防ぐためにはまず、政策当局がマクロ経済環境を安定的に維持することが必要です。金融政策に関しては、それが何を目標にすべきかさまざまな議論が行われていますが、アメリカでは米連邦準備理事会(FRB)がインフレ率と失業率を両方見ながら政策を進めています。日本銀行は労働市場の指標についてそこまで明確な目標を持っていませんが、労働市場の指標は重要なウエイトを持つべきだと私は考えます。特に若年層の雇用状況には十分な配慮が必要でしょう。

――今後の研究課題について教えてください。

転職率が米国などに比べて低い日本の企業では、現有する人材をいかに有効活用するかが、企業のパフォーマンスに決定的な影響を与える可能性があります。従って、誰を、どのような基準で判断し、責任あるポストにつけるかは、とても大事な問題です。本論文では大手メーカー2社を分析対象に、キャリア初期には同期入社が昇進のライバルとなることを明らかにしました。それでは、実際に企業が社員の昇進を決める際に、何を評価のポイントとして重視するのでしょうか。恐らく企業はさまざまな情報を材料にするはずです。それらは、たとえば、その社員と関わってきたさまざまな上司が積み上げてきた評価かもしれないし、個々の社員の能力を(何らかの手段によって)測定した数字なのかもしれません。私が持つイメージは、その社員の経験が浅い時期は出身大学といった「外形標準」のような要素が比較的大事で、年数が経つにつれ入社後のパフォーマンスのウエイトが上がってくる、というものです。これまではデータの制約もあってこの種の研究はあまり行われていませんでした。私たちが次に取り組むべき課題だと思っています。

解説者紹介


2002年4月大阪大学社会経済研究所講師。2003年4月筑波大学社会工学系講師。2005年4月一橋大学大学院経済学研究科助教授を経て、2013年4月より一橋大学大学院経済学研究科教授。主な著作:Hirokatsu Asano, Takahiro Ito and Daiji Kawaguchi (2013) Why Has the Fraction of Non-standard Workers Increased? A case study of Japan, Scottish Journal of Political Economy , Vol. 60, No. 4, pp. 360-389. Daiji Kawaguchi and Yuko Ueno (2013) "Declining Long-Term Employment in Japan," Journal of the Japanese and International Economies , Vol. 28, pp. 19-36. Daiji Kawaguchi and Tetsushi Murao (2012) "Who Bears the Cost of the Business Cycle? Labor-Market Institutions and Volatility of the Youth Unemployment Rate," IZA Journal of Labor Policy , Vol. 1, Article 10.