ノンテクニカルサマリー

性格特性による残業時間のメンタルヘルスへの影響の異質性

執筆者 佐藤 香織(明治大学)/黒田 祥子(ファカルティフェロー)/大湾 秀雄(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と経営の質
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と経営の質」プロジェクト

OECD諸国では労働者の健康確保や生活の質の向上を目的として様々な労働時間や働き方に関する介入が実施され、日本においても長時間労働の是正および労働者の健康確保を意図して、2019年に働き方改革関連法が施行された。法改正を受けて長時間労働は少しずつ是正傾向にあるものの、依然として長時間労働者は存在している。長時間労働は心身の健康との関連が指摘されるが、特に労働者のメンタルヘルスの問題は、企業の生産性をはじめ、社会経済に与える影響も小さくない。企業にとっては従業員の労働時間を適切に管理し、従業員のメンタルヘルスに配慮することは重要な課題である。

疫学や精神医学、産業心理学の分野では、労働時間とメンタルヘルスの関連について多くの実証研究が蓄積されており、複数のレビューやメタアナリシスが発表されている。また、近年では社会科学分野において労働時間の健康に対する因果効果の推定を試みた研究も発表されており、労働時間とメンタルヘルスの間には一定の関連が認められつつある。一方で、精神医学や産業心理学で発展した職業性ストレスモデルでは、同じ長時間労働であっても労働者の性格や従事する職業によってストレスの程度は異なるとする職業ストレスの影響の異質性が指摘されている。しかしながら、これまで労働者の性格と労働時間の交互作用について検証した実証分析は少ない。また、その数少ない先行研究もほとんどがクロスセクションデータを使用し、職種や労働時間も自己報告式の値を用いているため、観測不能な個人属性や測定誤差によるバイアスが懸念される。

本研究では日本の製造業企業一社の2011年~2015年の勤怠データ及び人事データを利用し、従業員の性格特性と残業時間の交互作用について検証した。正確性の高い残業時間データや豊富な性格検査の情報、異動配置情報を用いることで精度の高い分析を実施できる点が本研究の特徴である。同企業は一定の年次に達したホワイトカラー従業員が受験する管理職登用試験において性格検査を実施している。そこで、性格指標の情報として登用試験の受験者から得られた性格検査データを主成分分析によって5つの次元に集約したところ、それぞれ協調性(Agreeableness)、誠実性(Conscientiousness)、神経症傾向(Neuroticism)、外向性(Extroversion)、開放性(Openness)というビッグファイブの性格理論に沿った解釈が可能となった。それぞれの指標は、1単位の増加が1標準偏差の増加となるよう標準化されている。メンタルヘルスの指標には同企業で年1回実施の従業員サーベイに含まれる、自身のメンタルヘルスに関する質問への回答を用いた。

表1は線形確率固定効果モデルの推定結果である。Model1はベースラインモデルであり、Model2ではModel1に職種をコントロール変数として追加している。従属変数はメンタルヘルスの状態が悪い場合に1を、そうでない場合に0を取るダミー変数である。各モデルについて、1か月、3か月、6か月と3種類の残業時間の累積期間を設定し、残業時間とメンタルヘルスの関連や、パーソナリティの影響を比較している。Model1の結果から、累積期間3か月と6か月において、観測不能な個人属性をコントロールしても、平均的な性格傾向の人は残業時間の多さがメンタルヘルスの悪化につながる傾向が示された。つまり、長期間続く残業ほどメンタルヘルスの悪化に寄与することがわかる。また、 外向性(Extroversion)と残業時間、及び、開放性(Openness)と残業時間の交差項がそれぞれ1か月と6か月、3か月と6か月で有意な負の値を示していることから、外向性の高い人、及び開放性の高い人は残業時間がメンタルヘルスに与える影響が軽減されることが示された。これらの結果は職種をコントロールしたModel2においてもほぼ保たれている。

先行研究では外向性と開放性はウェルビーイングや低い抑うつ傾向と相関し、ワークエンゲイジメントの高さとも関連があることが報告されている。外向性と開放性が低い場合、ワークエンゲイジメントも低くなり、残業時間の増加によるストレスの影響を受けやすく、メンタルヘルスが悪化する可能性が考えられる。今回の分析結果から、企業や管理者は、特に外向性や開放性の低い従業員が継続的な長時間労働に従事した場合、彼らのメンタルヘルスに配慮する必要があることを示唆している。

表1:線形確率固定効果モデルの推定結果
表1:線形確率固定効果モデルの推定結果
注:カッコ内の数値はクラスター標準誤差を表わす。 * p<.1; ** p<.05; *** p<.01.