ノンテクニカルサマリー

資産の不平等と金利-経済成長率格差(r-g)に関する研究

執筆者 平口 良司 (千葉大学)
研究プロジェクト 持続的成長とマクロ経済政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「持続的成長とマクロ経済政策」プロジェクト

格差の拡大は、近年メディアの世界でも特に大きく取り上げられるようになったトピックである。経済学、特にマクロ経済学において取り扱う格差というのは主に所得格差、そして保有資産の格差の2種類といえる。それらの格差に関して去年一大センセーションを巻き起こした本が、フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏が書いた『21世紀の資本論』である。ピケティ氏は世界各国の税務当局の資料などを参考にして、世界の所得、資産の格差の歴史的推移を明らかにした。ピケティ氏は、ここ十数年の間で、所得の格差、そして資産の格差が拡大しており、資産の格差拡大の方が所得より深刻となっていることを明らかにした。

著書においてピケティ氏は今後の格差社会を分析する上で重要となるいくつかの経済理論を提示した。その中でも有名なのが、利子率rと経済成長率gの差r-gが格差の拡大に影響するとする理論である。ここでrは資産価値が毎年増える率であり、一方gは所得の増加率である。ここで、毎年同じ給与所得を得るAさん、Bさんの2人を考え、Aさんの方がBさんより、生まれた時に授かった資産の額が大きかったとしよう。もしgがrよりも高いなら、いずれ給与所得に比べ資産の格差はとるに足らないものとなろう。逆にrがgより高いなら、資産からの収益増は給与所得増をはるかに上回り、最初の資産格差が幅を利かせるようになるであろう。このr-gはgが下がると増えるため、ピケティ氏は、経済が低迷する社会においては今後格差が拡大していくと予言し、格差拡大を食い止めるために資産課税を提案した。

この結論に対し、最近多くの経済学者が反論している。その中で、筆者の知る限り、異質な経済主体を考慮した経済成長モデルでのr-gの果たす役割を分析した最初の経済学者はスタンフォード大学のジョーンズ教授である。ジョーンズ氏は、毎年新しい世代が誕生し、各世代が確率的に死亡するようないわゆる重複世代モデルをたて、資産分布の分析を行った。そして、もしrとgが一定値なら、資産分布の不平等度はr-gに依存することを突き止めた。しかし彼は同時に、利子率rが資金の需給を一致させるように動くのであればこの差は人口成長率に一致してしまうという事、つまり経済成長率が下がっても、あるいは資産課税をかけて(税引き後)利子率を下げても格差には何の影響もないことを示した。しかし、この結果は、分析を簡単にするためにおいた、国内総生産が資本の総額の一次関数であるという仮定に依存している。

国内総生産は、資本だけでなく労働にも依存する非線形の関数と仮定するのが通常である。私は、生産の構造(生産関数)に関してより普通な仮定をおいて、ジョーンズ氏のモデルを解きなおした。すると、確かにr-gが不平等の指標となっている結論には変わりがないが、この値は経済成長率や資産課税率に依存し、経済成長率が下がればr-gそして格差が拡大し、そして資産課税はr-gを下げて社会をより平等にするという結論を得た。これらの結論はピケティ氏の主張と合致したものである。

しかしながら資産課税には、税引き後利子率を下げる代わりに資本の量そのものを下げてしまう欠点がある。資産に課税をしたら資産の量が減るのは、消費税をかけたら消費が減るのと同じメカニズムである。そこで筆者は資産課税に代わる税金として消費税を取り上げた。そして、消費税が、貯蓄を促し、資本を増やし、そして資本の限界生産性である利子率rを、つまりr-gを減らし、格差を減らすことを示した。 r-gを減らすのは資産課税も消費税も同じであるが、違うのは、そのGDPへの影響である。消費税は資本蓄積を促し、結果GDPも増やす一方、資産課税は資本蓄積を止めてしまい、結果GDPも減らしてしまう。

格差にr-gが影響をもたらす点は確かな事であろう。しかし、利子率に税金をかけることでその値を人為的に減らす政策はいかがなものかと筆者は考える。古くから多くの経済学者が主張しているように、資本蓄積に悪影響を与える税制は長期的に社会に甚大な悪影響を与える。このようなr-gに起因した格差を減らしたいのであれば、税引き後利子率を下げて結果資本も減らしてしまう政策ではなく、資本蓄積を増やし、結果資本の限界生産性を下げ、r-gを減らすような政策をとるべきであろうと筆者は主張したい。そのような政策は、消費税以外にもおそらく、(研究開発への補助など)ほかにも色々考えられるであろう。今後は、r-gの縮小と経済発展が両立するような策が求められるであろう。

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