ノンテクニカルサマリー

9地域電力市場モデルを用いた原子力発電所の総脱落と部分脱落が電力価格と地域間送電に与えた影響と火力発電による補完の効果分析

執筆者 細江 宣裕 (政策研究大学院大学)
研究プロジェクト 原発事故後の経済状況及び産業構造変化がエネルギー需給に与える影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「原発事故後の経済状況及び産業構造変化がエネルギー需給に与える影響」プロジェクト

1. 目的

東日本大震災を切っ掛けに発生した原子力発電所の事故や、その後の原子力技術・行政に対する不信感から長く原子力発電所の停止が続いてきた。2014年末現在、原発の再稼働については曙光が見えてきたところであるが、依然として不確実性は高い。また、欧米諸国の経験に照らしても、いつ何時脱原発の決定が経済的動機や政治的動機から行われるとも限らない。では、そうした原発停止によって、どの程度、(卸)電力価格が上昇するであろうか。また、停止した原発に代わって火力発電を導入すると、どの程度その電力価格の上昇幅を抑制できるであろうか。こうしたショックは、地域間送電線に混雑を発生させるであろうか。ここでは日本の9地域電力市場モデルを用いて分析する。

2. 分析手法

過去の9地域電力における火力発電所の燃費や燃料価格のデータから、各地域の電力供給関数(いわゆるメリット・オーダー関数)を導く一方で、経済産業省が公表した震災前の毎時の電力需要データとこれまでに推定した電力の価格弾力性の推定値(Hosoe & Akiyama (2009, Energy Policy))を用いて需要関数を推定する。これに各地域間の送電容量制約を加味した空間的部分均衡モデルを構築する。このモデルによって、各月の代表的な1日のうちの24時間それぞれの電力需給と地域間送電のパターンを描写する。

3. シミュレーション

シミュレーションのためのシナリオとして、(A)何もショックがない場合(ベースケース)、(B)すべて原発が停止する場合(原発停止シナリオ)、(C)停止した原発と同じ設備容量のガスタービン複合火力を導入する場合(ガスタービン補完シナリオ)を考える。ただし、ガスタービン火力を導入する際の費用については、簡単化のために考慮しないことにする。

原発停止シナリオでは、24時間単純平均でみて1.5-3円/kWh程度の価格上昇が発生する(図1)。ただし、この影響は地域、時間帯、季節において異なる。おおむね北海道が最も大きな影響を受ける。東北・東京・中部の影響は小さい。季節別では、これら3地域では夏に2.5-3円程度の上昇があるものの、他のオフピーク期では上昇幅はあまり大きくない。

原発停止による供給力不足を、ガスタービン複合火力の新規導入で補うと、全体的に電力価格は抑制される(図2)。その効果は、ピーク期(夏と冬)・ピーク時間帯(昼間)においてとくに大きく、ベースケースと比べた場合の価格上昇幅は、北海道以外では1円/kWh以下になる。しかし、オフピーク期(春と秋)・オフピーク時間帯(夜間)はあまり低下しない。これは、ガスタービン複合火力の燃費が原発ほど低くないために、オフピークにおいては経済性がなく、したがって、運転されないためである。

シミュレーション結果を地域間送電について見た場合、ベースケースに比べて、原発が停止した場合、さらには、ガスタービン複合火力で補完した場合には、ほとんどの時間帯で地域間送電が減少することが示される。これはそもそも、安価な電源である原発の供給力を融通するために地域間送電が行われてきており、この供給力が無くなると地域間送電がしにくくなることが第1の原因である。さらには、ガスタービン複合火力をどの地域も導入すると、地域間の電源構成が類似してくる。これによって、地域間で電力価格差がなくなり、したがって、地域間送電による裁定の必要が少なくなることが第2の原因である。

4. まとめ

上記のようなシミュレーション分析によって、どの地域・時間帯で電力価格がどの程度変化するかが明らかにされた。原発停止による価格上昇や、ガスタービン導入による価格抑制の効果は、時間帯によって大きく異なる。とくに夜間については、ガスタービンを導入してもあまり大きく抑制できないことがわかる。このため、夜間に蓄電する電気自動車や、蓄熱する温水システムを導入するインセンティブは低下するし、また、すでにこれらを導入してしまった需要家はとくに大きな影響を受けるであろう。震災後に地域間の電力融通容量を拡大する必要性が叫ばれたが、(地域間競争を促進して独占力の行使を防ぐという点では必要ではあるものの)代替電源が導入できる限りは、むしろ送電容量は以前よりも小さくて済むことがわかる。

図1:原発停止シナリオにおける電力価格の上昇幅(ベースケース比, 円/kWh)
図1:原発停止シナリオにおける電力価格の上昇幅(ベースケース比, 円/kWh)
図2:ガスタービン補完シナリオにおける電力価格の上昇幅(ベースケース比, 円/kWh)
図2:ガスタービン補完シナリオにおける電力価格の上昇幅(ベースケース比, 円/kWh)