ノンテクニカルサマリー

日本企業のM&Aは効率的投資行動か?

執筆者 井上 光太郎 (東京工業大学)
奈良 沙織 (明治大学)
山崎 尚志 (神戸大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア・日本企業の競争力の回復に向けて:企業統治・組織・戦略選択とパフォーマンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「企業統治分析のフロンティア・日本企業の競争力の回復に向けて:企業統治・組織・戦略選択とパフォーマンス」プロジェクト

研究テーマ

日本企業のM&A、特に海外企業を買収するクロスボーダーM&Aの増加が注目を浴びている。一方でM&Aは、異なる企業文化の融合が必要となる点で、価値創出が難しく、失敗する事例も多いと新聞やマスコミで報じられることも多い。そこで、筆者たちは、日本企業のM&Aが、付加価値を創造する効率的な企業行動と言えるかについて、2003年から2010年の期間の700件以上の主要M&Aを対象として、実証的に検証した。分析では、M&Aを発表した企業の、発表日前後における株式市場の評価、発表後3年間の株式市場のリターン、M&A実施後3年間の業績の3点で、比較対象企業群と統計上有意な違いが確認できるかを検証している。これまでも同種の分析報告はいくつかあるが、バブル崩壊の後始末に目途を付けた日本企業の前向きなM&Aを主な分析対象としている点、株価と業績の両面から国内M&Aと海外企業のM&Aの比較分析をしている点などから新たな発見の提示を行った。

主要な検証結果

分析の結果、M&Aの発表前後には、買い手企業の株価が平均して約2%上昇していることが確認された。一方でM&A発表後の期間(1年~3年間)には、株式市場の動きを調整すると、有意なプラスやマイナスの超過リターンは確認出来なかった。これは、株式市場が、M&Aの企業価値への影響をもっぱら発表時の株価に反映していることを意味する。一方、M&Aで買われる側の上場企業の株主は、国内企業で約25%、海外企業で約40%の株価上昇の恩恵を得ている。したがって、全体としてM&Aは大きな価値を創出しており、かつ買い手企業の株主の期待収益率も満たす効率的な投資行動であると評価できる。これらの結果は、米国や英国など、M&Aが高度に発達した市場における分析結果とほぼ類似しており、日本のM&A市場における潜在的な競争状態が激しくなっていることを示す。また、M&A発表時の株価は、共同持ち株会社を新設する株式移転取引では平均して上昇が見られず、一方で新興国企業を対象とするクロスボーダーM&Aにおいて顕著に上昇する傾向が見られた。また、買い手企業に社外取締役のいるケースで、株価上昇が大きくなる傾向がある。

一方、買い手企業の収益性(キャッシュフローベースで見たROA、売上利益率)はM&A後3年目ではM&A実施の2年前に比較して顕著に悪化している。ただし、これは買収前の業績が相対的に良好な企業が、M&Aを行う傾向の影響を受けている。そこで買い手企業のM&A前の収益性を調整すると、有意に収益性が悪化しているとはいえなかった。また、M&A後5年後までには買収前の水準に収益性が回復していることも確認された。従って、M&A実施後3年間ではシナジー効果の実現に十分な期間とはいえないと解釈されるものの、米国や英国のM&Aでは、M&A後の収益悪化が見られないという報告を踏まえると、日本企業のM&A後のシナジーの創出、またはリストラクチャリングの取り組みが遅いという懸念もある。

M&A後の長期の株価および業績への効果を見ると、海外の先進国企業の買収でパフォーマンスが悪い一方で、同業種企業の買収(いわゆる水平型M&A)および相手企業の経営権を完全に取得するM&Aにおいて、パフォーマンスが相対的に良好だった。なお、この水平型M&Aにおける収益へのプラスの効果は、利益率改善ではなく、資産効率の改善に基づくものであり、M&Aが効率性改善を伴うとの見方を裏付ける。また、社外取締役が存在する買い手企業によるM&Aの方が、買収3年後の収益性が良好だった。社外取締役は、M&Aのような大きな経営判断時に貢献するという見方に整合的な結果といえる。

政策的含意

筆者たちの検証結果からは、増加傾向にある日本企業のM&A行動は、欧米市場と同様に、事業環境の変化に対する企業自身によるコアビジネスの強化策として機能するようになっており、それが株主価値の増大にも結びついていると解釈される。また、M&Aを行った企業(買い手企業およびターゲット企業)の株価の動きは、M&Aの高度に発展している米国や英国で見られる株価の動きと類似しており、日本のM&A市場が競争市場に発展し、買い手企業とターゲット企業の間の交渉力が、英米企業のM&Aと類似した状態に落ち着いたことを示唆する。これは、1990年代の終わりの商法改正以降の一連の企業再編の促進策が、その目的とした効果を実現していると評価できるだろう。

一方で、日本企業はM&A後のシナジー効果の実現、または必要なリストラクチャリングの実施に手間取っているという懸念も示された。M&A後のリストラクチャリングの実施を支援する制度(余剰資産や余剰人員の調整支援など)の検討が必要かも知れない。

また、社外取締役の存在する企業が行うM&Aのパフォーマンスが良好という結果は、社外取締役が、通常の事業運営とは異なる、株主利益に直接の影響を与える重要な意思決定においてこそ役割を果たすという期待に一致する。日本企業のコーポレートガバナンスの設計を行う上で、M&Aにおける社外取締役の果たす役割は、さらに検討していく必要があろう。


表
*は、その数値が統計上0から有意に異なることを示す。「M&A実施後3年目までの総資産収益率の変化」は、M&A実施2年前と3年後の間の変化(業種調整後)を示す。