ノンテクニカルサマリー

なぜ製造業企業は非正規雇用を拡大させたか? 外需依存との関連から

執筆者 松浦 寿幸 (慶応義塾大学)
研究プロジェクト 日本経済の創生と貿易・直接投資の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の創生と貿易・直接投資の研究」プロジェクト

2000年以降、我が国の製造業企業では非正規従業者、とりわけ派遣従業者の雇用が拡大したことが知られている。たとえば、2000年から2007年にかけての非正規従業者の伸び率は年率平均3%程度であった。しかし、リーマンショック後、輸出の急激な減少とともに、非正規労働者の解雇が相次ぎ、工業統計(経済産業省)の従業員4人以上の事業所の従業者を基にすると10万人近い非正規従業者が離職している。こうした製造業の非正規雇用者の増減パターンは、輸出の変動パターンと連動していたため(図表1参照)、製造業の過度の外需依存体質(あるいはグローバリゼーション)が非正規雇用の拡大を通じた格差拡大をもたらしたとの議論が行われた。

図表1:GDP、輸出の変化率と製造業における正規・非正規従業者数の変化率
図表1:GDP、輸出の変化率と製造業における正規・非正規従業者数の変化率
出所:国民経済計算年報(内閣府)、工業統計(経済産業省)

本研究では、この議論について検証するため、まずグローバリゼーション、より具体的には輸出の拡大が需要の不確実性(売上成長率の変動)をもたらしているのか、さらには需要の不確実性の拡大が非正規雇用の拡大をもたらしたか否かを、企業レベルのパネルデータである「企業活動基本調査」(経済産業省)を用いて検証した。

グローバリゼーション、あるいは貿易拡大と需要の不確実性の関係については、これまでマクロ分野の研究者により活発に分析が行われてきているが、最近では企業レベルデータを用いた研究も増えてきている。その中でも、Vannoorenberge (2012) では、外需による需要ショックが内需による需要ショックよりも大きくても、輸出シェアが小さい企業では、国内企業よりも輸出企業のほうが、売上総額の変動(需要の不確実性)が小さくなる可能性があることを示した。これは、輸出企業の場合、外需によるショックと内需によるショックをプールさせることにより売上総額の変動を小さくするdiversion effectが働くため、外需ショックの影響をさほど受けない輸出シェアの小さな企業では、寧ろ売上総額の変動が国内企業のそれよりも小さくなるというものである。逆に、輸出シェアがある一定水準よりも大きな企業の場合、diversion effectよりも外需ショックのほうが大きくなるので、売上総額の変動は国内企業よりも大きくなる。この仮説を、日本の企業データを用いて検証したところ、輸出シェアの変化と売上総額の変動は非線形の関係を持ち、輸出シェアの大きな企業でのみ売上総額の変動(需要の不確実性)の拡大がみられることが示された。

次に、売上総額の変動と非正規雇用の関係について回帰分析を行った。非正規雇用には、パートや日雇い、派遣従業者など、さまざまな分類があるが、ここでは、製造業で2000年代に顕著に拡大した派遣労働者に限定して分析している。分析結果からは、サンプル期間や産業、企業属性のいずれを考慮しても、売上総額の変動と派遣従業者比率の間には正の強い相関がみられることが分かった。この関係は、正規従業者の雇用維持に熱心だと思われる企業(ここでは、正規従業者数変化率の標準偏差と売上変化率の標準偏差の比率が小さい企業をこう呼んでいる)で、とりわけ、売上変動の変化と派遣従業者比率の変化の間に強い関係があることが示された。言い換えると、正規雇用者に解雇コストが大きい企業ほど、需要の不確実性の拡大に対して大きく派遣従業者比率を拡大させているといえる。

以上で紹介した通り、輸出シェアの拡大は、売上総額の変動を拡大させる効果をもち、さらにそれが派遣従業者比率を拡大させるというメカニズムの存在が明らかとなったが、どの程度のインパクトがあるのだろうか? 回帰分析により計測された係数から、実際の輸出企業の平均輸出シェアの変化が売上総額の変動に及ぼした影響と、平均の売上変動の変化が派遣従業者比率に及ぼした影響について計算してみると、輸出シェアの拡大で説明される売上変動の変化は、実際の変化幅の12%に過ぎない。後者についても、売上変動の変化で説明される派遣従業者比率の変化は実際の変化幅の0.4%と極めて小さいことが分かった。つまり、輸出シェアの拡大は、売上総額の変動の拡大を通じて、派遣従業者比率を拡大させるというメカニズムは存在するものの、そのインパクトは極めて小さいといえる。したがって、製造業の「過度の外需依存体質」が派遣労働者の拡大をもたらしたとはいえない、と考えられる。

では、なぜ派遣労働者が増加したのだろうか? 本論文の実証分析の結果に基づくと、期待売上成長率の低下や、輸出以外の要因による売上変動の拡大がその要因といえる。この背後には、アジア諸国との競争の激化、少子高齢化による国内市場の縮小などの要因が考えられる。また、正規従業者の雇用維持に熱心だと思われる企業で、需要の不確実性の拡大とともに派遣従業者が増える傾向が顕著であるという事実からは、正規従業者の雇用調整コストが高いことが派遣従業者の拡大をもたらしたと解釈することができる。今後、労働市場全体でいかに流動性を確保していくべきかについて議論を深めていく必要がある。