ノンテクニカルサマリー

消費税引上げの異時点間代替効果と所得効果

執筆者 David CASHIN (The University of Michigan)/宇南山 卓 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

基盤政策研究領域I (第二期:2006~2010年度)
「少子高齢化と日本経済-経済成長・生産性・労働力・物価-」プロジェクト

少子高齢化の進む日本では、消費税の引き上げは避けられない課題である。賦課方式の年金制度の下で少子高齢化が進めば、社会的な扶養負担が急激に増加し、社会経済制度の維持可能性に大きな支障をきたす。しかし、その問題を解決するための手段は、団塊の世代が年金受給年齢に達しつつある現在では、それほど多くない。現役世代の負担を増加させることはすでに限界になりつつあり、所得税もしくは社会保険料の引き上げは解決策にはなりえない。また、年金給付額の減額は、憲法の定める財産権の侵害であるという指摘もあり、政治的にも困難な選択肢である。その意味で、現在の制度や人口動態を所与として、高齢者にも負担を課すには、消費税がほぼ唯一の選択肢である。

消費税が与える影響については、これまでも多くの検討がされてきたが、再分配に与える影響に議論が集中してきた。日本の消費税には免税品目がほとんどなく、一律の税率が課されているため、いわゆる逆進性があるとされる。しかし、近年の研究では、所得再分配に対する影響を緩和する方法も提示されており、所得税よりも望ましい性質が多く指摘されている(Slemrod and Bakija 2008)。すなわち、年金財政と切り離したとしても、長期的に消費税を課税の中心とすることは望ましい。

それにもかかわらず、特に産業界を中心として、消費税の引き上げに対する反対は強い。その理由が、消費税引き上げによる消費への悪影響である。消費税率の上昇は、価格に転嫁され、予期された物価上昇をもたらす。そのため、合理的な消費者は、時点間の代替効果と所得効果を通じて消費に影響を与える。時点間の代替効果によって、駆け込み需要と反動減が引き起こされ、消費に大きな変動を生まれる。これは、経済の大きな攪乱要因となり、景気動向を左右する。また、価格の上昇は実質的な所得の低下をもたらすため、消費の水準が低下することも考えられる。消費税の引き上げを実現するためには、その影響の大きさを十分に把握する必要がある。

本研究では、1997年4月に消費税が3%から5%に変更された際の世帯の支出データにより、消費税の引き上げが消費に与える影響を計測した(以下に、DPのFigure5を引用)。その結果、平均的な家計は消費税の引き上げ直前の3カ月で、引き上げがなかった場合と比べ3万231円多く支出していた。一方で、引き上げ後の4カ月は、消費水準が2万1938円少なかった。これは、駆け込み需要と反動減によって、消費が10%以上変動したことを意味する。この水準は、十分な周知期間があり、2%に過ぎない価格の変化がもたらした変化として無視できない水準である。すなわち、消費税を引き上げる際には、十分な移行措置をしなければ景気に大きな影響を与えてしまうことを意味している。

さらに、この消費の変動の4分の3は、耐久財や貯蔵可能財な財・サービスによってもたらされていた。この変動が生産活動に悪影響を与えるのを避けるためには、たとえば、耐久財や貯蔵可能財な財・サービスについては、購入契約の時点で対象とする税率を決定し、引き渡しが引き上げ後でも高い税率を適用しないとする移行措置をとることが考えられる。ここでの結果から推定された時点間の代替行動による、政府の税収ロスは265億円程度であり、移行措置をとったとしても税収に与える影響は小さい。

一方で、消費税の引き上げの所得効果は小さかった。すなわち、消費税を引き上げても、消費が長期に低下する可能性は低い。これは、2%程度の消費税の引き上げが、貯蓄率を80%として、1.6%の所得税引き上げに相当すると考えれば、当然の結果である。さらに、1997年の消費税引き上げは、所得税減税を先行させた「村山税制改革」の一部であり、おおむね税収中立的な変化であった。その意味でも、消費税引き上げを所得税引き下げと組み合わせることで、長期的な消費水準の低下を抑えることは可能である。

これらを総合的に考えれば、消費税の引き上げは、十分な配慮をすれば消費に与える影響を最小限にすることができると考えられる。言い換えれば、年金制度の維持可能性や所得再分配の効果を十分に考慮することこそ重要であり、消費に与える影響は無視できるだろう。

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参考文献

  • Slemrod, Joel and Jon Bakija, 2008. Taxing Ourselves (Fourth Edition) MIT press: Cambridge.