ブレイン・ストーミング最前線 (2005年6月号)

サプライ・サイドから見た日本経済停滞の原因と必要な政策

深尾 京司
一橋大学経済研究所教授/ファカルティフェロー

サプライ・サイドから見た失われた10年

日本経済が過去約10年間にわたり低迷してきたことはご承知の通りであり、内外の分析結果や統計を見てみても、1990年代以降、実質GDP成長率や、労働面では人・時間の投入成長率や生産性、さらに資本面でも収益率や民間投資が、先進国に比べ落ち込んでいることが明らかになっています。

すでに一定程度の教育水準を達成し、資本蓄積がこれ以上あまり見込めない日本の場合、国の豊かさを向上させるカギは全要素生産性(TFP)にあるといえますが、こうした経済全体の停滞についても全要素生産性の下落が背景にあると指摘されています。たとえば90年代、日本におけるTFPは約2%下落したとの結果が出ていますが、この事実はそれ自体がGDP成長率を2%押し下げるだけでなく、民間の設備投資を減らすというマイナス効果ももたらすため、全体でGDP成長率を実質3%程度低下させたと推測されます。

この状況を産業別かつ年代別にみていくと、図1でもわかるとおり、80年代には製造業がマクロ経済全体のTFP牽引要因でしたが、90年代に入ってこれが停滞したためTFPも低迷したということがいえます。ただし非製造業においてはこの間、規制緩和がかなり進みましたのでこの限りではありません。

経済全体における製造業の占めるシェアについて日米比較してみると、米は雇用面ではすでに全体の1割程度に下落し、日本も2割を切っていますが、生産性上昇の源泉である製造業の重要性は変わりません。また米国はサービス業で外貨を稼ぐことができますが、日本はそうではありませんし、蓄積した対外資産も有効に運用されておらず投資で儲けるのも苦手という状況です。ですから、失われた10年をサプライ・サイドからみると、生産性の低迷が大きな要因であり、それが製造業で顕著だったという話になるかと思います。

製造業の生産性停滞はなぜ起きたか

次に、そのような生産性の停滞が起きた原因について、主に企業レベルのデータを用いて詳しくみていきましょう。今回、RIETIの「産業別TFPの研究」プロジェクト*では、製造業を30業種に分類し、全企業を対象に1994年から2001年までの全要素生産性を計測しました。それをもとに、製造業全体の全要素生産性上昇を以下の要因に分解しました。
・参入・退出効果…生産性の高い企業が市場に参入、または生産性の低い企業が退出する
・再配分効果…生産性の高い企業が生産を拡大、または生産性の低い企業が生産を縮小する
・内部効果…各企業内で生産性がアップする

表1では、この結果を諸外国の類似統計と比較しています。
その結果わかったことは、日本の場合は全要素生産性上昇は内部効果に依る部分が大きく、参入・退出や再配分効果による部分が極めて小さいということです。これに対し、韓国では生産性の高い事業所の新規設立がめざましく、米・欧州についても再配分効果と参入・退出効果の数値が比較的高いことがみてとれます。これらのことから、日本は経済の新陳代謝が低くなっているということが引き出せます。

ではなぜ、日本は参入・退出効果や再配分効果が小さいのでしょうか。ここで2つの仮説が考えられます。最初の仮説は、製造業では生産性の高い企業を中心に生産の海外移転が行われ、これによる国内製造業の空洞化が新規開設や再配分効果を小さくしているという仮説です。ここで注意すべきは、我々の分析は日本国内生産だけを対象としたもので、海外の工場での生産分は含まれていないという点です。生産性の高い企業は国外で生産をのばしているのが現状です。GDPのように国内生産の統計には中国等における日系新鋭工場は反映されません。同様の傾向が韓国でも最近みられるそうです。韓国では2000年以降中国を中心に製造業の海外進出が急拡大しています。こうしたいわば「日本病」とも呼ばれる現象が広がっているとの見方は韓国の経済学者も関心を持っています。

2つめが、「ゾンビ企業」がマイナス効果をもたらしているという説です。ゾンビ企業とは、例えば不良債権問題の表面化を恐れる銀行が、立ち直る見込みのない企業に追貸しをしたり低利で融資することで延命を図ると、本来なら撤退・縮小すべき企業が存続するために新規企業が参入できず、結果として新陳代謝の機能低下を招くという考え方です。しかし私どもは、製造業には建設業や不動産業、商業に比べこうしたゾンビ企業がもともと少ないので、この仮説だけで説明しきれないと考えています。

我々研究チームでは、第1の仮説を裏付けるため、対内・対外直接投資と国内雇用について日米比較を行いました(図2)。先に述べたように、日本では国内において比較優位があって国際競争力も高いメーカーが生産拠点を海外に次々と移転してきた事実がありますが、その結果、海外生産分が日本からの対外輸出分を上回るまでに成長しました。自動車産業がその好例です。電気産業分野でも海外からの対日輸入が増えたわりには、国内製品の対外輸出分はさほど伸びませんでした。これに対し、米国では対外直接投資の規模は日本より大きいのですが、それに伴って生じた空洞化を、対内直接投資を呼び込むことで補う、具体的には外資系企業が同じように雇用を創出したり設備投資を行うことで埋め合わせが可能になっているのです。

海外企業を受け入れることは、企業が持つ技術知識やノウハウ、優れた経営能力と言った経営資源が持ち込まれますので、生産性上昇に直結します。ということは受入れが進まなかった日本では、生産性がアップしなかった。海外に進出するような企業はそもそも生産性が高いという側面があるので、国内の優秀な企業が海外に進出する一方で、海外の優秀な企業を積極的に受け入れてこなかった日本は、新陳代謝機能が低下する結果を招いたといえるでしょう。

研究で明らかになったもう1つの点は、製造業において企業間較差が広がっているという事実でした。今回対象となった企業のうち、TFP水準がトップから4分の1番目までの企業と最下位から4分の1番目にあたる企業との較差を比較したところ、最も較差の拡大が大きい医薬品を筆頭に、多くの分野で差が拡大しています(図3)。生産性が高い上位25%に属する企業や産業にみられる特徴としては、研究開発が進んでいる、海外からの調達、対外直接投資を行っている、国内企業または外国企業の子会社である場合が多いといった点が共通項にあげられます。ある意味当然のことですが、活発に研究開発や海外からの調達を進めた大企業や外資系、負債・総資産比率が小さい会社、他企業の子会社などが勝ち組だということです。

これに対して生産性の低い企業はキャッチアップしているでしょうか。残念ながら遅れているというのが現状です。その原因として、(1)研究開発・海外からの調達・対外直接投資等は固定費や規模の経済効果が大きいため、中小企業にとって推進が難しかった、(2)大企業が研究開発の成果を内部に囲い込むようになった、(3)大企業が生産を海外に移したり、効率化のため調達を絞り込んだため部品調達を通じた部品供給者への技術移転が減速した、といった要因が考えられますが、いずれにせよ、1998年の金融危機以降、較差は拡大する方向にあります。

このように、日本では90年代、大企業を中心に海外移転が相次いだ結果、中堅企業や中小企業が国際化から取り残され、経済の足を引っ張ることになりました。研究開発の進んだ企業からその技術が後続企業に充分に伝播されなかったというメカニズム上の問題も指摘されるべきでしょう。企業が生き残りを図るために子会社化などの戦略を推進したことで、経営資源が企業グループ内で移転した点も見逃せないと思います。

必要な政策

では、以上にみてきた結果をもとにどのような政策や措置が講じられるべきでしょうか。考えられる政策の1つは、日本を魅力的な投資先にすることです。外資はもとより国内企業にとっても国内での生産を選択させるような環境作りは不可欠です。生産効率優先のための海外展開を止めろとはいいませんが、日本をよりビジネスのしやすい場所に変えるという視点は重要です。

直接投資とは単なる資本の移動でなく、経営資源が国境を越えて移動することであるということはすでに述べました。直接投資が活発化する前の1980年代の日本は、高い貯蓄率によって資本を蓄積し、研究開発によって自国の企業が経営資源を蓄積すれば国民も豊かでいることができました。しかしグローバル化の進展に伴ってその後マーケットのメカニズムは激変、経営資源や資本が国境を越えることが容易になりました。今や日本国民の豊かさは、日本企業を含めた世界の企業をいかに誘致できるかにかかっています。その意味で世界経済は地域間の企業誘致活動にシフトしていますが、その競争で日本は負けているのです。

内外の企業にとって日本を魅力ある投資先とするための具体案としては、法人税の引下げがあります。多少改善されたとはいえ、多国籍企業にとって日本が法人税率の高い国であることは依然変わりません。日本企業の海外流出を防ぐため、海外市場を日本製品に開放する努力も引き続き重要です。その意味で自由貿易協定の推進は、意義ある政策といえます。

また、米では州政府などが活発な企業誘致を展開し成功を収めているのに対し、日本では地方自治体の権限が限られていることもあり、こうした活動が充分とはいえません。従って地方自治体の権限を強化することも有効かもしれません。

更に、非製造業では自由化が不十分です。放送などの特殊業種以外では内外企業を無差別に扱うという内国民待遇原則は概ね実行されるようになったものの、医療サービス、教育などでは外資系企業だけでなく日本企業に対しても厳しい参入障壁が残っています。OECD(経済協力開発機構)の規制緩和に関する調査でも、人の移動と参入障壁の2点で、日本は依然としてOECD加盟国の中で劣等生です。

さらに申し上げれば、対日投資不要論とでも呼ぶべき無用な誤解を解くことも必要でしょう。対日投資に関する批判として、貯蓄過剰の日本に資本流入は好ましくない、対日投資は技術流出を招く、対日投資はハゲタカファンドが中心、対日投資は地方を潤さないといった声が聞かれますが、これらはみな誤った認識です。また今日、日本を含めた先進諸国への直接投資の大部分は対内M&A投資を通じて行われていますが、むしろM&A活性化のメリットにも目を転じるべきでしょう。M&Aとは、そもそも立ち後れた企業に優れた経営資源が投入されるという基本的性格があります。対内および国内企業間のM&Aは較差拡大といった問題を抱える日本企業にとっては、負け組が窮乏状態から脱出する好機となりうるものです。

投資先企業の生産性を高めるのにM&Aは有効かという分析を政府統計の個票を使って行ったところ、対内M&Aはもともと生産性の比較的高い企業が対象になるが、買収後雇用が削減され、生産性は更に高まること、一方、国内企業間のM&Aは、生産性の低い企業を対象とする救済の性格が強く、雇用の削減は軽微だが生産性上昇も小さいという結果を得ました。対日M&Aは生産性上昇効果は大きいですが、同時に短期的には雇用削減という問題を多くの場合伴いますので、実際には社会的セーフティネットの整備や労働の流動性を高める工夫など、雇用面での摩擦対策を事前に充分検討する必要があるでしょう。生産性という観点からみれば、アウト・イン(対内)であってもイン・イン(国内企業間)であっても、M&Aは好ましいということがいえるでしょう。

そうしたM&Aを活性化する具体策の詳細については省略しますが、株主の利益を重視し、ポイズン・ピル(毒薬条項)等の過剰な導入は避けるべきでしょう。医療サービスや教育・公益事業では、規制撤廃の推進も必要です。流動的な労働市場の整備やセーフティ・ネットの充実、株式交換による対内M&Aにおける課税繰延べの実施といった方策も、活性化のためには重要な政策です。

質疑応答

Q:

10年停滞期におけるサプライ・サイドに関する代表的論文としては、林・プレスコット論文があげられますが、先生の研究ではそのTFPの部分を産業別に掘り下げ、今回のような結論に至られたのだと思います。一般的には、日本の90年代の停滞は主として非製造業が原因であった、つまり、非貿易材を扱う非製造業は生産性が低いし、借入金比率が高いため不良債権問題にもつながりやすいので、非製造業の生産性向上が喫緊の課題というのがもっぱらの通説だと思いますが、そうしますとその認識は間違いだったのでしょうか。

A:

生産性のレベルの国際比較でみると、確かに非製造業のほうが遅れている業種は多く、改善の余地も大いにあります。しかし生産性の上昇率でみると、非製造業ではむしろ過去10年における改革努力の結果、規制緩和による改善効果がみうけられるのに対し、製造業のほうは上昇率が低い。このことは他の多くの研究でも明らかになっており、その原因について私どもでは生産の海外移転や対内直接投資の低迷による新陳代謝機能の低下が大きいのではとみているわけです。

Q:

日本の場合、大企業が最後の大手術をしたのが2001年なので、その直前のデータを集計するとどうしても厳しい数字になってしまう。また電機産業などで言えるのは、事業本部の調整の遅れが避けられない、事業本部の中で本来退出すべき部門が退出しないまま経営が推移してきた、つまりM&Aの話とは別に、企業内の問題があるのではないかと思います。また、組織能力や組織のケイパビリティやオペレーションシステムに関する分析、たとえば有形資産と無形資産はどう組み合わされるべきかといった論点も重要かと思いますが。

A:

ご指摘の通り、2001年までのデータなのでペシミスティックな結論になった可能性はあります。分析を行う時、最初の年と最後の年をどうするかは結果を大きく左右しますが、最後の年を2000年や1999年にしても主な結果は変わりません。2001年以降のデータが出てきた時に、その後どうなったのか調べたいと思います。内部改革の問題、資産の問題についても今後ぜひ取り上げたいと思っています。例えば、コーポレートガバナンスが企業の生産性にどのような影響を与えるか、多国籍企業としての日本企業が米国系や欧州系企業に比べ、どこが劣っているかといった研究です。

Q:

90年代の停滞はTFPの減少が主因というお話ですが、さまざまな要素が複合的にあったのでありTFPのみが足を引っ張った訳ではないのではないでしょうか。また、日本の産業はどちらかといえば、もともと内部効果が高く対内直接投資も少ないという特徴があり、90年代に新陳代謝が特に落ちたということで、経済全体の停滞を説明しきれるのでしょうか。

A:

成長会計でみると(図1)確かにTFPの落込みは目立ちません。しかし例えば人口高齢化のような要因と比べTFPは政策次第で改善可能な部分が大きい、その意味で重視すべきですし、TFPには設備投資や人的資本の蓄積に波及効果があるという点でも重要です。日本は昔から新陳代謝機能が低いというご指摘についてもその通りですが、時代がもう変わってしまっている。グローバル化や中国などの追い上げによって、変化のスピードに対応していくことがますます求められているのだと思います。

Q:

地方において外資誘致キャンペーンの努力が足りないというお話ですが、それは意識の問題でしょうか、それともやろうとしても制約があるからなのでしょうか?

A:

昔に比べれば積極的になったと思いますが、法制度が州ごとに異なる米国などに比べ、日本は完全に中央集権化しているため、危機意識の薄い中央官庁のために阻害要因がまだ残っているのが現状です。地方における意識は高まっていても制約があるため進んでいないのだと思います。(例えば、法人税を含めた税制について地方への権限委譲は進んでいない。また、構造改革特区の決定プロセスで、教育や医療サービスに株式会社の参入を認めるよう地方が提案したのに対し、厚生労働省や文部科学省は消極的であった。)

※同プロジェクトは2006年3月終了予定であり、現在も継続中。

※本稿は3月15日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2005年6月28日掲載

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