「TPPで農業壊滅」論の大きな誤り(上)

山下 一仁
上席研究員

自民党のTPP反対議連に、同党所属国会議員の半数を超える200人以上の議員が参加した。安倍首相も自民党幹部も、これだけの議員が反対する状態では、TPP参加を決断できない。

次の参議院選挙まで、党内の亀裂を避け、なんとか安全運転をしたいというのが、腹の中だろう。反対派の衆議院議員の多くは、先の選挙で、農協にTPP反対の約束をさせられたり、支援を受けたりしている。参議院選挙で勝つためにも、農協の支援は必要だ。その農協が主張するのが、「TPPに入ると関税が撤廃され、農業は壊滅する」というものだ。

安倍首相はオバマ大統領との会談で、関税撤廃の例外はないのかと質問するという。TPP参加は、農産物を例外にできるかどうかで、決まってしまうようになった。

農業に競争力がないから関税撤廃反対という主張に、違和感を持つ人は少なくないだろう。競争力がない産業なら、円滑に撤退してもらって、新たな産業を振興したほうが良いのではないだろうか。

例えば、ワープロの出現で町の印刷屋さんの多くは倒産、失業した。しかし、政府は、印刷屋さんの存続のための施策を講じたことはなかった。農業だけがなぜ特別なのだろうか。競争力がない産業を維持することは、国民負担の増大につながるのではないか。

しかし、農協や農林水産省は、「農業には農産物生産以外の多面的な機能があるので、市場経済だけで判断すべきではない。また、昨年の穀物価格高騰が示すように、食料危機に対処するためには、日本農業を維持しなければならない。」と反論するだろう。

だが、待ってもらいたい。多面的機能として、農業界が指摘する、水資源の涵養、洪水防止、景観などの機能のほとんどは、コメを作ることによる水田の機能である。水田はコメを作る生産装置である。それなのに、コメを作らせない減反政策を40年以上も続け、今では水田の4割にコメを作らせないようにするため、毎年2000億円もの減反補助金を農家に交付しているのは、矛盾してないだろうか。

また、国際価格が高騰するなら、関税で農業を保護する必要はないのではないだろうか。関税撤廃といっても、直ちに行う必要はなく、10年かけて段階的に撤廃すればよいので、今後世界の人口増加を反映して国際価格が上がっていけば、10年後には関税がなくても十分農業はやっていけるのではないだろうか。

そもそも、関税が撤廃されても、農業は壊滅しない。農産物全品目のうち、関税がゼロの品目は24%、0%を超え20%以下の品目は48%、合わせると関税20%以下の品目の割合は72%にもなる。これに対して、200%を超える関税品目の割合は8%程度である。つまり、農産物輸入のほとんどは、関税がかからないか、かかっても極めて低いのだ。

一般の人は、農業と聞くとコメを連想されるだろう。確かに60年代まではコメが日本農業のかなりを占めていたが、今では、我が国の農業総生産額のうち、コメの割合は、消費減少によって、19%に低下している。逆に、ほとんど関税のかかっていない野菜の割合は28%、果物は9%、鶏は9%、花は4%、これだけで5割に達する。

しかし、野菜や果樹等の農家の多くは、自分の作っている作物の関税を知らない。農協主催のTPP反対集会に参加したネギ農家は、ネギの関税が3%だということを知らなかった。これは、ある意味で当然である。関税で保護されていないので、関税水準を知る必要もなかったのである。

しかし、関税水準を知らない、これらの農家は、TPPに参加して関税を撤廃すると日本農業が壊滅するという主張を信じてしまっている。農協の機関紙の紙上で、ある野菜農家はTPPに参加すると廃業せざるを得ないと発言している。

では、コメなど高関税品目は、TPP参加で壊滅するのだろうか。次回、これを考察したい。

2013年2月16日「WEBRONZA」に掲載

2013年3月7日掲載

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