安倍さん、日豪自由貿易協定はどうしますか?

山下 一仁
上席研究員

TPP交渉だけでなくTPP自体への参加も困難となりつつある。工業品の高い関税の撤廃や国営企業の大幅な改革が要求されるベトナムやマレー人優遇政策という国家の基本的な政策まで変更されるかもしれないマレーシアが交渉に参加して、アメリカと互角にわたり合っている。これをみると、根拠のないTPPお化け論者の言うことを間に受けて交渉に参加しようとしない日本の政治家たちが、情けなくなる。

自民党が政権を奪回した。しかし、政権が変わっても、農協にTPPの踏み絵を踏まされた議員が多数帰ってきた自民党の下では、日本はTPPに参加できない。これまでの民主党と同じく堂々巡りの議論が繰り返されるだけだ。

では、他の自由貿易協定(FTA)の交渉はどうだろうか? 日中韓のFTA交渉も、ASEANに日中韓3カ国と豪州、ニュージーランド、インドが加わったRCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉も、開始されることとなった。それ以前に、2007年から始まり5年以上も経過している日豪のFTA交渉はどうするのだろうか? 豪州は農産物輸出国である。これまで農業界の反対により、交渉は進展しなかった。

TPP反対論の主要な論拠は、TPPを主導しているのはアメリカであり、過去の日米二国間協議では、アメリカに一方的にやられてきたというものだった。しかし、日豪間のFTAには、アメリカは関係しない。

さらに、TPPは農業問題ではなく、投資やサービスなどの多くの分野を含むものであるという強い反論があった。特に、国民皆保険制度が崩壊したり、医薬品の価格が高騰したり、ISDS条項というものを使って日本政府が投資したアメリカ企業に訴えられて、食の安全などの規制を撤廃させられると、主張されてきた。

これらはすべて根拠のないお化けであるが、豪州は、国民皆保険制度をとっており、これが変更されることには反対である。また、アメリカの医薬品特許の強化によって、医薬品の価格が上昇することに反対している。さらにISDS条項については、豪州は米豪FTAに規定することを頑強に拒否したし、TPP交渉でも、これに強く反対している。

つまり、日豪FTA交渉には、足のないTPPお化けは出てこないのである。しかし、お化けでないものは残る。それは農業である。ここでは、農業界は他の分野もあるという言い訳を使えない。自由貿易を妨げているのは農業だということが、はっきりする。豪州は最大限の要求として、牛肉、小麦、砂糖、乳製品の関税撤廃を要求してくるだろう。しかし、TPPで政治家たちが例外としたいと考えているコメについては、豪州は関心を持っていない。日豪FTA交渉では、コメを関税撤廃の例外にできるだろう。牛肉等の農産物についても、財政からの直接支払へ農業保護を転換すれば、農業に影響はない。

RCEPには豪州も入っているし、中国の影響が強いASEAN+日中韓の枠組みを嫌い、豪州等をいれた枠組みを提案したのは、日本である。さらに、日豪FTA交渉を開始したのは、安倍内閣である。民主党政権の3年間の空白から日豪FTA交渉を妥結するのは、新しい安倍内閣の使命だと思いますが、安倍さん、いかがですか?

2012年12月17日「WEBRONZA」に掲載

2013年1月8日掲載

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