不可解なTPP反対論

山下 一仁
上席研究員

自由貿易は必要ないのだろうか。2020年には1人当たりのGDPで日本は韓国や台湾に抜かれてしまうという予測がある。再び日本経済を高い成長に戻すためには、貿易・投資により海外の技術や活力を取り込み、経済成長に必要な技術革新を活性化させることが必要である。関税を撤廃して食料品や農産物の価格が下がれば、不況や東日本大震災で職を失ったり、所得が減少した人たちには朗報となる。

米国やEUのように直接支払いという補助金を交付すれば、農業生産者も不利益を受けない。高齢化と人口減少で国内市場が縮小する中で、貿易相手国の関税を撤廃して輸出を振興しなければ、農業は衰退するしかない。農業にとっても、貿易自由化交渉は必要だ。

TPP(環太平洋経済連携協定)は、貿易や投資の自由化を推進する協定である。現在、米国、豪州、チリ、マレーシアなど9カ国が交渉している。TPP交渉は、関税の撤廃、サービス貿易の拡大など、WTO(世界貿易機関)以上に自由化を進めようとしているほか、投資、競争、貿易と環境・労働などWTOがこれまで扱っていない分野についても、新たなルールを作ろうとしている。

しかも、日本を除き、米国、豪州などアジア太平洋地域の先進国全てが参加しており、TPPはレベルの高い協定になろうとしている。さらに、TPPはアジア太平洋の全ての地域へ拡大することが予定されている。質量ともに優れたTPPは、WTOで新しいルールが検討される場合には、必ず参考とされるだろう。

TPP交渉に参加することで、日本の利益をTPPルールに反映させ、その成果をWTOに持ち込めば、日本の利益を世界の規律・ルールに反映することができる。そのためには、交渉の早い段階からの参加が必要である。交渉の妥結直前に参加しても、メリットは少ない。

しかし、TPP反対論が喧伝されている。論者は食料品価格が下がると買い控えが起きてデフレが進行すると主張するが、食料品価格が来年低下するからといって今年食べないで生きていけるのだろうか。また、協定は参加国が共通に義務を負うのであって、地方の公共事業について米国が開放しないで、他国以上に開放している日本がさらに市場開放を求められることはない。

医療、労働、投資などについても、世界の通商交渉について十分な知識もないままで、想像で反論を作り上げている(詳しくはキヤノングローバル戦略研究所「TPP研究会報告書」参照)。仮にTPPで重大な影響が生じるというのであれば、アジア太平洋地域、さらには世界の貿易・投資ルールとなることも予想されるTPPの交渉に積極的に参加し、日本にとって問題となる部分を排除することに努めるべきだろう。

その一方で、TPPがどのようなものかわからないので交渉に参加できないという主張がある。わからないのは当然である。想像で反対論を書いている人の方がおかしい。各国の意見が対立するから、交渉が行われる。部外者の日本に交渉参加国が交渉内容を詳しく教えるはずがないし、TPPがどうなるかは交渉が終わらないとわからない。今の時点でその内容は、交渉参加者にもわからない。ウルグアイ・ラウンド交渉が開始された1986年の時点で、どの国も1993年の妥結内容を予想できなかったはずである。ビジネスの世界で、最終的な合意内容がわからなければ、相手と交渉を開始しないというビジネスマンがいるのだろうか。

日本が参加すれば、主要国である日本の主張を無視して交渉が進むはずがない。重大な国益に関わる事項について強い意思を持って交渉に臨めば、他の交渉国も日本の要求をのまざるをえない。米韓自由貿易協定交渉で、米国産牛肉の輸入条件緩和を合意した韓国政府に対し、2008年、韓国内で大規模な抗議運動が展開されたため、韓国は米国と再交渉を行い、この合意を撤回させている。

交渉の結果できあがった協定が国益に合わないと判断すれば政府は署名しなければ良いし、署名した協定を国会が承認しないこともできる。協定に参加した後でも、協定の修正交渉も要求できるし、通知だけで脱退も可能である。TPPの内容を想像して主張される反対論も、TPPがわからないから参加しないという反対論も、不可解である。

2011年9月24日 新潟日報に掲載

2011年9月30日掲載

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