参議院選挙と農政

山下 一仁
上席研究員

今回の参議院選挙での各党の政策を比較検討してみよう。

今年度から導入される「戸別所得補償政策」は、米生産はコスト割れしているので、コストと米価の差10アール当たり1万5000円を、零細兼業農家を含めほとんど全ての米農家に支払うというものだ。しかし、コスト割れしているのなら、農家は生産を継続できないはずだ。コストが米価より高い理由は、肥料、農薬など実際にかかった経費に、勤労者には所得に当たる労働費を農水省が計算して加えた架空のコストだからである。農水省の統計でも販売収入から経費を引いた米農家の農業所得は、零細な兼業農家が多いので平均では39万円だが、7~10haでは440万円、20ha以上では1200万円となるなど、実際にはコスト割れしていない。

米価が低下すると戸別所得補償は増額され、この架空のコスト水準での農家手取りは常に確保される。逆に米価が上がっても、戸別所得補償は減額されない。つまり、農家にとってはこの架空のコスト水準以上の米価引き上げとなる。農水省が計算した架空のコストが最低保証米価となるのである。

しかし、農家が戸別所得補償を受けるためには、生産を減少して高い米価を維持するという減反・転作へ参加しなければならない。価格維持政策の継続である。農家にとっては、これまでは、耕作放棄して原野に帰ったような田や不作付地も、麦などを植えただけで収穫しないという捨て作りの田も、転作にカウントされた。しかし、今年から政府はこれを認めない。農家は耕作放棄地以外の現在米を植えている田の4割を新たに減反するか、捨て作りではなく転作作物の収穫まで費用と労力をかけなければならなくなる。農水省の計算では減反補助金と転作作物の収益で10アール当たり4万1000円となり、米の平均収益2万6000円を上回るとしているが、それだけの収益が出せるならこれまで不作付けや捨て作りを行わなかったはずである。

このような減反に参加しても、新潟のような高品質米の生産地帯では、この政策のメリットは少ない。米価が高い高品質米の生産農家であればあるほど、この政策に参加するよりも減反を止めて米を作りたいだけ作った方が有利となる。減反政策のほころびである。

日本と同様、かつては高い価格で農家を保護していたEUも、ウルグァイ・ラウンド交渉を乗り切るために価格を下げて農家への直接支払いという財政による補てんに切り替えた。消費者負担から財政による農家保護への転換である。しかし、日本は価格依存型農政には手をつけず、消費量の8%に当たるミニマムアクセスという低関税の輸入枠を設定することで、同交渉をしのいだ。このミニマムアクセスから2年前汚染米が発生した。

これまでも農家を減反に参加させるため、毎年2000億円、累計で7兆円に上る補助金が支出されてきた。減反政策で価格を維持した上で、今回さらに3371億円という戸別所得補償を加えてしまう。減反補助金と合わせると5618億円だ。所得補償というが、なぜ勤労者世帯よりも高い所得を得ている裕福な兼業農家にまでも国民納税者は何千億円も支払わなければならないのだろうか。

自民党はどうか。農業や農村は農産物生産以外に水資源の涵養や洪水防止などのいわゆる多面的機能を持っているので、これに対して「日本型直接支払い」を交付するとしているが、その具体的な内容については明らかではない。民主党の「戸別所得補償政策」に対しては一過性のバラマキだと批判し、農家が望んでいるのは、「再生産可能な適正価格」と「安定した所得」の両方ですと主張している。しかし、全国一律の支払額ではなく、多様な担い手の経営を支える「経営所得安定制度」を作りますとしている。農業の構造改革のために対象となる農家を絞るというのではなさそうだ。また、農協にもさまざまな農協があるが、この中でもJAという農協について、「JAこそ地域の担い手との認識に立ち、協同の精神に基づき、その機能を十分に発揮するための政策を強力に推進します」としている。公党が特定の組織の支援をこれだけ鮮明にしたのは珍しいことではないだろうか。

民主党は2007年の参議院選挙、昨年の衆議院選挙では勝ったが、今回は農村地域を多く抱える1人区で敗北した。農家は「戸別所得補償政策」は農業予算に追加されるものと考えていたのに対し、昨年末の予算編成で農業公共事業が6割以上も削減されるなど、既存の農業予算の中から捻出されたことに幻滅を感じたのだろう。しかし、自民党農政が勝利したわけでもない。自民党がターゲットに選んだJA出身の自民党候補は8万票程度の得票で落選した。郵便局に支持された国民新党の候補が41万票も獲得したのとは大きな差である。

民主党政権になっても、減反政策は戸別所得補償というメリット措置によって維持・強化されることになったが、実際の米価はどうなるのだろうか。米価はこの10年間で25%も低下した。減反を強化しても米消費の減少に追いつかなかったからだ。今後は高齢化で1人が食べる量が減少するうえ人口も減少するので、米の総消費量はさらに減少する。高品質米の生産者などが減反に参加しないようになると生産は増える。農産物には、生産のわずかな増加で価格が大きく低下するという特徴がある。平成16年産では前年より生産が9%増えただけで米価は25%低下した。これからは消費が減り生産が増えるので、米価は低下する。

農家にとっては、実質米価の引き上げで、零細・非効率な兼業農家も農業を続けてしまう。主業農家に農地は集積しないので、米作の高コスト構造は改善しない。それどころか兼業農家が主業農家に貸していた農地を貸しはがすという事態も生じている。コストは下がらないで米価が下がれば、戸別所得補償に必要な財政負担は増大する。

米価が下がっても、戸別所得補償が増額されるので農家は困らない。しかし、米価が下がるとJA農協は米の販売手数料を確保できなくなるので、米価下落を恐れるJAは、農家が困るからとして政府に市場から米の過剰在庫を買い入れて米価を維持するように求めている。自民党が「再生産可能な適正価格」が必要だとしたのはJAのためだ。しかし、民主党は、農家が戸別所得補償を受け取るためには減反参加が条件なので米価は下がらないだろうし、下がっても戸別所得補償が増額されるので農家は困らないとしている。財政負担が増大し続けるという難点はあるものの、この主張自体は明快だ。

「みんなの党」はどうだろうか? この政策ははっきりしている。減反政策を段階的に廃止して米価を下げることで、国内の需要を拡大するだけではなく、輸出も可能になる。その際米価低下で影響を受ける意欲のある農家に限定して政府からの直接支払いを行う。意欲のある農家を政策対象とし農業の規模を拡大してコストダウンを行えば、価格が下がり輸出も可能になるので、国内農業を関税で保護する必要はなくなる。したがって、「農産物を聖域としないFTA交渉の積極展開」が可能になる。昨年の総選挙で、民主党がマニフェストの「日米FTAの締結」という表現についてJA等の農業界や自民党から抗議されたため、「日米FTA交渉を促進する。その際、国内農業・農村の振興を損なうことはしない」という表現に変更したのとは違う。民主党もみんなの党も農家への直接支払いという点では同じだが、民主党が減反政策を維持して米価を下げない、したがってFTA交渉への対応が難しくなるというのと違い、EUが農産物の支持価格を下げて直接支払いを導入したように、米価を下げて米の輸出もFTA交渉への対応もできるようにしようというものである。

みんなの党の政策は、価格支持から直接支払いへという世界的な農政改革の流れにも沿っている。減反を維持し零細な兼業農家も対象とするという政策とは、正反対の政策だ。コストダウンにより輸出も可能になる強い農業が実現できる。また、財政負担の点でも、減反廃止により2000億円の財源をねん出できるし、直接支払いも対象者を限定しているので大きな額は必要ではない。民主党が農業公共予算を大幅に削減したのとは違い、農業予算を圧迫しないで、将来の投資的な事業を実施することが可能となる。

2010年8月5日号『週刊農林』に掲載に掲載

2010年8月19日掲載

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