WTO農業交渉――高関税を維持すれば逆に食料自給率は低下する

山下 一仁
上席研究員

米、インドが政治決断すればいつでも合意可能

WTO(世界貿易機関)交渉は2008年7月の閣僚会議で、補助金の大幅な削減を求められた米国と市場開放を要求されたインドが、途上国に認められる特別なセーフガード措置の発動要件をめぐり対立し、決裂した。しかし、それ以外の点では合意が近いと思わせた(図1)。

図1:WTO交渉 利害対立の構図
図1:WTO交渉 利害対立の構図

日本は関税の削減に問題をもっている。国内で高い価格で農業を保護しようとするから高い関税が必要になる。米国やEUは価格を下げて農家への直接支払いという補助金で保護するようになっているため、高い関税は必要ない。日本を除いて主要国のほとんどが100%以上の関税は認めないという上限関税率を受け入れている(表)。

表:米、EUは高関税政策をとらず、農家への直接支払いで農業を保護
表:米、EUは高関税政策をとらず、農家への直接支払いで農業を保護

08年12月ファルコナー農業交渉議長は、75%以上の関税については関税率を原則70%削減すると提案している。日本の75%以上の関税の対象品目はコメ(17品目)、小麦、乳製品、砂糖など134品目あり、牛肉を含めると160品目、全農産物関税品目数の12%である。高関税品目が多い日本は関税削減の例外扱いを求めている。しかし、原則に対して例外を要求すれば、代償として低税率の輸入枠(ミニマムアクセス)の拡大が求められる。ウルグアイ・ラウンド交渉では、コメについて関税化の例外を得る代償として、関税化すれば当時の消費量の5%ですむミニマムアクセスを、年々拡大して8%とする義務を日本は受け入れた。しかしその後、ミニマムアクセスの拡大による農業の縮小を回避するため、1999年には関税化に政策転換し、現在では7.2%、77万トンのミニマムアクセスにとどめている。

今回の議長提案では、消費量の4%をミニマムアクセスに追加するという代償を条件に、関税引き上げの例外品目を全品目数の4%まで認める、消費量の0.5%をさらに上乗せするという代償を条件に例外品目を6%まで拡大でき、さらに100%以上の関税を維持する代償として0.5%が追加されるので、合計消費量の5%分ミニマムアクセスを拡大しなければならなくなる。

これまでの分も含めるとコメのミニマムアクセスは消費量の13%、120万トン以上になる。コメ以外の品目についても同様である。農水省は自給率を50%に拡大するために小麦の生産を倍増するという工程表を公表したが、WTO交渉がまとまれば小麦の生産は逆に縮小するしかない。日本政府は、例外品目数は議長案の6%でも少ないと主張している。つまり、品目については、ミニマムアクセスを拡大して関税を維持しようというのだ。これは食料自給率を確実に低下させる。

内外価格差の接近でコメの関税は50%で十分

実は関税削減の例外を主張しなければならないほど、高い関税は必要ない。日本産米と品質的に近い中国産米の実際の輸入価格は、60キロ1万円まで上昇している(図2)。1万5000円という国内米価からすれば、関税は50%でも十分である。この数年、ミニマムアクセス分で輸入される中国産米に課している実質的な関税相当額は50~80%の間である(図3)。コメの778%の関税を70%削減しても233%なので、関税削減の例外扱いは必要ない。

図2:中国産米は60キロ1万円まで上昇、日本産米との差は5000円に接近
図2:中国産米は60キロ1万円まで上昇、日本産米との差は5000円に接近
図3:中国産米に対する実質的な関税率は50~80%の間で推移
図3:中国産米に対する実質的な関税率は50~80%の間で推移

高関税で国内市場を守っていても、人口減少時代と1人当たりの食べる量が少なくなる高齢化時代を迎えるので、国内の食用の需要はますます減少し、日本農業は縮小せざるを得ない。1万5000円という国内米価は生産調整によって維持されているので、生産調整をやめれば中国産米よりも安くなり、ミニマムアクセス米を輸入しなくてもすむばかりか、人口、所得の増加するアジア諸国に輸出できるようになる。価格引き下げで影響を受ける主業農家にはEUのように直接支払いをすればよい。

『週刊エコノミスト』2009年2月9日臨時増刊号(毎日新聞社)に掲載

2009年3月3日掲載

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