食料・農業・農村基本計画の問題点(1)―“緑”ではない“品目横断的政策”―

山下 一仁
上席研究員

1.食料・農業・農村基本計画の経営安定対策

基本計画は、「我が国農業の構造改革を加速化するとともに、WTOにおける国際規律の強化にも対応しうるよう、現在、品目別に講じられている経営安定対策を見直し、施策の対象となる担い手を明確化したうえで、その経営の安定を図る対策に転換する。」としている。

「農業の構造改革を加速化する」必要性はいうまでもない。WTO・FTA交渉により関税の引き下げが求められており、そのためには農業の構造改革を行って国内価格を引き下げる必要がある。また、農業の衰退傾向に歯止めがかからない。GDP(国内総生産)に占める農業の割合は、60年の9%から1%に減少した。しかも、これからOECDが計算した農業保護額を引けば、農業のGDPはゼロまたはマイナスになってしまう。農地の改廃が進む中で農業の規模拡大は遅々として進まないし、担い手は育ってこない。農業者は著しく高齢化し、65歳以上の農業者の比率は40年間で1割から6割へ上昇した。WTO交渉とかFTA交渉をうんぬんする前に、今までどおりの高関税政策を続けても、農業の衰退傾向に歯止めがかからない状況になっている。つまり、WTO・FTA交渉という農業の外からの要請というより、農業内部から農業の構造改革が必要になっているのだ。

「WTOにおける国際規律の強化」に対応する必要があることも、その通りだろう。問題は、改革の中心となる経営安定対策、特に“品目横断的政策”の内容が、その目的にかなっているかどうかである。マスコミ各紙は、“品目横断的政策”(直接支払い)の対象を真の担い手に限定するかどうかについて論じている。それも重要な問題だが、それ以前の問題として、この“品目横断的政策”の内容自体を議論しているものは、皆無である。

2.“品目横断的政策”の内容

「複数作物の組合せによる営農が行われている水田作及び畑作について、品目別ではなく、担い手の経営全体に着目し、市場で顕在化している諸外国との生産条件の格差を是正するための対策となる直接支払いを導入する…。諸外国との生産条件格差の是正対策は、国境措置の水準等により諸外国との生産条件格差が顕在化している品目(現時点でいえば、水田作は麦、大豆、畑作は麦、大豆、てん菜、でん粉原料用馬鈴しょ、等を想定)を対象とする。また、この対策は、過去の作付面積に基づく支払と各年の生産量・品質に基づく支払を行うなどにより、需要に応じた生産の確保や生産性向上等の我が国農業の課題の解決に資するよう、留意する。」と計画は書いている。

この基本計画の読者は、「諸外国との生産条件格差が国境措置の水準等により国内市場において顕在化している」という表現を、諸外国との生産条件格差があっても関税によって国境で格差が解消されていれば国内市場においてそれが顕在化していないので対象としないと正しく読むことを要求される。つまり、品目横断的対策等は、麦、大豆等の不足払いの一部を担い手農家に対する直接支払いに移行するものの、WTO交渉で本格的な関税引下げの議論が先送りになったので、米のみならず麦、牛乳等他の農産物を含め関税引下げへの対応としての直接支払いは見送るという内容なのだ。

不足払いの直接支払いへの移行、関税引下げへの対応としての将来の直接支払いとも、野菜、果樹、酪農、肉用牛等は「複数作物の組合せによる営農が行われている」のではないから、品目横断的政策の対象とはならない。(1)不足払いについて、1)米は不足払いがないので該当しない、2)過去に麦や大豆等を昨付けした水田、畑では麦、大豆等の不足払いを緑の直接支払いに転換する、3)酪農、肉用牛等の不足払いは緑の直接支払いには転換しない、(2)関税引下げに対処するための直接支払いは、1)米2)麦等については関税が下げられたら導入するが、3)酪農、肉用牛等については、乳製品や牛肉の関税引下げが行われても何も対策を打たない、ということになるようである。

3.“品目横断的政策”は“緑の政策”ではない

「WTOにおける国際規律の強化にも対応しうるよう」とは、WTO農業協定上削減対象ではない緑の政策としようというものだろう。しかし、残念ながら、“品目横断的政策”は“緑の政策”とはならない。

(1)生産のタイプと関連しない
WTO農業協定は、国内の補助金を、削減しなくてもよく相殺関税や対抗措置の対象ともならない緑の政策、削減対象でかつ相殺関税や対抗措置の対象となりうる黄の政策、削減対象ではないが相殺関税や対抗措置の対象となりうる青の政策の3つに分類した。このうち、緑の直接支払いの基本的要件として、支払いの額が、1)基準期間以降の各年の生産のタイプ又は量(家畜の頭数を含む)に関連しまたは基づいてはならない、生産のタイプと関連しないとは米、酪農等作物と関連してはならないということである、2)各年の価格に関してはならない、3)生産要素に関連してはならない、4)さらに、生産することを要求してはならない、としている。

ここで支払い額が“生産のタイプに関連しまたは基づいてはならない”という意味は、交付に際し特定の作物等の生産を条件付けてはならない、受給資格を特定の作物にリンクさせることにより農業者を特定の作物生産へ誘導するものであってはならないという趣旨であり、ある農業者がある作物だけを生産することを否定するものではない。それは、個々の農家の経営が複合経営でなければならないというものでは、決してない。

この直接支払いを緑としたのは、「貿易を歪めるような影響又は生産に対する影響が全くないか又はあるとしても最小限であるという根本的な要件を満たすもの」だからである(以上、農業協定付属書II第1項、第5及び第6項参照)。

かりに、複合経営のみを対象とし単作経営を排除するのであれば、単作経営を不利に扱い、生産や貿易を歪曲することとなる。これは、特定の作物を対象から除外していることになり、緑の直接支払いの根本的要件に反するのである。それは“デカップルした”というコンセプトにおよそ当てはまらない。現に、アメリカでもEUでも特定の作物に特化した生産者も直接支払いの対象となっている。アメリカのとうもろこし農家が直接支払いの対象とならないと言われたら、びっくりするのではないか。ところが、農林水産省はこれを複合生産が可能な農家に限ると解釈し、野菜、果樹、酪農、肉用牛等の専門農家は品目横断的直接支払いの対象ではないとしてしまった。もし、小麦の収益性が向上し野菜農家や酪農家が自分の農地で小麦も生産したら、農林水産省はどう扱うのだろうか。他の作物と同様、野菜、果樹も畑、酪農、肉用牛は草地について、面積当たりの直接支払いを検討できるはずである。

さらに、WTOのパネル(昨年9月)・上級委員会(今年3月3日)は、アメリカの綿花補助金に対するブラジルからの提訴に基づき、アメリカが96年農業法で導入した(日本と違い単作経営を排除しない)デカップルされたはずの直接支払いさえも、野菜・果樹を対象から外していることから、“生産のタイプに関連しまたは基づいてはならない”という要件に照らし、緑の補助金ではないと判断した。野菜等を対象から除くというネガティブな方法でも、他の生産を有利に扱い生産のタイプと関連していると評価したのである。

(2)緑ではない“日本型”
日本農業新聞(3月26日)は、欧米の直接支払いは過去の経営面積を基に支払いを決めるのに対し、品目横断的直接支払いは規模拡大や品質向上努力も加味して決める日本型であるとしている。しかし、緑の根本的要件は生産と関連しないということである。過去の作付面積に基づく支払いと各年の生産量・品質に基づく支払いが別個のものであれば、一方は(野菜等も含めるという条件で)緑、他方は黄色とできる。しかし、過去の作付面積に基づく支払いに各年の生産量・品質をリンクするのであれば、全体が黄色の政策となってしまう。

中山間地域等直接支払いの導入に際しては、EUの条件不利地域直接支払い制度を検討するとともに、農政史上初の直接支払いであることから、国民の理解を得るためにも、WTO上緑の直接支払いとなるよう留意した。WTO協定上、緑となる範囲内で、集落協定等による日本型直接支払いを目指したのであり、緑ではない日本型直接支払いを目指したのではなかった。

2005年4月5日号 『週刊農林』に掲載

2005年4月12日掲載

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