技術革新は職を奪うか

鶴 光太郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

日本の雇用の未来を考える際、少子高齢化とともに重要な視点は、技術革新の影響である。特に、オートメーション、ロボット、コンピューター、人工知能(以下、まとめて「新たな機械化」と呼ぶ)が将来の雇用にどのような影響を与えるかは経済界、学界でも大きな注目を集めている。

新たな技術が職を奪うという懸念は歴史上幾度となく繰り返されてきた。産業革命初期に職を脅かされた英国の繊維工業の労働者らが機械、工場を破壊して回ったラッダイト運動はその典型例である。

その後、1930年代にジョン・メイナード・ケインズは、技術革新が物質的な繁栄を導くと同時に、省力化のペースが速ければ技術的失業が広がることを警告した。80年代にノーベル賞経済学者のワシリー・レオンチェフも、生産の最重要要素としての人間の役割はかつての馬と同じように縮小すると論じた。

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しかし、過去200年間を振り返ってみれば、特定の職は技術革新で消滅しても、労働生産性の向上が所得水準の向上につながり、新たな需要を顕在化させる企業・産業が登場し、新規雇用も創出されることで雇用全体は増加してきた。新たな機械化がもたらす技術的失業が蔓延(まんえん)する懸念は杞憂(きゆう)に終わるのか、それとも今回は違うのか。

米マサチューセッツ工科大学(MIT)のデイビッド・オーター教授は2014年の論文で、哲学者マイケル・ポランニーの「人間は言葉で表せる以上のことを知っている」という言葉を「ポランニーのパラドックス」と名付け、人間と機械の違いとして暗黙知に焦点を当てた。

オーター教授を嚆矢(こうし)としたこれまでの研究をまとめてみよう。職務(ジョブ)を「ルール・手順を明示化できる定型的職務(現金出納、単純製造等)」と「明示化しにくく、やり方を暗黙的に理解している非定型的職務」に分けると、前者は中スキル・中賃金職務を形成してきたが、新たな機械化の影響を受けやすいこともあって米国、欧州、日本を含めその割合がこれまでも低下している。

さらに、非定型的職務を知識労働と肉体労働に分けると、非定型的知識労働(プロフェッショナルなど)は高スキル・高賃金職務を形成する一方、非定型的肉体労働(清掃など)は低スキル・低賃金職務を形成し、両者の割合がおおむね増加するという職務の二極化が先進国で起きている。こうした分析によれば、新たな機械化の悪影響を受けるのはもっぱら定型的職務に限られることになる。

しかし、MITのエリック・ブリニョルフソン教授、同アンドリュー・マカフィー主任研究員は15年の論文で、新たな機械化が今後10年で人間にとってかわる可能性は低いものの、長期的には技術進歩によって人間の労働者は全体的に不要になる可能性があると警告している。その技術革新のスピードはかなり速く、人間しかできないとされてきた領域まで機械が侵食してきているからである。

例えば、自動車の運転手は非定型的肉体労働の典型とされ、自動運転は数年前までは実用には程遠かったが、米グーグルが開発中の自動運転の精度は驚くほど高くなっている。また、暗黙知が活用されるパターン認識(例えば、写真をみてそれが椅子であると判断する力)も新たな機械化が難しい領域とされてきたが、豊富なデータを機械に学ばせる訓練を通じて暗黙のルールを推測し、ベストな予測をさせるという機械学習も格段に進歩してきている。長期的には何か起きるか予想がつかなくなってきているのだ。

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一方、オーター教授は15年の論文で、マスコミや一部の学者は新たな機械化の労働代替効果を過大評価する一方、新たな機械化と労働との間の強い補完性が生産性、所得、労働需要を高める効果を無視していると批判している。例えば、米国で銀行ATMが普及していく過程で、大きく減るとみられた銀行の窓口係の数は30年間でむしろ増加したという研究を紹介している。現金を扱うような定型業務は縮小したが、ITの発展で個々の顧客と密接な関係を作ることが可能となり、追加的なサービス(クレジットカード、ローン、投資)を提供する新たな業務が生まれたためだ。

人間が機械と補完的役割を果たし得るよい例がチェスである。生身の人間はスーパーコンピューターに勝てなくなって久しいが、その最強のスパコンに勝利するのが人間とコンピューターのチームだ。

また、米アマゾン・ドット・コムの倉庫ではキバという物流ロボットが活躍しているが、すべて自動化されているわけではない。キバは可動棚を持ち上げて人間のところまで移動し、人間が商品をとりだすと棚を元の位置に戻す。つまり、ロボットは棚を動かすというルーティン(決まった手順の)作業を担当する一方、労働者は商品を扱い、全体の活動はソフトウエアで制御するという役割分担になっている。

オーター教授のもう1つの論点は、職務の二極化が永遠に続くことはないことだ。中スキルの職務も細かくみるといくつかの異なるスキルが要求される業務(タスク)から成り立ち、互いに補完性があることが多い。例えば、一定の技術が求められるが定型的な業務と、対面的やりとり・柔軟性・適応性・問題解決といったスキルが要求される非定型的業務の組み合わせである。これらの業務をばらして前者のみ機械化すると効率性が大きく損なわれるため、新たな機械化で代替されにくい。

そのような中スキルの職務例として、医療技術者、配管工、大工、電気工事士、自動車整備士、調整や意思決定が必要な流通部門の事務職などを挙げている。米ジョージタウン大学のハリー・ホルツァー教授は15年の論文で、近年、中スキル職務全体の割合が低下する中で、新たな中スキル職務の割合はむしろ高まっていることを示している(表)。

表:米国の中賃金雇用の割合(▲はマイナス)
2000年13年(00年比)
中賃金雇用全体39.1%36.6%(▲2.5%)
伝統的な中賃金雇用24.3%21.0%(▲3.3%)
建設3.6%2.9%(▲0.7%)
生産6.0%4.5%(▲1.5%)
事務14.7%13.6%(▲1.1%)
新しい中賃金雇用14.8%15.6%(0.8%)
出所:Holzer, H. (2015), "Job Market Polarization and U.S. Worker Skills: A Tale of Two Middles", Brookings Institution Economic Studies
新しい中賃金雇用の例:
医療技術者、取り付け・保守・修理技術者、経営(ローエンド)、サービス(ハイエンド)

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それでは将来、技術的失業が蔓延しないために我々が準備すべきことは何か。オーター教授は、技術変化で代替されるのではなく補完的になるようなスキルを生み出すような人的資本投資が必要と主張する。機械にはできないが新たな機械化を伴うと価値が高まるスキルをどのように養成するか。ブリニョルフソン教授らは人とつながりたいという欲望が人間的な要素・スキル、つまり、人間の持つ芸術性(演劇、音楽)、身体能力(スポーツ)、思いやり(セラピー)、もてなし(レストラン)などへお金を払いたいという需要を生むとしている。

もう1つは、彼らの14年の著書(邦訳「ザ・セカンド・マシン・エイジ」)で述べているように、変貌自在、融通むげな発想によりこれまでにない新しいアイデアやコンセプトを思いつくスキルを養うことである。機械は答えを出すことはできても、問いを発する能力はいまだ備わっていない。「好奇心の赴くままに学ぶ」「どうして世界はこうなっているかを問う」など、自由な環境での自発的学習を重視するモンテッソーリ教育法(イタリアの医師が20世紀初めに考案)が米国で著名な起業家を生んでいると彼らは指摘する。日本の教育のあり方にも大きな示唆を与える。

2015年9月15日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2015年9月15日掲載

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