アジアと中所得の罠
排他性が成長・革新阻む

戸堂 康之 ファカルティフェロー

一般に経済成長率は所得レベルの低い国ほど高い傾向がある。低所得国は、先進国から技術や知識を学ぶ余地が十分にあるために模倣が比較的容易で、資本が十分に蓄積されていないために資本の投資効率が高いためだ。

東アジア諸国のうち、すでに先進国(地域)となった日本、シンガポール、香港、台湾、韓国は、時期は違えども1人当たり実質国内総生産(GDP)が5000ドル程度の時には6%を超える高い成長率を達成した後、今では他の先進国並みの2%程度に落ちついている。

他方、後発国が成長を遂げて5000~1万ドル程度の中所得を達成したものの、その後停滞して先進国になれずにいる「中進国(中所得国)の罠(わな)」に陥った国も多い。例えば、中南米諸国は1980年代に1人当たり5000ドル程度を達成したにもかかわらず、その後経済が停滞し、先進国になれていない。

アジアの中進国はどうか。図にあるように、中国を例外として、インド、マレーシア、タイ、インドネシアは、所得水準は徐々に向上しているが、1人当たりGDPが5000~1万ドル前後で2~4%程度の成長しか達成できていない。明らかに東アジア先進国とは異なる経路をたどっており、これらの国は中進国の罠に陥っている可能性がある。

図:アジア各国における1970年以降の1人当たり実質GDPとその伸び率の関係
図:アジア各国における1970年以降の1人当たり実質GDPとその伸び率の関係
注)1970年~80年、80年~90年、90年~2000年、00年~10年、10年~13年の5期間の推移。横軸は対数表示。出所は世界銀行「世界開発指標」など

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理由は色々と考えられるが、ここではソーシャルキャピタル(社会関係資本)という切り口から考えてみたい。これは規範や価値観を共有する人々のネットワークを指すが、東京大学の澤田康幸教授が2012年12月の当欄で論じたように、「絆」と表現しても差し支えないだろう。

地域や組織内の強い絆が経済成長や社会発展につながることは、米ハーバード大学のロバート・パットナム教授をはじめ、多くの研究者が示してきた。一方で、絆は必ずしも経済発展に結びつくわけではなく、近年の経済学の実証研究は、絆の負の側面をも見いだしている。

例えば欧州では、家族や友人との絆を重要視する地域ほど経済成長率が低い。スペインの企業はサプライヤー(部品供給業者)との信頼関係が強すぎるとむしろ業績が悪化する。戦前のドイツでは、コミュニティー組織が発達して絆が強い地域ほどナチズムが浸透した。つまり地域・組織内の強すぎる絆が対外的な排他性を高めることで、外から新しい知識や刺激が流入するのを妨げ、むしろ地域の発展を阻害することがありうる。

したがって、経済や社会の発展に重要なのは、地域・組織内での絆を深めながらも、排他的にならずに「よそ者」ともつながることだ。それによって多様なつながりを構築し、よそ者から取り入れた新しい知識を地域・組織内で咀嘱(そしゃく)してイノベーション(革新)を起こせる。

ドイツの研究者を対象にした研究によると、いつもは同じメンバーと研究しながらも、ときには違う組織・分野の人と研究するような人が最も優れた業績を残している。アイドルグループのAKB48は、名古屋のSKE48、上海のSNH48など5つの姉妹グループとの間で地域や国境を越えたメンバーの移籍を実施することで、新展開を生みだして人気を継続させている。

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こうした観点から考えると、中進国の罠は、多様なつながりによって成長してきた途上国が、国内の絆が強くなりすぎるゆえに排他的になり、先進国からの技術や知識の流入が阻害されてしまうことでも起こりうる。その結果、経済が停滞するがゆえに、ますます排他的になって既得権益を守ろうとする悪循環に陥る。

その好例が、戦後長期間にわたり国内産業を保護するために工業製品の輸入を制限した中南米諸国だ。その結果、1950~60年代にはそれなりに成長できたが、70~80年代になって保護に甘んじた国内企業が競争力を失った後もなかなか開放的な政策に転換できず、停滞は長期化した。

アジアの中進国は、中南米よりも開放的な政策によって持続的に高成長を達成してきたが、ここにきて保護主義的な動きも垣間見えるようになっている。

インドネシアでは、ニッケルなどの鉱物の未加工状態での輸出を禁じ、国内産業を保護しようとする動きが活発化している。マレーシアでは、国民車メーカーのプロトンの会長に就任したマハティール元首相が、外資との連携を否定し、政府の保護を求めている。最近のタイの政変は、もともとはタクシン政権が農民に対する過度な保護政策を行ったことに端を発している。

アジア中進国がこのような排他性を強めれば、中南米の失敗を繰り返すことになり、確実に中進国の罠に陥ってしまうだろう。逃れるには、むしろ国外のよそ者とより積極的につながることが必要だ。

例えば、建設中のジャカルタの地下鉄のように、インフラ建設の際に日本を含む海外企業と地場企業が連携することで、国外の技術を積極的に学習することができる。さらに、中国のように地場の企業や大学と外資企業との研究開発における連携を政府が奨励することで、模倣一辺倒から国内での革新の創出に転換し、先進国へのキャッチアップ経路に乗ることができる。

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このような強い絆に端を発する排他性と停滞の悪循環は、中進国の罠だけでなく、20年に及ぶ日本の経済停滞にもあてはまる。

農業、保育、大学、医療、介護、中小企業などの規制セクターが排他的になって停滞し、規制を岩盤化させて既得権益を守ろうとすることで、停滞が泥沼化した。これを打開するには、規制産業を規制緩和や経済連携協定によってよそ者、特に企業や海外とつなげることで、革新を起こさなければならない。

悪循環は地方経済でも顕著だ。日本の地域別の成長率を比べると、所得レベルの低い地域の成長率が高いわけではなく、特に最近10年では地域別の所得格差は縮小していない。これは、罠に陥った中進国と同様、地方の排他性が強く、首都圏をはじめとする生産性が高い地域の技術や知識が十分に地方に波及できていないことに一因がある。地方発展のためにも、よそ者とのつながりが必要なのだ。

例えば、徳島県上勝町は、つまもの(和食を飾る葉や枝)の生産で村おこしに成功したが、これは町外から来た営農指導員の横石知二氏がもたらした革新である。群馬県みなかみ町は、ニュージーランド人の知恵を利用して、ラフティング(ボートでの川下り)やバンジージャンプで観光客を増やしている。

つまり、地域の強い絆は成長にとって両刃の剣であり、よそ者を引き入れて「AKBグループ的つながり」を構築することによってこそ、地域の絆が力を発揮する。そのためには、地方でのリスクマネーの供給、産学連携、企業間の共同研究、Uターン・Iターン、海外展開、対日投資などを促進する「つながり支援」を政府や自治体が積極的に行う必要がある。

中進国でも日本の地方でも、多様なつながりこそが経済や社会の発展に寄与する。アジアおよび日本経済の持続的な成長のために、各国の政府には様々なレベルでよそ者とのつながりを構築するような政策の実施を期待したい。

2014年8月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2014年9月3日掲載

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