地方創生 地域の視点 「稼ぐ力」持つ産業伸ばせ

中村 良平
ファカルティフェロー

わが国の人口は2008年をピークに減少に転じている。中でも地方に位置する市町村では、今後の人口減少が地域経済の縮小や行政サービスの低下を招き、それがさらなる人口減少を引き起こす「累積的な縮小ループ」に陥ることが懸念されている。

政府は14年12月に「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」を閣議決定し、雇用創出と人口増加の好循環による地方創生の基本方針を示した。

多くの市町村は地方人口ビジョン・地方版総合戦略プランの作成に着手している。今年度中の策定が、次年度の地方創生の交付金にも反映されるからだ。しかし日本全体の人口が減る中で、各市町村にとって人口を維持していく具体的なプランを示すことは容易ではない。さらに個別の戦略については、その実施結果を根拠のある数値でもって示すことも求められている。

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市町村の振興計画を顧みると、最も欠けていたのは客観的数字に基づく評価指標とそれを読み解く知識と経験であろう。評価指標は、地方版総合戦略で求められている重要達成度指標(KPI)とも通じるところがある。施策を実施した時に生まれる地域経済効果の定量的把握である。それには地方版産業連関表が必要だが、作成には時間と費用、ノウハウが必要となる。政府は市町村の定量的な施策評価を支援すべく「地域経済分析システム」などの分析ツールを開発し、提供を始めている。

人口を維持するには、所得をもたらす産業の形成と雇用機会の確保、そして両者の連関構造を築くことが基本となる。このことは、まちに外から所得をもたらしている産業は何かという視点と雇用を吸収している産業は何かという視点が、地域経済をみるのに必要なことを意味している。従って、地方版総合戦略を実のあるものとするには、わがまちの経済構造をしっかりと読み解く必要がある。

まちの経済構造をみる時、次のように産業を2つに分けてとらえることが役立つ。

1つは、人や事業所がないと成立しない産業、つまり人口や企業集積の必要な産業である。小売店、飲食店、不動産業、病院など対個人サービス業と、保守点検サービス、会計事務所、広告業、情報処理サービスなど対事業所サービスが該当する。これらは人や企業の存在があって成り立つ産業なので派生産業あるいは非基盤産業ともいわれる。

もう1つは、人口集積や企業集積とはあまり関係なく立地できる業種である。この場合の需要者の多くは地域の外にいる。製造業における工場部門、場所を必要とする農業、林業、水産業、鉱業などだ。これらは自然の条件(ストック)があって成り立つ産業で、域内市場から派生するものではないことから基盤産業あるいは移出産業ともいわれる。

サービス業でも、情報通信技術の発達で基盤産業化が可能になった。ネット販売、形になるデザインやアイデア、パッケージで提供できるサービスなどは移出産業となりうる。これらはお金の流れでいうと、域外からお金を稼いでくる産業である。これに対し、前者の派生産業は域内でお金を循環させる産業といえる。

重要なのは、域内市場産業だけでは「まちの経済」つまり地域経済は成り立たないことだ。域外からお金を稼いでくる産業がないと、やがて地域は衰退してしまう。人口が減少している多くの地域は、域外市場産業である基盤産業が衰退していることが多い。

域外からお金を獲得せずとも資金は域内需要で循環させられるが、それではいずれ頭打ちとなる。域外市場からお金を獲得することが持続可能性維持の必要条件といえる。

2つの産業の間には、基盤産業の規模が非基盤産業を規定するという因果関係があることが、理論的にも実証的にも知られている。この割合のことを基盤・非基盤比率と呼ぶ。この値が大きいほど基盤産業からの雇用の波及効果が大きい。すなわち基盤産業を見極められれば、そのまちの人口規模を予測できる。

ケインズの有効需要モデルでは、投資や輸出などの需要が所得に影響を与える。一方、経済基盤モデルでは、供給面での基盤産業の活性化がどれだけまちの雇用(人口)に影響を与えるかに着目する。

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例えば、基盤産業の従業者が1000人増えたとしよう。ここで基盤産業に対する非基盤産業の従業者比率が1対4であるとすると、まち全体で従業者は5000人増えることになる。1人の従業者で世帯人員が2人とすれば、結局まちの人口は1万人増加する。

従って、ある市が「15年後までに新規産業を興して人口を1000人増やす」という計画を立てた場合、新たに生み出さなければならない基盤部門の雇用は100人ということになる。これにより、まちの計画の妥当性をチェックできる。100人の中には様々な分野の専門家も必要であろう。総合戦略では単に人口の議論をするのではなく、どういう産業で、どのような人材を確保(育成・誘致)すべきかを考えることが肝要だ。

こうした基盤産業を直接発見するには、産業間・地域内外の取引を表した地域産業連関表が有用だが、一部の市を除き作成されていない。そこで比較的統計データの得やすい従業者数を使った代替指標である「特化係数」で間接的に発見することにする。これは、ある産業の従業者比率を全国の従業者比率で基準化したものだ。例えば2.0であれば、全国の構成比の2倍の集積があることを意味する。

しかし、これには国際交易の存在が反映されていないので、筆者が開発した全国レベルでの自足率を乗じた「修正特化係数」を適用することで、まち(地域)の基盤産業がより正確に識別される。係数値が1.0を超える部門は、地域にとって純移出がプラスの稼ぐ力のある産業といえる。

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図は、愛媛県今治市について、横軸に修正特化係数の対数変換値(稼ぐ力)、縦軸に従業者比率(雇用力)をとり、産業中分類で計算した数値をプロットしたものだ。最も稼ぐ力があるのは水運業で、これは内航海運が該当する。次が石油製品等製造業である。また造船の集積を意味する輸送用機械やタオル産業が該当する繊維工業とその卸売業などは、域外所得獲得だけでなく一定の雇用吸収力を持っていることがわかる。多様な基盤産業を育成し、それを雇用吸収産業と関連づけていくことの必要性を読み取れよう。

図:今治市の稼ぐ力と雇用力
図:今治市の稼ぐ力と雇用力
(出所)総務省「経済センサス:活動調査」(2012年)、「経済センサス:基礎調査」(2009年)

ここで、修正特化係数が1.0を上回る従業者を基盤部門とみなし、基盤・非基盤比率を求めると3.22となる。また今治市における従業者に対する人口の割合は2.25なので、経済基盤モデルによれば、基盤部門での100人の雇用増は今治市の人口を約950人増やすと予想される。

特化係数は相対指標であるので比較優位な産業を発見するには有用だが、経済規模を考慮していないという問題点がある。しかし、まちの生活の糧がどこにあるのかを見極めるのに簡便かつ有効な手法であることに変わりはない。

総務省は、こうした基盤産業(稼ぐ力)と雇用吸収産業(雇用力)の相関図(チャート図)のオープンデータ化に向けて準備を進めている。現在地方自治体に提供されている「地域経済分析システム」と相互補完的に利用することで、地方創生の総合戦略に客観的評価がより反映されることが期待できる。

2015年5月6日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2015年5月26日掲載

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