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産業競争力強化の視点―戦略の即応性・柔軟性カギ

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日本経済は1990年代以降低成長が続いており、名目国内総生産(GDP)でみた経済規模は20年前と変わっていない。輸出競争力を示す貿易収支についても、2012年は過去最大規模の赤字となった。80年代まで自動車やエレクトロニクス製品で世界を席巻した日本の産業競争力は後退したのか。それとも円高や欧州危機の影響などによる一時的なものなのか。

本稿では、日本の産業競争力の現状を明らかにし、中長期的に日本経済が活力を維持するための方策を考えたい。

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まず、経済成長率について検証する。75〜90年の実質GDPの年平均伸び率は3.9%だが、90〜07年には1.5%に低下した。筆者の推計では、成長率の低下は労働や資本など生産要素の投入の減少によるもので、国際競争力を示す指標として重要な全要素生産性(TFP)は年率約0.7%で変わっていない。ちなみに、米ハーバード大学のデール・ジョルゲンソン教授による推計結果では、米国経済のTFP伸び率は1990年以降約0.8%であり、日本の数字と大差はない。

また、貿易黒字は海外生産など経済活動のグローバル化の進展により縮小する。直接投資が進むと、国内で生産して輸出してきた製品が現地生産に置き換わり、輸出額を押し下げる効果があるからだ。その一方で、海外で稼いだ所得の受け取りを示す所得収支の黒字幅は一貫して拡大し、05年あたりで貿易黒字を上回った。グローバル拠点も含めた日本企業の競争力は衰えていない。企業のイノベーション(技術革新)活動についても、研究開発費や特許数で日本は世界でトップレベルのランキングを保っている。

しかし中国や韓国と比較すると日本のTFP伸び率は低く、日本の競争力は相対的に低下している。典型例がエレクトロニクス産業だ。総合電機の象徴であった半導体事業は軒並み事業の整理統合や撤退を余儀なくされている。テレビをはじめとする家電製品事業も芳しくない。

企業内の非正規雇用者の比率が高まり、強みであった安定的な労使関係や高い労働意欲に基づく経営スタイルが曲がり角にきていることも不安材料だ。さらに今後は労働人口が減少し、従来以上の生産性の上昇がないと経済成長率の一段の低下は免れえない。

ハーバード大学のマイケル・ポーター教授は、80年代までの日本企業の競争力について、品質や機能面で差別化された商品を効率的な生産プロセスにより安価で提供する能力と評した。しかし90年代に入り、IT(情報技術)革命が進展し、企業内の暗黙知をベースとする生産技術や製品開発力は比較優位を失った。

例えば現場の高品質のモノづくりを支える生産技術は、デジタル制御技術を取り込んだ生産設備により実現可能となった。また3次元CAD(コンピューターによる設計)の登場でデジタル情報による製品設計も可能となった。企業ごとに暗黙知として抱えていたノウハウが形式知化され、韓国など新興国企業によるキャッチアップを容易にした。この傾向は技術進歩が速くデジタル化が進むエレクトロニクス製品で顕著で、自動車のように日本企業が製品競争力を保つ分野と比べて、競争力の後退が如実に表れている。

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ITやバイオテクノロジー・ナノテクノロジー(超微細技術)などの新技術は、様々な応用分野が考えられる汎用技術で、90年以降に花開いた。これらを基盤として活用し、その先に自社製品を生み出す水平分業型モデルが誕生した。その結果、日本企業が得意としてきた研究から開発までの一貫的な垂直統合型モデルの優位性が下がった。

新しいモデルに適合するには、自社の得意分野を自前主義で囲い込むのでなく、他社との連携も視野に入れたオープンで柔軟な技術経営戦略を展開することが重要となる。また国のイノベーションシステム全体としては、革新的な基盤技術の開発を担うハイテクベンチャー企業の役割も重要になる。日本企業のオープンイノベーションヘの取り組みは欧米企業と比べて遅い。

スイスの有カビジネススクールであるIMD(経営開発国際研究所)の世界競争力年鑑によると、国の競争優位を規定する要素は近年変化している。IMDは経済データや経営者へのアンケート調査から、国レベルの競争力ランキングを公表している。

日本の順位は同調査が始まった89年から93年まで5年連続1位だったが、90年代後半以降急速に下がり、12年は59力国中27位たった(表参照)。マクロ経済指標の低迷に加え、評価指標の変化も影響している。90年代前半には存在していた「製品の品質、信頼性」「工場のロボット化、自動化」の評価項目がなくなり、最近では「変化への適応性」「フレキシビリティー(柔軟性)」の項目が追加された。国際競争力の評価軸が、製品の品質や生産効率性から戦略の柔軟性やスピードを重視する方向に変化してきている。

表:IMDランキングの変化表:IMDランキングの変化

日本は国際社会への開放度の点でも評価が低い。売上高の過半を海外で稼ぐ日本企業は多いが、内実は日本人社員が中心の自前主義であり、欧米企業と比較して現地化が遅れている。グローバルビジネスの主戦場が新興国に移りつつある中で、現地化の必要性は一段と高くなっている。

日本が80年代の産業競争力を取り戻すには、オープン化やグローバル化などの新たな環境への対応を加速させる必要がある。まず水平分業型のイノベーションモデルに適合したオープンイノベーションを進めねばならない。重要なのは、自社の事業戦略に合わせた技術のコア領域と非コア領域の切り分けだ。外部から取り入れるオープンな非コア領域を幅広くとったうえで、自社の競争優位を発揮するためにコア領域で自社開発や囲い込みを進める必要がある。

この「オープンークローズ戦略」は新興国などの海外事業にも適用できる。本社主導の自前主義を改め、現地法人の独自性も認めるオープン化を進めると同時に、全社的なグローバル戦略については本社がきちんと押さえねばならない。この戦略実施には、世界の技術や市場動向を幅広くフォローし、必要に応じて技術の獲得や事業部門の開発プロジェクトヘの落とし込みを進める部門が欠かせない。

筆者と経済産業省共同の聞き取り調査では、一部の日本企業でこうした社内と社外の結節点として機能する専門部門を設ける動きがみられた。

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オープンイノベーション推進には、産学連携や知的財産権強化による技術市場の活性化、ハイテクベンチャーの育成などの政策が考えられる。これらの政策の実効性を上げるためのポイントは官民のリスク分担の明確化だ。研究開発やグローバル事業という企業競争力の根幹を担う活動を外部と連携して進めるには大きなリスクが伴う。従って公的機関がある程度のリスクを引き受けることで、民間企業の背中を押すことができる。

政府が1月11日にまとめた「緊急経済対策」に盛り込んだ基礎研究成果の実用化や企業の海外展開を支援するための公的基金は1つの事例だ。しかし過度の支援は企業におけるモラルハザード(倫理の欠如)の問題を引き起こす。

進出先国の政治リスクや基礎的な技術の不確実性などは公的部門が負担すべきだが、ビジネスリスクについては民間企業が負うべきだ。ただし、公的サービスを対象とするインフラ事業のように、明確なリスク分担が難しい案件も多い。官民連携によるオープンイノベーション事業の推進にあたっては、両者の信頼関係を構築することが重要だ。

2013年2月8日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

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