成長か衰退か 新陳代謝進め生産性向上

深尾 京司 ファカルティフェロー

1990年代以降「失われた20年」のほとんどの期間、日本は需要不足に苦しんできた。背景にはデフレ、金融機関の機能不全、企業のバランスシートの毀損などによる投資や消費の低迷だけでなく、少子高齢化や長期的な全要素生産性(広義の技術革新に基づく生産性、TFP)の伸び率停滞がある。それが、70年代半ばから長期間継続する貯蓄超過問題を悪化させた。

日本にとってまず必要なのは、貯蓄超過問題を克服するために、民間の消費や設備投資を回復させることである。

消費回復には、民間貯蓄率の高止まりを解消することが重要と考えられる。雇用創出や長期的な予想成長率の引き上げにより、将来の不意の支出に備えて流動資産を手元に置こうとする予備的動機や、マイナスの資産効果が働かないようにする必要がある。

2000年代の外需主導の景気回復では、企業は雇用の縮小など合理化と収益率の改善に努めた。この結果、いわゆるジョブレスリカバリー(雇用なき回復)の状況となり、消費の停滞を招いた可能性がある。消費回復には、雇用拡大により家計が直面する不確実性を低下させることが欠かせない。

投資の面では、日本はTFPの上昇をほとんど伴わない資本蓄積を長く続けてきたために、資本過剰となり、その結果、資本収益率が低下した。

グラフは、企業設備の金額(名目資本ストック)を国内総生産(GDP)で割った「資本係数」(値が高いほど資本過剰)と、企業が設備からどれだけ収益を上げたかを示す「資本収益率」(粗営業余剰をGDPで割った値)の推移を日米で比較したものだ。資本蓄積よりも生産性上昇が主導する形で経済成長を続けてきた米国では、日本と対照的に資本係数が下落し、資本収益率は上昇傾向にある。日本における投資低迷は、こうした長期的な資本過剰に起因している可能性が高い。

グラフ:日米両国の資本係数と資本収益率
グラフ:日米両国の資本係数と資本収益率

実質金利引き下げでいたずらに投資を刺激するより、生産性を高めたり国内立地の優位性を回復させたりすることで、投資の期待収益率を引き上げるべきだろう。有望な投資に積極的に取り組む企業群を育成し、持続可能な設備投資が拡大する状況をつくり出すことも重要だ。

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90年代以降のTFPの伸び率停滞は、それまで生産性上昇をけん引してきた製造業で激しかった。一方、非製造業では70年代以降一貫してTFPの伸び率が停滞している。

日本のTFPの伸び率を高めるには何か必要だろうか。

まず、90年以前から日本では、生産性の高い企業や事業所が生産を拡大する一方、生産性の低い企業や事業所が生産を縮小するという、経済の新陳代謝機能が一貫して低かった。この機能不全を解決するには、バブル崩壊後に事実上破綻している企業が市場から退出しなかったことや、バランスシートの毀損などに起因する一過性の問題としてではなく、より構造的・長期的な問題として取り組んでいく必要がある。

さらに、90年代以降の日本が出遅れた、諸外国に比べ格段に少ない情報通信技術(ICT)投資やベンチャー企業を生み出しにくい金融システムのほか、組織改編や企業内職業訓練など無形資産投資の低迷、パート労働拡大による人的資本蓄積の停滞などの問題を解決する必要がある。

また、これらの要因の多くは、労働市場の硬直性と密接な関係がある。セーフティーネット(安全網)を拡充する一方で、雇用の流動性を高め、また正規労働とパート労働間の不公正な格差をなくすなど、労働市場の改革を進めることが急務であろう。

企業規模別に調べると、上場企業など大企業のTFPの伸び率は95年以降、90年以前よりむしろ高くなった。大企業にとってはせいぜい「失われた5年」であった。

日本の生産性の問題は、多くの中小企業でTFPの伸び率停滞が続いたことにある。大企業と中小企業の間の研究開発集約度や国際化の程度に関する格差は95年ごろから拡大傾向にあり、これが企業規模間の格差を広げた可能性が高い。

さらに、90年代以降の製造業で緊密な取引関係が希薄化したことが、大企業から中小企業への技術移転を減少させた可能性も指摘できる。実際、大企業や外国企業の子会社は他の条件を一定とすれば、規模の小さい独立系企業よりもTFPの伸び率が高い。企業グループ内では、親会社からの技術移転を享受できるためと考えられる。

以上の分析結果によれば、仮に生産性の高い大企業がさらに規模を拡大し、生産性の低い中小企業が規模を縮小していれば、新陳代謝が加速されて産業全体の生産性上昇に寄与したはずである。しかしそうしたことは起きなかった。

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2000年代に入り、景気回復やコスト削減を背景に、大企業の現金収入は急速に回復したが、設備投資には向かわなかった。むしろ若い独立系企業や外資系企業が活発に設備投資を進めた。また、大企業の子会社は雇用を吸収したが、設備投資には消極的であった。

大企業の設備投資や雇用創出が活発でなかった原因としては次の点が指摘できる。第1に、製造業では大企業の大半が既に多国籍企業化しており、海外の市場や安価な労働力を求めて生産の海外移転を進めた。

第2に、大企業は国内でも労働コスト削減を求めて雇用を子会社に移転し、自社内ではリストラを進めた。原子力発電所事故後の不安定な電力供給や自由貿易協定(FTA)締結の遅れにより、製造業の海外移転はさらに加速する可能性が高い。

一方、中小企業すべてが、生産性の面で停滞しているわけではない。比較的若い企業や、輸出、研究開発に積極的に取り組む企業は、TFPの水準でも上昇率でも高いパフォーマンスを達成している。

筆者は最近、論文「日本経済再生の原動力を求めて」(権赫旭日本大学准教授と共著)で、日本経済全体をカバーする事業所・企業統計調査の事業所・企業レベルのデータを用いて、どのような企業が雇用を創出・喪失しているかを分析した。その結果、雇用創出の原動力は、サービス産業を中心とした成長産業における若い独立系企業や外資系企業であることがわかった。

米国でも同様に、センサス局の企業パネルデータを用いた最近の研究で、雇用創出の決定要因として企業の年齢が若いことが重要であるとの結果を得ている。通信、金融・保険、サービスといった産業では、若い企業の雇用シェアが意外に高い。

規制緩和などで優良な新規参入企業が成長できるような環境づくりや、マクロ経済政策の適切な運営といった条件が整えば、雇用創出と新陳代謝機能を促進できる可能性は高い。

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大企業が国内での設備投資や雇用拡大に消極的であることから、生産性の伸び率を高めるには、比較的若くて成長余地が大きい、イノベーションと雇用創出を進めている企業群に焦点を絞った政策が必要であろう。

ただし、中小企業を一律に支援して、生産性が低く長期にわたって停滞している企業まで、延命させることは望ましくない。最終的には市場メカニズムで若い企業の育成と選抜が進むような環境を整えるべきだろう。

企業の国際化や研究開発に限って支援したり、規模の経済効果が働きにくい財・サービス分野で政府調達の一定割合については中小企業枠として競争ベースで供給者を決定したりする、といった方策が考えられる。

前述したように、労働市場の流動性を高めることも新規参入企業による有能な人材の確保や、失敗した場合の予想退出コストの引き下げを通じて新たな参入を促すので、若い有望企業を育成するうえで有効であろう。

研究開発や国際化に取り残された中小企業の支援として、買収・合併も有効な手段となり得る。大学から地域への技術移転を促す日本版バイドール法(産業技術力強化法)の拡充などにより、中小企業が新しい技術にアクセスしやすくすることも重要だ。

2011年7月27日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2011年8月4日掲載

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