生産性研究報告-日本の生産性すでに改善

深尾 京司
ファカルティフェロー

2000年代の景気回復局面で、日本の生産性上昇率はどれほど高まったのか。日本企業はどの程度他国に後れを取っているのか。

日本経済研究センターの「日本・中国・韓国・台湾企業の生産性と組織資本」研究会(主査は筆者)は、日中韓台の全上場企業の全要素生産性(TFP=生産技術・効率の改善度合いなどを示す)水準の計測や無形資産投資(研究開発や組織改編、労働者の教育訓練など、企業が将来の生産や収益拡大のため行う支出)の国際比較を行った。最近発表されたデータ(筆者も参加する日本産業生産性=JIP=データベースの08年最新版と、そのデータを提供した欧州連合のデータ=EU-KLEMSの08年3月最新版)も使い、05年までの日本の生産性動向を分析しよう。

供給側から見ると、実質経済成長率は(1)労働投入増加(2)資本投入増加(3)TFP上昇の3つの寄与に分解できる。図では労働をさらにマンアワー(のべ労働時間投入=就業者数×就業時間)と質(学歴・熟練度など)に分解している。なお、TFP計測が困難な政府・非営利部門を除いた市場経済のみを対象とした。

図 日本の経済成長の要因分解

市場経済の実質成長率が1990年代平均の年0.9%から2000-05年の1.2%に高まったのは、TFP上昇率加速(0.2%から1.3%に上昇)が主因だ。他の3つの成長の源泉(マンアワー、労働の質、資本)は低調で、90年代と比べ2000年代の経済成長率をそれぞれ、0.3%、0.2%、0.3%引き下げた。EU-KLEMSによれば、2000-05年の日本のTFP上昇(市場経済のみ)は、米国の2.0%には及ばないが、欧州連合(EU)主要15カ国平均の0.2%を上回った。

景気回復期には、生産要素(労働や資本)の新たな投入があまり増えなくても遊休化していた生産要素の稼働率が上昇して生産が拡大する傾向がある。このため、実質経済成長から生産要素投入増加の寄与を引いた残差として求められるTFP上昇率は、景気回復期には過大に推計される恐れがある。しかし、2000-05年の生産拡大は緩やかで、資本稼働率上昇も市場経済全体ではわずかだったから、TFP上昇率加速は生産技術・効率の改善で生み出された可能性が高い。

業種別では、90年代には電子機器、通信などのIT(情報技術)生産部門や卸売業など一部の産業に限られていたTFPの上昇が、2000年以降には、建設、金融、不動産、道路運送、リースなどの幅広い非製造業にも及んだ。

TFP上昇のパターンは、90年代平均の年率マイナス0.2%から同1.3%上昇となった非製造業と90年代から伸びなかった(1.3%台)製造業では大きく異なる。非製造業では2000年以降、マンアワー投入、資本投入、中間財・サービス投入がすべて減る中、TFP上昇が加速した。またパート雇用が減らないなど労働の質もほとんど上昇しなかった。

生産量を減らすことなく、生産要素投入の削減に成功したという面で、いわばリストラ型のTFP上昇といえる。このことは、一橋大・日本大・ソウル大と共同作成した東アジア上場企業データベース(EALC)でも確認できる。非製造業でTFP改善に成功したのは、他企業と比べより急速に労働や資本投入を削減した企業だった。

一方、製造業では、マンアワー投入は非製造業以上に減少したが、中間財・サービス投入や資本投入増加が90年代後半に比べ加速する中、TFPが特に01年以降上昇した。パート労働の削減など、労働の質もやや改善した。これは、アジアとの分業を中心とするグローバル化がもたらした生産の効率化と考えると理解できるかもしれない。つまり、単純労働集約的な生産はアジアに移転し、資本や熟練労働集約的な生産工程に集中する過程で、生産性が上昇したことがうかがわれる。

政府は「日本の労働生産性は主要7カ国(G7)の中で最低水準」などとしているが、実は、最近の生産性について、精密なデータによる分析はこれまで難しかった。JIPデータベースの旧版(JIP2006)が02年までしかカバーせず、04年までをカバーするEU-KLEMS旧版はJIPの簡易延長に基づくなどの問題があったからだ。JIPやEU―KLEMSの最新版ではこれらの点が大幅に改善されており、今回の報告が、景気回復後の日本の生産性動向に関する初の本格的分析だといえる。

TFP上昇自体は望ましいが、マンアワー投入、労働の質向上、資本投入がすべて減速するリストラ型の成長は憂慮すべきであろう。人口減少の下、マンアワー投入の減少は仕方がないとしても、労働の質向上や設備投資については促進策が望まれる。

例えば前述のとおり非製造業ではパート雇用があまり減っていない。筆者が最近参加した共同研究では、パート労働は、報酬が著しく低いだけでなく生産への寄与自体も低いとの結果が得られており、職場内訓練(OJT)などを通じた技能蓄積が阻害されている可能性がある。また90年代、農業や小売業など低報酬の産業の就業者が退職などで減少する一方、情報関連・法務・会計などの雇用が拡大し経済成長は年0.2%程度高まったが、2000年代にはこうした労働の産業間移動の成長促進効果は消えた。

95年以降の米国でのTFP上昇加速は、無形資産投資や非製造業での活発なIT投資に支えられているといわれる。日本では2000年以降もこれらの投資が低迷している。EU-KLEMSによれば、IT投資効果が大きいと考えられる流通業(商業・運輸)の2000-05年の成長で、IT資本投入増加の寄与は、米国の年率0.7%、EU主要15カ国の0.3%に対し、日本は0.1%にすぎない。無形資産投資の国内総生産(GDP)比も米国の14%(2000-03年平均)に対し、日本は10%(2000-04年平均、宮川努学習院大学教授らとの共同研究)しかなかった。

研究会での分析から、この他にも様々な課題が明らかになった。まず製造業では、日本企業のTFP水準は中国、韓国企業のそれを上回る場合が多いが、機械系を中心に韓国企業のTFPが急上昇し、一般機械や電機では、日本企業の平均TFP水準を大きく上回る韓国企業も多数出始めている。台湾企業のTFPも01年以降、電機産業を中心に大幅な上昇傾向にある。

非製造業で国際化の遅れが著しいこともわかった。90年代後半以降、多くの先進国でコンピューター・情報サービスやその他のビジネスサービスの輸出入が拡大したが、日本での伸びはきわめて低い。また、これらのサービスの国内生産規模の拡大スピードも米国と比べて非常に小さかった。サービスの国際化が進んでいないことと国内生産規模の成長や生産性向上との因果関係は明確ではないが、日本のサービス産業において、国際化を通じた競争促進や新しい技術・ノウハウの導入が不十分といえるかもしれない。

2000年以降の日本では、非製造業を中心に費用削減努力でTFP上昇率が高まったが、同時期の米国に比べ上昇率はまだまだ低い。またリストラ型の生産性上昇は、労働の質向上や設備投資を抑制する副作用も持つ。日本企業は長期的な視野を持つといわれてきたが、最新の成長会計からは、費用削減を重視し、労働者の教育訓練を含めた無形資産投資やIT投資で他の先進国に後れを取る姿が見える。これらの投資を促進することで、TFP上昇をさらに加速することが望まれる。

2008年5月9日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年5月19日掲載

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