官民共創のイノベーション-規制のサンドボックスの挑戦とその先

開催日 2024年3月1日
スピーカー 中原 裕彦(内閣審議官 / 元経済産業省大臣官房審議官(経済社会政策担当))
スピーカー 施井 泰平(現代美術家 / スタートバーン株式会社代表取締役)
モデレータ 池田 陽子(RIETIコンサルティングフェロー / 内閣官房新しい資本主義実現本部事務局 企画官)
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開催案内/講演概要

第四次産業革命の進展の中で、AIやブロックチェーンなどが社会に大きなイノベーションの可能性をもたらしている。しかし、こうした新しい技術、それを活用したビジネスモデルをうまく社会実装できないことがあるのはなぜなのか。『官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先』(中原裕彦・池田陽子 編著)の出版を記念して、本セミナーでは、日本における規制のサンドボックス制度導入を主導されてきた中原裕彦審議官と、アートのためのブロックチェーンインフラを構築するスタートバーン社の施井泰平社長をお招きし、担当行政官による思考プロセスに踏み込んだ事例研究からDX時代の政策形成論まで、本書の見どころを多角的にご紹介いただいた。

議事録

冒頭説明

池田:
本日ご紹介する『官民共創のイノベーション 規制のサンドボックスの挑戦とその先』は、2020年のRIETIセミナーの反響を受けて思いがけなくも書籍化のお声がけをいただいたのがきっかけで生まれました。このたび出版に至り、さっそく良い評判もたくさん頂いております。本当にありがとうございます。

本日の講演のお一人目は、この本の編著者で、本書のコアである規制のサンドボックス制度の創設者、中原裕彦審議官です。
そして、もうお一方は、現代美術家で、ブロックチェーン×アート領域のスタートアップであるスタートバーン社のCEOとして活躍される施井泰平社長です。この本の表紙はアーティストとしての施井社長の作品です。今日は、表紙作品やスタートアップの立場でお答えいただいたインタビューを振り返りながら、テック最前線のスタートバーン社のお仕事、さらにパブリックセクターとも多くの連携実績がある中で、官民共創のイノベーションを進めるために大切とお感じになられていることを共有いただきます。

この本の魅力を一言で申し上げるとすると、現役官僚による初のルールメイキング本であること、今都内を駆け巡るLUUPの事例分析をしていることなど多数ありますが、綺麗事だけでない「リアリティ」を重視して編集した点がユニークです。大きな挑戦をするからこその試行錯誤の日々、時に眠れぬ夜を過ごしたこと、前例のない法的論点の乗り越え方など、普段オープンにされない行政官の思いや思考プロセスにまで踏み込みました。他方で、スタートアップや自治体へのインタビューを通じて、時代の変革者たちのダイレクトなお声も収録しています。ゴールを共有する以上は官か民かという線引きもある種のフィクションのように思えてきますし、全てを併せ飲んだリアリティのその先で、前向きな気持ちになれる本になったと自負しています。1人でも多くの方にそうした読後感を楽しんでいただけたら幸いです。

規制のサンドボックス制度

中原:
まず、これまで多くの方に貴重な時間を共にしていただき、書籍化へのゴールに一緒に向かうことができたことに、心よりお礼申し上げます。規制のサンドボックス制度とは、期間や参加者を限定することにより、既存の規制の適用を受けることなく、新しい技術等の迅速な実証を行うことができる環境を整え、規制改革や円滑な事業化を推進するというものです。

本書の第1章では、規制のサンドボックス制度を作るに至った政策思想、制度概要、創設経緯、そして今後のルール形成に関する示唆を記載しています。第2章では、スタートアップの意義・役割と破壊的イノベーションのフェーズに応じた政策形成のフロンティアについて、第3章では、規制のサンドボックスに関する個別の案件に尽力した担当行政官の視点からのケーススタディーを掲載しています。

第4章では、新技術等効果評価委員会の委員による座談会での議論や、新しいルールメイキングに取り組むスタートアップやイノベーションの導入に積極的な自治体へのインタビューを紹介しています。そして第5章で、企業における法務機能の新たな展開の在り方についてまとめています。

規制のサンドボックスは、約30計画、約150社の皆様に利用いただいています。フィンテック領域では、P2P保険という新しい保険分野に挑戦しているjustInCaseやFrichの事例をはじめ、Caulisという会社による電力に関する情報と金融機関の本人確認を統合的に行っていく新しいサービスを紹介しています。

モビリティ領域では、皆様よくご存じのキックボードの事例のほか、切り替えモビリティという新しい概念をこの実証を通じて構築したglafitというハイブリッドバイクの事例を挙げています。警察庁の検討会でも1つの概念として用いられることになり、さまざまな新しいモビリティを法制度においてどのように扱うかという点について1つの解決方策を提示した実証としても、後世に特筆すべき事例になったと思います。

ブロックチェーンでは、ブロックチェーン上で同時決済を可能にしたCrypto Garageがあります。当時は、クリプトは怪しいという社会的な批判を受けるのではないかという懸念の中でこの実証は実現しました。今では、ステーブルコインに関する法制度整備も進み、Web3という考え方も一般化されたことに思いを致すと感慨深いものがあります。

ヘルスケアでは、同じくブロックチェーンで治験を効率化しようとしたサスメド社の実証もこの本の3章で取り上げています。サスメド社もその後、上場を果たしました。ほかにも、MICINという会社が、家庭でできるインフルエンザの検査キットとオンライン受診の勧奨により、治療の迅速化を実証しました。これは後のコロナ禍において家庭で検査をするという考え方にもつながり、将来に向けて広がりのある実証がなされました。

容易ではないConnecting the dots

“Connecting the dots”という、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学での有名な演説があります。将来を見越して点と点を結び付けることはできない。後になって振り返ったときにしか、その点と点を結び付けることはできないという話でした。

イノベーションというのは、革新的なアイデアがあり、そこから立法事実を生成して制度改革につなげますが、この革新的アイデアから立法事実を生成するところに大きなボトルネックがあります。そこのジレンマをどう克服するかが、社会的にイノベーションを起こす大きなポイントになります。

しかし、ルール形成の解釈の段階で、かつての考え方や成功に引きずられるイナーシャ(慣性)が構造的に働いています。このイナーシャの正体としては、演繹的思考法や法的三段論法、あるいは既存の規制手法や思考方法を援用したり、説明のストーリーとして分かりやすいものを採用したりするというプラクティスなどが挙げられるかと思います。

こうしたことから、判例・裁判例・前例への配慮や、類似した事例との整合性の検討、予測可能性と秩序維持の最大化に遠心力が働いてしまい、政策資源を投入する新しい価値についての検討が不十分になっても不思議ではありません。新しい挑戦を考える場合には、これまでの考え方と整合性が取れないことが出てくることがあり得ますが、こうしたことと正面から向き合う必要があります。

社会的な実験を通じた政策形成

政策形成においては、ボトルネック課題を特定し、そこを徹底的に解決することが重要です。これらの打開策となるアイデアはわれわれの組織の内部に存在していることがほとんどであると考えておりまして、その知的資産を拾い上げ、経済社会全体として使いこなせるシステムを構築できるかがポイントとなります。その意味では、「システムを憎んで、人を憎まず」ということです。

ルール形成も組織運営も、明確性と柔軟性、進化と探索という相矛盾する要素をどう両立させるか。そして、消費者も含めて市場で社会実験を行いながら政策を作っていく“Policy-making by Experiments”が必要だと思います。

新しい提案をする人は、時として駄目出しを食らうかもしれませんが、そういった上司の意見にも耳を傾けて自らの提案をブラッシュアップしていくこと。上に立つ者は、こうした新しいチャレンジをすべく絶えず努力をしてくださっている方の潜在的な貢献に気付けるようになること。周りにいる者は、自分では思いもつかないような提案をしてくださる者への嫉妬を克服して、こうした新しい提案をしてくれる人をサポートしていくこと。これらがポイントになるものと思います。本書に記載のインタビューや事例を基に、本日お聞きくださっている皆様も含めて、挑戦するコミュニティーを建設的に作り上げることができればと思っています。

デジタル技術を活用した文化・芸術のインフラ提供

施井:
最初に、中原さん、池田さん、ご出版おめでとうございます。私はもともとアーティストで、アート業界のインフラをテクノロジーを活用してアップデートしようと起業しています。美術業界に長くいたというバックグラウンドもあり、今回は本書の表紙のデザインもさせていただきました。

この表紙の絵は、私が10年ほど前に作った作品です。将棋盤の上に色を載せていき、絵画で戦うことを実現したゲームになっています。クリエーティブの世界はどこかに定性的な要素が入り、公平に戦うことが難しい世界ですが、AIの時代になれば、公平性を保ったまま広げることができるのではないかといった構想の作品です。

ルールとしては、将棋のように将棋盤を挟み、対局者が邪魔をしてくる中、自分の方向から見て良い絵を描いていき、最終的に出来上がったものをどちらから見たら良い絵かを判定するゲームです。これは棋譜で戦いの過程を見ることもできまして、この出版された本も、まさに官と民の美しい切磋琢磨が見える本になっていると思います。

弊社スタートバーンは、ブロックチェーンとひも付けてアートの真正性を担保したり、展覧会やイベントを通じて、NFT(非代替性トークン)という新しい概念やインフラを広める事業を展開しています。私は、アートの世界のアップデートには、インフラを作って仕組み自体のアップデートが必要だというマインドセットだったのですが、いろいろな事業を通して、国や地方自治体も同じような目線で、一緒の方向を向いているという印象を日々受けています。

日本の美術史を見ていくと、エンタメやボトムアップのカルチャーが世界的に評価され、逆輸入され、美術品として扱われるということが起きています。なので、今はアートとして扱われていない、漫画、アニメ、ゲーム、サブカルチャーといった大衆芸術をアーカイブしていかないと、将来的に美術品として扱われる可能性を失ってしまいます。

われわれはインフラを整備して、それらをトップティア(一流)のアートと同じようにアーカイブできる環境を作るとともに、それらを活用することで価値化し、ダイナミズムを起こしています。その1つの事例として、ブロックチェーン証明書を使って、大きな需要が得られている漫画を後世に残したり価値化するプロジェクトを集英社と3年ほど進めています。

通時的コンテンツであるアート

なぜアートに投資をしないといけないのかという話ですが、そもそもアートは共時性のあるエンターテインメントとは少し異なります。共時性のあるものは、みんなの中でこの作品は良い、消費しようと盛り上がり、ポピュラリティーで測れるようなものです。それに対して、時代を隔てていくような普遍的、通時的なコンテンツを扱うのがアートです。

今は評価されないものでも、30年、50年たって、実は慧眼があったなとなるものもありますし、そういったものが市場で評価されているところがあり、アートは人気だけで測れないので、やはり未来に投資するという側面が必要あります。

NFTに関しては、いったん大きなバブルが終わり、今はだいぶ落ち着いてきています。一番盛り上がったときのNFTの販売の仕方は、射幸心をあおる要素を含んだコレクタブルNTFが主流でした。ただ、日本の法律は、昔からこういった射幸心を警戒する傾向にあります。

一方で、射幸心をあおったおかげで世界的な認知を獲得して大きなコミュニティーができ、結果的に破壊的なイノベーションのサポーターが非常に広がったというのがあります。初期の段階できっかけを閉じてしまうと、その後の伸び代を全て遮断してしまう可能性もあります。

ブロックチェーン×越境マインドの可能性

ブロックチェーンには、パブリックチェーンとプライベートチェーンがあります。パブリックチェーンは面倒くさかったり、環境問題が指摘されており、それに対して、プライベートチェーンという代替案が出てきています。しかし、パブリックチェーンは面倒でハードルが高くても、超民主主義であるといったところに人類史の課題を解決していく価値があるのではないかと思います。

また、ブロックチェーンを何のために使うかと考えたときに、私は、世の中には競争領域と非競争領域があり、多くのものが市場で切磋琢磨し、更新されて良くなっていく中で、物によっては競争してはいけない領域があると思っています。特にインターネット上において、どこまでがどこの国の管轄か分からないようなところで、非競争領域をどこかがやらなくてはいけない、その部分とブロックチェーンは相性が良いのではないかと思います。

さらに、本書では越境マインドについてもお話ししています。人はそもそも帰属意識を持ちながら生きていますが、それは今の社会を生き抜くためだけにあるもので、30年後、50年後に同じテリトリーに社会が分かれているとは限りません。

例えば、ビリヤードの球を突くときに、壁があると打つべき方向を見定めるのが難しくなりますが、壁がなければ突く場所は明快です。同じように、今ある壁を意識せず、将来的なゴールの理想が何かを考え、今どういったハードルや壁を乗り込えるべきかを逆説的に分析していくことが重要です。この本では、イノベーションという将来的なゴールがあり、今の境界やハードルをどうやって越えていくかというところも面白いので、併せて見ていただければと思います。

本書のようにプロセスが残っていき、発表されることが非常に重要だと思います。それによって自分もできる、もしくはみんなで力を合わせたらできるようになるなど、複雑な情報がブレークダウンされてイノベーションのきっかけになるのではないかと思うので、私からもこの本を強く推薦させていただきたいと思います。

質疑応答

Q:

安心・安全・安定を志向する日本市場ではイノベーションはなかなか起きにくいと思いますが、消費者のマインドを変えるような取り組みは何が考えられるでしょうか。

中原:

この規制のサンドボックスで挑戦しようとしていることは、期間や参加者を限定してインフォームドコンセントでリスク管理を行いながら実証を行い、そこに消費者も参加していただくことで、これにより確証を得たプロダクト・サービスの事業化や、それに伴う規制ルールの改革を行うということです。政策的には、個別のプロダクトごとにリスクコントロールを行い、消費者にとっても付加価値を向上させる具体的なプロジェクトを推進していくことが、建設的な帰結を生むと考えています。

施井:

多くの人の手に渡る製品が安全・安心で、安定しているというのは日本製品の良いところで、それは時間を隔てて最終的に消費者に伝わります。ただ、そこに至るまでの、製品が安定しない段階でのサポートも重要で、いろいろな仕組みがあるので、そういったものが利用できると思います。

Q:

改革が実現できる人とできない人の違いは何でしょうか。それが能力ならば、どのような能力が必要でしょうか。

中原:

公的セクターに携わる人間としては、フラットな気持ちと真摯な態度で、物怖じすることなく専門家の見識や考えと向かい合っていく必要があります。また、新しい付加価値を創出するときには、見た目にだまされず、ボトルネックに気付き、実装に向けてチャレンジしていく姿勢が大事だと思います

施井:

周りのサポーターやビジョンに共鳴してくれる人に加えて、反対者もエネルギーになることがあるので、反論する人たちにも目を向けて、難しい課題に挑戦し続けることが重要です。そもそもイノベーションというのはみんなでやるものなので、その中で自分がどんな役割を担えるかをそれぞれが考えるといいと思います。

Q:

何をやってもよいという発想がまずあり、それを放置するとカオスになるからルールができるという考え方になるとイノベーションのバリアーも低くなると思いますが、いかがでしょうか。

中原:

基本的にはご指摘の通りだと思います。一方で、非常にグレーな状況や領域で、いかにリスクコントロールを行うかが現場で現実と向き合っている皆様方の知恵の出しどころで、それを克服していくことが大きなイノベーション、あるいは世界に対してのルールメイキングの発信になるのではないかと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。