IMD競争力ランキングに見る日本の課題と可能性(総合、人材、デジタル)

開催日 2024年2月22日
スピーカー 高津 尚志(IMD北東アジア代表)
コメンテータ 梶 直弘(経済産業省 経済産業政策局 産業構造課長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

世界トップクラスのビジネススクールIMD(International Institute for Management Development)が発表する世界競争力ランキングで、2023年の日本は64カ国中35位と過去最低(2022年は34位)となり、世界デジタル競争力ランキングは32位(2022年は29位)、世界人材ランキングは43位(2022年は41位)と、いずれも過去最低となった。これらの国際競争力ランキングは、何をどう測定しているのか。ランキングからどのような日本の課題と可能性が見えるのか。どうすれば順位が上がるのか、そもそも順位を上げることを目指すべきなのか。本講演では、IMD 北東アジア代表の高津尚志氏を講師としてお迎えし、IMDのランキングの意義や結果について掘り下げて議論いただいた。

議事録

ランキングに見る日本の課題

私どもIMDのビジネススクールは、社会に貢献するリーダーを育むため、インパクトのある企業幹部教育を世界で展開しています。日本企業に対するさまざまな教育プログラムの設計、提案、提供をはじめ、20年以上にわたって日経フォーラム「世界経営者会議」を共催し、日本の経済社会と共に歩んでいます。

IMDの世界競争力センターが出しているランキングには、主要なものが3つあります。64の国・地域を同じ指標で毎年横比較しているという意味で、画期的なものです。

一番目が「世界競争力ランキング」で、企業が持続的な価値創造を行う環境をどの程度育めているのかを測ったものです。2023年の日本の順位は35位でした。

これは過去四半世紀、低迷の一途をたどっています。「経済パフォーマンス」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラストラクチャー」の大きな4つの因子の中でも、特にビジネスの効率性が著しく低迷し、その多くが人材と組織の課題に起因しているように見えます。政府の効率性が芳しくないのも、財政、多様性活用、事業創出、投資、人材育成などに課題がありそうです。

二番目が、「世界デジタル競争力ランキング」で、行政の慣行、ビジネスモデル、社会全般の変革につながるような形で、どの程度デジタル技術の活用や展開ができているのかを測ったものです。日本は32位でした。

長年、科学立国・技術立国としてやってきた日本の基盤はしっかりあるので、人材と組織の力を強化し、領域を超えたコラボレーションができるようになれば、まだそれを生かせるというのが私の見立てです。

最後が「世界人材ランキング」で、その国や地域で活動する企業に必要な人材をどの程度育成し、惹きつけ、維持できているかを測ったもので、日本は43位でした。これは人材領域で大きな改革の余地があることを示します。国内で有為な人材を育むとともに、国外からも人材を惹きつけ、維持するための政策・施策の構築と運用を加速していくことが重要です。

必要な真の対話と行動

世界競争力ランキングは64カ国の国・地域を対象に、164の統計数値と92のサーベイの計256の指標で計測したものです。サーベイは、各国約100名の経営幹部や経営者たちに、その指標に関して自分たちの国が10点満点中何点なのかを評価してもらい、その点数を国家間で比較して順位を付ける、という形で使っています。

サブ因子を詳しく見ていくと、経済因子の中の雇用、インフラ因子の中の健康と環境などが日本の強みと言える一方で、経済因子の中の国際貿易や物価、政府領域の中の公的財務の問題、そしてビジネス因子の中の生産性と効率性、経営慣行、姿勢と価値観といったサブ因子が弱みとして目立ちます。

2014年と2023年のサーベイ結果を比較すると、特に企業の俊敏性や起業家精神に関する回答値が低くなっているので、これがある種の謙虚さによるものなのか、それとも悲観主義によるものなのかを吟味する必要があります。

一方で、人材の獲得と維持が企業の優先事項であると評価しているものの、「マネジメント教育はビジネスコミュニティーのニーズを満たしているか」という問いに対する回答値は、2014年は10点中4.5点、2023年は4.6点となっています。ここに知行不一致の課題があります。従って、価値観と施策を一致させ、ペシミズムを打破していくことが大事、だと考えられます。

また、政府因子の中の事業法制と制度的枠組みの低い順位に関しては、私は、産業界と政・官の共創的議論によって改善できる要素があると感じています。サーベイ結果から、例えば経営幹部層は政府や中央銀行の政策に不満を持っていることがうかがえますが、政策が不十分というのが事実ならば対話と改善が必要ですし、認識が間違っているならば確認と認識の改善が必要です。

これは新規事業・起業や外国資本・外国人の活用においても同様です。企業幹部と政・官の間に相互理解あるいは相互信頼が欠如している可能性があるので、事実の把握、本音の議論と行動が、今こそ必要であると考えています。

科学・技術立国再生に向けて

世界デジタル競争力ランキングですが、ここでの課題は、科学立国・技術立国としての基盤をまだ生かせるかどうか、ということです。2019年と2023年の結果を比較すると、科学的集積や技術的枠組みが強みとしてとらえられる一方で、人材、規制の枠組み、ビジネスの俊敏性が足を引っ張っている構造が見えます。

また、IT統合以外の全ての項目において日本のランキングが下がっていることから、課題の構造が全く変わらないまま状況が悪化している可能性が見えます。人材やビジネスの俊敏性に関してはエグゼクティブの強い危機感あるいはペシミズムが見える一方で、産学官の知識移転は2022年よりも6ポイント上がっているので、悲観主義を超えた挑戦が始動していく可能性もあると見ています。

ペシミズムの打破と管理職教育の必要性

2023年の世界人材ランキングにおける日本の順位は過去最低となりましたが、私は、変化と成長の余地ととらえていきたいと考えています。自国内の人材への投資と育成を測定した「投資と開発」、国内外の人材を惹きつける「魅力」、自国内で蓄積されている人材の能力やスキルの質を測定した「準備」の各因子を2019年から5年間の推移で見ると、日本は準備度に大きな課題があることが見えてきます。

各因子の詳細を見ていくと、投資と開発では、学校・企業双方で投資の必要性が見えます。特に企業における従業員教育の優先度は、コロナを機に諸外国での優先度が上がってきているがゆえに、日本が同じ点数を付けていても日本の順位が下がっていく構造にあります。

魅力については、衛生要因は一定程度充足しているものの、エグゼクティブサーベイの結果から、受け入れる日本側の経営陣が受け入れに関する自信を持っておらず、一方、国内から国外への頭脳流出を恐れている様子がうかがえます。準備度に関しては、管理職のスキル不足に大きな危機感があります。

これは単なるペシミズムなのか、あるいは現実なのか。もし現実だとしたら対策に向けた議論をするべきですし、マネジメント教育の改革も必要です。何よりもこの中身の分析と活用が大事です。この分析から一体私たちは何を学び、何を企てていくべきかについて議論できればと思います。

コメント

梶:
ランキングの順位に一喜一憂して悲観的になるのではなく、楽観的な思いを持ちつつ、危機感を持って行動することが大事だと思っています。みんなが参加しなければ解決できない社会課題に着目し、官民連携で投資をしていくような時代ですし、課題を抱える日本が行動によって変わっていく機運が来つつあるのではないかと思います。

その上で質問が3つあります。まず、主観的なサーベイデータに関して、自分で自分を苦しめている可能性の有無について伺いたいと思います。次に、日本の特徴的なよいところをご紹介いただけますでしょうか。最後に、ベンチマークとなる欧州の取り組みがあれば、ご紹介いただけますと幸いです。

高津:
まず、サーベイデータですが、できないと自分たちの中で繰り返すことによって余計できなくなるという「予言の自己成就」問題が私はあると思っています。日本人の文化的特性として、一定程度は謙虚に答えているものもあると思います。ただ、同じ項目で毎年評価が下がっているとなると、それは現実として低下しているのだと思います。

また、サーベイの回答者は大企業の経営幹部が中心です。ベンチャービジネスの方々はまた違う見方をするかもしれませんし、その辺のバイアスはあり得ます。ただ、日本の競争力が落ちているという印象だけが一人歩きすることが続くと、私たちがそれに呪縛されてしまうことにもなるので、自分たちで前向きな姿勢を作っていくことが大事です。

2点目ですが、日本は失われた20年、30年と言われながらも、高水準の雇用、安全で良好な生活環境、長い健康寿命や高水準の基礎教育を維持できており、これは誇りに思ってよいことだと思います。日本の社会的な整合性や相互尊重の姿勢はこれからも大事にしていくべきですし、今後それらを競争力につなげていく議論が必要になります。

最後の欧州の事例ですが、例えば、フィンランドは特定セグメントに特化した人材ハブ国家を目指しています。国外の高度人材を誘致するために移住のプロセスを簡素化したり、無料のフィンランド語講座を通して社会への融合を支援したり、大企業においては英語とフィンランド語の二言語併用政策を徹底したりして、移住者が働きやすい環境を作っています。

また、スイスには6つの大きなイノベーションパークがあり、大学や研究機関が核となって特定分野の大企業やスタートアップを誘致し、各地域の強みと国としての全体的な強みを育みながら、イノベーション起点の競争力を維持しようとしています。

こうした国は、日本とは規模が異なるものの、政策の一貫性、統合性、継続性の観点から、日本は学ぶところがあると思います。

梶:
ありがとうございます。スイスは2000年代までは日本と同じように所得収支で稼ぐ国家だったのが、イノベーション政策によって医薬品と時計という高付加価値化で貿易立国に戻った国です。規模は違いますが、スイスは日本が見習うべき国の1つであり、とても興味深い事例だと思います。

高津:
スイスは日本と同じように天然資源に恵まれない国なので、人材の力で自分たちを生かしていくしかありません。ジュネーブやローザンヌは人口の4割が外国出身者で、その多くが高度人材です。そういった有為な人材を惹きつけるだけの魅力を育んでおり、彼らがスイスの国内人材と共にイノベーションを起こして世界に展開していくという好循環が起こっています。日本としてもまねできるところがあると思います。

梶:
日本における高度外国人材向けの在留資格制度は米国やシンガポールに比べて寛容だと思うので、それが制度の問題なのか、企業も含めたプラクティスなのか、あるいは文化も交えた言葉の壁なのか、官民が一緒に建設的な議論をしていけるとよいと思います。

高津:
多くのビジネスリーダーが日本の高度外国人受け入れ制度は面倒に違いないと思っているわけですが、仮にそれが事実と違うならば、それはコミュニケーションの問題になりますし、逆に制度として優れているのに誘致が進んでいないならば、大企業で二言語主義をもっと進めてもよいかもしれません。

日本人と外国人がさまざまな意見を戦わせながら新しいものを作っていくという流れは作りようがあると思いますし、外国人の日本の生活文化に対する関心はますます強くなっているので、このチャンスを生かすべきです。

質疑応答

Q:

人口が小さい国ほどランキングの順位が相対的に良くなることはあるのでしょうか。

高津:

IMDのランキングでは比較的小さい国が上位になる傾向はありますが、必ずしも「人口が小さいこと=競争力が高いこと」にはならないと思います。

Q:

ランキングに文化面の指標がないことをどのようにお考えですか。

高津:

IMDの競争力ランキングで、文化面をカバーしていないという点については別途議論すべきですが、私は、日本の文化は日本にとって極めて大事な資産であり、大きな強みになり得ると思っています。日本の伝統的な文化や生活文化が持つ考え方、自分の処し方、自然との共生の在り方やコラボレーションに関する考え方などを日本人自身が再度把握して、企業文化の中に位置付けていくことが、世界に貢献するための大きなツールになり得ると思います。

Q:

個別企業の経営判断においてIMDランキングが活用されている事例はありますか。

高津:

IMDは、日本のリーディングカンパニーのCEOやCXOの方々と競争力向上に向けた議論を行う場である「日本経営変革フォーラム」を立ち上げました。昨年(2023年)5月11日には発足記念イベントを開催し、デジタル、持続可能性、人材の3つの変革について参加者とIMDの教授陣が議論し、同10月2日には、世界人材ランキングについてより深く掘り下げ、各企業の事例紹介も交えながら議論を行いました。

2024年4月11日には、DX・AIを専門とするIMD教授を迎えて、デジタルランキングに関するベンチマークやベストプラクティスの共有をはじめ、企業と日本全体の課題や解決策について議論するセッションを開催します。

Q:

人材育成における弱みと育成の進め方についてお考えをお聞かせください。

高津:

IMDの教育現場では、実務経験と知識を兼ね備えた経営幹部である参加者と、IMD教授陣が、最新の調査結果、企業事例や考え方のフレームワークに根差す本音の対話を行い、その場で新たな知を日々、創り出しています。この対話の促進がエグゼクティブ教育の真価であり、それができるのがIMDの価値だと思います。

日本の企業幹部・幹部候補の育成においてもそういった構えを作っていくことが私たちの責任ですし、諸外国の知見を皆さんに提供しながら、議論や対話の機会を作っていくことが大事だと思っています。現場で多様な人材の活用を担うのは経営職・管理職の人たちなので、管理職教育が未整備ならば、そこへの投資も必要です。

梶:

ビジネスの前提であるOSたる国際経済秩序が数十年ぶりに変わってきています。世界のゲームの前提が変わり、まだモデルが確立されていない中、日本流のものを作ることができれば変革のチャンスがあるのではないでしょうか。

高津:

いたずらに自分たちが劣っているのではないかという考えや悲観論に陥るのではなく、事実を確認することが大事です。生成AIなどの分野も含め、移行する世界において各国・各企業が一斉にスタートしている可能性を前提とすることが重要ですし、改めてOSから見直すよい時期だととらえています。

Q:

最後に、お二人から一言ずつメッセージをいただければと思います。

梶:

悲観に陥るのではなく、官民共に、危機感を原動力に変えて行動できるとよいと思います。

高津:

対話して、動いていくことが非常に重要ですので、IMDとしても皆さまと一緒に取り組んでいきたいと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。