RIETI-EUJC共催BBLウェビナー

エネルギートランジションをけん引する欧州 ― 日本は何を学ぶべきか ―

開催日 2024年2月14日
スピーカー 中島 学(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)エネルギー事業本部調査部調査課 担当調査役)
スピーカー 野田 太一(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)企画調整部長)
コメンテータ 田辺 靖雄(RIETIコンサルティングフェロー / 一般財団法人日欧産業協力センター 専務理事)
モデレータ 池山 成俊(RIETI 理事)
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開催案内/講演概要

欧州は、EU-ETS(欧州域内排出量取引制度)を核とした厳格な規制などにより、脱炭素社会へのエネルギートランジションをけん引している。一方で、脱炭素化の解決策として期待されるクリーン技術は、大規模な開発投資の必要性や、コストの高騰、インフラの整備などの課題に直面しており、先行きに不透明性が残る。本講演では、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)エネルギー事業本部調査部調査課担当調査役の中島学氏と、同機構企画調整部長の野田太一氏を講師としてお迎えし、欧州のエネルギートランジションから日本がどのような教訓を学び、企業や政府がどのような対策を取るべきかついてご解説いただいた。

議事録

欧州と米国の排出量削減に向けた取り組み

中島:
欧州型の温暖化対策は、「EU-ETS(欧州域内排出量取引制度)」を中心とした厳格な規制がコアになっています。アメとムチでいえば、ムチの政策で、負の動機付けというような呼ばれ方がされています。片や、米国は「インフラ投資雇用法(IIJA)」あるいは「インフレ削減法(IRA)」のように、補助金や税額控除といったアメの政策、正の動機付けが中心になっています。

ただし、両者とも価格が高いことや購買側にインセンティブが働かないことでクリーン水素やCCS(二酸化炭素回収・貯留)でオフテイク契約が取れず、なかなか投資が進まない状況です。また、米国の場合は技術中立的な政策である一方、欧州は脱炭素技術に制約を設けているという実態があります。

脱炭素の甘い国から輸出された製品に対して課税する欧州の国境炭素調整措置(CBAM)や、原材料製品の米国内調達に特別の恩恵を与える米国のIRAは、外部には保護主義・ブロック化への動きとして映っています。

米国は自由競争を重視する市場主導型で取り組みを進め、欧州では1社による市場独占・寡占を防止する意味で政府による市場への関与が非常に強まる中、世界的にも、「Low Hanging Fruits」と呼ばれる、経済的に安定し、かつ技術的なハードルも低いEVや再エネへ投資が集中しています。

欧州の低炭素技術・事業:電力

欧州の電力炭素強度は顕著に下がってきてはいるものの、再生可能エネルギー指令(RED)で最終エネルギーに占める再エネ比率の割合を42.5%に引き上げたため、今後は2倍のペースで再エネを増やさなければならない状況にあります。

EUが抱える電力における課題は、電力価格の高さと洋上風力発電事業です。風や太陽光といった原料価格がタダの場合はCAPEX(Capital Expenditure:設備投資の支出)が大きく、資金調達コストが上昇すると経済性そのものが非常に悪くなるという事情があります。

フランスの原子力で維持している欧州の電力は老朽化や冷却水の不足等の問題があり、将来的には、風力や太陽光にかかるウエートが非常に高くなってきます。再エネといった安定的に電力を供給できないものに対しては蓄電システムの導入・普及が欠かせず、非常にハードルが高くなってくる状況にあります。さらにその先には送配電網の整備・拡充というリソース確保の問題も含めたさらに高いハードルが待ち受けています。

欧州の低炭素技術・事業:CCS

ノルウェーの「ノーザンライトプロジェクト」は世界で初のオープンソース型CCS事業で、国境の垣根を越えたCO2の移動を事業の特徴としています。非常に手厚い公的支援があるので、事業者側にとってみれば開発費用をほぼ無料でできる事業というような建て付けになっています。

英国もCCSには力を入れており、20年間で200億ポンドの資金拠出をすることを2023年に発表しました。もともと非常にカーボンインテンシティーの高い産業集積地にCCSを持ってきて脱炭素化を図ると同時に、ブルー水素やCCS付きバイオエネルギー(BECCS)事業も誘致することで地域の発展を図る「CCSクラスター」プログラムを立ち上げました。現在、トラック1事業とトラック2事業まで選定されています。

その他にも、デンマークでは「Greensand CCSプロジェクト」が商業化に移る準備の最中ですし、オランダの「Porthos CO2 TransPortsプロジェクト」は、昨年(2023年)10月に最終投資決定(FID)が完了しています。これはAir Liquideによるブルー水素プラントや、ExxonMobilによる製油所のCO2回収といった、オフテイクが先についたことで後押しされました。

欧州の低炭素技術・事業:クリーン水素

欧州のクリーン水素は、ドイツを中心とした中欧の消費が多いのですが、それに対して周りの北欧や南欧のイベリア半島で作られたグリーン水素を供給するという構想が今生まれています。中でも目立っているのが、European Hydrogen Backbone(EHB)イニシアチブによる欧州水素回廊です。

5つの水素回廊を特定し、例えばSoutH2であれば、北アフリカの再エネ資源に恵まれた国でグリーン水素を作り、パイプラインでイタリアまで運び、ガス導管を使用してオーストリア経由でドイツに運ぶという構想が今立ち上がっています。実際に、H2Medというイベリア半島からフランスへの事業はすでに始まっています。

また、英国のイーストコーストクラスターの北側にあるティーズサイドでは、BPが中心となって水素プロジェクトを立ち上げています。ここにはUAEのADNOCやMasdarも参加しており、中東のクリーン水素に対する関心の高さが見受けられます。

私が個人的に興味を持っているのが浮体式洋上水素製造プラントでして、フランスのLhyfe社はすでに23年にフランス沖合での実証試験に成功し、が26年からベルギー沖での商業運転開始を予定しています。洋上風力発電の隣に水素製造所を作ることでケーブルなしで水素の製造ができ、水素製造を洋上風力発電の余剰電力で賄えば、蓄電システム自体も必要なくなります。

欧州の低炭素技術・事業:バイオ・再生可能燃料(SAF)

「Fit for 55」パッケージ内の「ReFuelEU Aviation」では、2025年からSAF(持続可能な航空燃料)の導入を義務付けることが決定し、2024年からはEU-ETSの中にも航空産業を含めることが決まっているので、ある意味、今年(2024年)、来年(2025年)がSAF元年となり、非常に大きくSAFが伸びていく可能性があります。

現在は、廃食油や獣脂を使ったHEFAによるSAFの製造が主流ですが、HEFAは原料供給調達に制約があるので、アルコール(エタノール)からSAF製造するAlcohol-to-Jet(ATJ)の事業化が行われており、今後米国を中心に盛んになる可能性があります。

e-SAFはPtL(パワー・ツー・リキッド)、合成燃料(e-fuel)、あるいはe-ケロシンなど、いろいろな呼び方があり、再生可能エネルギーを使ったグリーン水素と回収したCO2を組み合わせた合成ガスをFT合成によってSAFに変えるという方法ですが、電力消費が高いことが問題です。

アンモニアや水素は、ある程度の技術的、経済的な問題を乗り越える必要があり、輸送・貯蔵、そしてインフラや設備の変更といった問題があって実装に時間がかかりますが、SAFのようなドロップイン燃料(現行の化石由来燃料と基本的に同様の品質・仕様で代替品として使用可能な燃料)は時間を稼ぐことができ、インフラや設備の改築にかかる費用を軽減できるという利点があります。

欧州の抱える課題と挑戦

欧州に限らず、需要家側は、クリーンエネルギーは高く、安定供給が難しいという不満を持ち、事業者側は、事業の拡大あるいはコスト削減ができないのは需要不足だからだという、鶏と卵の関係のようなジレンマがあります。

今、欧州は脱炭素化に向けた規制を厳格化し、さまざまな高い目標を掲げているので、Low Hanging FruitsであるEVや再エネは今後も伸びていきます。しかし蓄電システムや送電網の整備が必要になり、経済的、技術的な制約も大きくなる中で、いずれHigh Hanging Fruitsを収穫しなければならなくなるので、技術のブレイクスルーが今後強く求められます。

また、国の安全保障やサプライチェーンリスクと足並みをそろえて、製造業の国内回帰や自国の製品・原料に優遇策を設ける動きが進んでいますが、国内回帰はよい反面、欧州で太陽光パネルの製造をする場合、中国の2倍あるいは米国では中国の3倍のコストがかかるので、再エネの普及という立場で見た場合にこういった動きが歓迎されるべきなのかどうかは、今後考えていく必要があると感じています。

野田:
日本のエネルギー環境政策に携わられている方々にとって、特に欧州委員会から発表される政策の情報提供は、先進的かつ包括的なので勉強になると思います。しかし、EUの政策アプローチを日本に導入したときに、環境だけでなく、経済性や安定供給の確保も両立できるかというところが非常に悩ましいところだと思っています。

産業界や個別企業の本音がなかなか見えづらい中で、EUの先進的な政策の成否を評価しそれらを日本が学ぶというのは、前提条件が異なるので非常に難しいと思います。EUと日本の置かれている状況の違いを認識することが重要です。

EUは、パワー・ツー・ガス、パイプラインを使った水素の輸送、EU域内の水素生産に加えて、域外からの水素やその派生物の輸入も始めています。一方、日本は海外からの再エネを海上輸送で輸入せざるを得ないので、水素政策立案の前提条件も違ってくるわけです。

中島さんのご報告でも、米国とEUの取り組みをアメとムチという対立軸で、EUは市場独占を防止し、米国は自由競争を重視するとご紹介いただきました。米国もEUも程度の重さはあれ、競争的なアプローチを制度設計においても考えています。日本の政策に競争の視点がどこまで十分に取り込まれているのかというのは、改めて考えてみることが大事だと思います。

コメント

田辺:
本セミナーはRIETIと日欧産業協力センターの共催でして、大変多くの方に参加いただき、皆さんの関心の高さがうかがえるところです。当センターでも、これまでエネルギートランジションやグリーンディールに関するセミナーの開催、あるいはニュースレターを発行し、非常に多くの関心が寄せられました。

私は「日EUグリーン・アライアンス」を大変高く評価しています。EUは脱炭素の政策スキームに強く、理想を追求する傾向があるのに対して、日本はエネルギーセキュリティーの取り組みに非常に強く、プラグマティックに対応する傾向があります。EUと日本はより対話を強化し、このような双方の性格を補い合うことが、政策立案に貢献するであろうと考えています。

日EUグリーン・アライアンスは、これから、水素、アンモニア、CCUS、そしてネガティブエミッションテクノロジーをより重視していくべきだと考えています。お互いの取り組みで刺激し合い、ビジネスモデルの構築、研究開発、あるいは規制や制度の構築での協力を深めるべきです。

個人的には、日本と似た地理的状況にあり、エネルギー事情を抱える、英国に注目すべきだろうと考えています。CFD(差金決算取引)は英国から始まりました。エネルギーミックス、洋上風力、原子力、全国的な送電網の整備、あるいはユニークな規制や制度等、こういったことは日本としても大いに学ぶべきだと思います。

質疑応答

Q:

海外のエネルギートランジションの動きは、日本企業にとってどのようなリスク、あるいはチャンスがあるでしょうか。

中島:

どこで事業を行うかが前提になりますが、洋上風力のノウハウやマネタリゼーションの手法を学ぶ場としては欧州が適地で、例えば、英国は14GWの洋上風力をすでに実装し、非常に多くのノウハウを蓄積しているので、そういったところに日本企業が受けられる恩恵があると思います。

Q:

欧州の産業界はエネルギートランジションに対してどのような見解を持ち、また、欧州の消費者は電力価格の上昇をどのように受け止めているのでしょうか。

中島:

エネルギー価格や電力価格の高騰に非常に苦しめられている部分はあると思いますが、EU-ETSに対する直接的な不満はあまり聞こえてきませんし、キャップ&トレード型取引がビジネスチャンスにつながるというような見方もあるかもしれません。ただ、米国に投資を増やそうとしている企業の中には、エネルギーに対する不満が根底にあるように思われます。

Q:

現状、欧州では電力需要に対応できる持続可能な検討が行われているのでしょうか。

中島:

EUとしても、蓄電システムや送電網が足りていないことは認識していますし、それが将来的に大きなネックになることもあり得ます。COP28で掲げたように、年間11,000GWの世界になれば、年間1,000GW程度の再エネを世界中で立ち上げていかなければならないので、鉱物資源やリソースや人材といった解決すべき課題は、欧州に限らず、非常に大きな問題になる可能性があります。

Q:

産業界で水素需要はどれほど続くのでしょうか。また、現行のパイプラインは技術的に転用可能なのでしょうか。

中島:

水素の使用は、化石燃料から取った水素を製油所や化学品プラントで使うことが今は主流になっています。一番効率的なのは、太陽光や風力発電をそういったプラントの敷地内に建て、水素を遠方に輸送することなく地産地消的に使う方法ですが、リファイナリーの数も限られていますし、欧州だけでそれを完結させていくのは非常に難しいです。

水素を陸運や航空機の燃料として使うには技術的な課題が多く、時間がかかります。現在製油所や化学品プラントで使用されているグレー水素をクリーン水素で置換することも高価格やサプライチェーンの問題でまだ進んでいない状況ですので、既存の水素需要を埋めるだけでも、まだクリーン水素の需要ポテンシャルはあります。

欧州では水素の輸送に6、7割の既存のガスパイプラインの転用を検討していて、技術的な検証をしており、これまでのところはコンバート可能で、低圧輸送であれば脆性化も起きないとされていますが、本当に水素の漏洩や脆性化が生じないかというのは、実際にやってみないと分からない部分もあります。

Q:

欧州の規制型、あるいは米国のインセンティブ型といった海外の制度を今後日本に取り入れていくにあたり、学ぶべき点と課題について、お考えをお聞かせください。

野田:

前提条件の違いを意識することに加えて、日本の産業政策を検討する際に、もう少し競争の視点を取り入れてもよいのではないでしょうか。

中島:

レッスンズ・ラーンドを繰り返し、教訓を得ながら先行して取り組んでいる課題先進国と程よい距離を保ちながらも、そのやり方を日本の政策にも取り入れていくことが必要だと思います。今、「Energy Agnostic」とよく言われていますが、われわれは1つの特定のエネルギー源に頼るのではなく、それぞれの利点や欠点を認識した上で、多様性を許容していく過程にあることを理解する必要があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。