高度人材育成の課題 - 国産半導体復活への挑戦

開催日 2024年1月18日
スピーカー 寳金 清博(北海道大学総長)
コメンテータ 金指 壽(経済産業省商務情報政策局情報産業課長(併)高度情報通信技術産業戦略室長)
モデレータ 池山 成俊(RIETI理事)
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開催案内/講演概要

世界各国で人材獲得競争が激化する中、日本の高度人材の育成と確保は大丈夫なのか。本講演では、北海道大学の寳金清博総長をお迎えし、日本の抱える高度人材育成の現状と課題、具体的には、1) 半導体人材育成の現状、2) 今後の半導体人材とは、3) 大学の教育・研究の変革の必要性、4) 企業・大学・政治の3つのスピード感、5) 高度人材の争奪的環境などについて解説いただいた。さらに、経済産業省の金指課長より、半導体人材育成に向けた産学官連携の取り組みと次世代半導体プロジェクトについて紹介いただき、産学官が一体となって高度人材育成に取り組む重要性について説明いただいた。

議事録

半導体人材育成の現状と今後の方向性

まず、半導体人材育成の現状として、北海道大学のケースをご紹介します。半導体関連企業へ就職する卒業生は、工学部、情報科学院、総合化学院(理学部)と、多彩な学部の出身者が多いことが特徴です。半導体人材の80%が修士課程修了者、13%が博士課程修了者で、高度な専門知識を習得した人材が中心になっています。

今後必要となる半導体人材を、私は、3つのレイヤーに分けて考えています。1つは、回路設計や論理設計等の研究をするトップの人材です。次に、半導体の工場あるいは関連企業で、工程管理技術や生産技術といった、従来のものづくりの考え方の延長線上の人材です。そして、幅広い周辺技術に関わる人材です。半導体の場合、「○○士」というような形ではくくれない、非常に多様な人材が必要となります。

広い意味でのIT人材は、2030年までに45万人が不足するという試算もあり、ユースケース人材の不足が問題となっています。現状、高度人材に限ると、日本全体で毎年2,000人程度を輩出しています。しかし、それは需要の50%しか満たせておらず、欧米に比べると、情報人材の教育基盤が極めて弱い状況です。

昨年(2023年)、「大学・高専機能強化支援事業」が発足し、国の大きな支援が登場しました。2種類の支援があり、1つが、理系人材への転換、もう1つが、高度情報専門人材の確保に向けた機能強化というものです。この2番目の支援に51校が採択されたことで、2,500人ほどのアドオンがあると考えています。ただし、人材育成には学部まででも4年、修士や博士修了までにはさらに時間がかかるので、本当の最大出力が出るのは5年か6年後になります。

大学側が抱える問題は、教員不足とオン・ザ・ジョブ・トレーニングができるような修学環境が整備されていないことです。これは投資だと思って、われわれもしっかりやっていきたいですし、さまざまな形でのサポートが必要だと思います。

大学の取り組みと改革の必要性

続いて、大学の取り組みについてです。北大は、この4月から50人の学部定員の増員を行い、基盤となる学部生が230人になります。情報エレクトロニクス学科の場合、多くが修士まで行くので修士の数も増えますが、博士課程まで行く人が今の日本の状況では少ないことも問題です。

そのために、北大としても、先行する熊本大学にご尽力いただき、ヘッドクォーター体制を作りました。半導体人材は幅広い学部の協力が必要で、これらが一体となった教育プログラムを作ることがチャレンジです。

新教育体制によって高いレベルの高度情報人材を育成し、研究体制を作るとともに、産学連携で教育を行っていく必要があります。カリキュラム整備、大学間連携、オン・ザ・ジョブ・トレーニングに加えて、それらを物理的につなぐために、オンライン教育を活用するチャンスだと思います。

また、国際連携も非常に重要です。北大でも海外の大学とのダブル・ディグリー・プログラムを設けています。さらに、どんなに優れた大学でも単独では難しいので、北海道大学は東北大学と半導体教育の連携を行っていきます。しっかりとした教育体制を両サイドで作り、デジタルコンテンツの共有をしていくとともに、企業側の専門家が教員としてジョインするような仕組みを作っていく必要があります。

企業・大学・政治の連携と課題

日本の半導体メーカーであるラピダスのスピード感からも分かる通り、企業はデイかマンスリーのスピードで勝負しています。さすがに政策はデイ・バイ・デイというわけにはいきませんが、規制改革や資金投入が行われたことは非常に大きく、従来見ないようなスピード感であると感じています。

北海道には50年に及ぶ「北海道バレー」につながる構想があるのですが、データセンターや半導体工場の建設、北極圏航路の寄港地になる可能性も含めて、北海道は今チャンスを迎えています。北海道にとっては開拓以来のことなので、この実現には、ムーンショット型でバックキャストしながら、どんどん先に進めていくぐらいのスピード感で行かないと難しいと思っています。

そのためにはパラダイムシフトが必要で、昭和のマニュファクチャリングエイジの考え方や成功体験から脱却し、ダイバーシティー&オープンイノベーションを中心に、指揮命令系統ではない、アジャイル型の組織に変える必要があります。そして新しい形のリーダーシップによるナレッジ・ベースド・エコノミーの形で動かしていく必要があります。

高度人材の争奪

ピークス&ディップスのある半導体業界に、果たして優秀な学生が身を投じてくれるかということを、われわれは真剣に考えなければいけません。今後、学生数の減少に伴い、上位1万人の偏差値の低下も予測されるため、これは中等・初等教育にも関わる問題です。

1876年、札幌農学校が日本における新しいイノベーションとして寒冷地農業を導入するために開学して以来、北大は、今150年を迎えようとしています。その中で最も重要なのが半導体教育・研究拠点であり、われわれは「北海道バレー」の実現に注力していきたいと考えています。

現状の人材育成では、需要を満たすことは難しく、大学は、横断的な教育改革を行い、早急に半導体カリキュラムを作り、常にアップデートするエコシステムを作る必要があります。半導体教育は単独大学では難しく、大学間ネットワークの構築、および企業の参画が必須です。

優秀な人材の確保には、他学部と競争する必要があるかもしれませんが、この人材育成のパターンは、産学連携教育の1つの良いショーケースになるのではないかと考えています。その成功には、ムーンショット型、バックキャスティング型の計画遂行と協調体制が欠かせません。そして、昭和の成功例から脱却し、チームからダイバーシティーとグローバリゼーションを引き出していく、健全な企業・大学・行政の3つのプレーヤーが必要です。

コメント

金指:
半導体産業の動向ですが、ラビダスも2027年に2ナノレンジの量産開始を目指していますし、HBM(High Bandwidth Memory)といったメモリの積層化やxPUの実装化、パッケージングの技術も最近進化しています。また、半導体のチップの使い方も、プロバイダーが、自身の提供するファンクションに応じて最適なチップの設計・開発を行う時代に入ってきています。

エッジデバイスを中心としながら、他のメモリや後工程等の周辺技術、さらにはカスタム化という流れの中で、全体を見据えた人材設計が必要となります。幅広い半導体の基礎的な教育に加えて、情報エンジニアリング領域での知識融合が国全体の競争力につながるため、われわれとしても、レベル別にカリキュラムを準備していく必要があると思っています。

足元では、九州を皮切りに、各地域での産学官のコンソーシアムを立ち上げています。また、ラピタスの取り組みと並行して、われわれは、車の両輪の片割れとして、開発と人材育成をサポートする、「技術研究組合最先端半導体技術センター(LSTC)」を設立しました。

事務局体制を確立し、各地域の産学のコアの方々とのネットワークを構築することで、ベストプラクティスの共有、連携のコーディネーション、そして全体の人材育成を進めていきたいと考えています。半導体の人材育成に向けて、経済産業省としても、文部科学省と情報共有をしながら、サポートしていきたいと思っています。

寳金:
人材育成が非常に重要であり、その成功には省庁が連携した取り組みが必要であると感じています。

質疑応答

Q:

北大としては、半導体研究をどう位置付け、どのような役割を期待しておられますか。

寳金:

大学は社会的モジュールであり、社会の中の1つの大きな歯車なのだ、というマインドセットに変えることが大事です。北海道には、半導体、フード&アグリカルチャー、再生可能エネルギーという3つの大きなチャンスが来ていますが、試金石となっているのが半導体で、大学が社会を変えるモジュールへと変化していくチャンスでもあるととらえています。

Q:

博士人材が少ないのは、民間企業でのニーズが多くないからでしょうか。博士人材を輩出していく上での課題は何でしょうか。

寳金:

日本における博士号の価値は、大学側の問題と産業界側の問題もあり、欧米に比べて圧倒的に低い状況です。ただし、大学全体の博士の教育システムの中において、半導体関連領域の博士人材の割合は決して小さくありません。日本における高度学術人材と企業との連結は非常に良いチャレンジで、ショーケースになる可能性があると思っています。

Q:

人材の海外流出を防ぐための取り組みあるいは課題は何でしょうか。

寳金:

私は、海外に出ても構わないと思っていて、それが日本にとっても大きな刺激になりますし、海外で活躍した人材が日本に戻ってこられるように、流動性を高める方が良いと思っています。流動性を高めながら、海外の優秀な学生をいかに獲得していくかという、インテイクとアウトプットをうまくやるダイナミズムもこれから考えていく必要があります。

Q:

海外から優秀な人材を引きつけるには、どのような方法があるのでしょうか。

寳金:

ポイントは3つあると思います。1つ目は、英語による学部入試の実施。2つ目は、留学生が卒業後に日本で就職ができる環境の整備。そして3つ目は、生活環境、教育環境、医療環境の充実です。優秀な学生を学部の段階から受け入れ、外国からのワークフォースを日本にとどめる動きが必要です。

Q:

大学の定員枠に外国人受け入れ枠を設けることについて、どのようにお考えでしょうか。

寳金:

日本が伸びるためには外国人人材を受け入れる窓口を広げるべきですし、それに対するアカウンタビリティーは必要です。国税を使って国立大学に海外の学生の枠を設置することについては大きな議論があると思いますが、半導体に関して言えば、そこの部分をやっていかない限り、非常に難しい問題が出てくると思います。

Q:

今後、国内でどのように人材を引きつけ、確保していくのでしょうか。

寳金:

経済産業省でも、現職員と元職員の交流会を通して流動性を高めています。われわれとしても、日本の中に開発産業拠点を作り、日本に引きつける引力を産業側で生み出していくことで、長期的に刺激がありながら付加価値が生まれてくる土壌を作っていきたいと思います。

Q:

高度人材育成における企業との連携の現状、そして展望について、お考えをお聞かせください。

寳金:

北大でも、すでに企業の方に講義をしてもらっています。リカレント教育もありますが、半導体は今ピークの人たちも50歳を超えて、テイクオーバーをさせなければいけないギリギリの時点だと思います。そういう意味では、企業の方が大学に入ってくるシステムを明確に組織化する良いチャンスだと思います。

Q:

企業との連携の面で、現状のお考えや大学側への期待をお聞かせください。

金指:

九州の産学官コンソーシアムでは、SIIQという組織にコーディネーション機能を担っていただいていますが、そういう機能が土着的にない地域もあるので、コーディネーション機能の平準化と強化の面でサポートしていきたいと思います。また、大学と産業界の距離を近づけるため、迅速に具体的なアクションにつなげていきたいと考えています。

Q:

半導体産業は、安心でき、やりがいがあり、魅力的な職業であることをどのように示していけばよいのでしょうか。

金指:

半導体を使うお客さんも含めたエコシステムを作っていくことで、ウィンウィンの形が国内でもできていくので、半導体を作る側と使う側の両面で後押しをしていきたいと思っています。

Q:

半導体業界と女性という観点で、お二方のお考えをお聞かせいただけますか。

金指:

今のところは男性が多い社会ですが、チップの生産もほぼ自動化されていますし、デザイン設計は幅広い多様性が求められる領域なので、女性の活躍の場はありますし、われわれもそういう機会を増やしていければと思っています。

寳金:

私も同感で、外国人のダイバーシティーだけでなく、ジェンダーダイバーシティーが非常に大きいと思います。半導体復活の1つの鍵を握っているのは女性活躍であることは間違いないので、大学としても、アファーマティブアクションを取るべきだと思っています。

Q:

海外との連携を通して教員を確保することは可能でしょうか。

寳金:

可能だと思います。北大での経験で言えば、大学院生は英語で授業を受けられますし、オンラインを使って教員の絶対量を増やすことは必要です。そのためには、オンライン授業をきちんとサーティフィケーションするという、規制上の問題をクリアしなければなりません。

Q:

中高あるいは小学校レベルの教育プログラムは、今後どのように進めていくべきとお考えですか。

金指:

地域コンソーシアムの中では、すでに高校や中学で出前授業をする取り組みもスタートしています。われわれも良い事例を全国展開していき、若いうちからできるだけインボルブしていくことが重要だと思っています。

寳金:

高等専門学校(高専)はもうグローバルタームになっています。中学校、小学校における効果は高専にすぐ現れると思うので、それが日本の教育体制を良い意味でフラクチュエイトしてくれるのではないか、と期待しています。

Q:

北海道のコンソーシアムの活動を通して必要な取り組みや課題があれば、お聞かせください。

寳金:

北海道には、工学系の高専が非常に多くあります。今の大学の数だけでは10年間で4万人を輩出するという数には届かないので、高専の活用と外国人人材を受け入れることがポイントだと思います。

Q:

最後に、一言ずつお願いします。

寳金:

人材の流動性に対して、ヘジテートしない方が良いと思います。半導体業界のピークス&ディップスは、日本の労働市場が生産性において流動性を高めるための大きなチャンスだと、私は考えています。

金指:

流動性を具体化していく上で、われわれも、産学連携あるいは海外との連携を文部科学省と一緒に考えていきたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。