令和5年版防衛白書

開催日 2023年11月15日
スピーカー 藤高 崇(防衛省大臣官房広報課 防衛白書事務室長)
コメンテータ 滝澤 慶典(経済産業省製造産業局次世代空モビリティ政策室長・企画官(防衛産業担当))
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

わが国は、戦後、最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。わが国周辺国などは、軍事的な能力の大幅な強化に加え、ミサイル発射や軍事的示威活動を急速に拡大・活発化させている。国民の命と平和な暮らしを守り抜くためには、その厳しい現実に正面から向き合い、相手の能力と新しい戦い方に着目した防衛力の抜本的強化を行う必要がある。2023年7月28日に公表した令和5年版防衛白書で取り上げた諸外国の軍事動向や、それを踏まえた防衛省・自衛隊の取り組みについて、防衛白書事務室長の藤高崇氏にご解説いただいた。

議事録

激変する時代

防衛白書は、国内外のできる限り多くの方に、できるだけ分かりやすい形で、わが国の防衛の現状、課題、防衛省・自衛隊の取組について周知を図ることを目的に刊行している年次報告書です。令和5年版白書の表紙は、自衛隊員自らが題字をしたため、「真に国民を守り抜ける体制を作り上げる」という思いを表現するものになっています。

本白書は4部構成で、第Ⅰ部が諸外国の軍事動向、第Ⅱ部がわが国の安全保障・防衛政策、第Ⅲ部が令和5年度に行った防衛省・自衛隊の具体的な取組、そして第Ⅳ部が共通基盤の強化について記載しています。

白書の巻頭特集では、国家安全保障戦略を10年ぶりに改定したことを捉え、その10年間の変化を説明しています。中国の軍事活動の活発化、中国とロシアの軍事連携、北朝鮮による度重なる弾道ミサイルの発射など、わが国周辺の安全保障環境はこの10年で激烈に変化しています。

10年間の制度面での変化については、わが国では2013年に国家安全保障会議を設置し、当時の三文書を策定、その後、平和安全法制の制定を経て、2018年には新しい防衛大綱、2022年に新たな戦略三文書を策定しました。

その10年の間に、防衛省・自衛隊は、南西地域の防衛体制の強化、統合ミサイル防空能力の強化、スタンド・オフ防衛能力の整備、無人化や指揮通信能力の強化、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域における能力強化などの防衛力整備に取り組んできました。

わが国だけでは日本を守り抜くことはできないので、同盟国や同志国との関係深化も重要です。米国とは、日米安全保障協議委員会(「2+2」)や防衛相会談を通じて人的交流を図り、共同訓練の実績も飛躍的に増加しています。同志国とも能力構築支援、防衛装備・技術協力を含め、協力が深化してきています。

第Ⅰ部:わが国を取り巻く安全保障環境

こうした10年の流れを踏まえた中国、北朝鮮、ロシアの軍事動向ですが、中国についてはわが国と国際社会の深刻な懸念であるとともに、これまでにない最大の戦略的挑戦と認識しています。また近年、軍事連携を行う中露両国が、わが国周辺において艦艇の共同航行あるいは爆撃機の共同飛行を繰り返しており、わが国に対する示威活動を明確に意図したものであり、わが国の安全保障上、重大な懸念です。

中国は、21世紀半ばまでに世界一流の軍隊の建設を実現するという目標の下、3段階の軍事目標を定めていましたが、2020年の秋には、建軍100周年を迎える2027年の奮闘目標を新たに設定し、当初の目標であった2050年の軍事目標の達成を前倒しして進めています。

中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化しています。また、中国は台湾周辺での威圧的な軍事活動を活発化させており、ペロシ米下院議長(当時)の台湾訪問時には、わが国のEEZ内への5発の着弾を含む計9発の弾道ミサイルを発射し、地域住民に脅威と受け止められました。

続いて北朝鮮ですが、わが国の安全保障にとって、北朝鮮の軍事動向は従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっています。2022年には、ICBM級弾道ミサイルを含んだ発射をかつてない高い頻度で繰り返し、より実戦的な状況を連想させる形で挑発行為をエスカレートさせています。

スカッドやノドンに加えて、近年は、射程は短いけれども固定燃料で使い勝手の良いSRBMや、米国本土を射程に含むようなICBM級弾道ミサイルへのシフトが鮮明になってきています。

そしてロシアですが、ロシアはウクライナ侵略に加えて、極東方面においても最新装備を配備する傾向にあり、わが国周辺でも活発な軍事活動を継続しています。ICBM「サルマト」の実戦配備、松輪島(千島列島)内での地対艦ミサイル・システム「バスチオン」の走行などを含め、インド太平洋地域におけるロシアの軍事的動向は、中国との戦略的な連携と相まって安全保障上の強い懸念となっています。

第Ⅱ部:わが国の安全保障・防衛政策

昨年12月、わが国は戦略三文書を策定しました。このうち国家防衛戦略は、わが国の防衛目標、そして目標達成のためのアプローチや手段を統合的に示すものです。

近年では、宇宙・サイバー・電磁波などの新たな領域、無人機の活用といった非対称な戦略環境、さらには偽情報の拡散などによる情報戦を含むハイブリッド戦が展開され、そうした新しい戦い方への対応が課題となっています。

こうした課題を踏まえて、国家防衛戦略は3つの防衛目標を定めています。1つ目が、力による一方的な現状変更を許容しない安全保障環境の創出。2つ目が、同盟国・同志国との協力・連携を通じた抑止・対処と早期の事態収拾。そして3つ目が、わが国への侵攻が生起した場合に、わが国が主たる責任を持って対処するとともに、同盟国などの支援を受けつつこれを抑止・排除するということです。

これらの目標を達成するため、3つのアプローチを定めています。1つ目が、わが国自身の防衛体制の強化。2つ目が、日米同盟の抑止力・対処力の強化。そして3つ目が、同志国などとの連携強化です。

その上で、防衛力の抜本的強化を進めるための重点的な7つの分野を定めています。①スタンド・オフ防衛能力、②統合防空ミサイル防衛能力、③無人アセット防衛能力、④領域横断作戦能力、⑤指揮統制・情報関連機能、⑥機動展開能力・国民保護、そして⑦持続性・強靭性です。また、わが国への侵攻を抑止する上での鍵として、反撃能力を備えていきます。

加えて、国家防衛戦略の中で、防衛生産・技術基盤や人的基盤の強化も示しているところです。

このほか、戦略三文書においては、2027年度において、防衛力の抜本的強化とそれを補完する取組と合わせ、そのための予算水準が2022年のGDP2%に達するよう所要の措置をとることとしています。また、今後5年間で43兆円の防衛費をかけて、防衛力の抜本的強化を行っていく予定です。

第Ⅲ部:防衛目標を実現するための3つのアプローチ

第Ⅲ部では、国家防衛戦略で定めた3つのアプローチに沿って、防衛省・自衛隊の取組を紹介しています。

まず、わが国自身の防衛体制強化の観点では、外国の気球などがわが国の許可なく領空に侵入する場合、武器の使用を含めて一層厳正に対処すること。また防衛大臣による海上保安庁の統制要領を策定。さらに認知領域を含む情報戦への対応のほか、十分な継戦能力を確保するための持続性・強靭性強化の取組も行っています。

次に、日米同盟については、対面による日米「2+2」、日米首脳会談および日米防衛相会談、また、2023年5月には広島G7サミットの機会に日米首脳会談を実施しました。加えて、米国との関係を論ずる上で避けて通れない課題である、沖縄の基地負担軽減の取組についても記載しています。

最後に、同志国などとの連携については、一番大きなイベントであったG7サミットの成果や、ウクライナに対する新たな支援策、日英伊による次期戦闘機の共同開発、日韓・日米韓3か国の連携に関しても、第Ⅲ部で記載しています。

第Ⅳ部:共通基盤などの強化

第Ⅳ部は、防衛生産・技術基盤、人的基盤について記載しています。本年10月に防衛生産基盤強化法が施行されましたが、法案提出までに至る取組、あるいは経済安全保障に関する防衛省の協力や取組もまとめています。

人的基盤に関しては、防衛力の中核をなすのは自衛官です。募集環境が極めて厳しい中、どのような対策を取っていくべきか、そしてハラスメントを一切許容しない環境を構築するための取組を記載しています。

また、衛生機能の変革として、負傷した自衛官の処置や後送をシームレスに行うための取組や、新型コロナウイルス感染症対策の実施。その他として訓練・演習、そして地域社会との共生についても紹介しています。

コメント

滝澤:
防衛力の抜本的強化を図っていくためには、わが国の防衛産業における装備品の開発能力や生産基盤の維持・強化が非常に重要になると考えています。しかし、防衛産業は需要が限られていることに加えて、各国の熾烈な技術開発競争により、技術の陳腐化が早いといった課題があります。

また、防衛装備品としての高い要求水準に応えるためには特殊技能や、高度なサイバーセキュリティ対応も要求されます。また、大規模な設備開発、さらにはサプライチェーンリスクへの対応も必要です。加えて、オーダーメードの防衛装備品は利益率が固定、かつ契約期間が長期にわたるため、企業側のコスト低減努力やコスト上昇に対する調整が利益率に反映されにくいという状況があります。

こういった状況を踏まえて、防衛生産基盤強化法が2023年10月から施行されました。ここには、供給源の多様化、製造設備の効率化、サイバーセキュリティの強化、事業承継に対する財政的な支援、国による設備買い取りおよび管理委託といった支援が盛り込まれています。

防衛省においては、2023年度以降、企業努力を利益率に反映し、長期にわたる契約の場合にはコスト変動調整率を設けるといった新しい制度を開始していただいていますし、経済産業省でも防衛産業下請けのガイドラインの作成に取り組んでいます。

加えて、イノベーションを通じた技術性優位を確保すべく、防衛省・自衛隊とスタートアップ間のマッチング、スタートアップの参入促進を議論する場を設けることで、防衛産業の魅力向上と多様なプレーヤーの新規参入を図っていきたいと思っています。

藤高:
防衛産業に新規参入いただける環境の構築は重要な課題ですので、産業政策の観点から経済産業省ともしっかりと連携しつつ、引き続き取り組んでいきたいと考えています。

質疑応答

Q:

防衛省には専門部署はないと思いますが、経済安全保障をどのように扱っておられますか。

藤高:

組織としては、官房参事官という組織を設けて協力体制を整えています。経済安全保障の観点での1つの取組としては、「経済安全保障重要技術育成プログラム(K Program)」という安全保障にも資する技術開発を後押しするファンディング事業が展開されており、これに防衛省としてもしっかりコミットしていきたいと考えています。また、対内直接投資の審査に関して、安全保障的な知見を共有するという観点で、防衛装備庁に新たに専門部署を設け、そこで一元的に管理するという形で対応しているところです。

Q:

日本の安全保障のために、民間企業、大学、メディア、市民は何ができるでしょうか。

藤高:

わが国は工廠(国有の兵器工場)を持たないので、防衛装備品は民間企業に依存しており、防衛産業の皆様方の協力が欠かせません。企業におかれては、国防に携わるという崇高な使命をぜひ評価していただき、装備品に関する産業分野にも関わるという経営判断をしていただきたいと思っています。

また、大学については、一義的には技術の分野だと思います。大学における研究開発によって生まれた技術が、将来的には装備品の能力向上、あるいはこの国を守るために不可欠な技術になる可能性は大いにあります。大学におかれては、防衛装備庁によるファンディング事業も活用しつつ、安全保障分野の研究にも取り組んでいただければありがたいです。

一般市民の皆様については、ぜひ防衛省・自衛隊を応援していただきたいと思います。この国を守っているのは一人ひとりの隊員です。周辺海域での警戒監視、在外邦人の輸送、災害対処など、あらゆる場面で日々、危険な任務に従事する隊員がいます。ぜひそういったところに目を向けていただき、防衛問題にも関心を持っていただけると、大変ありがたいと思っています。

Q:

US-2という日本の素晴らしい装備品を海外に展開する施策はないのでしょうか。

藤高:

需要者が主に防衛省・自衛隊に限られて販路を拡大できない中、維持整備や製造のラインを保ち続けるというのは、企業としても難しいところがあります。そこで、以下に海外への装備移転を推進するかが重要になりますが、装備移転に関しては、まず前提として、防衛装備移転三原則という枠組みがあり、現在、その在り方について、自民党・公明党の実務者からなるワーキングチームで議論されているところです。こうした議論も踏まえつつ、装備移転をしっかり推進していくことが重要であると考えています。

Q:

日本のドローンの能力は世界的に高いのでしょうか。

滝澤:

ドローンは空撮等に使われる小型と物流等に使われる中型・大型があります。小型は中国製が世界市場の約8割から9割を占めると言われていまして、中型・大型に関しては、今まさに世界各国が技術開発をはじめ、競争している状況です。ドローンは今後非常に重要な製品になると考えていますので、経済産業省としても、中小企業技術革新制度(日本版SBIR)を使って技術優位性を持つ機体の開発を進めているところです。

Q:

最後に、お二人から一言ずつお願いします。

滝澤:

防衛力の抜本的強化は国を挙げて取り組むべき重要なテーマなので、私どもとしても防衛産業の基盤強化を通じて貢献していきたいと思います。ご支援、ご協力をよろしくお願いいたします。

藤高:

防衛力の抜本的強化の取組は、国民の皆様の理解を得ながらしっかりと進めていきたいと考えています。今日を機に防衛白書も手に取っていただき、安全保障に対してより注目していただけるとありがたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。