IMF世界・アジア太平洋地域経済見通し:格差広がる世界の舵取り

開催日 2023年11月8日
スピーカー 吉田 昭彦(国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長)
コメンテータ 中島 厚志(RIETIコンサルティングフェロー / 新潟県立大学北東アジア研究所長 兼 国際経済学部教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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国際通貨基金(IMF)は、10月10日に最新の世界経済見通し(WEO)を発表した。2023年の世界経済の成長率見通しは+3.0%、2024年は+2.9%と、2022年実績の+3.5%から大きく低下するとされている。世界はコロナ危機を乗り越えたものの、インフレや中国の不動産危機、地政学的緊張の高まり、気候変動に伴う一次産品価格の不安定化、各国の財政の脆弱化といったリスクにさらされている。ウクライナ戦争に加え、イスラエル・パレスチナ問題も予断を許さない。本セミナーでは、IMFアジア太平洋地域事務所長の吉田昭彦氏を迎え、最新のWEOに基づく世界・アジア太平洋地域の経済見通しや政策課題について報告いただいた。

議事録

世界経済の概観

本日は、10月の年次総会で公表された世界経済見通しの第1章、世界経済の概観をご紹介したいと思います。GDPの成長が2023年、2024年共に2022年から比べて落ち込む点、コアインフレーションがなかなか下がらない点が注目されています。中国の成長の低下、金融引き締めの効果発現、そして債務の水準が高い中、財政の発動余地が限られていることが主な逆風要因となっています。

国・地域別のGDPをコロナ前の見通しと比較してみると、米国だけがコロナ前のトレンドに戻っている一方、中国はマイナス4.2%、低所得国はマイナス6.5%と、その他の地域は軒並みまだコロナ前のトレンドに回復していません。2023年に入ってから見られたサプライチェーンや観光・宿泊・運輸等の対面産業の正常化に伴う回復の兆候も、年央くらいから少し色あせつつあるように見えます。

財産業からサービスへのシフト、また生活費の高騰を要因に、財の生産、投資、貿易が低下しており、サービス業においても若干ピークアウトしている状況が直近では見て取れます。特に、中国は不動産投資や住宅価格の低下が続き、財政の持続性にも懸念が生じています。加えて、個人消費信頼感指数が上がらない背景としては、20%超の若年失業率に代表される労働市場の不安定さがあると思います。

インフレに関しては粘着性が高く、特にコアインフレが下がらない点が金融政策の対応を難しくしています。2020年半ばから2023年にかけてヘッドラインインフレが下がってきているのは、主に燃料価格、エネルギー価格の低下によるものです。

インフレ要因については、ユーロ圏や英国ではパススルーエフェクトの効果が遅れて発現する要因が大きいのに対して、米国は労働市場のタイト化の影響が大きく、国によってインフレ要因にも差が見られます。

現状、インフレによって物価と賃金がそれぞれ相互作用的に高まるような状況にはなっていませんが、この先も予断を許さない状況です。一方、多くの国で金融引き締めが進んでいるものの、需要の停滞や融資条件等が引き締まっていない結果、2022年第3四半期にかけて価格が上昇していた国が多かった住宅価格も、直近は反転ないし停滞している状況です。

見通し

インフレ対応のための金融引き締めは、足元ではピークアウトの兆しが見られます。財政政策については、コロナ対応で速やかに財政出動を行った先進国は、2022年から2023年にかけて巻き戻す動きが出ている一方、新興国はもともと大きく財政赤字を拡大する余裕がなかったこともあり、ほぼ横ばいのような財政スタンスになっています。

全体の成長見通しは、2022年が3.5%、2023年が3%、2024年2.9%と、2028年までの見通し期間の間、平均の成長率は少し鈍化し、3%前後で続くと予測しています。先進国の成長率が2022年の2.6%から2023年が1.5%、2024年が1.4%と大幅に落ち込む中、米国は投資および消費が強靭な伸びを示し、0.3%、0.5%ポイントの上方修正を行っています。

これに対して、ユーロ圏はそれぞれ0.2%、0.3%と下方修正しました。投資が弱いことに加えて、貿易相手国の需要も低迷していることが背景と見られます。日本は、2023年についてはペントアップ需要やインバウンドの影響により0.6%の上方修正をしましたが、2024年は1%程度の成長に戻る見込みです。

一方、新興国は2023年、2024年共に4%程度と、前回から変更はありません。ただ、中国は0.2%ポイント、あるいは0.3%ポイントの下方修正をする中、インド、ブラジル、ロシアは上方修正しており、国ごとに濃淡はあります。

インフレに関しては、ヘッドラインの順調な低下に比べてコアインフレがなかなか下がらず、依然として労働市場のタイト化やサービス分野におけるインフレの高止まりが背景にあろうかと思います。2023年、2024年時点では、多くの国でまだインフレターゲット値を上回っている状況です。

このような中、経常収支に目を向けると、インバランスは縮小傾向にあることは歓迎すべきものの、そもそも貿易量自体が縮小していることに留意が必要です。

5年間の成長見通しで一番高かったのが2008年の4.9%ですが、今回の2028年までの5年間の見通しが3%なので、1.9%低下しています。これは先進国の0.8%と新興国の1.1%低下によるもので、低下の約4分の3はパーキャピタGDPの落ち込みによるものです。その要因については、先進国でも新興国でもTFP(Total Factor Productivity)の落ち込みが過半を占め、新興国では加えてキャピタルディープニングが要因になっています。

世界経済のリスク

上方リスクとしては、想定よりも早いインフレの終息によって継続的な金融引き締めが不要となる可能性、あるいは堅調な消費やタイトな労働市場等による成長上振れの可能性があります。下方リスクとしては、中国の減速、粘着的なインフレの継続、そしてソブリン債のディストレス等があります。

また、2020年頃に西半球で高まり、いったん低下した社会不安が、近年、食料危機や燃料価格の高騰によってサブサハラ・アフリカ地域で上昇している点も気になりますし、足元で再び見られている原油価格の上昇が続くことでヘッドラインインフレも高まっていきかねないので、こちらも要注意要因だと思います。

政策上の優先課題

依然として自然失業率の推計値にバラつきが見られていることから分かるように、金融政策のターゲット設定が難しい状況が続いています。現状、相次ぐ銀行の破綻による金融システムの不安は後退しているかもしれませんが、金融商品のリプライシングのリスク等が金融政策をさらにトリッキーにしている要因です。財政政策では新興国や先進国でも今後利払い負担が高まっていくことが予想されますので、この負担をどうするかが課題でしょう。また、コロナ中に行われたような広範な支援ではなく、いかに脆弱層にターゲットを絞った支援ができるかが重要です。

低所得国の成長率が先進国よりも高い状態が続けば、所得水準の収斂が期待されます。2008年頃には年間0.9%ずつこの水準が縮まっていたところ、直近2023年では0.5%程度と、以前は80年ほどでキャッチアップすると見られていたものが130年近くかかる見込みとなり、収斂のスピードが落ちているのは気掛かりな傾向です。

以上を踏まえて、短期の優先課題としては、まずインフレをしっかり低下させ、金融政策では早計な緩和をしないことです。そして金融政策だけでコントロールしきれない面は、財政政策とのコーディネーションが重要です。

金融安定性との関係ではリスクをモニターしつつ、バーゼルIIIの実施やガバナンス改革で下支えし、危機が生じるならば、モラルハザードを避けつつ流動性を供給し、為替介入や資本規制等も併用することが適切な場合もあります。財政政策は必要な支援はターゲットを絞ることで財政バッファーを回復し、食料危機や労働供給の向上にも努めるべきであるとIMFは提言しています。

長期的には、成長力を上げるために一定の改革をパッケージ化した上で優先順位を付けながら、早期に成果が上がりやすいガバナンス、ビジネス規制環境、対外セクターの改革を先行して行い、痛みが生じる場合は、レギュレーションや再分配政策を併用することを提案しています。

産業政策については慎重な立場で、市場の失敗への対処に必要なのであれば、WTOのルール等と整合的な範囲で許容される場合もある、としています。グリーントランジションを加速するためには、カーボンプライシング、ローカーボン投資への補助金、国境炭素調整のメカニズムが有効です。また、危機への対応とともに、生産性の向上、気候変動対策、新しいテクノロジーに対応すべく、多国間の国際的な協力の強化が必要です。

コメント

中島:
ウクライナ紛争勃発から1年半余りで世界経済の状況が変わってきました。コロナ禍の下での行動規制解除に伴うペントアップ需要が消費を押し上げ、一方で金融引き締めや供給不安の緩和で物価高騰は鈍化していますが、設備投資は貿易の鈍化や世界経済の減速に伴って低調となり、欧州では依然としてエネルギー不足的な状況が続いています。

そんな中、今後の政策の不透明さや不確実さを示す政策不確実性指数を見ると、主要国の中でもとりわけ中国とドイツで指数が高止まりしており、比較的低位に動いている米国でもさらに下がる動きにはなっていません。このことは、特に中国とドイツで今後の景気展開が見えにくく、停滞が続く可能性を示しています。

国別に見ると、米国では銀行の企業規模別貸し出し態度とニューヨーク連銀が発表している景気後退確率が歴史的に相当高い水準になっており、来年にかけて米国の金融引き締めの影響がさらに色濃く出て、それが世界に波及していく可能性があります。また、ドイツの経済状況では、天然ガスと原油の輸入量の推移からは、エネルギー不足がドイツの景気を当面下押しする可能性がなお強いことが見て取れます。

一方、日本は円安やインバウンド、経済対策や活発な設備投資、そして公的な補助金が景気を押し上げ、企業の業績は好調です。しかし、インフレで実質賃金が前年比18カ月減少し続けており、個人消費は停滞しています。

2024年にかけても円安やインバウンドが日本経済を支えることが期待されるのですが、他方で、有効求人倍率が若干鈍化する傾向が考えられるので、どこまで賃上げと物価の好循環が実現できるかが来年の日本経済の消費を大きく決めていくことになり、あまり楽観できないと見ています。

そこで吉田様に3点質問させていただきたいと思います。1つ目は、金融引き締め、ドル高、地政学リスクの高まりを背景に、どのような不都合な世界経済状況が考えられ、その回避にはどのような対応や政策が必要かという点です。2つ目に、具体的な分断回避のための国際協調あるいは経済構造改革について伺いたく思います。そして3つ目として、日本が長期的に潜在成長力を高め、所得向上を実現していくためには何が必要かをご教示いただければと思います。

吉田:
まず1問目ですが、金融引き締めが効いていない状況の1つに人々の楽観があります。それは良い要因でもある反面、その状況が変われば、金融市場における商品価格の再評価あるいは資本流出といった、急激な動きが起こりかねないリスクもあります。また、ドル建てでお金を借りている一部の新興国で不安が生じると、そこで危機が起こり、それが伝播して広範な影響が及ぶことが一番心配されます。

これに対しては、潜在的リスクがある国は早めに金融政策や財政政策の発動余地を確保しておき、地域的な金融セーフティネットを活用したり、債務再編や破綻処理スキームの整備対策を講じることが政策的にできる対応かと思います。

2番目は、食料や戦略的支援の貿易など、本当にクリティカルなところに限った国際協調を進めることが必要です。IMFとしては、地政学上の問題それ自体について分析を行うわけではないのですが、各国のより賢明な判断や国際協調を促すために経済的側面の分析をお示しするとともに、分断に陥った場合に備えて低所得国を支援するための融資制度や資金基盤の拡充を加盟国に呼びかけています。

3番目は、女性の労働参加や労働市場の柔軟化、カーボンレスやカーボンインテンシティの低い投資を促す制度の導入、そしてガバナンスや政策フレームワークの策定についてもIMFは提言しています。これらの提言の多くは日本にも当てはまることで、年明けに予定されているIMF対日4条協議でも議論が行われると思っています。

質疑応答

Q:

リスクの1つとして設定されていた社会不安は、どのようにカウントしておられるのでしょうか。

吉田:

IMFスタッフが、プロテスト、暴動、デモの件数をカウントし、地域ごとにまとめて、社会不安の割合を出しています。

Q:

現在のイスラエル対ハマスの危機について、IMFは何か見解をお持ちでしょうか。

吉田:

今後の推移も含めてまだ分からないことが多く、現状どの程度の経済的インパクトがあるかを申し上げることは難しいのですが、IMFとしても状況を注視しつつ、見極めていきたいと思います。

Q:

ロシアの経済成長率が大きく回復しているのは、各国のロシアに対する経済制裁が効果を上げていないということでしょうか。

吉田:

経済制裁の効果について目に見える形で分析しているわけではありません。IMFの見解としては、2023年の上方修正は積極的な財政刺激策によるもので、2024年に関しては前回から約0.2%下方修正して1.1%に戻るようなので、一時的な要因が作用していると見ています。

Q:

中国の見通しが楽観的に感じますが、リスクも含めて見解をお聞かせください。

吉田:

中国のインフレや金融政策は他の国とだいぶ違う動きをしており、非常にチャレンジングな状況に直面していると言えます。よく日本の30年前の状況と似ていると言われますが、中国は国の規模が大きいので、適切な政策を取りさえすれば、現状の困難を克服できる余地はあります。具体的な政策については、間もなくミッションが終わって出てくるレポートに注目いただきたいと思います。

中島:

中国は財政金融政策で景気刺激策が行われていますので、工業生産などはそれなりに回復しています。それでも消費が落ち込んだ1つの背景には不動産不況の存在が大きいです。もっとも、不動産危機の回避には時間がかかると思いますが、企業の不良債権については国有銀行との間であれば政府レベルで対応可能ですし、時間をかけてやっていくのであれば、かつての日本の不動産バブル崩壊時と異なって個人所得はなお増加しているので不動産購買力がやがて回復し、不動産バブルの崩壊が日本のように長期間深刻にはならないと見ています。

Q:

IMFは2050年の脱炭素計画などに絡んだ長期の見通しを作られていますか。また、産業政策に関してはどのように語られているのでしょうか。

吉田:

2050年までの長期を見通すのは難しいため、IMFの公式な文書としては作っておりません。産業政策に関しては、いろいろなルールに整合的な範囲、あるいは市場の失敗を修正する上で必要ならば、許容、正当化される場合があるといった言い方になっています。

Q:

最後に、一言ずつコメントをお願いします。

中島:

来年にかけては金融引き締めの効果発現、高まる地政学リスクなどで不透明感が強い状況にあります。従って、来年の経済見通し以上に厳しい経済状況になることも排除できず、決して楽観はできないと思っています。

吉田:

継続的にこうした観点をご提供することで皆様に物事を考えていただくきっかけになればと思っていますので、これからも同様の機会をいただければ大変ありがたいです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。