RIETI-METI共同企画「経済安全保障の新たな地平」シリーズ

経済安全保障と企業 (1) -デジタル産業の観点から-

開催日 2023年10月16日
スピーカー 小柴 満信(Cdots合同会社共同創業者 / 元経済同友会副代表幹事)
コメンテータ 平井 裕秀(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省顧問・前経済産業審議官)
モデレータ 福岡 功慶(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省通商政策局 政策企画委員)
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開催案内/講演概要

日本の対外経済政策のかじ取りを担ってきた前経済産業審議官であり、現在は経済産業省顧問の平井裕秀氏が、経済安全保障に精通した政府関係者、有識者と議論する本シリーズ。第3回は、JSR株式会社代表取締役社長、代表取締役会長、名誉会長、経済同友会副代表幹事を歴任し、Cdots合同会社共同創業者である小柴満信氏をスピーカーとしてお招きして、日本の半導体・デジタル産業を企業側から支えてきた視点から「Politics meets Technologies」と題してご講演をいただいた。さらに平井氏と、変革期を迎える国内半導体・デジタル産業の今後の在り方について対話を行い、産業のコメとも呼ばれる半導体を端緒としてわが国の経済安全保障を広く語った。

議事録

Politics meets Technologies-政府と企業の役割

テーマである「Politics meets Technologies」には、政治と企業経営にテクノロジーは切り離せないという意味を込めました。企業経営には長期的な投資戦略が重要であり、さらに地政学的視点も必要です。世界は長期循環のサイクルで動いているため、現在の世界の潮流がダウントレンドだとしても、それが続くわけではありません。そのため政治も企業も、次の循環を支えるテクノロジーが何かをつかんで進めていかなければならないのです。現在の世界は軍事、経済、技術の力によるパワーゲームが進行中です。日本は、経済力では世界第3位を保ちながらも伸びは期待できない中で、パワーゲームを勝ち抜くためには技術力の向上が重要です。

2023年の生成AIの衝撃はかなり大きなものでした。2010年代初頭からAIの活用が期待されていましたが、GPU技術が急速な成長に寄与しました。GAFAは巨大プラットフォーマーに成長し、2015年から売上高が急増しています。特にデジタル自給率では、AmazonのAWSとMicrosoftのインテリジェントクラウドが年率40%以上の成長を遂げています。これらの企業は、ビジネスモデルへの「ムーアの法則」の活用が成功の鍵となりました。

世界の広告市場は約70兆円で、特に2020年から2021年に急成長しています。デジタル広告は全体の60%弱を占め、Amazon、meta、Alphabetなどが年率40%以上の成長を示しています。日本のデジタル広告市場は約2.8兆円であり、ほとんどは米国のプラットフォーマーの検索エンジンによって支えられています。パブリッククラウドは、2021年における官民での使用料は約1.4兆円で、これが年率40%の成長を続けると、2080年には8兆円に達する見込みです。これにより、日本のデジタル赤字が拡大し、多くの国富が日本を離れる可能性が懸念されています。

コンピューテーションのテクノロジーが大きな変革を迎えつつあり、地政学的長期循環を牽引するのは量子コンピュータだと推測しています。それには政治のリーダーシップが重要であり、今回の新しい資本主義実現会議の枠組みでは、2028年までに量子コンピュータと古典コンピュータを統合的に運用する計画が進行中です。オープンAIに対するMicrosoftの投資に匹敵する唯一の手段は、国による投資です。だからこそ、経済安全保障の概念がクローズアップされているのです。

2023年5月に、西村経済産業大臣とレモンド米国商務長官は、日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)の中で、日米連携において量子コンピュータに焦点を当てることを約束しました。このような社会インフラの大本となる半導体は非常に重要であり、政府はラピダスを通じて国際的な技術提携を行いながら、さまざまな政策を進めています。一方で企業では、東京大学と慶應義塾大学が率いる量子イノベーションイニシアティブが、量子コンピュータの社会実装に取り組んでいるものの、現在の取り組みはまだ不十分であると指摘しています。

経済安全保障を語る上でPolitics meets Technologiesで表せる時代背景は非常に重要です。日本は次世代の計算基盤を先駆的に開発し、デジタル自給率を向上させる必要があります。政府は世界最高の計算資源を学術界と産業界に提供することで、プラットフォーマーに対する自律性が確保できると考えます。

質疑応答

新たな時代の経済安全保障への挑戦

平井:
Politics meets Technologiesという時代環境についてお聞きします。企業経営者や関係者は、現在の国際情勢について肌身で感じています。物理的な戦争や通商政策の議論は以前とは異なり、国際関係の急変とともに時代環境が大きく変化し、企業経営者のマインドも変わらざる得ない状況です。日本の産業界はこのような時代の変化に構えができているでしょうか。

小柴:
半導体業界は他の業界に比べてセンシティブです。米国が中国の施策にアラートを出したのが2014年で、2016年には中国のサイバーセキュリティ法が実施されました。ここで中国の考え方は日本ではだいたい分かっていたのですが、2019年くらいから米国が反応し始め、今になってデリスキングに直面している状況です。企業としては技術インテリジェンスを磨き、経営判断を進化させる必要があり、日本の経済界はまだその過程にあるでしょう。

平井:
新たな時代の変化には、どの国も簡単に対応できないとはいえ、日本は相対的に他国より進んでいるとの意見もあります。経済力なしに経済安全保障は成り立たないため、リスクを取りつつも収益を上げる方法を模索する必要があります。経営者として難しい時代を乗り越えるには、何に腐心するべきでしょうか。

小柴:
日本は相対的に、経済安全保障推進法とセキュリティクリアランスの議論で世界に先んじています。このような推進法の整備は透明性の向上に寄与し、経営者にとって有益です。地政学的な長期循環の転換点は2028年から2030年頃と予想されます。経営者はリスクを取るばかりでなく、戦略オプションを増やして決断を後倒しにするべきです。政府との対話を増やして予見性を高めれば、企業経営者は判断が容易になるでしょう。

平井:
産業界と政府との対話については、経済産業省は協力姿勢を示していますが、産業界の方が役所に足を踏み入れにくいという実情もあります。両者の垣根を越えさせるには、何が必要ですか。

小柴:
私も以前は政府のシステムを理解できませんでしたが、有識者会議などに参加するようになって行政側の考えに対する理解が進みました。経済同友会が経済産業省と開催している定期的な朝会のような手法が有効だと思います。

テクノロジーの未来と課題

平井:
新たな時代環境に対する対応や行政との距離感について、海外企業の動向と比較した日本の企業経営者の課題点はどこにあるとお考えですか。

小柴:
米国には商務省がありますが、経済産業省のような組織は存在しないため、日本の方が行政と企業との距離感が近いと感じられます。半導体や量子コンピューティングなどの技術は、デジタル自給率やエネルギー自給率の向上などの目標を達成するための手段です。しかし、政府の政策や組織が分散しており、大きな社会変革への道筋が見えにくいという面もあります。最近の政策自体は素晴らしいので、経済産業省としては全体像を見せる広報に注力するとよいのではないでしょうか。

平井:
デジタル自給率の赤字という問題は、まだ広く認識されていません。また、GAFAMの影響力に対抗するのは簡単ではありません。クラウドやコンピューティングパワーを海外企業に依存していくと、エネルギーでもデジタルでも赤字が懸念されます。具体的な解決策の道筋が見えにくい状況下で、問題に対処するにはどこから手をつければよいでしょうか。

小柴:
デジタル変革の中核にはコンピューテーションと、それを支える通信網があります。日本は国土が狭く、先進国の中でも面積あたりのGDPが高いことから、デジタル技術を効果的に活用する機会があります。5Gの通信インフラ整備においても、世界と比較して日本のコストは非常に低いです。これを利用して、世界に類のないデータ社会を構築し、公共財として提供することが重要です。米国のプラットフォーマーにわたっているデジタル広告の市場の一部を取り戻し、政策の変更や新たなプラットフォーマーの育成により、強制的にでも国内に市場を作るという手法もあるのではないでしょうか。

平井:
将来的に量子コンピュータは、パーソナルな利用が一般的になるのか、クラウド上で共有リソースを利用するホストコンピュータの形態が主流になるのか、どちらが適切でしょうか。

小柴:
AIへのプライベート投資は、2012年の年間約600万ドルが、翌年には1億ドルを超え、量子コンピュータに関するプライベート投資は2019年の約600万ドルから2021年には2億ドルに増加しました。同様のアナロジーで考えると、量子コンピュータもAIと同様に社会に溶け込むでしょう。現在のAIクラウドによる学習などが、量子コンピュータに替わると推測されます。新たなクラウド形態で量子コンピュータが活用されることで、リアルタイムデータ処理によるユーザーエクスペリエンスの変化がもたらされ、世界がリアルタイムデータ駆動社会へと進化するでしょう。

平井:
将来的に膨大なリアルタイムデータ処理が量子コンピュータによって行われた場合、エネルギーの大量消費を想定しなければならないでしょうか。

小柴:
非ノイマン型である量子コンピュータは0と1を同時に処理できるため、膨大な計算を効率的に行います。一方、ニューロモーフィックデバイスのような人間の脳を模した新しいアーキテクチャであれば、消費電力を格段に削減できます。このような非ノイマン型のコンピュータ技術は注目に値します。

平井:
エネルギー消費が下がらないと、世界のGXへの道のりが厳しくなり、わが国のエネルギー安全保障も大きな課題を抱えることにつながります。このような技術開発は政府主導の産学連携となるでしょう。

小柴:
経済安全保障、計算基盤、コミュニケーションパワー、そしてカーボンニュートラルの要素を結ぶ鍵となるのは、バイオロジーではないでしょうか。バイデン政権と岸田政権の両方がAI、量子、バイオロジーの重要性を強調しています。バイオロジーが、さまざまな矛盾を解決するはずです。

先端技術開発の課題

平井:
ビッグテック企業がクラウド分野で支配的な地位を占めている中で、政府クラウドの導入と運用において、日本国内での本格的な関与と技術力の構築が求められています。実際に運用する中ではクリアランスの議論も出てきますが、その点をどうお考えですか。

小柴:
国を挙げたマーケットの構築が必要です。国内の市場を発展させるために、政府主導のクラウドサービスの提供やサイエンスコミュニティーにそのリソースを活用させることが求められます。特に、将来の高度な計算ニーズに対応するために、国内でのクラウドサービスの提供が重要であり、コストパフォーマンスの観点からも国内保有が望ましいでしょう。

平井:
今後の先端技術の開発について、わが国の取り組みの課題は何ですか。

小柴:
従来の政府主導プロジェクトは参加企業からトップ人材を動員しにくかったのですが、今回の半導体政策と今後の量子戦略は、トップ人材が主導する民間中心のプロジェクトに政府が委託した上、外交を通じて安定性を提供しているので評価できると考えられます。

平井:
産業界と政府の連携に加え、アカデミアとの連携を推進するには、どのような問題の解決が必要でしょうか。

小柴:
経済安全保障の観点から、アカデミアのプリコンペティティブな協力が必要です。その際に重要なのは、開発した技術の流出を防ぐことです。また、現在は個々のアカデミアに予算がついているため、もっと部門横断的な連携が望まれます。QIIは産学だけで立ち上げて、実績が出た後に官が加わりました。新しい産官学の連携の在り方を探っていきたいと思います。

平井:
現在の大学は留学生が増加している現実があり、経済安全保障の観点から、特に先端分野の研究においては保守的にならざるを得ません。企業の研究現場や経営層でも同様の状態と思いますが、国際性やグローバル性の維持と、国の経済安全保障の確保について、どうお考えですか。

小柴:
学校に関しては、国際的に知識と才能を集めるべきであり、適切な審査を通じて留学生を受け入れるべきだと考えています。一方、企業に関しては、CIやCUIなどの情報セキュリティについて慎重なアプローチが必要であり、その上で企業自身が選択するべきでしょう。日本企業は性善説から性悪説への転換が必要なのではないでしょうか。

平井:
効率性や往来の自由を重要視する時代に変化し、政治、ビジネス、行政においても手法の転換が求められます。業界関係者や経営者が最も変えなければならないところはどこでしょうか。

小柴:
AI、量子コンピュータ、バイオなどの非連続の技術変化が経営に与える影響は非常に大きなものです。これらがもたらすインパクトとリスクとオポチュニティについて、経営陣は議論する必要があります。

福岡:
Politics meets Technologiesということで、官も政府も企業もアップグレードするためには、どのような具体的なファーストアクションが必要でしょうか。

小柴:
経営者やボードメンバーが長期的な視野を持ち、社内にその考え方を浸透させることが重要です。

福岡:
経済産業省の若手官僚に向けてメッセージをお願いいたします。

小柴:
会社経営と同様に、大きな目標や未来像に対する理解と納得感が重要です。国の将来像をしっかり理解してほしいです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。