RIETI-21世紀政策研究所 共催BBLウェビナー【日本企業の持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革シリーズ】

日立の事業トランスフォーメーションと今後の価値創造

開催日 2023年10月12日
スピーカー 東原 敏昭(株式会社日立製作所 取締役会長 代表執行役)
コメンテータ 吉村 隆(21世紀政策研究所 事務局長)
コメンテータ 澤邉 紀生(京都大学経営管理大学院長・教授)
コメンテータ・モデレータ 佐藤 克宏(RIETIコンサルティングフェロー / 早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授 / 京都大学 経営管理大学院 非常勤講師)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

RIETIでは、2022年度に「事業ポートフォリオ変革シリーズ」として、日本企業の事業ポートフォリオ変革による経営改革の先進事例を取り上げた。2023年度の同シリーズ第1弾では、経団連21世紀政策研究所との共催により、株式会社日立製作所の変革を紹介する。日立製作所は、2009年の製造業史上最大の赤字を機に経営改革を推し進め、現在は IT×OT(オペレーショナル・テクノロジー)×プロダクトを組み合わせて社会課題を解決する「社会イノベーション事業」を世界中で展開、好業績を続けている。本セミナーでは、2014年に社長に就任され、2016年から6年間CEOを務めた東原敏昭会長を講師としてお招きし、日本企業が取り組むべき経営改革についてお話を伺った。

議事録

日立グループの沿革と社会の変化

会社の変革は、社長CEOのリーダーシップに尽きると思います。グローバルな市場で勝ち残れないと会社は淘汰されるという危機感から、私は社長CEOをやってきたつもりです。トップダウンとボトムアップの組み合わせがいかに重要かということを感じています。

2023年3月期の決算で、日立は連結売上収益10.8兆円、従業員が32万2,000名の企業になりました。60%のノンジャパニーズの従業員と40%の日本人の従業員が化学反応を起こし、新たな日立文化を作っています。私は、人財が固定化した多様性のなさが、日本の「失われた30年」の根本原因だと思っています。

日立は、社会インフラや産業インフラをデジタル技術で変革する、社会イノベーション事業を進めています。1つの例が、コペンハーゲンに導入された24時間ドライバーレスで動く無人運転の運行管理システムです。センサーで人の流れを感知して、電車を待つ乗客に合わせて自動的にダイヤを変える実証を行いました。

日立は、2009年3月期の決算で7,873億円という、当時製造業最大の赤字を出しました。それ以前にも、上場子会社に助けられて連結の営業利益は黒字であるものの、少数株主に利益が流れて、当期利益は赤字というようなパターンが続いていました。これは、日本の終身雇用に加えて、本音と建前、同調性、完璧主義といった日本人気質の影響が大きく、その中で人財が固定化し組織が硬直化して、「大企業病」や「官僚主義」になっていたからではないかと考えています。

日立の経営改革とLumadaの導入

日立は、2009年3月期の赤字を受け、最初の3年間で経営危機からの脱却を進め、社会イノベーション事業への転換に向けた成長のための基盤作りを2015年まで行いました。その後は社会イノベーション事業で成長し、さらにグローバルリーダーを目標に取り組んでいます。

私が2014年に社長になった当時の事業体制はカンパニー制でした。製造、販売、サービスが一体となった工場中心の縦割り構造の中で、事業部門ごとの副社長ないしは専務が社内カンパニーの社長としてすべての権力を握っていました。

それを日立の3つの強みである、オペレーショナル・テクノロジー(OT)、IT、プロダクトを生かそうと、2016年4月1日にビジネスユニット(BU)制に変えました。私が社長兼CEOとしてトップダウンで全部門の問題をマネージする体制にして、さらに全BUで共通化したプラットフォーム「Lumada」(ルマーダ)を導入しました。

Lumadaとは、日立の技術のショーウインドー、あるいはレゴブロックだと思ってください。過去の実績をショーウインドー化して、さまざまな地域でそれらの商品を組み合わせてお客様に提供しています。

例えば、熊本地震後のインフラの復旧支援として、日立が持っていたセンサーと地図の技術を組み合わせて水道管の水漏れを検知するサービスを提供しました。すると全国の市町村でも同じものが欲しいということで、今、横展開しています。提案、構築、そしてオペレーションをしながらメンテナンスに入るサイクルを回して、現在、このLumadaの売り上げは2兆円弱規模にまで成長してきたところです。

事業ポートフォリオの見直し

ポートフォリオの見直しは、親会社の考えだけで進めたわけではありません。子会社もグローバルで戦う必要があるので、日立の子会社にいるべきか、あるいはどこかと結び付くべきかを徹底的に議論しました。

その際に、貸借対照表にいかに適切なアセットがあるかを考えて、金融のアセットでオンバランスされてくるようなリスクはある程度抑えておくべきであるという考えが裏にありました。売上収益10兆円の企業で、売上ベースで3兆円以上の入れ替えをし、2006年に22社あった上場会社は、私がCEOになる2016年は9社になり、今ではゼロです。

ポートフォリオへの取り入れとしては、スイスのABBグループのパワーグリッド事業、デジタルエンジニアリング会社のグローバルロジック社に加え、今は鉄道信号分野のタレス社の買収も進めています。今日立の従業員は、グローバルロジック社のアジャイルな開発や失敗の早期フィードバックの文化を受けて変わってきており、人的資本というインタンジブルアセットはどんどん増えていることを実感しています。

社長兼CEOが会社の全権を握ると暴走につながりますので、2022年6月時点では、社外取締役が9名、日立のOBが1名、そして社長と会長の2名の計12名の取締役でガバナンスをしています。取締役会の議長だけでなく、監査委員会、報酬委員会、指名委員会の委員長も社外取締役が務めているところも日立の強みの1つではないかと思います。

こういった活動を進める上で、株式市場は非常に重要です。2020年5月29日の連結決算発表の際、コロナ禍の影響で2020年度の売上・利益の見通しがまったく分からなかったのですが、私はCEOとしてできるだけ詳しく各セグメントと地域の情報を開示しました。このように透明性を持った開示が市場のトラストを生み、株価の上昇につながったのだと思っています。

自律分散型グローバル経営を目指して

私が今目指したいのは、自律分散型グローバル経営です。地域ごとにお客様の近いところでビジネスを展開したいのですが、分散するほど逆に共通の経営資源を持たないといけません。

そこでLumadaを開発し、R&Dや調達の共通化も進め、企業理念や創業の精神を全世界共通にすることで、どこでも同じような意思決定ができる形を作りました。これはリスクの分散になりますし、他の地域にも拡張できますし、お客様への対応も迅速化できます。

実は、この原点は東京圏輸送管理システムから来ています。ある駅でコンピュータが故障しても、他の駅では動き続け、かつ段階的に一駅ずつ拡張できるという、今のグローバル経営に近いものでして、これが1つのヒントになっています。

日立の企業理念は、「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」ことです。最初は意見が違ってもハーモニーを大事にする「和」、お客様のクレームに対しても嘘をつかない「誠」、そして失敗しても何度でもやり直す「開拓者精神」を大事にしています。社会が求めていることを自分事として考え、日立の資源をフルに活用して社会に出し、お客様に喜んでもらうことで元気を出す。このスパイラルの成長が従業員の大きなドライビングフォースになると思っています。自分事で考える主体性、それから多様性を理解し、理解される共感力、そして人を巻き込む力を意識してほしいと思います。

グローバルに人と付き合うと強い「個」ができますが、私は、日立が外国でも戦えるそういう強い個と同時に、共感力を持った良いチームワークをこれから構築してグローバルな展開をしていきたいと思っています。

コメント

澤邉:
社内カンパニー制からBU制という小さな単位に変えたことで市場対応力が大きくなり、ドメインの深掘りが可能になったと同時に、プロダクト事業群で技術力が向上したということ、また、事業ポートフォリオの見直しを行うことで、利益率と成長のトレードオフに対応されてきたのだと思います。ここで、数字による管理とアニマルスピリッツをいかに同時に共存させてきたのか、お考えをお聞かせいただけますと幸いです。

東原:
2018年度までは、各BUが平均して営業利益率8%を出すことに注力しました。ところが、2016年にBU制にして各BUに2,000億円、3,000億円の売り上げを求めると、各BUのトップは自らを3,000億円の事業体としかとらえず、200〜300億円の(小規模な)M&Aをやりたいと言ってきたのです。これでは駄目なので、5グループの大くくりにしました。各グループのトップに副社長をアサインして、グループ全体としてのM&Aや成長を考えるようにしました。また、すべての分野がデジタルになるので、Lumadaを横軸として、自分たちは「OT×IT」あるいは「OT×IT×プロダクト」するのだと位置付けたのが重要だと思います。

さらにもう1つ付け加えると、マーケットインとプロダクトアウトの両方が重要で、それらの軸のどこでバランスを取るかがまさに経営そのものだと思います。

質疑応答

Q:
海外と競合していくこと、あるいは国内と海外のバランスに対するお考えをお聞かせください。

A:
国内市場がシュリンクするのは当たり前であり、これからの市場はグローバルだと認識すべきだと思います。そのためには民族的な歴史や法律の違いを理解してサービス・製品を開発していくことが非常に重要で、共通の製品を活用して、カスタマイズは各地域の文化、歴史、レギュレーションによって変えていくことが1つのグローバル化の方法だと思います。

Q:
目指す姿、ビジョン、企業文化等が異なる企業を買収する上での悩みや秘訣があれば教えてください。

A:
世界一を作るために、トップを含めて未来の姿をいかにクリアに描くかというのが大事で、あとは出会いの問題です。ABBとは2014年に日本市場向けの子会社を作るご縁がありましたが、同じルーツを持つ企業でよく似ているところがあり、相性が合うというので買収を決めたという経緯があります。

Q:
日本人としての行動、心の壁、言語の壁を乗り越えて、どのようにグローバル化や買収先との一体化を進めてこられたのでしょうか。

A:
英語は大事ですが、それよりも相手が何を考えているのかを理解すること、そして話す内容が重要です。大義を前面に出したほうがいろんな国の方々と会話がしやすいと思います。

Q:
数々の意思決定を重ねられてきた中での悩み、あるいはコツ・秘訣があればご開示ください。

A:
自分の意思決定によって従業員とその家族が左右されると思うと、やはり胃が痛くなります。最終決定は社長CEOですから、孤独ですよね。ただ、逆に追い詰められれば追い詰められるほど、利害を超えた判断ができるという境地になるのではないかと思います。

Q:
最後に、胸にとどめておくメッセージをいただけますでしょうか。

A:
私はいつも渋沢栄一さんの「視・観・察」を頭に入れて人を見極めています。「視」は目に見える行動。「観」はどのような動機の下にその行動を取っているか。「察」は何に喜び、満足しているのか。人を信じるのであれば、人をよく見なさいということをお伝えしたいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。