RIETI-METI共同企画「経済安全保障の新たな地平」シリーズ

経済安全保障概論 (1) -アカデミズムの観点から-

開催日 2023年9月19日
スピーカー 鈴木 一人(東京大学公共政策大学院教授 / 公益財団法人国際文化会館 地経学研究所長)
コメンテータ 平井 裕秀(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省顧問・前経済産業審議官)
モデレータ 福岡 功慶(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省通商政策局 政策企画委員)
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開催案内/講演概要

米中対立の構造化、ロシアのウクライナ侵略、WTO の機能不全、経済の武器化等、日本を取り巻く国際経済秩序は揺らいでいる。本シリーズ企画では、日本の対外経済政策のかじ取りを担ってきた前経済産業審議官の平井裕秀氏(現経済産業省顧問)が、経済安全保障について、大学等の有識者、ビジネスの現場で対応している企業幹部、当該分野に精通した政府関係者(OB含む)等と議論する。第1回は経済安全保障研究の第一人者である東京大学公共政策大学院教授の鈴木一人氏から、経済安全保障とは何か、日本の経済安全保障には何が必要なのかを解説いただき、さらに平井氏との対話を通じ、アカデミアと行政の双方の視点から経済安全保障について議論いただいた。

議事録

戦略的自律性と戦略的不可欠性

まず経済安全保障の定義ですが、経済的手段による他国からの圧力や圧迫に対して対抗し得る能力を構築することとしています。つまり国内社会ないしは国内経済の安定、維持、発展、そして外国からの圧力による社会秩序の混乱を避けることがポイントになります。

経済安全保障が目指すべき目標として設定されているのが、「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」です。戦略的自律性とは、特定の戦略物資における特定の国家への過剰依存を減らし、自国投資を行ったり、自国で入手できないものについては輸入先の多元化を進めていくことです。

そして戦略的不可欠性とは、世界で他にない不可欠な存在になること、唯一無二のものを作り続けることで、これは国際競争力や産業競争力の向上・維持につながると同時に、相手が経済的威圧をかけてきた場合にある種の抑止力が働くというメリットがあります。

ただし、不可欠性は有するだけでは効果がなく、相手に対してそれをアドバンテージとして機能させるには、その不可欠性を国家のパワーとして活用する仕組みを整備し、政府と民間あるいは経済的な合理性との関係でバランスを取っていく必要があります。

経済安全保障推進法

経済安全保障を確保する上で鍵となるのが、「依存による脆弱性」です。相互依存論には「敏感性」と「脆弱性」がありますが、外的圧力によってショックを受けるのが敏感性、そのショックに対する抵抗力が脆弱性を意味します。戦略的自律性を強化することで脆弱性を高め、他国への依存を軽減していくことが重要です。

地理的に規定される経済活動が国際政治を大きく左右する中、われわれの研究所は、地政学と経済学を合わせた「地経学」という観点で調査・研究を行っています。2022年5月に経済安全保障推進法が策定されましたが、日本が世界に先駆けて法律化し、大臣のポストを設立したことで、経済安全保障の概念が認知されるきっかけとなりました。

経済安全保障推進法は、サプライチェーンの強靱化、基幹インフラの安全性・信頼性の確保、非公開特許、そして科学技術基盤の強化という、4つの柱から構成されています。

サプライチェーンの強化は、国民の生存に不可欠な物資かつ広く国民生活、経済活動が依拠している物資に管理対象を狭く定めて、供給源の多元化、備蓄の増加、生産技術開発、代替物資開発の支援を行っていくものです。

基幹インフラの安全性・信頼性の確保は、設備の導入や維持管理等の委託の際に政府が事前にリスクを把握し、排除する制度で、信頼できるところから供給を受けて維持管理委託を進めることで、安全性・信頼性を確保していきます。

非公開特許、そして科学技術基盤の部分は、公開した特許が他国の軍事能力強化につながるのを避けるとともに、経済安全保障の不可欠性を強化するために軍民両用技術を推進していきます。

地経学時代の経済安全保障問題

これまでの地政学の世界は政冷経熱のように政治と経済は別物だと考えられ、過去30年の間、われわれは経済的合理性を最適化することがグローバル経済で生き延びる最も有効な手段なのだと考えてきました。

しかし、現代においては政治的目的のためには経済的合理性を犠牲にする動きもあり、他国への依存が国家間関係において脆弱性となり得ます。政治と経済の融合による対立や矛盾、また、国家目標の実現によって民間企業の利益が犠牲になることも起こり得るため、対話を重ねることが重要になってきます。

国家間関係を安定させるメカニズムとして、これまで日本はルールに基づく国際秩序を積極的に推進してきました。ところが、今は自由貿易に対して背を向けるような国が台頭しています。米国は保護主義的な政策を取り始め、中国やロシアは力によって国際秩序を変えようとしている。さらに西側諸国主導の国際秩序に反発するグローバルサウスの台頭により、国家間対立、経済の分断化が起こっています。

経済安全保障時代の自由貿易

こういう時代において重要なのが自由貿易との関係です。依存度ないしはリスクを減らしていかなければならない状況の中で、戦略的物資に限定した市場の分断化、場合によってはデカップリングが1つの鍵となります。しかし、それは大きな経済的打撃を伴うため、選択しにくい政策となります。ゆえに、ミニラテラルと呼ばれる、よりスモールスケールな自由貿易ないしは相互依存関係を維持できるような体制がこれから作られていくと思います。

経済安全保障という概念において、日本は世界でも一歩先に進んで取り組んでいる国でもあります。政府も地経学的リスクを踏まえた上で、政・官・財の協力を前提に日本がモデルを示していき、安定的かつ効果的な経済安全保障を実施していきたいと思います。

対談

平井:
経済安全保障に関する議論は、通商問題や貿易管理あるいはエネルギー政策でも聞かない日はないぐらいですが、ここ数年の中で、経済安全保障という言葉にまつわるアカデミズムの変化をどうお感じですか。

鈴木:
アカデミズムの中でもやはりディシプリンごとに多少の違いがあると思います。経済学というのは人々が経済的に合理的に行動することを前提としているので、経済安全保障の考え方が馴染みにくいところはあったと思いますが、最近はフレームワークとして導入されるケースが増えてきている印象です。

国際政治の分野においては、相互依存は平和をもたらすというリベラリズムの考え方がこれまでは強く、相互依存が高まるほど戦争のコストも高まるため戦争は起こらないだろうと考えられていましたが、ロシアのウクライナ侵攻のように、経済的な相互依存や経済的ファクターが政治的行為を規定する状況ではないという認識は高まっているように思います。

平井:
同じ経済安全保障についてのアカデミズム内の議論でも、米国や欧州の議論とは色の違いをお感じになりますか。

鈴木:
非常に多種多様であると思います。やはり各国で経済安全保障の考え方というのは違いがあって、例えば米国だと安全と感じられる状態を示す「セキュリティ」という言葉を使うのです。経済分野でもセキュリティが確立した状態、つまり、安心できる状態というのは、外的な威圧だけではなくて、自然災害や流通の停滞への対応も経済安全保障の中に入ってきます。

中国が日本や韓国に対して経済的な威圧をかけた場合、米国は助けに行かなければならないと考えていますし、それらの国々が中国にすり寄っていく可能性を彼らは懸念していたりするのです。米国の場合は食料もエネルギーも自給できるので、自分たちは威圧に対して抵抗力があるため、彼らの考える敏感性や脆弱性は少し日本と感覚が違うと思います。

他方、欧州においては、昔から安全保障上、米国に依存し切るのはよろしくないという観点から戦略的自律性がありましたが、最近はエネルギー依存の問題をはじめ、さまざまな脆弱性を抱えていることが明らかになってきました。それぞれの国の歴史的な背景や経済への関わり方、脆弱性の強弱によって変わってくるところはあると思います。

平井:
80年代、90年代に米国が考えていた経済安全保障とあまり変わっていないとお感じですか。

鈴木:
随分変わったと思います。当時は集中豪雨的輸出と言われましたけれども、日本の輸出に対して、米国は自国の産業や雇用を守ることを優先していました。雇用確保という意味では変わっていませんが、例えばIRAというインフレ抑制法は米国製ないしは米国と自由貿易協定を結んでいる国の蓄電池を使った電気自動車に優遇税制を与えるということで、メイド・イン・アメリカでさえあればよく、会社の国籍は問わないということですので、当時と今とでは随分ニュアンスが違います。

日米貿易摩擦の時、日本による政府主導の産業政策は自由貿易に反すると米国は言っていたわけですが、今の米国はまさに政府主導の産業政策をやっていますので、30年たってだいぶ風景が変わってきたと思います。

平井:
ありがとうございます。この「地経学」と「経済安全保障」は似て非なるものなのか、もしくは概念のオーバーラップがあるのか、もう少しそこを教えていただけますか。

鈴木:
地経学は、地理的に規定された経済的な活動全般が国際政治に与える影響を考察するものです。地政学に経済の要素を加味したのが地経学であるというのが大ざっぱなとらえ方なのですが、経済安全保障というのはその中の一部だと思います。

経済安全保障は他国の威圧に対する守りの姿勢で、対してエコノミック・ステートクラフトは他国に対して攻撃していくというタイプのものなので、この両方が地経学の範疇に入ってくると思っています。

平井:
欧州の戦略的自律性から発生した経済安全保障は概念的な膨らみが出てきているのでしょうか。それともこれらは同じものですか。

鈴木:
欧州の戦略的自律性の考え方は構造的な問題だと考えます。つまり戦略的自律性を獲得することで自分たちの行動範囲を広げようというのに対し、経済安全保障における戦略的自律性は他国依存によって自分たちが不利益を被らないように守ることなので、守りと攻めの違いは多少あります。

欧州の戦略的自律性は自分たちがやりたいことを実現するための手段であるのに対して、経済安全保障の戦略的自律性はリスク低減なので、少しニュアンスは違うかなと感じています。

平井:
どこの国も不可欠なものを持ち、強化したいと考えていますが、他国から見れば、それは自律性の否定になるので裏返しの議論になりますよね。この自律性と不可欠性はなかなか分断できない議論だと思うのですが。

鈴木:
おっしゃる通りです。不可欠性というのは常に走り続けていないと維持できないんですね。不可欠性がある場合、相手は自律性がないわけですから、不安定な状態なので自律性を高めるために不可欠なものを入手して埋め合わせようとしますので、継続的な投資が必要になります。

それが典型的に表れたのが米国の対中半導体規制です。半導体の分野において中国はまだ劣位にあって、設計は米国、製造装置は日本とオランダ、材料は日本、製造は台湾というように、西側諸国が中国に対して輸出管理を強化することでギャップを固定化します。このギャップを固定化しながら同時に研究開発や投資を進めていくことで、相手が止まっているうちに自分たちが先に進む。このギャップが広がれば広がるほど、不可欠性が高まります。

平井:
先に行くために民間企業のイノベーションや活力を引き出したいという思いと、どうしても経済活動に一定の手かせ、足かせをしなければならないという相矛盾した悩みが政府関係者の中にはあると思うのですが、それに対する解あるいは議論はあるのでしょうか。

鈴木:
これはどの国も今悩んでいるところで、米国は民間のことよりも安全保障上必要な措置を強制的に進めていますし、逆に、欧州の場合は中国との関係を何とか維持したいという側面もあるので、最適解は今どこにもないのではないでしょうか。

だからこそ日本のスタイルがモデルになる可能性があって、日本は産業界と政府の対話が進んでいますし、官民協力の場面が他国よりも多い。日本の官民コミュニケーションはそれなりに文化があるので、それをこの経済安全保障の議論にもうまく使っていければと思います。

平井:
国際的に活動をしておられる民間企業のインタレストと日本国という領土を中心に考えている政府の立場の違いがある中で、これから民間企業の方々はどのような心構え、あるいは活動をしていけばよいのでしょうか。

鈴木:
これまでは政府が良いと言ったものは輸出し、駄目と言ったものは手控えるというように、コンプライアンスとして安全保障問題を考えてきたと思います。でも、これからの時代は企業が経営判断やリスク判断をしていく必要があるので、そのために経済インテリジェンスを高めて準備をしておく。

かつてはジャスト・イン・タイムが正しい経営とされていましたが、これからはジャスト・イン・ケースの経営にシフトしていく時代でもあり、企業自体が自らの判断で状況に対処していくことが求められていると思います。

平井:
会社としてはグローバルな内在リスクをつかみ、シナリオを書き、それに対する活動を取れるように頭の体操をしておくことになると思うのですが、そうすると社会としてインテリジェンスやナレッジをシェアできるシステムの構築が1つの大きな課題になってくるということでしょうか。

鈴木:
はい。まさにそう思って地経学研究所というものを作らせていただきました。シンクタンクとして提供するサービスや情報がまさにインテリジェンスとして企業の判断基準ないしは判断の材料になるレベルになっているべきで、これまで情報はタダだと思っていた時代から、お金を払って情報を手に入れる時代になってくると思います。こういったものがシンクタンクの価値を高めていくことにもなります。自ら問題を解決していくための助けを情報機関に依拠するなど、いろいろな組み合わせの中で考えていかなければいけないと思います。

質疑応答

Q:

同盟国・同志国によって作られる信頼できるサプライチェーンとありましたが、その国を信頼する担保材料は一体何なのでしょうか。

A:

コロコロ制度が変わることなく、規則や企業活動が透明性を持ってなされることが重要で、国の信頼とともに、企業そのものの信頼も含めて考える必要があります。

Q:

国際ルールと歩調を合わせる上で、日本は米国に追随するのではなく、ルールベースドを引き続き強く擁護する国と組んで国際的議論をリードしていくべきではないでしょうか。

A:

おっしゃる通りだと思います。ただ、ルールベースドな国際秩序を作るためには、国際秩序を担うステークホルダー全員がそのルールに基づいて行動することが前提になります。それがミニラテラルなルールだと、そこに参加していない国々はルール外のことをやってしまいます。

グローバルな国際秩序の形成には米国や中国といった主要国を巻き込んだルール作りが必要で、そこが難しい部分でもあるのですが、そうしたステークホルダーを全て巻き込みながら、最低限のルールを守るコミットメントを確保していくべきだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。