令和5年版通商白書

開催日 2023年7月13日
スピーカー 相田 政志(経済産業省通商政策局 企画調査室長)
コメンテータ 浦田 秀次郎(RIETI理事長 / 早稲田大学名誉教授)
モデレータ 張 紅詠(RIETI上席研究員・政策アドバイザー)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

通商白書は戦後間もない昭和24年(1949年)の通商産業省の創設とともに発行され、その後70年以上にわたり激動する世界と日本との映し鏡となってきた。本セミナーでは、6月27日に閣議配布された令和5年版通商白書を執筆・編集した経済産業省通商政策局企画調査室の相田政志室長に、ウクライナ危機等に揺れる世界経済の動きや、経済安全保障が求められる中でのサプライチェーン再構築、過去最大の貿易赤字の中での企業のグローバル化を通じた稼ぐ力の重要性など、日本の取るべき方向性について解説いただいた。

議事録

通商白書の目的

通商白書は、中小企業白書、小規模白書、ものづくり白書、エネルギー白書とは異なる非法定白書で、毎年閣議報告を行い、今年令和5年で75回目の発行となります。国際経済動向や通商に影響する諸外国の政策の分析を通じて通商政策の形成に貢献するとともに、国民に対して通商政策を基礎づける考え方や方向性を示すことを目的として作成しています。

本白書では、鉱物性燃料の輸入依存の低減、輸出品の単価の見直し、企業の海外展開支援による国内経済への貢献について言及し、「自由で公正な貿易秩序と経済安全保障を両立」することと「我が国の稼ぐ力の強化」の重要性を述べています。

ルールベースの自由な国際貿易秩序の再構築

20世紀以降の世界は、保護主義の定期的な台頭の中で自由主義がそれらを乗り越え、経済を成長に導いてきました。しかし、中国が米国を抜き世界一の貿易大国となる中で米中の貿易摩擦が激化し、権威主義国による経済的威圧の増加、そしてロシアのウクライナ侵略による国際秩序の動揺によって、経済面においても世界は今分断の危機に直面しています。

アジア経済研究所が行った、デカップリングが世界経済に与える影響を試算した結果をご覧ください。G7諸国に、韓国、台湾、オーストラリアを加えた西側陣営と、ロシアや中国をはじめとする東側陣営との間で、2018年から2019年の米中貿易摩擦並みの関税率の引き上げが2025年以降生じたケースをシナリオ1、また両陣営の貿易に100%関税という最悪のケースを想定したケースをシナリオ2として、デカップリングが行われなかった場合のGDPの水準からの乖離を試算したものです。

シナリオ1の場合にはマイナス2.3%、シナリオ2の場合にはマイナス7.9%世界経済を下押しするという試算になっています。コロナショックによる2020年の世界経済の下押しが大体6%を少し超える程度でしたので、大きな損失が出ることを示しています。

一方、西側陣営と東側陣営のどちらにも属さないグローバルサウスの国々は東西陣営との貿易が増えます。対立が深まるほどその効果は大きくなり、中立な立場を取ることによって自国の利益を確保するという構図です。

従って、このようにグローバルサウスが中立的な立場を維持する誘因がある以上、世界経済の完全なデカップリングは非現実的ですので、ルールベースの自由な国際貿易秩序を再構築していくことが建設的な解決策なのではないかということを本白書では述べています。

世界経済の分断の危機

信頼できるサプライチェーン構築とグローバルサウスとの関係強化

2023年の3月に、約600社の海外展開している日本企業を対象に、サプライチェーンリスクに対する認識についてのアンケート調査をし、直近10年間と今後5年間でサプライチェーン上のリスクが高まった国・地域について上位3つまでを尋ねた結果を得点化し、偏差値で示しました。

やはり中国が突出して高く、わが国企業が中国に対してリスクを感じている実態が鮮明に出ています。そのリスク要因を複数回答で尋ねた結果からは、地政学的リスクや経済安全保障上のリスクと答える企業の割合が直近10年間と比べて今後5年間で増加していることが分かります。

こうした中国に対するリスク認識の高まりを背景に、直近10年から今後5年の変化の中で、直接投資先として重視する国・地域にASEANやインドが上昇してきており、こうした地域の重要度が上がってきています。

また、サプライチェーン強靱化に向けて重視する課題として、戦略的な在庫の積み増しや調達・生産・販売拠点の分散化に加えて、日本における調達・生産・販売の強化も強く課題として認識されていることから、国内回帰の機運も高まっている様子がうかがえます。

貿易開放度と全要素生産性を示した指標では、貿易開放度が高まるほど生産性が高まるという右肩上がりの関係を表しています。とりわけルールベースの自由な国際貿易秩序を重んじるOECD諸国で、貿易開放が生産性に与える上昇効果がより顕著な形で現れているのが見て取れます。

また、世界銀行によるガバナンス評価が高い国ほど、貿易相手国の不確実性の高まりによる貿易損失効果が小さいことも分かります。グローバルサウスの国々にとっても、基本的価値を尊重する国々との信頼できるサプライチェーンの構築は不確実性による損失を低減させる効果を持っていると言えます。

わが国としては、「ルールベースの国際貿易秩序の再構築」「信頼できるサプライチェーンの構築」「グローバルサウスとの関係強化」の3つの取り組みを同時に進めることで、自由で公正な貿易秩序と経済安全保障の両立を図っていくことが重要です。

我が国の稼ぐ力の強化 〜 安定的な経常収支黒字に向けて

ここまで今回の白書の1つ目のポイントである「自由で公正な貿易秩序と経済安全保障の両立」について説明してきましたが、続いて二つ目のポイントである「我が国の稼ぐ力の強化」について説明します。

日本は、2000年代前半までは貿易収支で稼ぐ構造となっていましたが、2000年代後半以降は海外からの投資収益で稼ぐ構造へと変化しています。今後は、引き続き海外からの投資収益を維持しつつ、貿易収支とサービス収支の改善を進めることが必要です。

2022年の貿易収支は円安の進行による輸入コストの上昇や資源高を背景に、過去最大の貿易赤字を記録しました。それを数量要因、為替要因、契約通貨建ての価格変動要因に分解すると、円建ての輸入価格の上昇は赤字に大きく寄与している一方で、円建ての輸出価格にも黒字方向に大きく寄与しており、差し引きで見れば、さほど大きくない影響だったとも言えます。

一方、契約通貨建ての輸入価格の上昇は大きく赤字方向に寄与している中で、輸出価格の上昇は限定的であるため、差し引きで見ても貿易赤字への影響が大きくなっています。この影響を品目別で見てみると、鉱物性燃料の輸入価格の上昇が大きいことから、貿易構造の強靭化を図る上でも、鉱物性燃料への依存低減を図っていくことが重要な課題となります。

次に、約4,000の輸出品目について、円安が進んだ2021年から2022年にかけてのドル単価の変化と輸出収益を状況別に累計化して集計しました。円建て輸出金額が増えてドル単価が下落したグループは全体の約4割で、精密機械、一般機械、輸送用機器といった機械系の品目、また食料品や繊維でこうした割合が高くなっています。

円建て輸出金額が増えてドル単価が上昇したグループは全体の約3割で、石油・石炭製品、鉄鋼・非鉄金属・金属製品、化学製品といった素材系の品目で割合が高くなっています。先ほどのグループと合わせると、2022年に収益増となった品目は全体の約7割を占めています。

一方、円建ての輸出金額が減ってドル単価が下落したグループは全体の2割程度で、窯業・土石、紙・パルプ、電気機械などで割合が高くなっています。最後に、円建て輸出金額が減ってドル単価が上昇したグループは全体の約1割ということで、先の収益減となったグループと合わせると、全体の約3割を占めます。

これらの4つのグループをグループ別に、円建て輸出金額の増減の平均値をドル単価要因、数量要因、為替要因に分解すると、円建て輸出金額が減少してドル単価が下落したグループの単価下落幅は他と比較して非常に大きいことが分かります。従って、ここまで単価を下げなければ収益が改善した可能性もあったということです。

また、円建て輸出金額が減少してドル単価が上昇したグループは、単価を上げたことで数量が下がっており、強気の単価設定をしなければ収益が改善したのではないかとも考えられます。本白書では、こうした単価設定の見直しによって収益が改善した可能性を指摘しています。

企業の海外展開の重要性

続いて、企業の海外展開がもたらす国内経済への裨益について説明いたします。海外直接投資(以下、海外直投)を開始した製造業企業の5年後の売り上げ、従業員数、有形固定資産の変化率と、海外直投を行っていない企業のそれを比較しました。政策効果分析の手法を用いて規模や業種といった属性をそろえた上で検証を行っておりますが、海外直投を開始した企業では、いずれにおいても大きく伸びているのが見て取れます。

海外直投を行っている日本企業、行っていない日本企業、日本に進出している外資系企業の利益率、生産性、1人あたり雇用者報酬の分布見ると、海外直投を行っている企業は外資系企業と比べて遜色ない利益率を上げていますが、生産性では外資系企業よりも高い企業が多い傾向にあります。

一方で、1人あたり雇用者報酬の分布では、外資系企業の方が海外直投を行っている日本企業よりも多く支払っている企業が多いことが分かります。なお、海外直投を行っている日本企業は、行っていない企業に比べて、利益率、生産性、1人あたり雇用者報酬のいずれにおいても高い傾向にあります。

さらに、海外直投を行う日本企業の国内事業所が立地する半径5キロ以内の地域の輸出に及ぼす影響を2012年から2019年の変化で分析したところ、海外生産比率の高まりは周辺事業所の輸出を増加させる効果があり、この間に外需環境の改善で輸出が増加した効果と同等の効果があることが分かりました。

海外生産比率の高まりは海外拠点による国内からの調達の増加という形で周辺地域の事業所の輸出を増加させるため、海外生産比率と日本の地域の周辺事業所の輸出は代替関係ではなく、補完関係にあると言えます。このように日本企業の海外展開は、収益、雇用、投資、生産性、賃金のみならず、周辺地域の輸出を促進させるという観点からも国内経済に貢献していることから、企業の海外展開支援は国内経済にも裨益すると言えます。

内なる国際化の推進

輸出による中小企業の成長促進についてですが、輸出を開始した中小企業はそうでない中小企業と比べて、売り上げ、生産性共に大きく伸びていることから、国内需要の制約に直面する中小企業にとっても輸出による外需獲得は成長実現の好機となります。政府としても、「新規輸出1万者支援プログラム」等を通じて万全の支援を実施しています。

スタートアップ投資の重要性について示しました。ベンチャーキャピタルの投資が活発なほどイノベーションの実現を通じて経済成長に貢献をしていること、そして米国が他国を大きく引き離している状況が見て取れます。

日本は投資金額や規模では他国と遜色ないものの、対GDP比では「スタートアップ投資」は0.006%(約3兆円)とまだ低い水準です。他国に後れを取らないためにも「スタートアップ育成5カ年計画」を実行して、2027年度までに10兆円規模のスタートアップ投資を目指していきます。

海外展開には、海外投資・進出を起点とした製品・サービスの貿易促進の好循環の創出、イノベーション創出、生産性・競争力向上、さらには有志国やグローバルサウスなどの国際関係強化への貢献といった効果も期待できるため、これらの視点に立った取り組みの推進が必要です。

また、海外展開の推進と併せて、日本国内の国際化も重要だと認識しています。外国企業は研究開発拠点として日本を高く評価しています。インフラ、市場規模、社会の安定性、消費者の所得水準が日本の強みである一方、英語でのコミュニケーション、事業活動コスト、税率等が課題となっています。これらの課題へ対応しつつ、生産性・イノベーション向上、所得・投資の好循環を生み出すためにも、内なる国際化を進めていくことが重要です。

コメント

浦田:
重要課題の抽出および問題点を明らかにし、その分析を基にした有益な情報をご紹介いただきました。自由で公正な貿易秩序と経済安全保障の両立、そして我が国の稼ぐ力の強化という課題は、政策提言としても、また学術的な意味からも高く評価できるものです。

今日は時間的制約からご説明がなかったのだと思いますが、例えばWTO改革に日本政府がどのような役割を果たせばいいかの提言をお聞きしたいと思います。また、輸出単価の見直しについては、例えばアンケート調査を活用するなどして、このような企業はこうして輸出単価を見直して収益が上がったなどの事例をまとめた分析結果があると良いと思いました。それから環境とデジタル経済に関する分析が、この通商白書の中であまり行われていなかったようにも感じました。

ちなみに、企業の国際化の重要性においては、私と白映旻(ペク・ヨンミン)教授(福山大学)が、グローバル・バリュー・チェーン(GVC)参加による日本企業の生産性向上に関する分析を行っていまして、時間の経過とともに生産性上昇率が上がることを確認しています。一方で、生産性が高いにも関わらずGVCに参加していない企業も多いという結果でした。

最後に質問をさせていただきたいのですが、国家安全保障の面でリスクがある中国、そして米国第一主義を優先している米国は共に市場として大変魅力がある国々ですが、これらの国々に対して政府および企業はどのように対応すべきとお考えでしょうか。

相田:
白書の中では、WTOの上級委員会の機能不全という問題提起と、それを補完する形でのEUの政策動向なども紹介していまして、日本としてもルールベースの国際協調で取り組んでいく重要性を指摘しています。ただ、WTO改革についての具体的な記載はできておらず、引き続き課題だと思っています。

輸出単価見直しに関するご指摘についても、今回は貿易統計を使った分析だけにとどまっていたので、アンケート調査の実施も念頭に置きつつ、具体的な提言につながるような示唆を得ていきたいと考えています。

環境に関しては、通商白書の第1部の第2章の中で気候変動対策については触れていまして、各国の動向やわが国の政策動向に関する分析を行っています。デジタルについては、ChatGPTの登場などの急速な環境変化があり、課題・問題を分析するにはもう少し情報の整理が必要でしたので、来年以降の課題にしたいと思っています。

ご質問の中国や米国とのつきあい方についてですが、自由貿易が世界経済の成長をけん引するというスタンスを、今年の白書のメッセージでも堅持しています。自由貿易に伴うリスクを低減させていく上で、強制的技術移転、貿易歪曲的な措置、経済的威圧等へ対応するため、ルールベースの国際貿易秩序の再構築を訴えています。

特に中国はわが国にとって最大の貿易相手国ですので、経済関係の脱中国化を図るというのは非現実的です。内包するリスクを十分に管理し、企業の皆様の問題意識も踏まえつつ、政府としてもしっかり道筋を示すことで、国・地域同士の具体的な連携を進めていくことが必要だと思っています。

質疑応答

Q:

中国に対する地政学的リスクと経済安全保障上のリスクにはどのような定義の違いがあるのでしょうか。

A:

通商白書の「第II-1-1-24図 サプライチェーン上のリスク」に記載の通り、国家間等での緊張の高まり、不安定な政治体制、紛争・テロ等を地政学的リスクの具体例として挙げています。これに対して経済安全保障上のリスクは、貿易摩擦、経済的威圧、強制的技術移転、貿易制限・関税、投資規制を例示しています。

Q:

企業が取り組んでいる具体的な経済安全保障上の対策、それを実施するベネフィットとコスト、また、損失が出た際の政府の支援策があればご紹介いただけますでしょうか。

A:

通商白書の第II部第1章の中で、経済安全保障に関する取り組みの実施有無に関するアンケート調査を行ったところ、取り組んでいる企業は全体の1割程度で、約半分の企業が未定と答えています。検討しているものの、まだ着手できていない企業も2割ほどで、そういった実態を踏まえて具体的な支援を今後検討していく次第です。(第II-1-2-3図)

Q:

今後、日本でも脱炭素が進むことで石油や天然ガスの輸入が急減し、やがて日本は貿易黒字国になるとも言われていますが、いかがお考えですか。

A:

具体的な減少の試算まではできていませんが、通商白書188ページの「第II-2-2-3図 日本の一次エネルギー供給構成」にある通り、化石燃料への依存度は9割を超えている状況ですので、やはりまだ時間はかかると思います。そうした中で、安全性を大前提とした原子力の活用、再生エネルギー、そして省エネを推進しながら、化石燃料使用量の低減を図っていくことが重要であると認識しています。

Q:

日本が完全なグローバル経済から友好国とのサプライチェーンに移行した場合、どのような影響が生じるのでしょうか。

A:

今回の白書では、そうしたシミュレーションまでは行っていないのですが、アジア経済研究所の熊谷聡氏らが行ったデカップリングの影響分析で、国・地域ごとに与える影響を試算されています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。