エネルギー白書から読み解く、日本のエネルギー政策-ロシアによるウクライナ侵略からGXまで-

開催日 2023年6月21日
スピーカー 廣田 大輔(資源エネルギー庁長官官房総務課 需給政策室長兼調査広報室長)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

世界各国で地球温暖化の危機が叫ばれる中、化石エネルギー中心の産業・経済構造からクリーンエネルギー中心の産業・経済構造への大転換=「グリーン・トランスフォーメーション(GX)」が求められている。エネルギー自給率が1割程度しかない日本は、いかにしてGXを実現するのか。本セミナーでは、経済産業省資源エネルギー庁長官官房総務課需給政策室・調査広報室の廣田大輔室長に、「エネルギー白書2023」について解説いただいた。

議事録

エネルギー政策の要諦「S+3E」

エネルギー白書は「エネルギー政策基本法」に基づく法定白書で、今回が20回目の発行となります。

日本のエネルギー政策の根幹となるのが「S+3E」という考え方で、「安全性(Safety)」を大前提としながら、「安定供給(Energy Security)」「経済効率性(Economic Efficiency)」「環境適合(Environment)」の3つの「E」をバランスよく達成していくことが重要です。特に電気は発電量と使用量が、毎秒毎秒、常に寸分の狂いもなく合っている必要があり、同時同量でこの「S+3E」を実現し続けなければなりません。燃料も調達が滞れば人々の暮らしに影響を与えるので、常に調達し続けなければなりません。

そうした中で、白書ではまず「安全性」に関して、エネルギー政策を進める上での原点である原子力災害からの福島復興を最初に扱っています。ALPS処理水や格納容器に残るデブリへの対応も必要です。

次に3つのEの最初の「安定供給」です。日本は、東日本大震災前は2割ぐらいのエネルギー自給率を維持してきましたが、震災以降原子力発電が停止した影響で、現在は13%となっています。再生可能エネルギー(再エネ)はこの10年で倍ぐらいになりましたが、全体では原子力のシェア低下により化石燃料依存が増えています。

一方で、化石燃料への投資は世界的には大きく下がっています。今回のロシアによるウクライナ侵略によって、それまでロシアにエネルギーを依存していた欧州諸国は深刻な事態に陥りました。欧州諸国はロシアからの輸入に代えて米国から液化天然ガス(LNG)を輸入したのですが、これによりアジア向けの米国産LNGが減少し、パキスタンやバングラデシュ では計画停電を実施して電力不足をしのぐ事態になりました。ロシアへの制裁の影響として、戦争の行方にかかわらず、欧州がLNGを買い求める動きはしばらく続くでしょうから、世界 各国のLNGの争奪戦は長期化すると考えています。今後はガスセキュリティーが重要なキーワードになってくると思います。

2つ目のEの「経済効率性」、コストについてですが、ドイツでは天然ガスの輸入価格が一時期10倍近くまで上がりました。日本はLNGの多くを長期契約で安定的に調達しているため、現状で1.8倍くらいです。それでも国内の電気・ガス・ガソリン料金の上昇を受けて、激変緩和措置を実施しています。ガソリンに関しては、補助金がなければ1リットル200円超のところを170円程度に抑制し、2023年2月からは電気・ガス料金の値引きも行っています。

3つ目のEの「環境適合」、脱炭素ですが、そもそも世界のCO2排出量は、中国、米国、EUだけで半分を占めますので、世界中で足並みをそろえて減らしていく必要があります。しかし、基本的にはまず先進国がやるべしというところから条約交渉も動いていて、CO2排出削減目標も国ごとに異なります。日本は2030年度に46%削減(2013年度比)を掲げ、2050年にはカーボンニュートラルにすることを目指しています。2020年度の排出量は1.5億トンと2013年度の14億トンから下がってはいますが、2030年度に向けて、ここからさらに4〜5億トン減らしていくイメージです。

安くて、安定していて、CO2も出さない完璧なエネルギー源というのはなく、火力も再エネも原子力も、あらゆる電源・燃料に一長一短があります。エネルギーミックスで「S+3E」をバランスよく同時に達成していくことが重要です。

GXはあらゆる人々が関係する

こうした国際情勢を踏まえて、2022年8月に首相官邸で岸田総理を議長とするGX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議が開催され、まずは目先の安定供給の再構築をどうするか、さらには10年かけて中長期的にどうやって脱炭素社会を目指すかという2つの時間軸のアジェンダが議論されました。

まず、エネルギー自給率をいかに上げるか、そして、CO2削減をコストではなく投資ファクター、今後の成長ファクターとしてとらえ、どのように産業競争力強化に結び付けていくかです。GXとは、化石エネルギー中心からクリーンエネルギー中心の産業・経済へと転換することですが、これは産業政策であり、環境政策であり、エネルギー政策なのです。あらゆる分野の方々が関係する、非常に広がりを持つ政策であると言えます。

米国ではインフレ削減法(IRA)をはじめ、10年間で50兆円規模の政府支援を行うことを発表しています。EUも官民で10年間140兆円の投資を実現していく施策を打ち出しており、各国で脱炭素への取り組みをコストではなく、投資としてとらえる動きが出てきています。

日本でも、エネルギー安定供給に関する施策と成長志向型のカーボンプライシング構想からなる「GX実現に向けた基本方針」が2023年2月に閣議決定されました。もともと日本では、2030年の電源構成として、再エネ36〜38%、原子力20〜22%、火力41%を目指しており、脱炭素電源への転換が鍵となります。まずもって、省エネが重要です。効率的にエネルギーを使う社会になればコストが下がりますので、企業でいえば利益、ご家庭でいえば家計の足しにもなります。徹底した省エネを進めつつ、原子力の活用や水素の社会実装を進めることにより、電気・燃料の両面から化石エネルギーを減らしていくというのが目標実現に向けた道筋のイメージです。

省エネの支援策パッケージとして、2022年秋の補正予算では、事業者向けの省エネ補助金の抜本強化を行いました。3年間で1,625億円という規模で、省エネの設備投資の補助や省エネ診断士による診断サービスを中小企業中心に促進していきます。また、家庭向けにも給湯器の効率化に300億円、断熱窓への改修に1,000億円の支援策を講じています。これらの施策を含め、3年間で5,000億円ほどの省エネパッケージで、社会全体の省エネ性能を上げていく計画です。

再エネに関しては、安定的に導入するために海底直流送電などの議論も進めており、例えば、再エネポテンシャルの大きい北海道と、需要の多い本州とをつなぐ計画など、系統整備のマスタープランを2023年3月末にまとめました。次の10年は過去10年の投資の8倍のペースで投資を進めていく予定です。また、「ペロブスカイト」という新しい技術の太陽電池の研究開発も進めています。曲げ伸ばしが可能で軽く、日本でも豊富なヨウ素が主原料です。洋上風力については、風況調査や地元漁業における操業調整等の負担が課題となっていました。そこで政府が主導的に調査や調整を行う「日本版セントラル方式」というプロジェクトも進めています。

原子力に関しては、現状、日本にあった60基のうち24基の廃炉がすでに決まっていますが、地元の方々の了解を経た10基が再稼働しており、震災後の新しい安全規制をクリアした7基が稼働に向けて準備を進めています。今後は安全規制を強化しつつ、他律的な要因による運転停止期間のカウント除外、次世代革新炉の開発・建設にも取り組んでいきます。

燃料では水素とアンモニアが注目されています。アンモニアは石炭火力発電の燃料に混ぜる、石油化学製品の原料としてナフサの代わりにする、といった使い方もあります。水素は、水素自体を発電燃料にする用途に加えて、水素還元製鉄といった工業用途もあります。水素やアンモニアを供給するためのインフラ整備も政策的に支援を検討しています。カーボンリサイクル燃料では、SAF(持続可能な航空燃料)のようなジェット燃料やバイオ系の合成燃料の研究開発が進められており、リサイクルの考え方も入れた燃料の使い方や、CCS / CCUSといった炭素回収・貯蔵の研究開発も行われているところです。

今後10年間で150兆円超の官民GX投資を

GXを進めるためには巨額の投資が必要となります。このため、「GX実現に向けた基本方針」では、「成長志向型カーボンプライシング構想」という10年間で150兆円超の官民GX投資を実現していく計画を打ち出しました。これは、企業行動や消費行動を変えるための規制と支援が一体となった投資促進策となっています。

まずは「GX経済移行債」という新しい国債を発行して、10年間で20兆円規模の政府による先行投資支援を行います。非化石エネルギーの推進に6〜8兆円、需給一体の産業構造転換、抜本的な省エネの推進に9〜12兆円、そして炭素固定技術のような新しい技術に2〜4兆円の投資を目標としています。

さらに、民間のGX投資を呼び込むべく、成長志向型カーボンプライシングの設計に関する「GX推進法」、再エネや原子力の活用に関する「脱炭素電源法」の2本の法律を制定いただきました。これによりカーボンプライシング制度の導入を確かなものとしつつ、2026年度からは排出量取引制度を本格的に稼働させ、2033年度頃からは発電事業者が排出枠を有償で買い上げる有償オークションを段階的に導入していきます。また2028年度頃からは炭素に対する賦課金制度の段階的な導入が決まっており、先に前倒しでGX投資に動いた人が得をするような制度設計にしています。

ロシアによるウクライナ侵略の影響等により、エネルギー市場としては激動の1年でしたが、引き続き「S+3E」を根幹として、エネルギー政策を進めてまいります。

質疑応答

Q:

日本のエネルギー政策において、水力発電や地熱発電はどのように考えられているのでしょうか。

A:

2030年度の目標を達成するには、現状よりもさらに水力を活用していく必要があるので、使用可能なダムを緊急時に融通するなど、小水力、中水力も含めた利用を検討しています。

地熱に関しては、日本は世界第3位のポテンシャルがあると言われていますが、安定した地熱源を確保するためには、地中深くまで掘削しなければならず、適地も限られていることから、各種の国の支援策はあるものの、開発が十分に進んでいない状況です。

Q:

欧州の炭素国境調整メカニズム(CBAM)をどのように評価されていますか。成長志向型カーボンプライシングは、省エネ法のトップランナー方式と同様の制度になるのでしょうか。

A:

CBAMというのは脱炭素基準の適合具合によって関税のようなものをEUの国境でかけていくというような制度ですが、これはエネルギー政策というよりも域内製品の産業競争力確保の側面が大きいと思います。今まで欧州に輸出できていた素材や製品が割高になってくるので、CBAMのエリアやマーケットの見定めが必要です。

トップランナー方式で省エネ効率を上げ、カーボンプライシングの負担感を減らすという意味でも、省エネ法と抱き合わせた規制と制度の一体型で投資促進策を進めることが重要です。政府の支援による「種火」に対して、民間投資も併せてGX投資を進めていきたいと思います。

Q:

日本の電気料金は他国に比べて高いのでしょうか。日本企業が今から勝ち得る再エネのビジネス分野があれば教えてください。

A:

米国は電気代が低いですが、ドイツ、イタリア、英国は絶対値でも日本の電気代と大差ない水準だったと記憶しています。産業向けと家庭向けで差をつけていたのがドイツですが、日本はそれより若干安かったと思います。

日本が勝ち得そうな再エネ分野ですが、太陽光のペロブスカイトや浮体式洋上風力など、次世代の技術は可能性があると思います。脱炭素化の世界のトレンドの中で、日本は化石燃料に依存し過ぎていますので、より自給率を上げていくためにも排出削減と経済成長を両立させる取り組みが必要です。

Q:

国際協調でエネルギー政策に取り組むに当たり、真面目な国が損をしないような仕組みやリーダーシップを日本が取ることはできるのでしょうか。

A:

京都議定書のようなハードローの世界から、パリ協定のようなプレッジ&レビューという枠組みの世界に変わってきています。日本はボトムアップ型の枠組みを主張し、これまで実績を積んできたので、日本の昔からの考え方が今本流になりつつあるわけです。そういった中で、分野別にマーケットのニーズを冷静にとらえるというビジネス感覚と、自主的に脱炭素に取り組む姿勢が重要だと思います。

Q:

経済安全保障とエネルギー安全保障はどうリンクしているのでしょうか。

A:

エネルギーは日々の生活・活動に不可欠です。2022年に制定された経済安全保障推進法でも重要物資として天然ガスや重要鉱物数十種類が指定されています。従って、経済安全保障の中にも当然、重要なエネルギーや資源が位置付けられています。一方で、半導体や蓄電池など、エネルギー以外の観点で、デジタル化やグリーン化に不可欠な製品もありますので、双方の側面から重要な製品・物資があるという理解で間違いないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。