2023年版ものづくり白書

開催日 2023年6月8日
スピーカー 伊奈 友子(経済産業省製造産業局ものづくり政策審議室長)
モデレータ 水野 正人(RIETI研究調整ディレクター)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

新型コロナウイルス感染症の流行、ロシアによるウクライナ侵攻、米中対立による経済安全保障など、これまで製造業の発展を担ってきたグローバル・サプライチェーンは大きな試練に直面している。一方、社会のデジタル化や脱炭素に向けた世界的な機運の高まり等から、製造現場や製造業のビジネスモデルそのものにも大きな変化が求められるなど、わが国製造業が抱える課題は多い。本セミナーでは、2023年版ものづくり白書を担当した経済産業省製造産業局ものづくり政策審議室の伊奈友子室長に、ものづくり白書のポイントとデジタル化・標準化による水平分業の取り組み事例を紹介いただき、今後の日本の製造業が目指すべき姿について解説いただいた。

議事録

製造業を取り巻く環境の変化

ものづくり白書は3省合同で作成しており、今年(2023年)で23回目です。ものづくりに関する基礎的なデータと、その年の課題や政府の取り組みが掲載された第1部、そして施策集が掲載された第2部の、2部構成となっています。第1章、第3章、第5章は経済産業省、人材関係は厚生労働省、教育研究開発は文部科学省が作成しています。

製造業を取り巻く環境として、ロシアのウクライナ侵攻などによる国際情勢の不安定化、サプライチェーンの寸断リスク、脱炭素社会の実現に向けた機運の高まり、そして生産コストの削減・適正な価格転嫁への動きが出てきています。

こうした環境の変化の中で重要となるのが、サプライチェーンの強靱化や生産能力の安定的な確保に加えて、サプライチェーン全体のカーボンフットプリントの把握、そして省人化・自動化による生産性向上の取り組みです。

これらは個社単位の取り組みでは達成できません。そこでデジタル技術を活用したサプライチェーンに関わる事業者全体の取り組みの可視化や企業間のデータ連携が重要になってくるわけです。

欧米では、製造に関わる全ての工程を標準化・デジタル化して、パッケージサービスとして製造事業者に提供する新たなビジネスモデルが誕生しています。そういったサービスを活用することで、製造のノウハウがなくても、いきなり高い生産性とエネルギー効率の向上を実現できる製造事業者が新興国を中心に登場しています。

モノを売った後もデータに基づいてサービスを改善したり、メンテナンスのサービスを提供するなど、販売後も顧客との関係を継続して、モノを売る以外の利益の獲得手段も多様化しています。

さらに事業者と消費者間でデータが共有できるようになったことで、サービス事業者、製造事業者、消費者の利益の向上が実現できるようになってきています。特に欧米の先進企業は、データ連携や生産技術のデジタル化・標準化に強みを持ち、企業の枠を超えて最適化を実現するビジネスモデルを生んでいます。

日本は高度なオペレーション技術と併せて、熟練技能者がまだ現場にいるので、工場単位で非常に高い生産性を有しています。一方で、企業間のデータ連携や可視化への取り組みが実施できている企業は2割程度ですので、「GXの実現の前提となるDXに向けた投資の拡大やイノベーションの推進を通じて生産性の向上や利益の増加を実現し、好循環を創出していくことが重要である」これが今回の白書のメッセージです。

サプライチェーンの高度化・強靭化に向けた取り組み

事前の予測が困難な事象が相次いで発生している昨今、製造業の中でも調達先の把握や生産拠点の変更・拡充といった、サプライチェーンの強靱化が課題となっています。それに加えて、企業の枠を超えたサプライチェーン全体での脱炭素に向けた取り組みや人権の保護に向けた、デジタル技術・DXを活用した事業者全体の取り組みの可視化や連携がより重要になってきます。

GX(グリーン・トランスフォーメーション)に向けては、各国で発電部門や産業部門における巨額の脱炭素投資の支援、そして新たな市場やルール形成など、脱炭素に向けた取り組みが加速しています。日本政府としても2022年から「GX実行会議」を立ち上げ、今後10年を見据えた取り組みの方針をまとめたところです。

欧州では欧州域内で取引される電池の製造、リユース、リサイクルまでのライフサイクル全体の規制を行っていて、電池の安全性、サステナビリティ、競争力を確保すべく、CO2排出量を第三者に分かる形で見える化をして、データとして共有しています。

こうした脱炭素に関する市場ルールの形成が進む中で、日本の中でもどのようにルールを設けて可視化していくのかといった検討を業種横断的に進めているところです。サプライチェーンの高度化・強靱化という観点でも脱炭素への取り組みは必要で、サプライチェーンの構成員全員に対してその活動が求められるようになっています。

ドイツ政府は「インダストリー4.0」という政策を掲げ、戦略的なDX(デジタル・トランスフォーメーション)の取り組みを通じて国際展開を進めています。フラウンホーファー研究機構はアジアの各地に拠点を設けて、現地の大学と共にドイツ企業が持つDX、GXの高度な生産技術を活用して、官民を挙げた市場の獲得支援を行っています。

そのうちの1つの事例が、「Catena-X」です。これは自動車業界のバリューチェーン全体でデータが共有できる規格や、データの流通ができるような基盤を作るプロジェクトで、完成車メーカー、部品メーカー、製造のソリューションを提供する企業、そしてIT企業が参画しています。

デジタル化・標準化による水平分業の進展

製造業には設計、開発、販売等のさまざまな機能がありますが、特に日本企業は大手を中心に自社で垂直統合的に機能を確保し、それらを擦り合わせることに強みがありました。標準化・デジタル化が進むことで生産ラインの設計や現場のオペレーションも形式知化することができ、そういった生産機能を外部に提供するビジネスも登場し始め、水平分業が進展しています。

ベトナム最大の企業グループVinは、2017年にベトナム国内初の自動車メーカーであるVinFastを立ち上げました。不動産グループのため自動車製造に関する基盤技術は持っていなかったのですが、ドイツ企業のSiemensのデジタル技術を活用することで、従来の半分の期間で自動車製品にこぎつけ、2022年末には米国のEV市場への参入を果たしています。

もう1つのビジネス環境の変化として、サプライチェーンの見える化・ダイナミック化があります。従来、特にBtoBの取引関係は既存の企業間で固定的でした。この関係は平時においては高い生産性を実現できていましたが、世界的に不確実性が高まっている状況下では、個社やグループを超えたデータ共有に加えて、サプライチェーンの先にある企業を把握し柔軟に変更できるようにしておくことが重要になってきます。

Siemensは、2017年から「MindSphere」という産業用IoTプラットフォームを提供しています。これは設備の稼働状況や生産性に関わるデータを基に生産プロセスの提案や予知保全サービスを提供すると同時に、あらゆる企業がそのシステム上でアプリの開発・販売ができるため、さらにサービスの質を高まるといった好循環を生み出しています。

もう1つの例が、機器の自動化やシステム開発・製造を行っている米国のRockwell Automationによる取り組みですが、工程全体の見える化をして、サポートできる仕組みを開発、提供することによって、顧客データを基に自社サービスの改善を図ったり、自社で足りない部分はパートナーと連携することで、サービスの高度化、多様化に取り組んでいます。

日本のDXの現状と課題ですが、2022年「デジタル競争力ランキング」での日本の順位は63カ国の中で過去最低の29位でした。特に「ビッグデータの活用と分析」「企業の俊敏性」、状況に応じてうまく機動的に対応する能力が低いことが指摘されています。

そうした中、わが国でもデジタル化・標準化による水平分業の取り組み事例が出てきています。「meviy」という、ミスミグループが提供しているオンラインの部品調達サービスプラットフォームで、第9回ものづくり日本大賞において、内閣総理大臣賞を受賞されました。

まだアナログ手法が主流であったBtoBの生産設備用部品の調達領域において、データをアップロードするだけでAIが瞬時に見積もりや納期を算出できるシステムを開発しています。改善提案も瞬時に行いますし、納品まで約1カ月かかっていたものが最短1日でできるということで、製造業全体のDXの推進に非常に貢献している事例です。

また、建設DXを進めるArentは、これまで熟練者の手作業設計に依存していた建設業界のプラント設計において、熟練者の設計ノウハウをアルゴリズム化することによって、配管1本の設計に4時間かかっていたところを1分間で1,000本の設計を可能にしました。日本企業でもこのような事例が出始めています。

わが国製造業の足元の状況

製造業の業況は、2022年後半から原材料価格の高騰等で悪化し、企業の景況感は低調となってきています。営業利益は2021年から回復に転じ、2022年も営業利益が増加傾向となっていますが、今回の白書は2023年4月1日時点でのデータで、エネルギー価格高騰の影響が出ていない時期のものですので、引き続き注視が必要です。

今回の調査結果では、価格転嫁が事業に大きく影響した企業は全体の4割で、原材料高騰分の価格転嫁は約7割の企業で進んでいるものの、高騰分のうち価格転嫁できている割合は50%から60%でした。従って、サプライチェーン全体でしっかりとコストの上昇分を適切に価格転嫁できるよう、政府としても働きかけが重要になってきます。

資金調達の状況ですが、コロナの影響が一番大きかった2020年の第2四半期から徐々に改善傾向にはあったのですが、2022年の第2四半期からは若干悪化していまして、資金調達に関しては2022年の第1四半期から短期借入金が増加しています。

生産拠点の移転は、特に中国、ASEAN諸国への移転が多く、中国に関しては新規進出よりも国内回帰が上回っていますが、ASEAN諸国との間では海外移転の動きが多く見られます。生産体制の強化や為替変動による円安メリットの享受といった観点から、国内回帰を進める動きが見られます。

企業の国際的な立地戦略に大きな影響を与えるものとして、経済安全保障とカーボンニュートラルがありますが、特に先進国の中で経済安全保障の動きが高まっており、各国で法制度化が進んでいます。わが国でも2022年に経済安全保障推進法が成立し、蓄電池、半導体、永久磁石、工作機械、産業ロボット等の11物資を特定重要物資として指定して、国内での生産基盤の強化に取り組んでいます。

製造業の設備投資額については、2020年前半に大きく落ち込んだ後、増加傾向が続いています。有形固定資産の設備投資の目的としては設備更新や拡大が多く、コロナの影響が大きかった2020年と直近の2022年を比較してみると、2022年は脱炭素関係やDX投資が少し伸びてきていることが今回の調査結果で分かっています。

IT投資の動向に関しては、国内の有形固定資産、研究開発、人材関係の投資の優先度が高いものの、徐々に情報化投資の優先度も増しています。2019年度と2020年度ともにROA上位10%に属する企業群では、2020年度の無形固定資産への投資が2015年度に比べて増えていることから、ソフトウェアを中心とした無形固定資産へも積極的に投資しています。

日本の製造業は200以上の品目で世界シェア60%以上を獲得しており、グローバルニッチトップの企業が多く、特に部素材系の品目に強みを持っています。一方、米国企業は最終製品あるいは医療系の品目が強く、売上規模の大きい最終製品のウエートが高いという特徴があります。

世界経済フォーラムは、「Global Lighthouse」という世界の手本になるような製造業の工場を選出して公表しているのですが、日本企業は132拠点のうち2拠点です。選出に当たっては経済的な合理性に加えて、デジタル技術を活用してサプライチェーン全体での最適化に取り組んでいるか、柔軟な生産を実現しているか、あるいは環境負荷の低減が図られているかといったことが重視されており、DXやGXによる全体最適化を製造業の中でも達成することが1つの先進性の評価軸として用いられるようになってきています。

日本企業の脱炭素への取り組み状況ですが、大企業では約9割、中小企業では約5割が着手している中で、3割が脱炭素への取り組みによるメリットを感じていないと回答しています。脱炭素への取り組みはコストがかかることから、コストを上回る利益を得るためには、単にCO2を減らすだけでなく、DXや新しいビジネスの開拓といった、事業戦略の見直しを行うことが重要です。

サステナブル投資の拡大

2016年から2020年にかけて、世界の運用総額に占めるESG投資の割合は増え、わが国においてもサステナビリティ課題に資する金融の活用、サステナブル・ファイナンスが拡大してきています。本白書では、JFEホールディングによる300億円のトランジション・ボンドを発行することで、製鉄プロセスの転換を図った取り組み事例を紹介しています。

経済産業省では、気候変動や人権への対応を行っている先進企業をSX銘柄として選定、表彰する制度の検討を行っています。こういったすぐには企業にとってメリットを生みにくい取り組みに関して、きちんと市場から評価をされる仕組みを作るために取り組んでいます。

製造業の就業者数はコロナの影響等で若干減少したものの、ここ数年は横ばいとなっています。34歳以下の若年就業者数も横ばいとなっており、中小企業における従業員数過不足DIの推移を見ても、足元では非常に人手不足感が強くなっています。

65歳以上の高齢就業者数は20年間で32万人増加する中、女性就業者数は91万人減少しています。こういった人手不足感が強くなっている中で、製造業における人手をどのように確保していくかが今後の課題になってくると思います。

質疑応答

Q:

日本のものづくりは国際的に強くなっているのでしょうか、または弱くなっているのでしょうか。

A:

強くなっているか弱くなっているか、さまざまな見方ができると思います。日本企業は投資が足りないと評価されている部分もありますし、高いシェアを誇る製品が少しずつ減ってきているというのも事実です。日本は海外あるいは輸出で稼いでいかなければいけないところもありますので、世界的シェアの割合を見ていくというのも1つの見方です。

Q:

ものづくりとことづくりのバランスについて、また、ものづくりにおける人手不足をDXでどのように両立ないしは解決していったらよいのでしょうか。

A:

モノを売って終わりではなく、いかにサービスの要素を付加していくかが重要になってきます。その達成には基となるデータやサービス改善に結び付ける根拠が必要ですから、DXというツールは非常に重要になってきます。省力化・省人化投資にDXは欠かせないものなので、デジタルで代替できるものは機械にやらせて、人でなければできない仕事にどんどん人をシフトしていくことが重要です。

Q:

円安によるものづくりの国内回帰、今後の為替の影響をどのように見ていらっしゃいますか。

A:

製造業の中でも円安がプラスに働く人たちとマイナスに働く人たちに分かれます。為替そのものに一喜一憂するのではなく、変動に左右されない強さを身に付けつつ、目的を持ってデジタルツールを使いこなしていく必要があります。

Q:

ものづくりという言葉はハード思考に陥りがちですが、デジタルを用いた形式知化したノウハウの活用など、日本の最近の動きはどのようになっているのでしょうか。

A:

少しずつ生まれ始めていると思います。製造業というのはモノを作るだけの産業ではなくなってきていまして、どのように付加価値をつけて売っていくのかということがこれからのものづくり製造業の中で重要な視点になってくると思います。

Q:

今回の白書の中で、海外展開をめぐるサプライチェーンの再構築の点で何か動きは見られましたか。

A:

今回の白書の中では経済安全保障に関して政策的な紹介はしているものの、事例の掲載は恐らく来年(2024年)の白書への宿題になると思っています。各国で法規制の強化や国内回帰の動きが出てきていますので、情報感度を高めながら注視していきたいです。

Q:

コロナが与えた変化と今日時点でのそれに関する評価についてコメントをいただけますか。

A:

1つ良い影響としては、自動化や省人化の投資や、それに関連するデジタル投資も大きく進んだということです。業界別に見ても特に産業機械は立ち上がりも早かったです。また、働く人のスタイルや消費者ニーズもだいぶ変わってきた点も、製造業には大きく影響しているでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。