IMF世界・アジア太平洋地域経済見通し:不安定な回復

開催日 2023年6月2日
スピーカー 吉田 昭彦(国際通貨基金(IMF)アジア太平洋地域事務所長)
コメンテータ 中島 厚志(RIETIコンサルティングフェロー / 新潟県立大学北東アジア研究所長 兼 国際経済学部教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

金融セクターの混乱等により、世界経済の見通しは不透明さを増している。国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し(WEO)」では、2023年の成長率見通しを引き下げるとともに、さらなる下方リスクとして、引き続き基調的な物価圧力が根強いほか、労働市場の逼迫、政策金利の急速な上昇による副作用に加え、直近見られた銀行セクターの混乱が金融セクター全体に波及する危険性がある、と警鐘を鳴らした。本セミナーではIMFアジア太平洋地域事務所長の吉田昭彦氏を迎え、最新のWEOの報告内容に基づいて世界・アジア太平洋地域の経済見通しや中期的な課題について解説いただくとともに、RIETI元理事長で日本を代表する経済アナリストである中島厚志氏からコメントをいただいた。

議事録

世界の経済動向

2023年4月に公表された世界経済見通しには、“Rocky Recovery”(不安定な回復)という副題がついています。まず世界経済の成長率の見通しですが、2020年に3.4%あった成長率は2023年に2.8%に落ち込むものの、2024年には3.0%まで回復すると見ています。ただし、2023年の成長率が2%を下回る確率は25%程度と比較的高い確率となっています。2022年に8.7%だったヘッドラインインフレ率(総合インフレ率)は2023年に7.0%想定しており、比較的高いインフレ率にとどまる見込みです。

世界経済の先行きに影響を与える4つの要因として、インフレと金融引き締め、政府の高い債務残高と限られた財政出動余地、コモディティ価格の上昇、中国の経済再開が考えられます。その上で、予想以上の金融引き締め、粘着性の高いインフレ、低所得国の債務問題、中国の不安定な経済成長、地政学的な分断を主な下方リスクと認識しており、インフレからの脱却、金融セクターの安定化、コロナ禍や物価高への対策の正常化を政策の優先事項として掲げています。

まず、製造業とサービス業のPMI(購買担当者景気指数)ですが、新興国・途上国では2022年の半ば頃からコロナの終息によって経済が再開され、2023年の初めにかけて安定化の兆しが芽生えています。一方で、消費者のマインド(Consumer Confidence)は、ロシアによるウクライナ侵攻や2022年第2四半期にコロナが一部再拡大したことを受け、中国を中心に下降しています。

次に、金融セクターに目を転じると、米国、ユーロ圏、日本の銀行株は、2023年3月以降、株式市場全体の株価指数と比べて大きく下落しています。同年5月には、米国のシリコンバレーバンクの破綻等による債券価格の不安定化によって短期間で金利見通しが低くなり、米連邦準備制度理事会(FRB)のターゲット金利との差が拡大したことで、金融政策の先行きが不透明になってきている状況です。

ヘッドラインインフレ率と、エネルギー価格などを除いたコアインフレ率は、2020年後半から上昇してきましたが、燃料価格の下落を受けて2022年半ばからヘッドラインインフレ率は顕著な低下傾向を示しています。対して、コアインフレーションの低下スピードは緩く、これは今後の金融政策にとってはチャレンジの1つといえます。

金融引き締めの状況ですが、世界金融危機の時と比べても、今般のコロナ後の引き締めの規模は大きく、それは特に新興国で顕著に見られています。ただし、そうした中でもインフレ期待については比較的アンカーされているというデータもございます。

労働市場の状況ですが、10年以上にわたって欧米では比較的高い有効求人倍率と低い失業率を維持しています。一方で、過去のインフレ時と比べて実質賃金があまり上がっていないことから、wage-price spiralと呼ばれる賃金と物価の相乗的な高まりは見られていません。これはインフレに対峙する上では明るい材料です。

金利が上がっていくと心配になるのは債務の持続可能性です。特に、財政危機のリスクの高まりによる公的債務の債券スプレッドの拡大が懸念されるわけですが、今のところ、さほど広がっていません。欧州の新興国・途上国(EMDEs)では、2022年の夏に一時期広がったものの、それも少し収まってきています。とはいえ各国の財政赤字、公的債務の水準は上昇していますので、注意が必要です。

コモディティ価格についても確認しましょう。エネルギー価格は2022年から後半にかけて非常にボラティリティが高い時期がありましたが、ここはいったん落ち着きを見せています。関連して、欧州のガスの備蓄は非常に豊富な量で推移をしており、一時期心配されていたエネルギー危機は、当面は心配が不要という状況です。

世界経済を取り巻く材料の中で数少ない明るい材料の1つが、中国経済の再開です。中国は東アジア太平洋諸国の輸出先として25%のシェア、他の地域にとっても5%ないし10%の輸出先として大きなシェアを占めておりますので、中国経済の再開は他の地域にとっても明るい材料であるといえます。

世界の経済見通し

今後の経済見通しについて触れたいと思います。金融セクターの動揺はあったものの、広範なリセッションにはつながらないというのがベースラインの見通しです。コモディティ価格が少し落ち着きを見せる中でも、政策金利は高い状態がしばらく続き、コロナ禍で導入された財政上の支援措置は緩やかに引き上げられる(終了する)見通しになっています。

そうした前提を踏まえて、2023年以降の成長率は2022年と比較して、各地域とも緩やかに落ち込むと予想しています。また、2023年以降、先進国の一部の国では失業率が高まり、米国では1%ポイント以上の失業率増加が見込まれています。

先進国における成長率はコロナ禍の回復で比較的堅調だったものの、2023年は1.3%、2024年は1.4%と低い水準になる見込みで、これは金融引き締めの効果が若干遅れて出てきていることによるものです。

対して、新興国の成長率は非常に底堅い動きではありますが、高い成長を誇っていた頃に比べると成長率の水準は低くとどまっています。そんな中、アジアの成長率は高い水準を保っており、世界経済の中で比較的ブライトスポットといえる地域です。

以上がベースラインですが、今後考えられるシナリオとして、米国における融資量が想定より2%減った場合、世界全体の成長率はグローバル・フィナンシャル・クライシス時の10分の1程度のインパクト、つまり約0.3%ポイント低下すると想定しています。

ヘッドラインインフレは2022年の8.7%から7%に低下する見込みですが、コアインフレの低下ペースはやや緩やかなものになっています。インフレの沈静化に向けて、さまざまな国でインフレターゲットが導入されています。おおむね2025年までかかって多くの国でターゲットに収斂する見込みで、金融政策にとっては非常に難路が続くと思います。

2023年時点における向こう5年間の経済成長率は3.0%で、これは1990年以降に公表した「世界経済見通し」の中で最も低い水準です。2008年は4.9%でしたので、その時よりも約2%ポイント低い成長です。これはさまざまな構造改革の遂行、さらに低所得国にとってより上の階層に収斂していくことが難しくなるという意味で、世界経済にとっては非常に厳しい状況が見込まれています。

貿易量全体の増加率は、2022年にコロナ後の回復によって5.1%まで高まりましたが、2023年は2.4%程度に低下する見込みです。貿易消費の増加やドル高の影響によって貿易は停滞気味で、グローバルインバランスの拡大を抑えるという意味ではプラスですが、貿易の停滞は成長力の低下を招く恐れがあります。

懸念される下方リスク

こうした見通しを踏まえて、今後のリスクについて説明します。まず世界経済の成長率が2%を下回ったことは、過去数えるほどしかありませんので、2%になる可能性が25%というのは非常に楽観できない経済状況であります。

インフレ率に関しては、2023年のインフレ率が2022年よりも高まる可能性はヘッドラインは10%未満のためさほど心配がありませんが、コアインフレは20%程度なので高止まりする恐れがあります。

全体のリスクについては、想定よりも高い金融引き締め、高債務への影響、粘着性の高いインフレ、債務の行き詰まり、中国における成長率の鈍化、ウクライナ侵攻のエスカレーション、地政学的な分断の高まりを下方リスクとして挙げています。一方、上方リスクは、コロナ禍による余剰貯蓄がバッファーになると見ています。

また、先の想定よりもさらにシビアなシナリオとして、米国の融資量が4%低くなった場合、貸し出しクレジットは世界全体で2023年には0.5%程度落ち込む見込みです。金融引き締めがさらに強まった場合、融資の落ち込み自体に加え、ドル高を通じた新興国への影響、株価の下落、消費者コンフィデンスへの影響が想定され、トータルで2023年の成長率は1.8%の下落、2024年は1.4%の下落となります。これはグローバル・フィナンシャル・クライシスの時の4分の1のインパクトです。

新興国・途上国の中でも特に低所得国は債務の行き詰まりに近いところにまで達しており、債務の持続可能性については非常に懸念しています。貿易措置については、コロナ禍以降にサービスに関する貿易障壁措置が各国で取られたことで、地政学的な分断がより高まる方向に動いています。

金融政策を考える上での要諦

こうした状況を踏まえると、どのような政策が望ましいのでしょうか。まず金融政策ですが、米国における自然失業率(インフレを過熱も減速もさせない中立的な失業率)の推定値に幅が生じていることからわかるように、金融政策のターゲット設定が難しい状況ですので、データに応じて金融政策を柔軟にシフトさせていくことが必要となります。

金融政策を考える上での要諦としては、データを活用した柔軟な対応、多様な不確実性への対処、市場との対話が挙げられまして、金融セクターの安定が脅かされるような場合には利上げの一時停止、利下げや再び金融緩和に転じることも排除すべきでない、としています。

財政政策についてです。欧州ではコロナ禍や物価高騰を受けて、あまりターゲットの絞られていない価格措置が多く導入されています。IMFとしては、そのような措置は早めに解除すべきであり、より的を絞ったものにシフトするべきであると提言しています。財政の自動安定化措置(オートマティックスタビライザー)に委ねることや、措置の導入は時限的なものにすることで、脆弱層に的を絞ったサポートを行うべきである、というのが中心的なメッセージです。

足元では少しドル高が和らいでいる動きも見られますが、2000年以来、米ドルの実質実効レートが最も高くなっております。ドル高が進むとドル建ての債務を抱えている新興国では債務の持続可能性を維持することが難しくなり、資本流出が生じやすくなります。

このような環境下で、IMFは、ターゲットを絞った為替介入や資本管理政策(Capital Flow Management)も取りうる、ただし、これらによって必要なマクロ調整を代替し得るものではない、としています。金融セーフティネットとしてIMFが用意している予防的な流動性支援や二国間でのスワップラインを活用して、持続可能性が脅かされる場合には早めに対応する必要があります。

食料価格の危機、エネルギー価格の危機、あるいは気候変動といった共通課題は一国の取り組みでは解決できないので、国境を越えた政策協調が重要です。また、成長率を引き上げる上では構造改革(structural policies)が鍵となる、としています。

コメント

中島:
世界経済はなかなかコアインフレが収まらず、米国中堅銀行の破綻による金融不安、ドル高、そして底堅い株式相場といった、金融政策が講じられている割にはちぐはぐな経済金融動向が続いています。今後、金融不安は全体としては収束に向かうと見られますが、同時に、雇用情勢が悪化し、金融引き締めの調整圧力も強まると見られます。

その上で、世界貿易は、リーマンショック以降の相次ぐ金融危機、中国経済の成長鈍化、米中対立、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻といった要因により停滞してきており、さらに分断という懸念も高まっている状況です。

世界輸出が1%伸びると世界名目GDPは約0.8%上昇し、対内直接投資が1%伸長すると約0.5%の世界名目GDPの押し上げに寄与すると計算されるので、分断が進んだ場合、非常に大きなマイナスが世界経済に生じてしまうことになります。さらに世界経済の成長率と相関が強い世界の総人口増も鈍化し、構造的に成長を鈍化させています。

世界経済分断の影響は、とりわけ新興国で深刻です。近年、主要新興国の財輸出に占める製造業品の割合は先進国と並ぶレベルになっています。こういった国々では対内直接投資によって外資系企業が現地で生産、輸出を行う割合も高いため、分断が進むことでマイナスの影響が強く及ぶことになります。

ジニ係数拡大を要因分解し、所得格差がどういう理由で拡大しているかを見てみると、先進国においては対外直接投資による空洞化が大きな要因であり、新興国では外資系企業の進出等による技術革新の進展が大きな要因として挙げられています。このため、分断の進展は所得格差の是正や先進国では中間層の維持につながるプラス効果があるともいえますが、一方で、新興国、先進国、どちらにとっても経済成長の足かせになります。

そんな中、経済安全保障や気候対策という観点からも自国での半導体生産の動きが強まっています。米国のCHIPS法やインフレ削減法、リパワーEU政策(ロシア産化石燃料依存からの脱却)、日本の新たな半導体政策や域内での環境対応投資促進が経済を下支え、分断の悪影響緩和につながる面はあります。ただ、いずれも弥縫策でしかないので、分断による世界経済悪化に立ち向かうには国際協調が重要です。

もっとも、主要国で財政の対応力が低下していることが懸念されます。ドイツを除き、主要国の財政赤字は過去数十年で最悪の水準を記録しています。とりわけ日本は一般政府支出対GDPが漸増し、このまま推移すれば8年半後には高福祉高負担の福祉国家スウェーデンの一般政府支出対GDPを超える計算となります。

ここで吉田様に質問です。世界的な分断進展や供給制約が再認識される中、世界経済が成長していくにはどのような抜本対応が有効と見ていらっしゃいますか。また、日本政府はどのようにして今後安定した経済成長を維持していくのでしょうか。

吉田:
ガバナンス改革、人的資本への投資、労働市場の改革といった構造改革を進め、社会不安を増大させない形で成長率を高めることができると考えていまして、IMFとしてもそういった分野にリソースを振り向けて研究していく方向です。

ガバナンス改革や貿易制限緩和などは早期に果実が得られやすいのに対し、国内金融セクターの改革、労働市場の改革、グリーン化といった分野は、成果が出るまで時間がかかる傾向があり、過去の成功事例を参考に、これらの改革の手順や優先順位などについても意味のあるアドバイスが行えるように努めたいと思います。

質疑応答

Q:

IMFでは、これから世界はデカップリングではなくデリスキングの方向に進むと見ているのでしょうか。また、分断を補完する動きはないのでしょうか。

吉田:

アジア地域は世界貿易の統合によって裨益をしてきた地域ですので、貿易の分断が進むと最大の敗者になり得ます。IMFとして外交政策としてのデカップリング/デリスキリング自体の是非に意見する立場にはありませんが、分断によるマクロ経済上の影響を示すことで、各国が判断する材料を提供しています。

Q:

グローバル・サウスの不安定化に関して、どのような対応策が考えられますか。

吉田:

より脆弱層に的を絞り、一時的な措置を中心とする財政政策の実施が、社会の不安定化を避ける上でも有益だと思います。

Q:

高インフレは世界共通なのか、それとも国それぞれの要因によるところが大きいのでしょうか。初期のインフレの把握が遅れた理由については、どのように見ておられますか。

吉田:

共通の要因と国ごとに違う要因の複合だと思います。インフレ発生の把握が遅れた要因として、需要サイドからの要因、また供給サイドからの要因の見極めが遅れたことがあると思います。過去10年、20年の間、比較的インフレが安定的に推移してきたために、正常化バイアスのようなものが働いてしまった面もあり、IMFとしても反省しなければならないと思います。

そのようなことをふせぐために、近年、IMFでも多様的な物の見方を重視する機運が出てきており、スタッフの構成等についても多様性を高めようと、ダイバーシティーをプロモートする取り組みが進んでいます。今回のインフレについては対応が後手に回ったことは否めませんが、その反省も踏まえて、今後より効果的な対応について考えていきたいと思います。

Q:

国際金融の世界あるいはIMFにおいて、日本はどれほどの発言力を持っているのでしょうか。

吉田:

IMFにおいて日本は第2位の出資比率を誇っておりますが、日本人職員の比率は出資比率と比べると見劣りしているところがあります。IMFとしてもより多様性を高め、過少代表の国からもさらに応募していただきたいと思っていますので、リクルートメント活動にも力を入れているところです。

日本の発言力ということでいうと、2023年5月のG7新潟財務大臣・中央銀行総裁会議、そしてG7広島サミットにおいて、議長国として日本の存在感を大きく示すことができたと思っています。国際金融の世界でも効果的な発信を行いつつ、日本の存在感を保っていただけるよう、期待しています。

Q:

最後に、視聴者の方々に向けて、一言ずつお願いします。

中島:

世界経済で見るとまだ調整途上で、まだ大きな変化があると思います。その変化に対して対症療法だけではなく、構造的な経済体制の変革に取り組んでいくことが、各国でも日本でも重要だと思っています。

吉田:

こういった機会を通じてIMFの認知度を高め、IMFのプロダクトを享受していただくとともに、IMFの活動に貢献いただける方々が出ることを願っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。