日本の資本主義の原点とこれからの新しい時代

開催日 2023年5月31日
スピーカー 渋澤 健(シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役)
モデレータ 池山 成俊(RIETIエグゼクティブオフィサー・総務ディレクター)
開催案内/講演概要

現在の日本は時代の節目を迎えており、昭和時代に築いた日本の成功体験の延長線上では、これからの令和時代に繁栄する社会は描くことができず、新しい時代の価値観による成功体験が求められている。こうした時代背景と持続可能な経済社会への要請から、「日本の資本主義の原点」への関心が急速に高まっている。本セミナーでは、「新しい資本主義実現会議」の委員であり、「近代日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一氏に関する著書も多数上梓されている渋澤健氏に、合本主義からひもとくインクルーシブ・キャピタリズムの考え方、そして可視化した社会的インパクトを企業価値に結び付けていく意義についてご講演いただいた。

議事録

新時代を導く社会的イノベーションの創始者、渋沢栄一

新しい時代を迎えて、社会的イノベーションという話がよく出ていますが、150年前の日本にも社会的イノベーションがありました。第一国立銀行(現・みずほ銀行)、王子製紙、大阪紡績(現・東洋紡)、東京海上保険(現・東京海上日動火災保険)の4社の共通点は何でしょうか。それは日本の新しい時代を導くために必要な社会的イノベーションを促したスタートアップだったということです。

また複数の方々が出資して出来た株式会社でもありました。この株式会社という制度も、当時の日本では新たな社会を導くイノベーションであり、東京株式取引所、今の東京証券取引所が開業しました。続いて、実業界の意見を集約して意見を表明するための商工会議所が形成されました。

商業のインフラ整備と並行して女子教育や福祉でもイノベーションは進み、東京女学館や救貧施設である養育院(現:東京都健康長寿医療センター)の創立につながりました。このように新しい時代を導く社会的イノベーションのために、多くはビジネスおよび社会的事業のスタートアップが設立された時代でした。

渋沢栄一が提唱した「合本主義」とは

先ほどのすべての会社の設立に関与し、社会的事業を進めた渋沢栄一は「日本の資本主義の父」と言われています。ですが、渋沢栄一自身は「資本主義」ではなく、「合本主義」という言葉を使っていました。銀行という新しい仕組みを伝える際に、栄一は「銀行は大きな河のようなものだ。銀行に集まってこない金は、溝に溜まっている水やポタポタ垂れている滴と変わらない。せっかく人を利し、国を富ませる能力があっても、その効果が現れない。」と例えています。

つまりお金は、垂れ流しの状態では力はないけれども、その1滴1滴の滴が銀行という器に集まって大河となれば、大きな原動力となるということです。これが、渋沢栄一がイメージした合本主義、日本の資本主義の原点だと思います。

栄一が日本にこの合本主義を導入したのは、一部の資本家のためでも、株主のためでもなく、多くの人にとって今日よりも良い明日を築くためです。そして、その1滴1滴の滴は金銭的な資本だけでなく、新しい時代を導くために寄り集まってきた一人一人の思い、一人一人の行いといった人的資本でもあったと考えています。

「と(and)」と「か (or)」の力

栄一の思想を語る上でよく使われる言葉が、「論語と算盤(そろばん)」(1916)です。栄一はこの論語と算盤がトレードオフになるのではなく、両立することを主張しています。

この「論語と算盤」で大切なキーワードとなるのが、「と(and)」の力です。論語と算盤なんて全然関係ないものを合わせる。そんなの無理だろうと思うでしょうか、それを合わせることによって存在していないものができる。これがこの「と」の力です。また、その飛躍した状態を現実とつなげることができるのも、この「と」の力であります。

一方、「か(or)」は選別して進める力で、効率性や生産性を高めるため組織運営には不可欠です。しかし、それはすでに存在しているものを見比べているだけなので、新しい価値を作ることは難しいのではないでしょうか。

関係ないものを合わせる際に必要となるのが、イマジネーションです。人間というのは、今ここに存在しながら、頭の中ではどこでもいつでも、未来でも過去でも行けるという特徴を持ちます。これは生物の中でも人間だけが持つ力で、最近話題になっている生成AIであっても、この機能は備わっていません。

私は、栄一が言う「論考と算盤」の「と」の力というのは人間力だと思っています。どの時代でも、どのように環境が変わったとしても、人間力を使えば変化にも適応でき、イノベーションを促すことができる。そこにこの「と」の力のヒントがあると思っています。

「論語と算盤」という考えは、岸田首相も2020年の自民党総裁に出馬した際に掲げておられ、総理大臣になられてからは、新しい資本主義実現会議を立ち上げました。ここでも「成長か分配」でなく、「成長と分配の好循環」の実現を目指しています。

初期の段階では、国内でしか「成長と分配の好循環」の議論がなされていなかったのですが、2023年に入るとG7広島サミットを意識されたのか、首相自ら「グローバル・サウス」という言葉を使い、グローバルで取り組む重要性を唱えています。これも、「と」です。

実は新しい資本主義のキーコンセプトに、国内外のマスコミ等が注目していないと思います。首相自ら「文藝春秋」の寄稿およびロンドンで外国人投資家向けに発しているメッセージに「外部不経済を資本主義に取り込む」というお考えがあります。簡単に言えば、今まで取り残されていた環境や社会課題を資本主義に取り込み、バージョンアップしようということで、インクルーシブなキャピタリズムを実現するという概念です。

それを実現するための鍵となるのが、人的資本の向上、人への投資です。構造的に賃金を上げるためには労働市場の流動性を高め、労働市場の新陳代謝を高める必要があると私は思います。つまり昭和時代に成功した年功序列、終身雇用、新卒一括採用といった雇用慣行はこれからの時代にはマッチしません。

政府の骨太方針では「労働市場の流動化」という表現は使われていませんが、「労働移動の円滑化」のためリスキリングといった表現が明記されています。その基本方針には、労働者が自分の意思でリスキリングが行え、職務を選択できる制度や、労働者の選択によって社内外の労働移動を可能にする重要性が示されています。

私の感覚では、ここまで踏み込んだ表現をした政権はこれまでなかったと思います。今までの企業は労働者を囲い込むことが前提で、内か外かという考えたがあったと思うのですが、自前ではもう新しい価値が作れない、外から新しい人材を入れることが必要なのだと。これも、「と」の観点です。

新しい時代の企業価値とは

私は、2008年に仲間たちとコモンズ投信という会社を立ち上げて、一般個人向けの長期投資の投資信託を提供しています。投資の価値判断には、収益力、会社の競争力、経営力、対話力、企業文化といった要素がありますが、数値化できている要素は氷山の一角だと思っています。

もうかっているかいないかという財務的な価値は可視化できているわけですが、これから10年、20年、30年という長期投資の目線から見れば、むしろ大切なのは可視化できていない非財務的な価値です。中でも、資本市場から最も見えない価値は、会社で働いている「人」の価値ではないか。そうした発言を実現会議の初期にしたところ、人的資本の可視化の研究会が伊藤邦雄先生のところで立ち上がりました。現在、さまざまな場面で人的経営や人的資本といった話が出ていて、人の可視化という大切な流れが出てきていると感じています。

また、骨太方針には「インパクト」という概念が明記さいます。これにもマスコミが焦点を当てることありませんでしたが、従来の投資は「リスク」と「リターン」、「不確実性」とその「収益」という二次元で事業の価値を判断しているところを、環境とか社会課題の解決などの「インパクト」を測定して、それを成し遂げるための目標設定をすることです。二次元ではなく三次元で考えましょうというもので、まさに新しい資本主義を表現できる重要な概念だと思います。

2023年5月中旬に開催されたG7の首脳宣言の中にも、「インパクト」という考え方を組み込んでいただきました。日本が新しい資本主義の姿を各国首脳に提唱できたこと、そして首脳コミュニケでも「グローバルヘルスのためのトリプルI(インパクト投資イニシアティブ)」、これはImpact, Investment, Initiativeの略ですが、こうした概念を世界に広められたことは意義があります。これは人への投資でもあります。

最近、アフリカ向けのインパクト投資を経済同友会の下で準備していますが、私がアフリカの皆様にお伝えしているメッセージがあります。それは今から150年ぐらい前、日本は途上国でしたと。当時の日本に資源はなくて、人的資本の向上によって途上国から数十年かけて先進国の仲間入りを果たした。戦争で焼け野原になったけれど、再び日本は人的資本の向上により世界の第2位の経済大国になることができた。

そう考えますと、アフリカはこれから人口が倍増する。世界人口の4人のうち1人がアフリカ人になるのが2050年ですね。だからこそ日本とともに人的資本の向上に努めるが、日本にとっても、もちろんアフリカにとっても、世界にとっても大切なことなのではないかなと私は思っております。

「破壊」と「繁栄」の30年周期

人間は、結局のところ、一番簡単な答えを求める傾向があります。ただ未来は一直線で到来するものではないと思っています。バブルのピークであった1990年までの約30年間は、日本は成長に恵まれました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた繁栄の30年がありました。

その前の30年はどんな時代だったかというと、戦争です。多大な悲劇、被害、それまであった常識が破壊されました。そのグレートリセットがあったからこそ、次の時代がニューノーマルとして繁栄したという因果関係が描けるのかもしれません。

さらに、その前の30年には日露戦争がありました。恐らく日本の一般市民が最も豊かな日常生活を送ることができた繁栄の時代です。当時、後進国であった日本が先進国に追いついたことを世界に示した、大きな出来事でした。

そしてその前の30年は、維新です。270年近く続いた江戸時代の常識が破壊された時代です。その破壊からわれわれが現在知っている経済社会の基盤が生まれてきたと考えますと、明治維新以降、日本は30年周期で破壊と繁栄を繰り返してきたと解釈することができます。破壊によってリセットされ、また繁栄が続いたことでおごりや傲慢が生じ、戦争という破壊の時代を招いてしまったのかもしれません。

このリズム感が続いていると考えるならば、1990年以降の日本というのは、もしかしたら失われた時代ではなく、破壊されていた30年かもしれません。その考えると、このリズム感でいえば、2020年から新しい時代が始まっているはずです。

私は、2020年は日本社会にとって大きな時代の節目になると確信を10年以上前から持っています。昭和時代は人口ボーナスが期待できるピラミッド型の人口構成になっています。それが平成の時代に入ると、団塊世代とその世代のジュニアを中心としたヒョウタン型社会になりました。ただ令和が始まる頃から、日本の人口動態は、一気に逆ピラミッド型になります。これは日本が見たこともなかった規模、スピード感で、世代交代が始まっているということです。

「Made with Japan」で切り開く新しい時代

30年後の日本はどうなるのでしょうか。昭和時代の人口ピラミッドから一直線で未来を描いた場合、繁栄なんて無理だという未来しか見えてきません。しかし、見える未来、必ず来る未来がある一方で、見えない未来、不確実性を含んだ未来もあります。そしてその見えない未来の主役になるのが、30代、20代、10代のミレニアル世代、Z世代です。

デジタルネーティブと言われるこの世代は、生まれたときからインターネットが常時つながっているのが常識の世代です。インターネットの特徴は国境がないことです。この若い世代は、日本で暮らし、仕事をしていたとしても、インターネットを介して容易に世界とつながることができます。

実はこの世代が世界で最も人口が多いのですが、その多くが成長の可能性が十分期待されるグローバル・サウスに暮らしています。なぜSDGsへの取り組みが重要かと考えたときに、それは直接的あるいは間接的に、大勢の人々の生活を持続的に支えることにつながるからです。

いろいろな取り組みによって、もし世界の人々の中に、自分たちの生活が成り立っているのは日本が伴走してくれているからだという意識が広まっていけば、日本の人口が今後減っていったとしても、われわれは豊かな生活を築くことができるのではないかと思います。

昭和時代に日本は大量生産で成功し、「Made in Japan」はブランドにもなりました。しかし、その成功がバッシングにつながったため、平成が始まる頃には合理的なモデル「Made by Japan」に転じたものの、気がつくと素通りされるようになってしまいました。

では、新しい令和時代に、われわれはどのような成功体験を目指すべきなのでしょうか。それが、「Made in Japan」「Made by Japan」に加えて、「Made with Japan」、日本と一緒に豊かな生活、持続可能社会を作ろうという考え方です。これが実現できれば、これから日本は新しい豊かさに満ちた、新しい時代を導くことができるのではないかと思います。

質疑応答

池山:

インパクトの実現に向けて、今後、官民連携についてどのようなお考えをお持ちですか。

渋澤:

価値を作っている企業が、主体的にこういう意図を持って取り組み、このような計測をしているのだという目標を設定することが重要です。現在、インパクトスタートアップに焦点が当たっていますが、それを促すお金はどこから来るのか。金融機関の支援や政府の予算もある中で、企業が課題をきちんと可視化し、課題解決によって自分たちの価値を向上させていくことが大事だと思っています。

その整理をするために「インパクト加重会計」という考え方がありまして、インパクト会計がどのように企業価値につながるかを検討する研究会を近く設けていただきたいと私は思っています。インパクトの価値を企業価値として表現できるようなフレームワークや土台作りが大切で、それによって初めてインパクトのエコシステムができます。

官民の取り組みがうまく回らない理由として、企業は売上・利益を求める一方で、官は予算を積むことに労力を使っている傾向にあるので、同じ目的で議論が進んでいない可能性もあります。しかし、成果を求めるインパクトという概念であれば、官民の共通言語になり得るのではないかと思います。

Q:

資本主義の中心は株式会社でしょうか。

渋澤:

いろんな価値観を持って自由に参加できるのが健全な資本市場ですので、利益を追求する存在だけでなく、生協や農協といった会員のために活動するノンプロフィット等、多様な形態が存在、共生していくことが重要だと思います。

Q:

証券市場から見て、インパクト投資はSDGsやパーパス経営といった理念と同じ扱いになるのでしょうか。

渋澤:

会社の価値というのは財務的なものだけでなく、社会や環境に対する課題解決も価値として組み込まれる必要があります。その実現には金融サポートが必要となるので、価値を作っている企業が主体性を持って課題解決にコミットし、資本市場と対話していかなければいけません。そしてそれを示していくのがCEOの役割だと思います。

Q:

合本主義の思想のように、データも集結させることでより大きな価値を生むことができるのではないでしょうか。

渋澤:

その通りですが、そもそも同じ目標を抱いていなければ集まりませんし、データを抱えているだけでは新しい価値は生まれません。このような未来を作りたいからデータが必要である、という思想が必要です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。