日本経済の見えない真実-「成長戦略」に必要な視点

開催日 2023年5月26日
スピーカー 門間 一夫(みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 エグゼクティブエコノミスト)
ゲスト 三善 由幸(RIETIコンサルティングフェロー / 国土交通省国土政策局 広域地方政策課長)
モデレータ 森川 正之(RIETI所長・CRO / 一橋大学経済研究所特任教授)
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開催案内/講演概要

「一国の経済成長と密接な関係があるのは、株価ではなく生産性上昇率である。2010年代も含めて日本を『失われた30年』と言うなら、米国も大局的には『失われた30年』であり、米国の方が途中で少し良い時期があっただけにすぎない」(門間一夫著『日本経済の見えない真実 低成長・低金利の「出口」はあるか』日経BP、2022年)。日本の生産性は低いという通説は正しいのか。ミクロの成長戦略とマクロ経済の成果はなぜかみ合わないのか。元日本銀行理事である門間一夫氏(みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社エグゼクティブエコノミスト)に、国内外の経済政策を洞察いただき、成長戦略の本質的な難しさについて解説いただいた。

議事録

アベノミクス景気の日本経済

日本経済の中長期的な問題と突破口を考えるとき、参考になるのが景気回復局面の特徴点を見ることです。アベノミクス景気と言われる2012年末から2018年は、過去の景気回復と比べて長さは2番目に長いですが、GDP成長率は最低で、特に個人消費が非常に弱く、その意味では失われた30年の中でも特に失われた6年間だったとも言えます。一方、株は2012年の半ばを底にして過去10年間上昇トレンドにあり、為替も円安傾向でした。ただし、それが日銀の異次元緩和の「効果」だったのかについては、私は懐疑的です。実体経済はむしろ弱体化が進んだのですから、それとの整合性をどう考えるかという論点も残ります。

2010年代にまず大きな構図としてあったのは、人口の減少・高齢化で国内市場が縮小するというイメージではないでしょうか。その一方でコーポレートガバナンス改革はある程度進み、株主重視の経営が以前より話されるようになりました。しかし、そうなればなるほど、企業は成長を期待しにくい国内に見切りをつけ、成長の種がある海外で稼ごうと決意を固めていったわけです。国内ではコストの圧縮が収益確保の手段となり、賃金が上がらず個人消費が低迷したという現実につながったのです。企業自体は海外戦略である程度成功したので、史上最高益となり株価も上がった、というのが大ざっぱに言えば過去10年間の基本的な姿だったと考えられます。

アベノミクス景気の間、企業の経常利益は73%増え配当は88%増加しました。利益が増えそれが株主に還元される一方、人件費は年率1%の上昇に抑えられ、労働分配率は低下しました。企業が内部留保を「ため込んだ」という批判がありますが、実際にはこの20年間、企業は内部留保を活用して海外投資を拡大しました。リスクをとっていなかったわけではなく、攻めの経営は海外に向けられてきたわけです。国内の産業基盤は弱くなり、2010年代以降の貿易収支は恒常的にゼロかマイナスになっています。研究開発などの知識集約型サービスの収支も赤字が拡大しています。改善したのは旅行収支ぐらいであり、これは円安にも恵まれたインバウンド急増によるものです。

国の生産性を高める「成長戦略」は簡単ではない

内閣府は中長期試算で、成長実現ケースでは2%成長を想定していますが、日本の潜在成長率はむしろゼロに近づいており、今後さらに低下していく可能性があります。2010年代は高齢層や女性が労働市場に参入しましたが、今後はそういう労働投入も増えにくくなります。そこで生産性を上げる必要が出てくるわけですが、どうすればマクロの生産性が上げられるのか、明確な答えは残念ながらありません。

実は、先進国の生産性(時間あたり実質GDP)の上昇率はどこも同じようなもので、かつ低下傾向にあります。失われた30年と言いますが、生産性上昇率で見れば、90年ぐらいまでの日本が異例に高かったのであって、その後日本も普通の先進国になった、と言った方が良いと思います。

労働移動の円滑化、リスキリング、人への投資といったよく言われる処方箋の重要性は否定しませんが、それで国全体の生産性上昇率が高まるかどうか、話はそう単純ではありません。マクロとミクロの感覚にもずれがあります。マクロの生産性はGDPで測られるので、お金にならない「改善」は生産性の上昇にはなりません。例えば、テレワークで仕事の効率が上がり通勤などのストレスが減っても、それだけでは統計上の生産性は上がりません。その人の賃金上昇やその企業の収益アップにつながらないと、生産性上昇としてカウントされないのです。

ただ、この話はそもそも生産性やGDPが本当に重要なのか、という論点も同時に投げかけています。たとえ賃金が上がらなくても、同じ仕事がより快適にできるようになれば、人々のウェルビーイングは上がります。実際、GDPよりも本当に大事なのはウェルビーイングなのではないか、という議論がリーマンショックの直後ぐらいから世界的に盛んになり、さまざまなプロジェクトが出てきました。米国商務省経済分析局では、「Beyond GDP」というウェルビーイングを計測する研究が行われていますし、OECDでも安全、健康、教育、地域社会といった、さまざまなカテゴリーで国別の比較ができる指標「Better Life Index」を作成・公表するようになりました。ですが、世界共通の尺度という意味では、GDPに匹敵するような指標を作るのは非常に難しいと感じます。

ミクロの生産性とマクロの生産性の違い

ミクロの生産性を高めるのと同じ考え方で、マクロの生産性を高められるというわけでもありません。ミクロの企業レベルでは、労働投入量を減らして経営の効率化を進めれば生産性は上がります。しかし、マクロの労働投入量は人口という外生要因に規定され、全体として減らすわけにはいきません。例えばある企業がリストラをすると、あふれた労働力は低賃金でも働ける職場を探しますので、低賃金労働者を使ってもうける生産性の低いビジネスが成り立ってしまいます。つまり、効率化は個々の企業努力としては正しくても、マクロではそれを相殺するような力も働くということです。

また、「生産性が高い業種に人を移す」という議論がよくありますが、これはミスリーディングです。製造業のように生産性が上がりやすい業種は雇用吸収力がおのずから小さく、サービス業のように生産性が上がりにくい業種こそ、中長期的にニーズが拡大し実際に雇用も増える傾向にあるからです。

マクロの生産性は競争政策とも関連します。GAFAのような一部の企業が勝ち組になってしまうと、イノベーションが生まれにくくなるという「独占の弊害」が米国では議論されています。逆に、日本のように中小企業への政策支援が手厚い国では、個々の支援に理屈はあっても、全体では過当競争がなくならないという問題もあります。このように、競争の在り方もマクロ全体の資源配分に影響します。

また、マクロの生産性を計算するときの分子は実質GDPです。GDPは総需要で決まるという面もあるので、供給サイドの強化だけでなく総需要も引き上げないと生産性は上がりません。その観点からは格差問題も重要かもしれません。消費性向が低い高所得者と、消費したくてもできない低所得者に分かれてしまうと、中間層が厚い場合よりもマクロの総需要は小さくなってしまいます。

イノベーションは雇用を増やすのか減らすのか

産業別の雇用者数と生産性の推移を見ると、製造業は90年からこの30年間で生産性がどんどん上がり、雇用者数が減っています。一方、サービス業は生産性が少し下がり、雇用者数がどんどん増えています。先ほど申し上げたように、生産性が上昇する産業では雇用吸収力が低下し、逆に介護、教育、保育などのサービス分野は、生産性が低くてもニーズは増えているのです。

経済学者のデイビッド・オーター マサチューセッツ工科大学(MIT)教授は、技術革新によってハイスキルの人たちは賃金が上がるが、スキルが中間以下の人たちの賃金はむしろ下がっている、と指摘しています。イノベーションが進みさえすれば賃金が全体として上がるわけではなく、いかに中間層を分厚くするかが重要だということです。

また、こうした分野で最も有名な学者の1人、ダロン・アセモグルMIT教授は、『Project Syndicate』への投稿で、米国が旧ソ連を凌駕したのは必ずしも市場メカニズムのおかげではない、と述べています。当時は米国政府が補助金などで積極的にイノベーションを支援したこと、財政の再分配制度がうまく機能していたことなどが重要であって、社会的に望ましいイノベーションは完全に自由な市場からは生まれにくいと言うのです。

イノベーションには、労働を置き換えていくイノベーション(労働代替的イノベーション)と、労働をさらに必要とするようなイノベーション(労働補完的イノベーション)の2通りがあります。アセモグル教授は、現状の市場メカニズムでは前者が促進される傾向があるので、そうした歪みを補正して後者を促すことが政策の役割だと述べています。労働代替的なイノベーションは、余剰労働力に対する再教育の機会を自動的に生み出すわけではなく、賃金や雇用を低下させてしまう可能性があるからです。

さらに、多くの人々の賃金が上がるかどうかは、イノベーションの性格だけではなく、マクロ経済情勢に左右されます。一時期米国でも「高圧経済論」が言われました。マクロ経済政策によって労働力が慢性的に不足気味の状況を作り続ければ、労働代替的なイノベーションこそむしろマクロの生産性を引き上げ、実質賃金の上昇につながるというわけです。

その全部が正しいかどうかは議論の余地がありますが、国の総需要を強めるという視点は、イノベーションを誘導していく上で重要なポイントの1つです。また、総需要の過半は個人消費が占めるのですから、そこを強化するという意味で分配の視点も不可欠になります。

「企業の成長期待」がカギ

生産性を高めるには、労働移動を円滑化すべきであり、雇用をジョブ型にすべきという議論があります。ただし、そこに過大な期待を抱くのも良くないと思います。ジョブ型である欧米の国々と比べて、日本の生産性上昇率が特別に低いわけではないという事実から考えても、ジョブ型にすればマクロの生産性が上がるとは言い切れません。

また、日本の場合はメンバーシップ型雇用からジョブ型に切り変えることになるわけですから、その過渡期の問題も追加的に考えなければなりません。メンバーシップ型で評価されている中高年労働者はジョブ型にすると賃金が下がり、マクロでは結局賃金が上がらないかもしれません。企業が新卒一括採用してその後自前の教育を施す、という仕組みを学校が代替する必要もあります。教育を含めたシステム全体をうまく変えないと、ジョブ型への移行そのものに困難が伴います。

2023年の春闘では3.7%(暫定値)の賃上げが実現していますが、これには物価上昇の下での異例の対応という面があります。過去30年ほど、日本では過剰雇用が常態化していたこともあって、賃金は上がりにくい状態が続きました。それが、2020年代は慢性的な人手不足に変わっていきそうなので、賃金は上がりやすくなるのではないかと言われています。ただ、本当にそう言えるためには、企業の成長期待が重要です。これからの人手不足は人口の減少・高齢化によるものですから、高度成長時代の仕事が増えることによる人手不足とは異なります。高齢化で市場も労働力も縮んでいくなら、日本は諦めて海外で稼ごうとする企業がもっと増えるだけに終わる可能性もあります。国内市場の成長期待を維持、できれば引き上げることが、賃金上昇のカギだと思います。

日本には、脱炭素対策、インフラ再整備、医療・介護といった社会のさまざまなニーズがあり、これをいかに成長期待につなげていけるかが、1つの突破口になり得ると考えています。ただ、同時にこれは財源を必要とする話でもありますし、総需要を高めに維持する経済運営には一歩間違えるとインフレやバブルになるという問題もあります。そのギリギリを攻めることが政策論として可能なのかを含め、議論を深めていく必要があるでしょう。

質疑応答

森川:

日本の産業政策は、歴史的に生産性向上率の高い産業へのシフトを進めてきましたが、これは間違っていたのでしょうか。

門間:

その時代の特徴や産業構造にもよると思います。以前はものづくりが日本の強みであり、そこに成長の機会が多く存在していました。しかし、現在は高齢化社会への対応を含め、生産性は低くても社会のニーズに応えるべき経済活動が潜在的にはたくさんあります。その時代に伸びる需要に適合する供給体制を支援するという意味では、産業政策は昔も今も一貫した精神で行われているとも言えるのではないでしょうか。

三善:

東京一極集中は是正すべきでしょうか。

門間:

効率性追求で市場原理に任せておくと、一極集中しやすくなるという面があると思います。従って、GDPよりもまずミッション優先で考えるかどうかが、やはりポイントです。先ほども述べた通り、世界にはOECDの「Better Life Index」のような動きや、アセモグル教授の「Shared Prosperity (繁栄の共有)」を重視する主張もあります。インクルーシブ/シェアードな成長という観点から、多様な地域経済の活性化を図るというのは、たとえ効率は落ちても意義のあるテーマだと思います。

かつ、災害の多い日本という現実を踏まえると、日本経済の本当のレジリエンスという観点からも、産業・知識基盤の地域的な分散には経済的な合理性があると思います。100年周期の災害ショックに耐え得るレジリエンスこそ、超長期の視点で見た成長戦略だとも言えます。ただ、どの国においても「百年の計」を語るリーダーは出てこないので、そういう議論が勢いを持ちにくいのかなと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。