経済産業省「コンテンツの海外展開による産業競争力強化プロジェクト」の2年間からみえたエンタメの産官学戦略(メディアミックス、アニメ、モバイルゲーム)

開催日 2023年5月25日
スピーカー 中山 淳雄(株式会社Re entertainment 代表取締役社長)
コメンテータ 堀 達也(経済産業省 商務情報政策局 コンテンツ産業課 総括補佐)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI上席研究員 / 経済産業省 大臣官房参事)
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開催案内/講演概要

日本のアニメは世界中で大人気であり、21世紀の日本の成長産業としての期待も高い。しかし一方で、日本のコンテンツ産業は国際的には展開が遅れており、音楽やゲームでは韓国や中国に遅れをとっている。このため、経済産業省では、日本のコンテンツ産業の海外展開に向けた研究プロジェクト進めてきた。本セミナーでは、研究会の主査である株式会社Re entertainment 代表取締役社長の中山 淳雄氏をお招きし、日本のコンテンツ産業の課題と今後のあるべき政府の支援策、産業政策の立案プロセス等について解説いただいた。

議事録

日韓コンテンツ企業の差

産官学に少しずつ足を突っ込んでいまして、これまで15年ほどアニメ制作やゲームなどを手掛けるとともに、慶應義塾大学やシンガポールの大学で教えたり、経済産業省の研究プロジェクトの主査をしたりしてきました。今日は、こうした経験を踏まえ、日本のコンテンツ産業の課題や今後どう取り組むべきかなどのお話しができればと思っています。

まずコンテンツ産業でよく比較される日本と韓国のエンタメ関連企業の現状ですが、日本は売り上げの割には時価総額が低く、逆に、韓国は売り上げの割には高評価を得ています。これは日本のエンタメ企業のポートフォリオが広いこと、海外展開が不十分であることなどに起因しています。

ここ15年の日韓のコンテンツ市場の推移を見てみると、日本の半分ぐらいだった韓国のコンテンツ市場の規模がいまや7割程度まで成長しています。テレビやアニメはまだ日本の方が大きいですが、出版・ゲーム領域では並ぶまでになり、音楽では韓国の方が大きくなっています。

この差は両国のコンテンツ輸出市場の比較で如実に表れていまして、日本も成長しているものの、テレビも映画も8割がアニメにひも付いたものなので、韓国との差は大きく開いています。政府がコンテンツ振興策にかける金額も日本の500億円相当に対して韓国は800億円、市場と政府予算の比率でいうと4〜5倍の差がついているような状況です。

そこで韓国政府関係者にインタビューを行い、韓国のコンテンツ産業がうまくいっている要因と日本のコンテンツ産業の課題を抽出しました。韓国は、経済産業省と総務省と文化庁とスポーツ庁が一体となった、文化体育観光部という1,000人規模の組織が一丸となって取り組んでいます。その外郭団体として、韓国コンテンツ振興院(KOCCA)があり、世界8カ所の7つのセンターに5人ぐらいずつ専門人材も配置しています。支援策も、プロジェクトへの出資や海外市場での営業代行など、海外市場の知見が豊富な人材を採用して行っています。予算の前払いや繰り越しも可能です。

これに対し、日本はコンテンツ振興予算を、予算を回せる大企業に傾斜配分する傾向があったり、20年分くらいの過去データを蓄積したデータベースがなかったり、実際に海外での経験がある人材の不足、スピード感の欠如といった問題があります。JETROはありますが、コンテンツに特化しているわけではないですし、専門人材も配置していません。予算の多寡以上に組織のバックアップの仕方、柔軟性を持たせた予算配分、人材といったところで差がついています。

キャラクター・プラットフォーム調査

こういった問題意識の下、経産省から委託を受け、3つのプロジェクトに取り組んできました。最初の半年間で成功している企業から成功要素を抽出し、外部委員も含めてディスカッションを行いました。次に、助成金の運用部隊であるVIPO(映像産業振興機構)にも議論に入っていただいてアニメ制作会社の必要要素について検討を行い、直近の半年間でモバイルゲームの分析を実施しました。

まずはキャラクター系の企業ですが、各キャラクターの人気度を時間軸で調べることができるGoogleトレンドを用いて、海外市場における事業展開についてアニメ配信、ゲーム発売、映画化によるコンテンツの波及を日本、中国、米国の三大市場で見ていきました。「投入期」「拡大期」「定着期」に分け、各期で何がトリガー要素(きっかけ)になったかを分析しました。

海外市場の攻略は5つの段階があると思っています。まず、①プロダクションで、IP(知的財産)を創出します。次に、②現地のマーケティングリサーチを行い、③ディストリビューションで実際に現地にモノを流通させ、④ローカライズで各国向けにカスタマイズします。そして最終的に⑤ユーザーファン・アクティビティで、UGC(User Generated Contents:ユーザーによって制作・発信されるコンテンツ)やファンコミュニティーによる活動が定着するという流れです。

分かりやすい例が、バンダイナムコの『ガンダム』です。それまでは現地の会社に現地ビジネスを委託していたのですが、自社で運営する現地ポータル「ガンダムインフォ」を2011年に持ったことで現地ユーザー層が見えるようになりました(②)。2012年には香港に「プレミアムバンダイ」を立ち上げて現地EC(ネット通販)を始め(③)、2015年には現地で大型イベントを開催したり、現地用の吹き替えも第3言語、第4言語まで出しています(④)。

世界的に人気なアニメである『NARUTO』も、ほぼ海賊版で広がったと言われていたのですが、テレビ東京が出資することで、配信と放映を使いながらディストリビューションを工夫していきました。ソニーミュージックの子会社であるアニプレックスは2005年に米国法人を立ち上げ、現地駐在員の知見も入れたデータ収集方法で、ディストリビューションやローカライズにパワーをかけてリスクテイクを図っています。

『ウルトラマン』については、実は著作権問題により15年ほど潜伏していた状態でしたが、海外ライツを取り戻した後にもともと海賊版でかなり普及していた米国や中国で一気に展開して成功していますし、ゲームの『三国志』も、10年以上海賊版で中国などで流通していた状態から、モバイルゲームでアリババと連携したことで海賊版を撲滅して非常に収益が上がっていきました。

フィギュア最大手のグッドスマイルカンパニーも現地法人を立ち上げ、幹部を現地に送ってフィギュア製作から手掛けたり、最近彗星のごとく現れたホロライブもインドネシアや中国のネイティブVTuberを通して海外展開を行ったりするなど、どの企業も15年の計で、マーケティング、ディストリビューション、ローカライズを深掘りしてチャネル作りに取り組んでいます。

通常は国内で成功すると海外の会社がライセンスを取りにきてライセンスアウトするのが普通なのですが、成功企業は現地法人を設立して、ポータルを開設して、データを収集して、直販ルートを開拓して、ローカル配信企業とも連携しています。海賊版で流通しているものも実は武器になるわけで、いま海賊版流通の収穫期かと思えるぐらい、過去20年間流通していたIPやアニメが爆発的に数字を伸ばしています。そして現地制作であったり、現地法人による版権許諾時間の短縮、イベントの直接運営が成功のトリガーとなっていて、この先進的な企業に近い取り組みをどうやったら他の企業にも浸透させていくかといった課題を抽出したところで1つ目のプロジェクトが終わりました。

アニメ制作会社調査

続いて、アニメ制作会社自身にどう力をつけていってもらうかというところで、VIPOに入っていただき、2つ目のプロジェクトとして、海外事業に熱心な13社の企業とワークショップを実施しました。VIPOは大体年間40〜60億円ぐらいかけて10年ぐらい支援事業をしています。

調査では、①作品、②ビジネスモデル、③組織・環境、④人材の観点から、メディアミックス企業の成功要因とアニメ制作会社が足りていない要素を抽出しました。その結果、①オリジナル作品の不足、②グローバル流通視点・流通チャネルの不足、契約の交渉力・契約ノウハウの欠如、流通と制作の分断、③スタジオの待遇・処遇の低さ、④非制作人材の不足、などの課題が明らかになり、これらに対して政府に何ができるかを議論しました。

この①、②、③、④の改善に向けては、すでに政府の支援制度があるものはまず認知して活用してもらうこと、さらにはそうした支援を活用するための組織内での意思決定や人材の問題に帰結することがわかりました。単なる「支援金」では限界があったのです。

モバイルゲーム会社調査

そこで3つ目のプロジェクトでは、6社のモバイルゲーム企業に絞って議論をさらに深めていきました。政府の支援は必要ないと言われていたモバイルゲーム業界ですが、家庭用ゲームとPCとモバイルゲームで環境も違いますし、日本はいまかなり国際的に劣位になってきています。ゲームがうまくいっていたとしても、実はIPを海外に持っていくための武器でもあるモバイル配信では中国・韓国企業の方がうまくやっているのです。

約1.5兆円の日本のモバイルゲーム市場は、2017年ぐらいから頭打ちになり「停滞の5年間」になったのですが、中国企業のシェアは約1,500億円と成長しています。今後5年間を見ると、米国も中国も東南アジアも市場が成長しますが、日本市場は横ばいなので、モバイルやPCで海外市場で勝っていかないと日本企業は厳しい状況です。

3つのプロジェクトを通じた振り返り

2年間のプロジェクトを振り返って、今後必要な支援としては、アニメであれば制作会社による自社事業、ゲームでいえばマルチプラットフォームや地域展開があります。

ただし、そのために必要となる、経営者のグローバル化、海外実務者の育成、現地市場を知る「和僑」(現地の日本人ネットワーク)の拡大、政府内の産業人材(専門家)が足りない。ですので、まずは企業に海外へのチャネルを獲得してもらって、各企業が「グローバル×デジタル」の足掛かりを築けるように注力すべきだというのが私の結論です。

効果的な産業政策を作るためには、①支援すべき産業・事業の抽出、②成功事例の抽出、③業界課題の解決策に対するアイデア出し、④支援対象の選定、⑤支援の平等性・納得性を得るための業界内での意見調整、⑥支援スキームへの落とし込みと運用、といった長いプロセスが必要です。こうした長いプロセスで伝言ゲームが起こらないよう、産業人材(専門家)が政府部内に入って継続的に検討する必要があるでしょう。

この検討プロセスは結構難しくて、まず成功事例はあまり各社とも言いたがりません。真似されると困るので。また、大手は支援は要らないが中小は必要で、でも支援が前提となると自力でできなくなってしまう。ですので、基本的に8割、9割は独力で、海外展開をめざす企業の最初の弾みとして1〜2割を援助するのが理想形です。

業界としての意見調整も大変ですし、役所は「官僚あるある」ですけど2年で人事異動があるのでノウハウの蓄積が進まないし人も育たない。正しい施策を実行、運用するためのマンパワー、この人を専業でコミットさせますといった体制作りが課題でしょう。

企業に海外人材がそろうまでの資金提供や環境整備は政府としても支援できるところですし、利益が出れば民間企業もインセンティブになるので、政府は企業の海外展開の最初の弾みをつける役割となるべきでしょう。

公平性や平等性からのパッチワークみたいな施策ではなく、これはインパクト重視で、重点施策にきちんと専門人材を投入して、資金も入れ、政府もコミットしてやるべきだということを今回のプロジェクトでは再認識しました。ここから5年、10年かけて、政府施策自体の巻き直しも必要ですし、政府がやれる余地は多々あると思います。

コメント

堀:
今、海外でもアニメあるいはゲームが大ヒットをして光が当たってきているということで、非常に時宜をとらえたプロジェクトだったと思っています。コンテンツに関する政策は、2002年頃から、「知財立国」というスローガンの下、約20年間にわたって推進をしてきています。

内閣府の知的財産戦略推進事務局を司令塔として、経済産業省としても官民で連携しつつ、産業政策の観点からコンテンツ産業を盛り上げていくための議論をしています。企業の方々から、行政施策がなかなか現場に届きにくい、あるいは使いにくいといった声もいただいており、補助金の制度設計も含めて改善の余地があると考えています。

この数年でコンテンツを取り巻く環境がメディアとコンテンツの1対1対応(映画は映画館など)から大きく変わってきていて、サプライサイドは「キャラクター経済圏」というコンテンツIPの付加価値が非常に重要な時代になっています。逆にデマンドサイドはデジタルネイティブあるいはバーチャルネイティブといった方々が消費の中心になってくるのは明らかです。

そういった中で、国内外の各業界のビジネスモデル、その付加価値や人材の構造、あるいはコンテンツ産業の大きな枠組みを今一度可視化し、分析していくことが必要であると考えています。

1つお伺いしたいのは、最近、急激に着目されている生成AIについて、産あるいは学の視点から、今後の影響をどう見ておられるかについて伺えますでしょうか。

中山:
Midjourney(画像生成AI)やChatGPTが出てきて、作り手としてはすごくイノベーティブなことが起こっています。クリエーションのところはすごく変わりました。しかしそれがすぐに結果に表れる訳ではなくて、これは「初音ミク」(音源を歌うバーチャル歌手)が出てきた時(2007)と近いかもしれません。「初音ミク」ヒットから10年近くみんなが試行錯誤していろんな楽曲を出してきた中で、ようやく2016年、17年に米津玄師(よねづ・けんし:ボーカロイド・プロデューサー)さんがヒットしました。それから、コロナの後に急増していますが、はじめの頃は実はあまり発芽していなかったのです。

AIイラスト・AI音楽・AI文章で小説を書くといった面白い事例がたまに出てくると思いますが、いったんまた人気は衰えていくと思います。しかし10年、15年作り続けているクリエイターが成熟して育って行くのだと思います。クリエイターを育てる物としてのすごさというのが、今までの検索時代とガラッと変わりそうだなというのが私の今の生成AIの見方です。

質疑応答

Q:

クリエイターの処遇改善の方法や人材育成確保の方法として、どのようなことが考えられますか。シニア人材の活用や副業・兼業の視点などはありますでしょうか。

中山:

こういった分野にも政府が入るべきだと思います。20年近く変わらなかった日本の初任給がこの1年で急激に上がりましたよね。日本は変わるまでは遅いですが、ひとたび変わるとなれば早いので。

クリエーターの世界は多産多死はもう必然で、人気があるものに人は集中するけれど、人気の出にくいものをどうインキュベートするか。そこはインキュベートする度量のある企業がおのおのの利益配分の中でやっていくしかない中で、若手人材への助力や海外留学費用の補助といったものは政府による公的なものでしかできませんので、そういった産官ブレンドで変えていくしかないのではと思います。

堀:

まさにコンテンツも源泉は人ですし、産業ごとのアプローチはいろいろあると思うので、実態をしっかり把握し、関連領域と連携しながら進めていきたいと思います。

Q:

日本人を海外人材として育成する際の具体的スペックを実例紹介も含めて教えてください。併せて、海外人材を日本の企業に採用する場合の企業風土の醸成や視点についてもお聞かせください。

中山:

やはり偉い人やエース級を行かせるかどうかだと思います。英語が話せるかどうかは関係なく、現地で決裁できるような権限を持った役員が乗り込んでいくことです。私もシンガポールでの事業は創業者とツーカーで進みましたので、誰が行くかが重要だと思います。

Q:

食とのプロモーション連携についてどうお考えですか。

中山:

例えば「アニものづくりアワード」という、アニメを使った異業種コラボ作品を表彰するイベントがあります。これだけアニメやゲームが人気でも、ほかの業界の人はまだまだ遠いなと思います。ただ、実は使ってみるとアニメはすごいプロモーションになるので、ニッチに見えるけど、実は爆発的にユーザーがいるところをうまくつないで、サッカーやテニスにコミットするのと同じような温度感でゲームとアニメにもコミットいただけると、良い結果が出てくると思います。

Q:

アニメファンとして、何かできることはありますか。また、海外でのコンテンツディストリビューションに関してどのような追加施策が必要ですか。

中山:

日本はユーザーのインキュベーション力はとても高いですが、政府も企業もファンもグローバルへの発信に関しては積極的ではないので、海外にパッと持っていってくれるファンベースがありません。韓国や米国はファンが推しを持ち上げて、グローバルに連携した人たちでつながり合って、現地メディアをも動かしているような状態です。中国や韓国のユーザーには華僑や韓僑がいるので、日本のファンの方もグローバル化してほしいという気持ちが個人的にはあります。

産官学がどう結び付いてやっていくかの課題もありますが、海外展開はノウハウを注入し続けるからできることなので、企業の方とも政府の方とも味方作りをしつつ、火を絶やさずに取り組んでいきたいと思います。

堀:

官民でしっかり継続していくという構造は非常に重要だと思っています。個人がクリエーションの主体として非常にエンパワーされた状況だと思いますので、新しい動向も政策の中で検討しながら、足を動かし、手を動かし、引き続きご一緒できればと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。