2023年版中小企業白書・小規模企業白書

開催日 2023年5月19日
スピーカー 芳田 直樹(経済産業省中小企業庁事業環境部企画課調査室長(併)経済産業省地域経済産業グループ地域経済産業調査室長)
モデレータ 関口 陽一(RIETI上席研究員・研究コーディネーター(研究調整担当))
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開催案内/講演概要

中小企業はわが国421万企業の99.7%、従業員数の7割を占めるが、多くの中小企業は海外との競争激化や人手不足、高齢化、新型コロナ感染症の影響などにより苦しんでいる。4月28日に閣議決定された2023年版中小企業白書・小規模企業白書では、「投資やイノベーション、賃上げの取組が期待される成長企業」を、小規模企業白書では「ソーシャルビジネスを通じた地域課題解決」をテーマに、企業アンケート等を用いた分析結果や企業事例が紹介されており、競合他社と差別化された価値創出や、インパクト投資を引き込んで地域の持続発展につなげることの重要性等が示されている。本セミナーでは、同白書の執筆・編集を担当した中小企業庁事業環境部企画課調査室の芳田直樹室長に、中小企業が持続的な成長を遂げるために必要な取り組みについて、企業事例を交えながら解説いただいた。

議事録

中小企業白書・小規模事業白書の概要

本日は、4月28日に閣議決定された中小企業白書および小規模企業白書について説明させていただきます。中小企業白書は歴史が古く、今回で60回目という節目、小規模企業白書は9回目となります。

われわれは、中小企業の成長を日本経済や地域の発展につなげることが重要だと思っており、成長に必要な要因を分析したものを中小企業白書に、小規模事業者が地域課題の解決に向けてどのような意識や分野で取り組んでいるのかといった分析を小規模企業白書にまとめています。

白書は2部構成で、第1部では中小企業・小規模事業者を取り巻く経済環境についての定点的な分析結果を掲載しています。足元の状況としては、新型コロナや物価高騰、深刻な人手不足などによって、引き続き厳しい状況にあります。

事業者は、こうした経済環境が激変する時代を乗り越えるため、価格転嫁に加えて、国内投資の拡大、イノベーションの加速、賃上げ・所得の向上といった好循環を実現していく必要があります。本白書では、価格転嫁と生産性の向上、価格転嫁の取引慣行の定着、そしてGX(グリーントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用した投資の拡大やイノベーションの実現が重要であることを述べています。

第2部では、中小企業白書と小規模企業白書、それぞれのテーマ別分析を行っています。中小企業白書については成長の要素、小規模企業白書については地域課題解決に関する取り組み状況、そして最後に共通基盤として、デジタル化の進展状況や支援機関の連携についてまとめています。

中小企業・小規模事業者の動向

「法人企業統計調査季報」のデータが示すように、中小企業の売上高は感染症流行前の水準に戻りつつあります。しかし、業種別の消費支出を見ると、宿泊、交通分野は依然マイナスで推移していることから、業種によって引き続き厳しい状況が続いていると言えます。

宿泊施設においても業態によって回復率に差が出ている中、コロナを機に、団体向けから個人向け旅館へ刷新し、高級旅館のイメージを高めることでブランドの価値を向上させた企業もあり、インバウンド需要の拡大や新型コロナ感染症の5類移行が中小企業・小規模事業者にとってプラスの要素になると見ています。

中小企業・小規模事業を対象に行ったアンケート調査では、2022年に比べて、経常利益ベースで原材料価格の高騰が利益を圧迫しているといった声が上がっており、物価高騰に対する対応策として、値上げに加えて、人件費以外の経費削減や業務効率改善による収益向上に取り組んでいることが確認できました。

中小企業が成長を遂げるための取り組み

中小機構が実施している「中小企業景況調査」を業種別に見た従業員過不足DIの推移からは、全ての業種において人手が不足していることが分かります。2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されることから、物流業や建設業をはじめ、中小企業は深刻な人手不足に直面しています。

人手不足対策として、省力化による生産性向上に取り組む動きが見られています。熊本市の運送会社、株式会社ヒサノは、ITコーディネーターと連携して自社の経営課題と取り組むべきデジタル化の要点を整理することで、業務の効率化と情報共有の迅速化を図っています。

併せて、職場環境の改善に取り組む動きも一定程度見られます。佐賀県にある株式会社シンコーメタリコンでは、7日間の連続休暇を取得できる体制の構築、子育て世代の女性従業員の職場復帰のフォローに加えて、男性従業員にも5日連続の育休休暇を義務付ける制度を導入するなど、働きやすい環境の整備に努めています。

人手不足の解消やスキルを持った人材の確保のため企業は副業・兼業人材を受け入れつつあり、佐賀県の株式会社九州パール紙工では、ECの専門知識を持つ副業人材を活用したことで、EC販売高が取り組み前と比較して3倍以上に増加しました。

九州では、Taiwan Semiconductor Manufacturing Company(TSMC)の新工場の立地に伴ってさまざまな効果が期待されており、九州フィナンシャルグループは今後10年間で総額4.3兆円の経済波及効果を見込んでいます。こうした中、熊本市にあるメッキを中心とした表面処理等を行う株式会社オジックテクノロジーズは、令和5年度に約4%のベースアップを表明しています。

問題となっている価格転嫁についてですが、中小製造業は大企業と比べて価格転嫁が難しく、結果として生産性が低迷しています。このため中小企業庁は、「価格交渉促進月間」という形で定期的に中小企業の価格交渉の状況を見ていまして、2022年の3月から9月にかけては、全体として5割弱の改善が確認できました。物価高騰の経済環境の変化を踏まえて、取引慣行としての価格転嫁を定着させることが重要であると考えています。

投資についてですが、4月に総理官邸で官民投資フォーラムがあり、経団連は国内向けの設備投資額が2027年度に115兆円に上るとの試算を示しました。本白書では、2023年度の設備投資額を103.5兆円と見通しています。設備投資の目的も、これまでの「維持更新」から「生産能力の拡大」「サービスの向上」へと、優先度が推移していることが分かります。

イノベーションも競合他社との差別化や販路拡大につながることから、成長に向けた重要な取り組みであると認識しています。兵庫県にある株式会社神戸工業試験場は、2022年下期に事業再構築補助金のグリーン成長枠を活用して、イノベーションを実施しました。以前から着目していた水素ガスタービン関連部品の耐久性の測定・評価等を行う事業で、数年後には会社全体の売り上げの約2割を占める主力事業となる見通しだそうです。

知財では、東京都国立市にあるFSX株式会社の取り組み事例を掲載しています。大学発ベンチャーと共同開発したVB(Virus Block)という抗菌・抗ウイルス技術の特許を取得されて、その知的財産を活用しながら、コロナ禍においても抗菌のおしぼりを製造・販売し、順調に成長されています。

GXに対する取り組みは中小企業・小規模事業者の中ではあまり多くはありませんが、カーボンニュートラルに対する事業方針上の優先度は高くなっています。こうした中、株式会社日本テクノは炎を出さない熱処理技術を開発し、燃焼によるCO2排出ゼロを実現しました。自動車メーカー、部品メーカーを中心に大手企業から引き合いが増加し、新規事業を通じて従業員のやる気向上にもつながっているようです。

近年、資源制約、環境制約、そして成長機会の観点からも、サーキュラーエコノミー(循環経済)への転換が求められています。中小企業においてもSDGs目標「つくる責任つかう責任」の貢献に努めている割合が高く、本白書には、希少資源を循環型で活用していく企業の事例も掲載しています。

第1部の最後では、地域の包摂的成長についても記載しています。これは「誰一人取り残さない」社会を通じて成長を促す考え方です。都市部と地方圏における生産性や賃金格差は重要な課題です。地方の中堅・中核企業は地域経済の中心的な役割を担っていることから、こうした企業が持続的に高い利益を生み出し、若者や女性が活躍できるような雇用を創出することで、東京圏から地方への人口移動を促進し、少子化対策にも貢献すると期待されています。

成長に向けた価値創出の実現

続いて第2部ですが、構造変化に直面する中で世界市場の需要を取り込んでいくことが日本経済の発展につながると考えています。中小企業は小回りの利いた経営が可能で、イノベーションに向けた取り組みも行いやすいことから、外需の獲得や域内経済への波及効果を通じて日本経済の発展を促すことができると期待されています。このため今回の白書では、価値を創出するための「戦略」と実行者である「経営者」に焦点を当てました。

競合他社と異なる価値を創出して差別化することで、競合が少ない市場への参入が可能になります。株式会社アルファーテックは、細いピン製造に特化することで差別化を図り、競合の少ない市場で成長を遂げています。

戦略に加えて、経営者自身に成長していただくことが大事です。また、中小企業戦略の構想・実行に携わりながらその向上や実行を支えるプレーヤーも重要な役割を担っています。譲受企業の支援を行う株式会社技術承継機構は、譲受企業の社名や地域社会との関係を存続させながら個々の企業の成長を追求することで、譲受企業の自走化を図っています。また、経営者自身のネットワークも重要であり、経営者同士の交流によって成長意欲が高まったという分析結果も出ています。

事業承継についても分析しています。事業承継後の事業再構築は売上高増加に寄与しており、年齢の若い経営者ほど新しい取り組みにチャレンジしている傾向にあります。先代経営者との関係では、先代経営者が後継者に経営を任せることが重要と思われます。後継者が意思決定を行っている企業ほど事業再構築に取り組んでおり、従業員から信用を得ることで、承継後の取り組みが企業の成長に寄与すると考えています。

成長実現のためには人材や資金の獲得が必要不可欠で、必要な人材の獲得には人材戦略の策定が鍵となります。経営戦略と人材戦略を連携させた企業ほど売上高増加率の水準が高く、従業員も増加しています。

必要な資金の獲得に向けては、エクイティ・ファイナンスがリスクマネーとして重要なツールで、右腕人材の獲得をはじめ、経営・事業面でもさまざまな支援が受けられる点でも有効です。また、外部資金を受けるためにはガバナンスの構築・強化も必要です。

最近、M&Aが広がりつつあります。M&Aは成長や新しい事業分野への進出につながる有効な手段ですが、早期に組織・文化の融合といった経営統合(PMI:Post Merger Integration)に取り組んだ企業ほど、M&Aで期待以上の成果を上げている傾向にあります。

小規模事業者における地域課題の解決

地方における構造的な問題が顕在化する中、地域課題解決に取り組む意欲を持つ事業者は多く、自治体の期待も高いことが見て取れます。中でも自治体サービスの効率化、住民の利便性向上、公共交通の利便性向上といったところを地域課題の分野として考えています。

地域課題解決に向けて事業の社会的意義を伝えている企業ほど黒字化し、円滑な資金調達が行えており、複数の自治体でサービスを展開している事業者ほど黒字になっていることがデータからも分かります。

地域課題の解決においては、自治体と企業をつなぐ中間支援組織・団体も重要な役割を果たしています。株式会社ソーシャル・エックスでは、「逆プロポ」(逆プロポーザル)という従来の公募の関係を逆転させたプロセスを通じて、地域課題の解決に取り組んでいます。株式会社Zebras and Companyや社会変革推進財団の活動にも見られるように、インパクト投資の活用も増加傾向にありますし、コロナを経て、人が集まる場所としての社会的機能である商店街にも期待が高まっています。

中小企業・小規模事業者の共通基盤

中小企業・小規模事業者の取引において、最終財でコスト上昇分を転嫁する動きが引き続き見られていることから、中小企業庁は、価格転嫁・取引適正化に向けて、価格交渉推進月間の推進、フォローアップ調査の実施、情報公開を行っています。

中小企業においてもデジタル化は進展しており、顧客管理や在庫管理にデジタルを活用している「段階3」と、ビジネスモデル変革にデジタルを活用している「段階4」が増加傾向にあり、組織的・戦略的な取り組みがデジタル化のさらなる進展につながると考えています。また、必要な人材像を明確化することで、高度なスキルを持たずともデジタル化を進めている企業もございます。

中小企業支援機関としては、商工会・商工会議所、よろず支援拠点、法関係士業、金融機関等、支援機関によってその機能も支援課題も異なりますが、機関同士の連携によって経営改善の成果も現れてきています。

われわれ中小企業庁としても経営力再構築伴走支援を行っていまして、伴走支援の実施件数は3年前と比較して増加傾向にあります。宮城県のよろず支援拠点の活動にもあるように、暗黙知を形式知化するといった伴走支援により成果を上げている事例も報告されています。

質疑応答

Q:

事業承継が進んでいる要因について、どのように分析されていますか。コロナの影響もあるのでしょうか。

A:

70歳を超えた団塊世代の経営者から後継者への事業承継、もしくは事業の一次停止といった動きがあり、コロナのタイミングで継承・譲渡を決断した部分もあると考えています。

Q:

価格転嫁における望ましくない便乗値上げの存在影響について、どのように認識されていますか。

A:

政策を担当する所管部局と連携して対応していきたいと思います。

Q:

合理的な根拠のある価格転嫁に応じない大企業を優越的地位の濫用で訴えることはできないのでしょうか。

A:

中小企業庁と公正取引委員会が連携しつつ、法に抵触するようなことがあればしっかりと指導していくことが大事だと考えています。

Q:

中小企業金融上の課題について、今回の白書で取り上げたことはありますか。

A:

過去に取り上げたことはありますが、最近は取り上げておりません。

Q:

中小企業が外資を獲得するにあたり、中小企業庁やジェトロは今後どのような支援を展開していくのでしょうか。

A:

経済安全保障に関しては輸出規制によって少しずつ影響を受けているという声がある一方、あまり顕在化していないといった声もあり、状況を見極めていく必要があると考えています。

Q:

利益を上げて成長している企業にはどのような特徴がありますか。

A:

経営戦略の策定、経営者を支える右腕人材の獲得、権限委譲、そしてガバナンスの強化・浸透に取り組んでいる企業ほど成長している傾向にあります。

Q:

今DX化が進んでいる背景として、どのようなことをお考えですか。

A:

感染症対策としてリモート化が進んだこともあり、事業活動をする上での基盤としてDXが少しずつ浸透してきている状況にあると感じています。

Q:

中小・小規模企業の人材採用に関して、政策的な支援はございますか。

A:

兼業・副業も含めて必要な人材像を明確化していき、戦略を立てていくことが大事だと考えています。

Q:

コロナ以後の企業の地域分散、地域進出の動き、あるいは移転やサテライト設立の状況を示した調査結果はありますか。

A:

経済センサス活動調査の新しいデータが速報値として今出ていると思いますが、足元の中小企業数や業種構成などは分析ができていませんので、今後の宿題として検討していきたいと思います。

Q:

中小企業白書に掲載されている企業はどのように選ばれているのでしょうか。

A:

支援機関の方々、地方の経済産業局の皆さま方、認定支援機関の皆さま方など、地域にいらっしゃる方々にわれわれが探している企業像を明確に伝えながら、関係機関と連携して企業を選定しています。

Q:

今後、英語版の白書は作成されますか。

A:

経済産業省と中小企業庁のホームページには英文の概要は掲載していますが、白書の英語版はまだできていないというのが現状です。そうした英語版の作成が可能かどうかも含めて検討させていただきたいと思います。

Q:

スタートアップ白書の追加や、女性活用や働き方改革といった社会課題解決の先進事例も取り上げていただきたいです。

A:

政府の刊行ではないかもしれませんが、スタートアップ関係をまとめている白書のようなものは毎年出ていると思います。今回、白書の本文では、創業・起業というところで経営者のスキルや起業するまでの事前準備の取り組みについても分析はしていますので、来年度の白書に向けて、テーマとして挙げられるかどうか前向きに検討していきたいと思います。

中小企業には外需を稼いで成長していただき、日本経済をより活性化していただきたいという期待が高まっていると思うので、われわれとしても来年以降の白書のテーマ、そして内容もさらに充実させていきたいと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。