社会問題を解決するデジタル技術の最先端

開催日 2023年4月14日
スピーカー 馬奈木 俊介(RIETIファカルティフェロー / 九州大学大学院工学研究院都市システム工学講座主幹教授・都市研究センター長)
モデレータ 水野 正人(RIETI研究調整ディレクター)
開催案内/講演概要

人工知能(AI)技術の社会への急速な普及を受け、人間社会を豊かにするためのAI技術の在り方に関する議論が世界各国で始まっている。われわれは、どのようにそうした新たな技術を受容し、社会問題の解決につなげるのか。逆に、AIの普及が新たな社会問題を生むことはないのか。本セミナーでは、RIETIファカルティフェローであり、過去10年の世界経済学論文ランキング(IDEAS)で日本トップの馬奈木俊介九州大学大学院工学研究院都市システム工学講座主幹教授・都市研究センター長を講師としてお招きし、社会問題を解決する先進的なデジタル技術の取り組み事例をご紹介いただくとともに、先行者がいないニッチ分野で強みを発揮していくグローバルニッチ戦略の重要性について解説いただいた。

議事録

データが社会問題を解決する

今日の話は、社会問題を解決するデジタルについてです。今話題になっているOpenAIのChatGPTもそうですが、以前は数値データだけだったものが、利活用できるデータの種類も文字や画像、音声まで非常に多様化しています。データというものは量というより質が大事で、昔からAI化が進むと人の仕事が奪われるという議論はありましたが、データの質が良いほど仕事を完全に代替することができます。

私の専門は経済学と、あとは工学部の土木工学科、都市計画などで、そこで主にAIなどを活用したデータ分析を中心にしています。以前は、データやプログラムはあまり公開されていませんでしたが、今は、場合によっては公表が義務化されています。OpenAIも含めて、開発元はデータ自体をさらに拡張して次の段階に向かっているという認識があるため、少し前のコードやデータを公表しても構わないという戦略に出ます。なので、自分のデータが他者に利用されて負けるということにはなりません。

例えば、人の移動データと地図会社のデータを掛け合わせて地域の経済価値をマップ化したものですと、データの所有権が電話会社または地図会社になるので元データは公表できませんが、地図画像として公開されています。

私は国際的な幸福度についての研究をしているのですが、ウェルビーイングに関する個人データと土地情報を融合させて、周りの環境が人に与える影響をさまざまなパラメータで分析しています。無料で取り扱えるオープンデータであれば、他の方に使ってもらうことで自分にとっても役立つことがあります。

AIの導入後にはどんな仕事が残るのか

次に、OpenAI、ChatGPTなどの影響についてお話ししたいと思います。先日、中国などの複数の国でイラストレーターの仕事がAIに代替されたという事例が報告されました。イラストという画像であってもAIが活用されたこと、そしてAIの導入が新興国でも進んでいることから、このニュースは驚きを持って広がりました。

当初、AIが人の労働を代替するという議論は賃金が低い簡易な仕事で進むと言われていましたが、イラストの加工やプログラムの改良といった、比較的ハイテク能力が求められるものでもAIが生成できるようになりました。

ですので、成果の質がほどほどでも問題ない仕事はAIに取って代わられますが、質が高く、100点満点に近い仕事をしている人はそのリスクは少なくなります。業種に関係なく、質の低い仕事から代替されていくというのが今の議論です。

AIで変わる仕事の質

すでに機械化は進展しています。2022年時点で代替されている仕事を業種ごとで見ると、金融・投資セクターでは人型ロボットが活用され、自動車や宇宙関係、サプライチェーンでは工場の機械化や陸上のロボット化が進行し、石油・ガス領域では空中・水中ロボットが使用されています。

産業ごとの自動化のリスクを見てみると、レストラン等の食品関係は自動化のリスクが高いと言えます。交通関係は職種によってリスク差が大きいのでばらつきがあり、コンピュータ・数学の分野は比較的リスクが少ないことが分かります。このような状況の中で、自動化による代替が高い産業は今後雇用の在り方が変わっていくと思います。

その中でこのOpenAIが登場し、計算機学会では、プログラミング時代は終わりだという主張と、まだ終わらないという主張で議論になりました。実際はそんなに真反対のことを言っているわけではなく、仕事の質がこれから変わるので、プログラムをどんどん学んでうまく活用する人はさらに効率が上がっていきます。

10年前に3Dプリンターが話題になった際に、みんなが3Dプリンターを買って自宅で作れるようになるから、モノが売れなくなると言われました。ですが、自作する人はほとんどいません。理由は非常にシンプルで、Amazonで買う代替商品の方が安いからです。それと同様に、プログラミングの仕事が完全に代替されるのではなく、その仕事の質が変わっていくというのが今の終着点だと思います。

このAIの分野は2014年までは学者がインパクトのある論文を書いていましたが、今は8割が産業界の人によって書かれています。それは産業界の方が豊富なデータと資金があるからで、この分野はかなりデータドリブンな方向へと動いています。

日本の目指すべき方向性

6、7年前、AI政策で後れをとっていた日本は、今からでも何とかがんばろうと研究費を増やして、国を挙げて取り組みました。しかし、A、B、C評価で「B-」の人間を「A-」にしても「A+」に置き換えられてしまうように、その施策はなかなかうまくいきませんでした。

データ共有と資金調達が難しい日本の構造においては、少ない予算でも比較的広い範囲に資金を配りつつ、基礎研究から狭い分野でも戦える応用数学を伸ばす、グローバルニッチ戦略の方が成功する可能性が高いです。日東電工のように、先行者がいないニッチ分野でシェアを拡大して売り上げを増やす戦略の方が日本には適しているでしょう。

じゃあ、具体的にどの分野かという話になりますが、日本の課題は人材不足です。文化・慣習の障壁もありますが、人材育成の方が課題が大きい。例えば、この2年間に台湾のTSMCなど半導体技術が重要だという議論になったときに、諸外国は新しい半導体学部を作ったりしたんですけど、日本は主要大学に半導体学部ができないわけです。学部を増やすと別の学部の人数を減らさないといけないルールで国立大学は動いていますので、高専を作るなど違うやり方しかできませんでした。

それで思い出されるのが、両親とお子さんの3人で営む、キュウリの生産にAIを活用した事例です。画像解析と、場合によっては音声解析を使って、良いキュウリを判定するプログラムを作りました。誰もキュウリにAIを使おうと思わなかったところでも、小さい分野や技術だからとばかにせずにやるのが、日本の適合可能性の強さかと思います。

海外では、同様の仕組みがブラジルのアマゾンの違法伐採管理に活用されています。音声と画像に加えて、衛星画像を使って24時間以内に違法伐採を検出することが可能であるといった論文も出ています。

強みを生かした小さな展開から

輸出構造の複雑さという強みを持つ日本ですが、近年、国際競争力が低下しています。日本は、人材不足に加えて技術を伸ばすにも規則を変えにくい構造なので、できないものをできるようにするよりも、すでに優れているところをさらに伸ばす方が良いと私は考えます。科学の集中、技術の枠組み、技術の適応といった得意分野に特化して発展させていく方が現実的かつ将来性があります。

ChatGPTは1億人のユーザーをわずか5日で獲得しました。Instagramは2.5カ月、Facebookは10カ月です。いずれも米国の企業で、ここに肩を並べる日本企業はありません。同様に、OpenAI マフィアと言われる主要人物の中にも日本人はいません。こうした状況で、日本が急に少しずつ取り組み始めても、大きな成果につながるという現実味がないというのは理解すべきです。

テキスト生成、画像生成、音声認識などを用いた取り組みは、小さな事例からでも展開可能です。例えば、ふくおかフィナンシャルグループはサステナブルスケールという会社を作って、企業のSDGsやESGの取り組みを評価しています。このように比較的コンサバティブだと言われている地銀であっても、かなり先進的な取り組みを進めています。

大学発ベンチャーのaiESGは世界中の産業を詳細に分類して、その取引を追える仕組みを作りました。昔からよく言われる環境問題、水問題、大気汚染問題、経済問題、地域経済への貢献に加えて、労働の問題、安全の問題、人権の問題なども今は数値化できるように進んできています。

海外のオープンデータから世界中のサプライチェーンを調べ、どの企業のどこにリスクが現れるか、ホットスポットがあるかも可視化できるようになりました。日本には輸出構造の複雑さという強みがあるので、こういう取り組みは有効だと思います。

社会課題の解決こそ日本の生きる道

もう1つ重要なのは、産学官の連携です。産学官と言っても、一番大事なのは企業であり、それを支えるのが行政です。今週の月曜日に、Natural Capital Credit Consortiumによる産業界主導型のCO2クレジット化を発表し、シンガポールを拠点とするCO2取引市場Air Carbon Exchangeを持つACX社ともMOUを締結しました。このような海外との連携は産業界の方がしやすいですが、それを支える行政があることで物事が回りやすい傾向にあります。

例えば、衛星データと土地利用データを使うことで新幹線やリニアの経済効果の評価することも現在では可能になり、温泉利用によって得られる健康状態を評価するなど、現在ではAI技術を用いて複雑な地域の課題を解決していく方法は数多くあります。

世の中の今の最先端の科学というのは一分野では成り立たず、複数の分野の融合で生まれます。機械学習から発展した今のAIも、そのデータの量と応用数学です。このように複数の融合を促すことによって次のニッチを探す取り組みが大事です。

日本が今後うまく生きる道は、まだ取り組まれてないニッチなところをきちんと探していくことです。社会評価を作る仕組みというのがこれからの物事の中心になります。取り組まれていないということは、ニッチではあるけれども将来の課題は大きいということです。社会課題の解決にAIを役立てながら、すでに優れている部分をさらに伸ばしていくことが大事です。

質疑応答

Q:

ニッチトップ戦略を目指すべきという点には賛成ですが、天才の登場によりゲームチェンジできる可能性はないのでしょうか。

A:

もちろんあると思います。基礎研究に資金を比較的薄く、緩く振る戦略の方が統計上結果は出やすいというのがあります。応用研究の方は産業とも連携するので、政府系がやれることを絞って数を取りに行けば可能性はあるでしょう。

Q:

AIに代替される産業リスクの箱ひげ図の出典元を教えていただけますか。平均よりも上の産業はリスクが高いということでしょうか。

A:

『Science Robotics』です。平均よりも上はリスクが高いということになります。

Q:

AI領域で日本は見る影もないとのことですが、今から政府ができることは何でしょうか。

A:

例えばグリーンイノベーションの取り組みなど、基礎研究の投資額では海外に勝てないと思いますが、応用で企業との連携に絞り、短期的な開発の普及数を増やすことは可能性だと思います。

Q:

なぜ貿易構造の複雑さが日本の強みになるのか、教えてください。

A:

単体で一発でもうけるという米国や中国の構造と違って、複雑が故に、それらを活用して融合化させることでうまくいく可能性が高いです。

Q:

企業の責任ある調達について、スコアが悪い業態・業種を教えてください。

A:

日本のサプライチェーンは米国や中国ほど世界中を巡っていないので、リスクは海外よりも比較的少なく見えます。より率先的に数値化することで、総体的な日本の企業の評価が分かるでしょう。

Q:

ウェルビーイングの計測は具体的に何を測るのでしょうか。

A:

ウェルビーイングの計測手法は、アンケートで主観的に人に聞くという方法と脳波を計測するという、2つの手法があります。全て客観にという科学的数値で見るという現実はまだ遠いので、なるべくアンケートで頻度高く聞くというのが今の最善策です。

Q:

貿易の複雑さとESGはなぜ相性が良いのでしょうか。

A:

例えば、サプライチェーンの原産地で予期できない問題が発生した場合、最終的に本社が批判されることがあります。貿易構造が複雑というのは内部でその一連の流れを回しているということなので、外部で問題になるリスクが少ないということです。

Q:

自然資本を地方経済の活性化に生かす手法はありますでしょうか。

A:

日本の国土の7割は森林です。うまく間伐することによってCO2削減、花粉症対策、エコツーリズムの推進といった活性化につながります。また、カーボン・ファーミングや海洋環境に蓄積されたブルーカーボンの削減にも取り組むことができるでしょう。

Q:

DXを進めていく上で、日本社会、企業、そして個人が持つべき心構えと、改善すべき点があればご教示ください。

A:

政策立案者や意思決定者に説明するときには完璧さと平易さが求められますが、その2つを兼ねそろえようとするとうまくいきません。産業界を挙げての合意形成は難しいので、まずは合意を得た組織と連携を深めて、スモールスタートで始めて小さい成功事例を作り、それを分かりやすく外部に展開していくことが大事です。

Q:

日本的な強みの事例があれば、ご紹介いただけますでしょうか。

A:

日本の幸福度の研究でいくと、地域への愛着(コミュニティーアタッチメント)が大きく、日本の良さでもあります。きちんと地域が存続するが故に、地方を訪れる外国人旅行者の満足度が高い。地域の維持は安定措置としても非常に大事ですが、自分のコミュニティーや家族に対して十分な時間を確保できていないのが日本の問題点でもあります。

Q:

講演内の事例で、入浴が健康に良いというエビデンスに基づくデータはどのように探せばよいのでしょうか。

A:

『Scientific Report』に掲載の論文と温泉の研究データがあります。後者は、PRTIMES等ウェブにある日本語紹介記事で、医学・健康、行政、温泉組合の3者が連携して実証研究を行ったものですが、行政の支えと地元の温泉組合という産業界の協力があって実現できたものです。このような協力はAIにはまず代替できません。そしてトピックのユニークさが故に、数字で見ることができます。

Q:

若者へのメッセージに加えて、学校教育へのAIの影響、活用とリスクについて教えてください。

A:

基礎学問をしっかり教えるという日本の今の小中学校の教育については、特段異論はありませんが、その中で習得度合いをきちんと計測できて、自分で面白く発展できるような場を作れると良いと思います。例えばChatGPTにしても、興味を与えて、面白い事例を先行的に提示しながら、自分自身で試行錯誤できる場面を増やすことで、子供の柔軟な発想を引き出してうまくいくと思います。

Q:

日本の強みを生かして存在感を高めていくために、海外進出している企業ができることは何でしょうか。

A:

日本を高く評価している国に入り込み、すでにうまくいっている仕組みを活用して、改善していく方がリターン・オン・インベストメントは高いと思います。日本の組織の上下関係の距離感の近さと、それによる意見を上に伝えやすい文化も活用すると海外企業との連携は進めやすいと思いますが、そこは課題として残っている部分でもあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。