DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

製造業 × DX ー 新たな価値創造への挑戦

開催日 2023年4月5日
スピーカー 吉田 光伸(株式会社ミスミグループ本社 常務執行役員 ID企業体社長)
コメンテータ 安藤 尚貴(経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課 課長補佐)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室 特任助教 / 日本経済研究センター 特任研究員 / 法政大学イノベーションマネジメントセンター 客員研究員)
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開催案内/講演概要

日本の基幹産業である製造業が多くの課題を抱える中、ミスミは「世界のものづくりを支えるインフラ」として機械部品調達のAIプラットフォーム「meviy(メビー)」を開発し、従来1000時間かかっていた部品調達時間を80時間に削減するという破壊的イノベーションを実現した。本セミナーでは、株式会社ミスミグループ本社の吉田光伸氏を迎え、調達領域という日本の製造業が抱える構造的な課題の解決に向けた取り組みや、価値創造と組織改革を進める要諦、そして「meviy」が目指す世界の労働生産性改革など、ミスミグループが目指す未来の製造業の姿について議論いただいた。

議事録

ものづくり産業の社会インフラ

弊社は世界で1万2,000人の社員を有する、売り上げ4,000億円弱のBtoBの製造業企業です。世界最大級の品ぞろえを誇っており、3,000万点を超える商品数と800垓(がい)つまり1兆の800億倍ものバリエーションで商売を行っています。この膨大な商品を、グローバル33万社のお客様へ、受注から標準2日で生産してお届けする極めて高度な生産システムとサプライチェーンを駆使したビジネスモデルを展開しています。

製造業では「電気、ガス、水道、ミスミ」と言っていただくこともありますが、われわれ自身も製造業の社会的なインフラであるという矜持を持ち、商品の開発、製造、販売を行っています。弊社が取り扱う機械部品の産業はグローバルで23兆円という非常に大きな産業で、工場の設備・機械、金型・治具などに組み込まれる「生産間接材」が主なドメインです。

約40年前、弊社は2つの革新を行いました。1つは、カタログ販売を業界で先駆けて行うという、お客様側への革新です。これまで機械部品を調達する際には、毎回、設計図を描いてFAXで送るという煩雑なやりとりがあったわけですが、それを業界で初めて規格化し、価格と納期が明示されたカタログから発注できるようにしました。

もう1つの革新は、生産側の革新として、標準化を行いました。途中まで加工した半製品をコストの安いベトナムのマザー工場で大量に生産して、最終仕上げ工場にストックしておき、注文に応じて仕上げ加工をだけを行うようにして、安く、速い納期を実現しました。この2つの革新を同時に実現したことが転機だったと思います。

製造業が抱える本質的・構造的課題

弊社ミスミは、カタログ販売を40年前に始め、2005年まではいわゆる商社としての業態だったのですが、駿河精機と経営統合したことでメーカーとしての歩みを始めます。そして、リーマンショックの後はCAGR(年平均成長率)2桁を超える成長を続けております。そんな弊社がこの新しい価値の創造に至った背景には、日本の製造業・ものづくり産業における課題があります。

日本の製造業は全産業の2割を占める基幹産業で、「ものづくり白書」によれば日本企業が世界シェアの6割以上の製品の数は270個あります。これは米国の倍、中国の5倍で、いかに日本の製造業の国際競争力が高いかがうかがえます。

90年代、2000年代初頭は高い労働生産性を誇っていた日本ですが、昨今は下落の一途をたどり、足元ではOECD加盟国の中でもその順位は真ん中以下という状況です。その要因の1つが、生産年齢人口の減少、人手不足です。加えて、働き方改革関連法によって、これまで残業でこなしていた業務量を消化することが厳しくなっています。

この時間不足という大きな課題に加えて、製造業全体の生産性を阻む構造的な課題、プロセス的な課題もあります。設計、調達、製造、販売というバリューチェーンにおいて、近年、設計では手で書いていた設計図からCAD/CAEなど三次元のソフトウェアになっていますし、製造では自動化・ロボット化、販売ではEコマースなど、デジタル化による生産性向上が進んできています。

一方で、調達という領域はまったく進化がなく、令和の時代になっても紙の図面を使っています。2年前に弊社で約5,000社のものづくり産業のお客様にアンケートを採ったところ、製造業でのFAX利用率は98%でした。この調達領域に非常に多くの時間がかかっていて、製造業の生産性向上のボトルネックになっています。

例えば、工場で使う機械が1,500点の部品から構成されるとして、その1,500点の部品を3次元ソフトのCADで1つずつ設計、調達、プラモデルみたいに組み立てて作るとして、この部品を調達するためには部品ごとに2Dの紙図面が必要となります。この作図作業は1枚あたり早くても30分、場合によっては数時間かかります。1,500枚描くと短くても750時間かかる計算となります。

次に、図面を複数社にFAXで送って相見積もりを取るわけですが、これらの管理にも手間がかかります。工場側でもその図面を確認しながら1枚1枚見積もりを作っていくわけですから、何より待ち時間が発生します。この1,500点の部品を調達するだけで3カ月、4カ月というリードタイムが発生しているのが今の実情です。

そこでわれわれは、一番アナログで無駄が多いこの調達領域をDX化することが、製造業全体のバリューチェーンの効率化にもつながり、製造業全体の生産性向上の鍵になると考えました。

製造業に向けた新たな価値創造への挑戦

そのための価値創造が「meviy(メビー)」というサービスです。これは2つの革新を同時に実現しています。1つは、お客様のための「AI自動見積もり」です。まず、お客様に3Dデータをmeviyのブラウザにアップロードいただきます。そうするとAIが自動で形状を認識して工数を算出、ベテランの方が頭の中で勘・コツ・経験でやられているものをすべてアルゴリズム化して、AIがその場で価格と納期を即時に回答するという仕組みです。

もう1つが生産側の「デジタルものづくり」です。設計データから工作機械を動かすプログラムを自動生成し、受注と同時に工場に転送して無人で加工をスタートさせます。「meviy」はこの2つを同時に実現することによって、即時見積もり、最短1日出荷という、世界的にも非常にユニークで時間価値のあるサービスを生み出しています。

3D CADの設計データを100個でも200個でもまとめてアップロードすると、「meviy」が製作可能かどうかの自動解析を始めます。さらに、詳細設定画面ではモデルを見ながら、加工の種類、材質、表面処理、数量、公差(許容される誤差)といったパラメータを入力すると、変更されたパラメータに応じて見積もりが出され、Amazonで買い物をするような感覚で調達ができます。さらに、次回からはこの型番だけで簡単に同じものを注文することができます。

いままで1枚30分ぐらいかけて紙の図面を作って、FAXで送って、1週間後に納期と価格が分かって、そこから発注して2週間後や1カ月後にモノが届くという時間感覚が、簡単に注文ができ翌日に商品が届くようになる。これが「meviy」が提供している時間価値です。おかげさまで、今年の1月に、製造業で非常に権威のある「第9回 ものづくり日本大賞」で、最高賞の「内閣総理大臣賞」を受賞させていただきました。

10万を超えるユーザーさまからアップロードいただいた設計のデータの数は1,100万点を超えます。データは資産であり、そのデータからさらにサービスを改善し、AIが学習して、より良い顧客体験を提供できるようになり、さらにデータが増えるというループを回させていただいているところです。

価値創造の成功確率を高める3つの問い

われわれが価値創造において大切にしていることが3つあります。価値創造の成功確率を高める3つの問いとして、1つ目が「Why: なぜやるのか」という「大義」。「ミッション」にもつながる話かと思います。続いて「Who: 誰とやるのか」。どう実現するか。そして「How: どう育てていくか」。これは組織の動かし方にもつながるかと思います。

まず、弊社は3,000万点という商品のラインアップを40年かけて作り上げてきたのですが、実はカタログで提供できる規格品は半分程度で、残りはカタログにないので結局FAXを使う従来型のやりとりが発生していました。すべての部品が集まらないと装置は組み上げられませんから、ものづくりの全体のリードタイムは変わらないという壁があったのです。

また、“Japan As No.1”と言われていた80年代は、製造業が戦うための労働時間が、豊富な働き手と1人あたりの就業時間を掛けた面積がありました。これからはその使える面積が働き方改革などで減り続けるため、量から質への転換が、労働生産性の改革が必須です。

これらの時代背景を踏まえて、われわれが社会インフラとしてやるべき一番の価値創造は時間創出だと考えました。「meviy」を使うことで時間を生み出し、その生まれた時間で人間しかできない創造的な仕事をやっていただく。われわれのミッション「ものづくりに創造と笑顔を」。それが大きな「Why」です。

「Who: 誰とやるか」。シュンペーターによれば、イノベーションはニューコンビネーション、新たな知と知の結合なので、テクノロジーを求めてインドの会社に行き、そこで紹介されたフランス人に会いに行くなど、「わらしべ長者作戦」と名付けて世界各地で仲間集めを行いました。

そして「How: どう育てていくか」。既存事業の中で新しい価値創造をやると、往々にして足を引っ張られてしまいます。ですので「混ぜるなキケン」と言って、まずは小回りの利く組織を「出島」として切り離して作って、知見を持った水先案内人を仲間に入れながら新たな価値を作っていきました。これからのキーワードは、「スピードのあるものが勝つ」です。失敗を含めてサイクルを繰り返して、反復的にMVP(Minimum Viable Product)を改良させていくプロセスが非常に大事だと考えています。

「meviy」による世界の労働生産性改革

われわれが実現したいのは、労働生産性の改革です。「meviy」を使うことで調達時間が92%削減できる。この生まれた時間を使って、人間にしかできない付加価値の高い仕事を行っていただきたいというのがわれわれの本当の思いです。コスト面でも、大手のお客様ですと、1つの工場だけで数億円の間接コスト削減につながったりしています。

重要なテーマである持続的な社会の実現に向けても、紙の消滅によるカーボンニュートラルへの貢献、時間創出による人手不足の解消、設計変更リコメンド機能による若手の教育ツールとしての活用や技術力の向上・継承なども目指しています。また、お客様の声をしっかり拾い上げて継続的にサービスを進化させており、トヨタ自動車様との共同開発のようなオープンイノベーションも積極的に進めています。

今後は世界レベルでこの労働生産性の改革を推進していきます。「meviy」を日本で本格展開したのは2019年で、欧州では2021年の12月からスタートしています。米国は2022年の10月に本格ローンチし、2023年中には中国、アジアでと、グローバル5極での展開を考えています。

その際に重要になってくるのが、多岐に及ぶ要望をいかに速くプロダクトに実装していくかということです。そこで「meviy」の開発を担うIT子会社を設立して、開発、そしてグローバル事業の展開・拡大をしっかり加速していく次第です。

製造業のバリューチェーンにおける設計領域は、グローバルではほぼ3次元、3Dの図面に移行していますが、日本の製造業の約4割がいまだに2Dです。日本の製造業が強かった頃は2Dが主流だったため、その成功体験から抜けられない。一方で、中小企業で3DのCADを導入しようにも、ソフトウェアが数百万円するなど投資のハードルが高いのも事実です。こういった設計環境向上の投資をぜひ政府に支援していただき、製造業の発展にご尽力いただければと思っています。

コメント

安藤:
前職で製造産業局にいた時に、製造業のDXのトップランナーは誰かと聞くと、どの方もミスミさんのお名前を挙げられたので、今回お声がけをさせていただきました。

ミスミさんの素晴らしい点が2点ありまして、1つは日本企業のデジタル投資は業務効率化や短期的な利益追求など「守りの投資」に陥りがちなのに、ミスミさんはものづくり企業でありながらデジタル企業になって付加価値を高めておられ、さらに国内のパイの奪い合いではなく海外の市場からも利益を稼いでくるという点。

もう1つは、「meviy」のツール自体が製造業の改革につながる点。熟練工と言われる方々の勘・コツをうまくデジタル化し、それを技能承継対策としても使える形で工作機械にビルトインしていく仕組みは、個社としての利益を超えて、日本の製造業、さらには日本経済全体のソリューションとなるものであり、素晴らしい事例だと思います。

伺いたいのは、「meviy」のような変革を支えたリーダーシップの在り方といいますか、社内の障壁どう超えていったのか、また、変革を進めるうえでの社内人材をどう確保し、育成したのか。この2点をぜひ教えていただけますか。

吉田:
海外市場のお話をいただきましたが、調達領域の課題は実は日本だけではなくグローバルも同じで、FAXを使ってやり取りしていましたので、最初からわれわれはグローバルスケールを目指していました。

弊社はビジネスモデルの進化を使命と定義しています。常にビジネスモデルを進化させる、それがものづくり産業の発展につながる、そういった考えが非常に浸透しています。新しい価値創造がやりやすい企業カルチャーが確かにありました。これに対し、日本の会社で変革を進めるのは確かに難しいのですが、一番大事なのは「Why」、なぜ変革をしなければならないかの「大義」、このストーリーをいかに作っていくかだと思います。

仲間の集め方、育て方に関しては、社内にいなければ「Why」をしっかり日本だけじゃなく世界に向けて情報発信して仲間を集める、そしてその人材をしっかり育成して手の内化する、この大きな2ステップになると思います。

質疑応答

Q:

今後のビジネス展開について教えてください。また、価値の源泉が今後どのように変わっていくとお考えでしょうか。

A:

個の企業が勝つというよりも産業全体が良くなっていくように、世の中のさまざまなプラットフォーマーとうまくアライアンスを組みながら、製造業BtoBの領域でグローバルNo.1のプラットフォーマーを目指して精進していきます。日本企業がグローバルNo.1を目指すのは難しいと思いますが、製造業のBtoB領域なら十分チャンスがあると思っています。

価値の源泉はやはりデータです。これからはデータを集めて有効活用していくことが1つの大きな価値の源泉のメガトレンドになると思います。

Q:

「meviy」によって得られる発注情報の戦略的な活用は考えておられますか。

A:

大前提として、お客様から頂くセキュリティデータをしっかり守りつつ、次の機能、次の価値提供を生み出していくことが重要な鍵になりますので、データの有効活用は積極的に行いたいと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。