DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

血を通わす。データに、人に、世の中に。

開催日 2023年3月17日
スピーカー 山本 彰洋(イマクリエイト株式会社 代表取締役CEO)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室 特任助教 / 日本経済研究センター 特任研究員 / 法政大学イノベーションマネジメントセンター 客員研究員)
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開催案内/講演概要

現実世界と仮想世界を融合して新しい体験をつくり出す技術を総称したXR(クロスリアリティ)のサービスが、各方面で注目を集めている。中でもVR(仮想現実)空間においては、正しい動きをガイドしたり、動きに対する即時フィードバックを行ったりすることで、現実よりも効果的なトレーニングがオンラインで可能になりつつある。XR技術の先進企業であるイマクリエイト株式会社では、XRを使った専門技術のトレーニングサービスなど、XRの可能性を広げる事業を展開している。本セミナーでは、同社の山本彰洋代表取締役CEOが、こうした体験型=「するVR」の技術開発の最先端を紹介するとともに、XR技術のさらなる可能性について解説した。

議事録

情報のインターネットから体験のインターネットへ

昨今のバーチャル市場を概観すると、約1年半前にFacebookが社名をMetaに変え、年間1兆円の投資を行うというアドバルーンを上げて以降、メタバースやXR(クロスリアリティ)に大きなビジネスチャンスがあると考えられるようになりました。

私が創業した2019年当時は、VRという言葉を聞いたこともないという人が多かったのですが、最近はVRを使ったことがあるという人が増えており、ここ数年で大きな変化を感じます。さらに企業では、XRやメタバースを使って自社のビジネスを伸ばそうと考えるところも多くなっています。

私たちは、テレビやパソコンや携帯が5~10年で一気に普及したのと同じ速度で、VRも今後5~10年で一気に普及するのではないかと考えています。人類が持つ最後のハードウェアはスマホやパソコンではないと思っていて、未来像としては眼鏡型のデバイスで肉眼レベルのVRを可能にしたり、現実空間に矢印を表示するようなハードウェアが登場するのではないかと思っています。

直近では今年2023年、AppleがVR・MR併用のグラス(ゴーグル)を発表するといわれていて、それが皆さんのお手元に届けば、グラスをかけるだけで、例えば以前会った人と再会したときにその人の情報が表示されたり、宇宙空間や恐竜時代の世界を目の前に出現させたりできるようになると考えています。
追記:2023年6月にApple Vision Proの発売が発表され、Tim Cook CEOが、Macがパーソナルコンピューティング、iPhoneはモバイルコンピューティング時代を切り開いたようにApple Vision ProのXRデバイスがスペーシャルコンピューティング時代を切り開くと発言しました。

みずほ銀行の予測によれば、メタバースは2030年に社会に浸透し始め、2050年にはリアルと同等の体験が可能になるといわれています。特にここ数年のコロナ禍では、現実にはできないことをバーチャルで代替しようという流れが加速したことで、普及を早めたといえるでしょう。

これからは、現実よりバーチャルの方がより便利だという社会になっていくと思います。当然、バーチャルで過ごす時間が増えれば増えるほどバーチャルのサービスは普及しますし、経済圏も生まれるでしょう。国内のメタバース市場は右肩上がりを続けており、2026年には1兆円を超えるともいわれています。

米国シティグループの予測では、メタバースを次世代のインターネットと評価し、2030年の潜在市場は8兆~13兆ドルに上ると非常に高く評価していますし、米国テックもどんどん投資しています。新しいサービスがいろいろ生まれれば、インターネットを使っているような感覚でバーチャルやメタバースを使える時代が訪れ、単に分からないことを検索するところから一歩踏み込んで、何かやりたいことを検索すればすぐに体験できる未来が来るのではないかと考えています。

バーチャルは現実の上位互換

現状では、何か体験したいことがあってもそれを自由にできる環境ではまだありません。われわれは、バーチャル上にありとあらゆるコンテンツを集め、いろいろなことを手軽に体験できるようにしたいと考えています。

例えば、就活をするときに、多くの人はいろいろな職業を体験した上で判断しているわけではなく、人から聞いた情報や、身近な人がその職業に就いていたという理由でその職業を選んでいると思います。しかしバーチャル上では、あらゆる職業体験ができるようになり、体験の有無による情報の非対称性を解消できますし、やってみたら意外と才能があることが分かる場合もあるでしょう。そうした体験を通してさまざまな可能性が身近になるのではないかと思っています。

現状では、職業体験できる場所まで遠かったり、道具や設備がなかったり、動画や本などの2次元ではコツがなかなか分かりづらいといった制約がありますが、これからは人の体の動きをそのまま3次元で表現できる時代になると思います。

これまでVRは「見る」イメージが強かったと思うのですが、われわれは「する」VRを実現しようと考えました。そうなれば、場所や道具などの制約はなくなりますし、バーチャル空間であるからこそ難易度調整が可能になります。

例えば、医療案件であればデバイスを着けることで人の体の筋肉を見えるようにしたり、けん玉であれば玉の重力を変えて上下するスピードを調整したりできます。そうすることで、バーチャルが現実の上位互換となり、現実ではできないことをバーチャルで体験でき、習熟度を現実の体験よりも上げられるようになります。

けん玉の事例では、VRデバイスを装着することでけん玉日本一の名人の動きを3次元的に見ることができ、小さな子どもが初めて字を書くのを習うときと同じように、動きをそのままトレースするようにして技を習得していきます。最初は玉がゆっくり上下する状態で練習し、徐々にスピードを上げていけば、現実で練習するよりも早く習得でき、実際に96%の人が技を習得することができました。

これを産業用に展開したのが溶接の事例です。溶接は鉄同士を接着させる技術ですが、溶接する際の光が強過ぎるため、通常はマスクを着用します。しかし、マスクをすると逆に真っ暗になって手元が見えなくなってしまいます。そこで、バーチャル上で練習すれば明るい状態でお手本となる動作を見ることができますし、フィードバックも即時返ってきます。実際に新人をVR組と実技組の2グループに分けて検証すると、現実で練習を続けたグループよりもVRで練習したグループの方が習得度が早く高いという検証結果が得られました。VRですと多言語展開も簡単にできますし、それぞれの人の進捗率も、研修の前と後でどのくらいうまくなったかも分かります。

匠のワザをデジタル化して外貨獲得

技術習得には、インプットする、頭でイメージする、アウトプットするという3つのプロセスが必要です。本や動画ではインプットすることしかできませんが、バーチャル上であれば動きをそのまま真似られますし、動きを直感的に理解でき、動かし方を体で覚えることができるので、アウトプットの質もどんどん上げることができます。私たちはこうしたVRの「本当にできるようになる」という効果性にコミットし、バーチャルの方が便利だというところにフォーカスしてプロダクトをつくっています。

われわれの強みは、現実に近しい作り込みをバーチャル上でできることであり、XRの第一人者である東京大学の稲見昌彦教授に技術顧問として入っていただくなど、学術機関や他企業との連携も強化しています。

私たちの夢は、ありとあらゆるコンテンツをバーチャル上に置いて、何かやりたいと思ったらバーチャル上ですぐに体験でき、しかもうまくなるという世界をつくることです。ただ、最近はメタバースやXR系のプラットフォームが乱立しているものの、なかなか使用されていないのが現状です。やはりお客様のニーズをくみ取れていないことが原因だと考えていて、われわれはお客様が本当に必要としているコンテンツを丁寧につくりながら、徐々にプラットフォーム化していければと思っています。

2022年は、東大IPC(東京大学協創プラットフォーム開発株式会社)をリード投資家とした資金調達を行いました。バーチャル空間での体験をPlan、Do、CheckのPDCサイクルに即して進化させ、どうしたら早く技術を習得できるかということをさらに突き詰めていきたいと思っています。

それ以外に中長期的なプログラムも走らせています。1つは、薬学部向けの学習コンテンツを神戸学院大学と富士フイルムシステムサービスと共同で研究しています。これから手など動作を伴う作業はVR検定のようなものが普及すると思っていて、このプロジェクトでもそうした形を目指して取り組んでいます。

もう1つは、小児弱視治療用のVRアプリの開発です。例えば左目だけ視力が悪い子がいたとしたら、左目だけをずっと使うアプリをダウンロードして治療を行うことで左目の視力が改善し、左右の視力差がなくなるというものです。今後、薬事承認を取るための治験を行い、2025年には社会実装したいと考えています。

溶接に関しては、神戸製鋼所の子会社コベルコE&Mとともに新人研修のコンテンツをすでに販売しており、お客様のニーズを聞きながらトレーニングの質・量を充実させています。今まで職人の技は資産としてなかなか可視化しづらかったのですが、デジタル化することで資産として販売できるのはバーチャル技術が発展したからこそだと思いますし、製造業の強い日本では、こうした技術を活用することで国外からどんどん外貨を稼げるようになるでしょう。

コンテンツからプラットフォームへ

メタバース上では複数の人が入ってリアルタイムでいろいろなことができます。それと同じように溶接やけん玉も複数人が入って練習することで、習熟効果がいっそう高まるのではないかと思います。例えば、ゴルフの上級者がスイングを見せて体験者に説明したり、心臓マッサージのやり方を教える際にも、深さや回数、ペースなどを見せたりすることができます。

さらにデータを残せば、技術自体を管理して、組織として技術レベルを上げられますし、従業員の技術習得に関するデータがたまれば、熟練者になるまでの過程でつまずきやすいところを考慮した練習方法を提供できるようになります。今後は、個人だけでなく組織の「できる」がVRで実現できるようになると思います。

今日はVR(仮想現実)を中心にお話ししましたが、私たちは「現実以上にできる」ところにフォーカスして、MR(複合現実)やAR(拡張現実)その他、手に着ける触覚デバイスなど、ありとあらゆるものを研究しており、市場性を考慮しながら新しいサービスをどんどん提供・社会実装しています。

弊社のCTOである川崎はもともとNTT研究所の出身で、彼がコロンブスの卵的にバーチャルが現実の上位互換であることを発見しました。そこを東京大学の社会人ドクターとしてさらに深掘りしていき、5歩先の未来を見ながら、私は商社で培った営業力で0.5歩先の未来を向きながら社会実装しています。

「バーチャルって便利」というイメージをもっと普及したい。データと聞くと無機質な感じがするかもしれませんが、人の体の動きをデータ化すると、それが新しい収益につながったり、今まで学びづらかったことが学べるようになったり、世の中に良い影響を与えることができるのではないか。そういった思いを込めて、「血を通わす。データに、人に、世の中に。」をわれわれのミッションとしています。

質疑応答

Q:

VRを開発している企業は世界にどのぐらいあり、御社をはじめとする日本企業はどのぐらいのポジションにいるのでしょうか。

A:

少なくとも日本で業界団体に属している会社は100社ほどあり、開発企業全体としては300~500ぐらいではないかと思います。ハードウェアは米国がほぼ独壇場で、中国が巻き返そうとしている状況です。ソフトウェアもそれにひもづいて米国での事例が多いのですが、けん玉の事例のようにバーチャルが現実を超える効果を生み出すことを証明したのは私たちが世界初だと思っていますし、そこの作り込みに関しては割と上位にいると思っています。

Q:

VRが世界に広がる中で、日本企業が強みを持てそうな技術分野はどこですか。

A:

ハードウェアではパナソニックのヘッドマウント・ディスプレイに注目しています。肉眼レベルのデバイスで、かつ価格が圧倒的に安いからです。これが普及すればハードウェアでも勝ち筋になっていくと思っています。

Q:

御社が今後、社会実装、世界展開をしていく上で、政府に何かできることはありますか。

A:

米国にはHoloLensというMRグラスがあるのですが、米軍がその開発に2兆円出資しています。日本も資金面でどんどん支援してもらえるとありがたいですし、研究開発においてもっとトライ・アンド・エラーの価値観が前面に出ると良いと思います。

それから、ルールがいったん施行されてしまうとそれがなくなることはあまりなく、足かせになる可能性もあるので、運用が始まって問題が起こってしまったタイミングで必要最小限のルールをつくっていくような価値観を持った方がいいのではないかと思います。

Q:

VRをもっと気軽に体験できるような技術は今後出てくるでしょうか。

A:

すでに出てきています。やはりVRゴーグルをかけるだけでも人間は面倒くさいので、指輪や眼鏡のようにずっと使っているレベルにならないといけなくて、そうしたものはすでにあります。他のハードウェアがたどってきた歴史と同じように、高性能化、小型化、低価格化が今後の課題だと思います。

Q:

現在13歳以下にはVRの使用が推奨されていないのですが、この制限は今後解消されていきますか。

A:

VRは子どもたちが使うともっといろいろな可能性があると思っているので、先ほどの弱視治療に効果があるという薬事承認を取るプロセスの中で、VRは目に害を与えるわけではなく、むしろプラスだという効果を出していけば、年齢制限を解消できる可能性はあると思っています。

Q:

日本は5Gのような通信環境の強みを生かして、世界最速でVRの社会実装を進めることで世界のVR技術の標準を握ることができるのではないでしょうか。

A:

製造業の強みや熟練者が多いことを生かせば可能だと思います。5Gだけでは、何かをすることのサポートにはなっても、それだけで価値を持つわけではありません。個人にカスタマイズしてフィードバックを与えるところまでいけば、日本が最先端の事例として勝つことができると思います。

Q:

政府と連携してMetaに対抗していくようなシナリオはありますか。

A:

政府がMetaの2倍の資金を出していけば、あり得ると思います。少子高齢化が進行する日本にとって、今のタイミングで新しい産業をつくっていくことは極めて重要な課題です。VRの分野は結構面白い分野だと思うので、ぜひこの分野に懸けていただきたいところではあります。

Q:

匠の技術をデジタル化することによって逆に日本の強みが失われてしまうおそれはありませんか。

A:

各社の意向によると思います。例えば溶接は、大きなトレンドとしては少子高齢化が進んで、新しい人を育てなければならないし、海外の人も徐々に増えている中で、匠の技術をブラックボックスのまま持ち続けるのか、オープンにして新しいパートナーを見つけるかという判断になると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。